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シェリーはルークが今日帰ってくるからと張り切って作ったシフォンケーキにクリームとフルーツを乗せ、アッサムティーにミルクと砂糖を添えて、ルークの前に置く。
「美味しそう。学園では絶対に食べられないよ」
そう言ってルークはシフォンケーキを切って、口にする。確かにシェリーの作るものは彼の世界の物を再現しているので、普通では出てこないだろう。
シェリーはオリバーの前に珈琲を置き、ルークが美味しそうに食べているのを見ながら元の席に座る。因みにカイルはシェリーを定位置の様に抱きかかえはしていないが、シェリーとカイルが座る椅子の間に隙間はない。
「さて、どう話せばよいものか」
オリバーは珈琲を一口飲んで言葉を口にする。
「今までは問題が無かったので教えてはいなかったが、俺はルークの父親ではあるがシェリーの父親ではない」
そこから!!と突っ込みたくなる。オリバーもシェリーも、ルークには何も話しては無かったのだ。
ルークはシフォンケーキを食べる手を止めて信じられないという視線をシェリーに向ける。
「シェリーは一度たりとも俺の事を父とは呼ばなかったであろう?」
ルークの記憶の中を探してみるも、確かにシェリーはオリバーの事を『オリバー』としか呼んでいないと。ルーク自身もその事を何も思わずふつうに受け入れてきた。
ルークにとって寝耳に水だろう。今まで姉と思っていたシェリーが姉では無かったと····。
「オリバー、その言い方だと、私とルーちゃんが赤の他人になってる」
ルークの不安を感じ取ったシェリーが慌ててオリバーに文句を言う。そんな事実が認められればシェリーにとって一大事だ。
「ん?ラースの目を持っていて、それはなかろう」
オリバーからしてみれば、ラースの目を持っていて赤の他人ということにはならないのは常識だろうが、ラース公国から離れ暮らしているルークにとっては、そうではない。
ラースの直系の特性のことなど、親戚だという叔父が『これは魔眼なのよー。でも、制御できているから問題ないわ』と幼いルークに教えただけで、8歳になるルークにとっては、訳がわからないまま、シェリーに連れられ別の伯父という人物に会い、シェリーに言われるまま紙に名前を書いたにすぎないのだから。
「まぁ、あれだ。母親が同じだが、父親が違うというものだ」
オリバーは珈琲を飲みながら淡々と語る。ルークはそんなオリバーとシェリーを交互に見る。
シェリーが驚いていないということは、シェリーは知っていた。いや、そもそも父親の事を名で呼んでいることから、初めから知っていた。知っていて姉であるシェリーは自分を育ててきた事にルークは驚きと共に何故という疑問が心を占める。
以前聞いてみたことがあったのだ。街に出かけると『家族』という姿を目にする。それで、母親の事を聞いたことがあったのだが、シェリーは『ルーちゃんは、お母さんが欲しいの?』と逆に聞かれてしまったので、それから母親のことは聞かないようにしいていた。そう、その後のシェリーの言葉を聞いて
『オリバーに言えば造ってもらえるかもしれないわよ』
それを聞いたルークは母親という名の屋敷にはびこっている怪しい物体が頭に浮かんできてしまい。頭の中から母親というモノを排除したのだ。
「そのシェリーの父親と母親の子が、今日ルークが会ったユーマという子だ」
「え?」
思考の海に没していたルークに思ってもみない言葉をオリバーから言われた。今日会った姉に似た少年が姉の弟。
ここでルークは何故オリバーが話をしようと言い出したのかわかった。その少年とルークの関係は複雑なのだと。
ルークの頭の中はぐちゃぐちゃだ。姉に似ていた少年と会って、それを話せば色々髪の色のことで苦労している姉が喜んでくれるのではないのかと。しかし、その話はしてはいけなかったのだ。
ルークは悪い方へと考えが傾いていく。
本来なら姉には本当の家族と暮らしていくべきではなかったのかと。
自分の面倒を見るべきではなく、その今日出会ったユーマの面倒を見るべきだったのではと。
しかし、姉の居ない暮らしなど想像できない。地下に籠もっている父親と二人で暮らせる要素など皆無だと。
自分は姉から捨てられるのだろうかというところまで、思考がいってしまい。視界が滲んてきた。
ルークが泣きそうになっていることに、シェリーは気が付き慌てて、ルークの方に回り込み床に膝を付いて椅子に座って膝の上で握り込んでいるルークの手を取る。
「ルーク。何が悲しいの」
そう言ってシェリーはルークの頭をもう片方の手で撫ぜる。母親が泣いている子供にどうしたのかと聞くように。
オリバーはと言うとルークを見ながら首を傾げている。
「何が泣くようなことがある?」
己は事実を話しただけで、大した話などしいていないというのに、ルークが泣く理由など何もないと。




