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「オリバー、なぜあの戦いを選んで見せたの?」
オリバーの転移で屋敷のリビングに戻ってきたシェリーの一言目がそれだった。
ナオフミにこの世界の人に対する情というものはないことは理解している。シェリーはわかってしまった。あの状況はわざとナオフミが作り出した光景だと。
「なぜと?頭の回る悪魔は人の情をよく理解しているということだね。あの場合、普通なら躊躇するであろう?あの悪魔と戦った者達に対して敬意払うべきだと、それが狙いであの状況を作り出す悪魔がいることを知っておくべきだ」
ナオフミの異常さを見せつけたわけではなく、悪魔としての特性の一つを見せたようだ。
炎王はというと、ため息を吐いてソファに腰を降ろしている。思ってもいないモノを見せつけられたから、疲れてしまったのだろうか。
「悪魔ってあんなに気持ち悪いモノだったんだな」
違っていた。炎王はシェリーのように悪魔に対して嫌悪感というものを感じていなかった為に、初めて感じた感覚に疲れてしまったようだ。
「そういえば、ビアンカも悪魔に対して何も感じないと言っていたが、炎王もいうと光の女神が関係するかもしれぬな」
オリバーの言葉にシェリーは炎王に視線を向ける。
光の女神ルーチェ。確かに炎国を守護する神であるルーチェは闇を纏う悪魔に対して何らかの有効な祝福を与えてはくれそうだが、あの女神は変わり者だ。祝福という物は与えず、頭をよしよししてやろうぞという女神である。その女神が関係するだろうかとシェリーは首をかしげてしまった。
ダンジョン side
「ふー。で?どうだった?」
陽子は額の汗を拭うふりをしながら、目の前の4人に聞いてみた。
その4人はというと地面にうずくまっていた。そして、陽子の質問に対して返事はない。屍のようだ。
「これでわかってくれたかな?あれが悪魔だよ?陽子さんが君達を駄目だって言っている意味がわかったかな?あれを倒せるぐらいになって欲しいんだよ」
その言葉にオルクスが顔を上げ陽子に向かって言い放つ。
「無理だ!あんなモノに勝てるはずないだろう!」
オルクスの言葉に陽子は見下すように腰に手を当てて答えた。
「勝てる!違う。勝たないといけない!ねぇ、もう一度言うけど、ササっちは聖女なんだよ!ササっちはあの悪魔と戦って勝つ為に努力してきたんだよ!ここで折れるようなら君たちはササっちの隣に立つ資格なんてない!」
陽子の言葉に4人はハッとなる。しかし、先程見た悪魔と戦うこととなって、勝つことができるかといえば、どうあがいても無理だろう。恐怖を撒き散らす存在は排除しなければと本能が訴えるが、その恐怖に支配され、指一本も動かすこともままならなかったのだ。
「ヨーコさんはそう言うけど、勝てる見込みが見いだせない」
起き上がったグレイがボソリと呟く。グレイは勇者ナオフミだからこそあの存在と戦えたのだと思っている。
「だから、陽子さんは言っているよね。君はなんで力の出し惜しみみたいな事になっているのって」
「いや、だからそれがわからないし」
グレイは陽子の言っている意味がわからないと首を横に振る。
「だから、レベル90を超えた時点で魔力の上限が解放されているのになんで使わないの」
「え?」
グレイにとっては寝耳に水だったようだ。ラースの血族は魔導師の一族と言っていいほど、魔導師を多く輩出している。しかし、シェリーやミゲルロディアなど魔導師でない者も多少は例外的に存在する。ただ、獣人であるグレイにとっては他の一族の者と比べれば保有魔力など雀の涙ほどしかなかったのだ。
「魔力の上限?どういう事?」
グレイはステータスを開いて見るが、陽子が言うほど増えてはいない。一般的な獣人のMPは50だ。多くてもMP3000と言われている中、グレイのMPは1800だ。逸脱して多いとは言えない。恐らくこの国の国王であるイーリスクロムあたりだと、そのMP値はかなり高い値となっているだろうが、何度見ても1800から変わりはしない。
「何も変わらないけど?」
グレイは陽子をジト目でみる。それに対し陽子は腰に手を当てて当然のように言い切った。
「ステータスのシークレットを無視するなんて、目はちゃんと見えているの!」
四人の頭の上にはハテナが飛び交っていた。ステータスのシークレットとは?
「またの名を別紙参照だよ!」
余計にわからなくなってしまったのか、4人は陽子の頭は大丈夫なのかと、こそこそと話ている。
陽子はこの4人があまりにも無知であることに腹を立て、空間に両手を突っ込んで、手に触ったものを掴み、陽子の側に引っ張り込んだ。
「ササっち!エンエン!ステータスの説明してあげて!」
いくらシェリーの家の中までダンジョンであるからといって、いきなり人を引っ張り込むのかいかがなものか。
炎王はソファに座っているところにいきなり引っ張りこまれたので、地面に倒れこんでおり、シェリーは料理を作っていたのか、エプロン姿でお玉を持ったまま立っていたのだった。




