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「陽子さん、これでいいですか?」
シェリーは陽子の目の前に黒塗りの四角い重箱を4段積み上げたものをドンと置いた。中身は勿論シェリーが作った料理である。
「ササっち、悪いね」
そう言いながら、陽子はその重箱を空間の中にしまった。そして、更に出された物に対して嬉しそうに眺める。
「おお、ランチプレート!唐揚げ。エビフライ。パスタ。サンドイッチ。あと、これにプリンと珈琲を付けて欲しいな」
図々しくも陽子は更に盛られたランチにデザートと飲み物も追加で注文した。
シェリーはそれをわかっていたかのように直ぐに準備をして陽子の前に置き、カイルが座っているソファとは別のソファに座ろうとして、手を引っ張られ先程居たポジションに戻ってしまった。そう、カイルの膝の上に。
「ちっ」
陽子はというと、ご機嫌で食べているが、ふとシェリーを見て尋ねる。
「ササっち、ご飯食べないの?」
「昼食はもう食べましたから」
今は日が傾き夕方のように感じるが、まだ、7刻半だ。
「そっかー。ダンジョンにこもっていると時間の感覚がずれていくよね」
そもそもダンジョンマスターである陽子に時間など関係ないのだ。気にする必要など無い。
「そうそう、さっき竜の兄ちゃんと話していたんだけど。悪魔ってどこに行ったら遭遇できるかな?」
陽子から突拍子の無い言葉がでてきた。悪魔に遭遇するには何処に行けばいいかと。陽子の聞きたい意図がわからず、シェリーは首を傾げる。
「陽子さん。悪魔に決まった出現フィールドは無いと思いますが?」
「あ、うん。わかっているけど。陽子さん、あの兄ちゃんたちの面倒を見ているじゃない?でもさぁ、今ひとつ真剣味が足りないというか。危機感がないというか。陽子さんはやる気あるの?って何度も言いそうになったのを我慢したんだよ?」
陽子のいつもの愚痴が始まったと、シェリーは冷めた紅茶を口にする。
「それで、竜の兄ちゃんに愚痴ってたら、悪魔と遭遇したことがないからじゃないかって言われたんだよ」
そこで、シェリーは先程の陽子の言葉に繋がるのかと思ったが、何の関係性があるのかさっぱりわからない。
「あれってさぁ、遠目で見てても何ていうか····アレは敵だって感じるというか肌が粟立つというか、ああ、拒絶反応に近いかなぁ。あれは肌で感じないとわからない嫌悪感だよね」
陽子は一人でうんうんと頷いて、珈琲を飲んでいる。しかし、シェリーには陽子の言っている嫌悪感というものがわからない。シェリーは2度悪魔と対峙しているが、そのようなモノは感じなかったと、再び首を傾げる。
「確かにあの悪魔に遭遇すれば、本能がアレらに対する危機感を生じると思うんだよね。現にさぁ。あの討伐戦を生き抜いた王様は行動起こすの早かったよね。よくわからない兄ちゃんがササっちのおじさんっていう人の言葉を伝えたら、その日に会議を開いて、大まかなことを決めて準備してるけど、若い人たちは意味がわからないという感じで、かなり温度差があるよね」
陽子は淡々と語ってはいるが、話の内容からどう見ても、国の中枢までダンジョンの領域が広がっているようだ。
いや、ユールクスのダンジョンに比べたら可愛らしいものだが、元々ギラン共和国はユールクスのダンジョンがあってこその国だ。
しかし、陽子はというと、内緒で王都の南50キロメルから王都までダンジョンを伸ばし、国の中枢にまで広げている。国家機密が陽子にダダ漏れなのだ。
「だから、竜の兄ちゃんと陽子さんは思ったわけよ。悪魔と遭遇すれば、やる気出るんじゃない?って」
陽子はシェリーのツガイ達をどうにかして陽子の言うことを聞かせ、彼らの足りないところをわからせて、力をつけさそうとしているのだ。
しかし、シェリーにとっては彼らがどうあろうと構わないので、陽子の言葉には答えず、冷めた紅茶を口にするだけだ。
「ササっち、聞いてる?」
「聞いていますが、やる気がない人をどうこうしようとする自体が無駄なのでは?」
そもそも論として、シェリーは陽子の言葉をぶった切る。だた、彼らがやる気があるかどうかは、それなりにでも陽子の言われたことを行っているので、やる気がないわけではないのだろう。
ただ、強くなるために努力しているシェリーや騎士養成学園に入るために頑張ってきたルークを見ている陽子からすれば、真剣味が足りないと感じてしまっただけだ。
「そのやる気を引き出すんだよ!」
真剣に彼らを強くさせようとしている陽子を見てシェリーは考える。そもそも陽子はダンジョンマスターだ。そして、世界から選ばれた変革者だ。
獣人たちの意識を変え能力を開化させることが、彼女に与えられた使命。
ただ、一つ思い当たることはある。あるが、これは絶対ではない。
「陽子さん。一つ方法があるかもしれません」




