399
王城 食堂 Side
「か、感想ですか?」
レイモンドに言われたとおりにルークは再び席に座り、レイモンドと向かい合う。
「そう、感想。何でもいいよ。ここの飯が美味しく無いとかでも、朝早くから訓練とか言って掛け声が大きすぎるんだよとかでも」
それは軍部の見学とは全く関係のない話だ。いや、関係はあるかもしれないが、普通は軍部の内情に対する感想を聞くものだろう。
ルークが何を言えばいいのか困っているとレイモンドは苦笑いをしながら言う。
「そんなに真剣に考えなくてもいいよ。2日じゃ何もわからないのと一緒だからね。質問でもいいよ」
その言葉にルークは関係無いことなのですがと前置きを言ってレイモンドに尋ねる。
「近衛騎士団長は姉とは親しいのでしょうか」
「うーん?それはどうかな?付き合いはそれなりにあるかな?」
シェリーは顔見知り程度といったのに、レイモンドの方は付き合いはそれなりにあると言う。これはおかしなことだ。
「僕が知る限り姉はグローリア国に行ったことはないと思うのですが、グローリア国には何かあるのでしょうか?」
グローリア国に何があるのか。
思ってもみない質問にレイモンドはクスリと笑う。
「グローリア国ねー。今は何もないんじゃないのかな?弟も命からがら戻って来たぐらいだしね。グローリア国に興味があるのかな?」
「何もない?何も?」
「だって、国土の大半を悪災で失ってしまったじゃないか」
レイモンドは何を言っているんだと言わんばかりの態度だが、悪災の時期を生きた者と、その後に生まれた者では得られる情報量は全くもって違う。
前者は常時、何かしらの情報は入ってくるだろう。それが自ら情報を収集するか、噂として入ってくるか、それはまちまちだろうが、現在進行系の情報が得られる。しかし、後者では物事を歴史として情報を得られるのみだ。
それも、与えられる情報は精査されたもののみ。そこに隠された闇が在ることを伏せられた情報だ。
「そもそも悪災とはなんですか?学園でも大陸の6分の1が焦土化した悪災としか習わなかったのですが」
「え?そうなの?そうかー。まぁ、そうなるよね。色々あったんだよ。色々ね」
レイモンドは言葉を濁した。色々。その色々の中には、討伐戦で一番の功績を成した勇者が番狂いを発症し、破壊行動をとったということが含まれている。
「でも何故、姉がグローリア国にいたのですか?ラース公国の方ではないのですか?」
「え?そんなことを聞かれても知らないよ。予想はできるけど、それは想像の域をでないことだからね。知りたいのなら本人に聞けばいいと思うけど?」
その言葉にルークはうつむく。聞きたいが、あのような表情をした姉に聞くことはできない。
「まぁ、張本人の魔導師様に聞けば詳しく教えてくれるんじゃないのかな?」
張本人。勇者の番狂いを引き起こす、きっかけを作った張本人のオリバー・カークスのことだ。
「魔導師様?」
しかし、ルークには誰の事を言っているのかわからない。
魔導師様と言われてしまえば、とても偉い人に聞こえてしまう。それが、家の地下にこもって怪しい実験を繰り返し、怪しいモノを作り続けている自分の父親とは繋がらない。
ここまでルークが何も知らないとくれば、流石のレイモンドもシェリーとオリバーがルークには普通の子供として生きて欲しいと敢えて話していないということが、理解できた。
「うん。うん」
そう言ってレイモンドはルークの頭を撫ぜる。
「多分。君は知らなくていいことなんだろうね。それで、君はグローリアの何が気になったのかな?」
知らなくてもいいと言われたルークは少しムッとした表情をしたが、慌てて姿勢を正し答える。
「あ、はい。この国は魔術学園はあるのですが、なぜ魔導術ではないのかと思ったのです。グローリアは魔導師の国と習いましたので、その国に行けば何か違いがわかるのかと思ったのです」
確かに騎士養成学園の隣には王立エピドシス魔術学園が存在する。だか、そこでは魔術は教えていても、魔導術は教えてはいない。
軍も第3師団が魔術師団であって、魔導師団ではない。しかし、魔導師が存在しないかと言えば、少数だが存在する。
「あー。それね。素質の問題だよ。グローリアは4千年という時をかけて、魔導師の素質のあるものを優遇し、育ててきたからね。それは魔導師の素質を持つ者が多く存在する国になるよね」
壮大な計画だ。魔導王国と成るまでにそれほどの年月をかけて人を育ててきたのだ。いったい何の為に魔導師を育ててきたのだろうか。
「普通は魔導師の素質を持つ者なんて滅多にいないんだよ。だから、魔術師を育てる機関があれば十分なんだよ」
レイモンドの言葉を聞いたルークはそういうことなのかと納得した。
そして、ルークの周りが普通ではないということにも気付かされた。
ルークが魔導術を使えるのは父親から教えてもらったからだ。そして、姉はというと時間があれば訓練と言って、ルークが真似をできないほど、高度な魔術を使っている。騎士の剣を教えてもらった師も剣術と魔導術を併用した戦い方を教えてくれた。
普通と思っていたことが、普通ではなかったのだ。
「色々教えていただき、ありがとうございました」
ルークは立ち上がり、近衛騎士団長であるレイモンドに頭を下げ、礼を言う。そろそろ人が増えてきたため、いつまでもここにいるわけにはいかないと、立ち上がったのだ。
「いいよ。いいよ。大したことは言っていないしね。今回の事が君にとっていい経験になることを願っているよ」
そう言ってレイモンドも立ち上がって、食堂を後にした。そして、食堂を出て少し歩いたところでレイモンドは声をかけられる。
「何をしているのですか?」
レイモンドはレイモンドに話しかけられた。この場に二人のレイモンドが存在している。一人はニヤニヤと笑いを浮かべているレイモンド。もう一人は呆れた顔をして呼び止めたレイモンド。
「はぁ。私の姿で一体何をしていたのですか。陛下」
ニヤニヤ笑いを浮かべているレイモンドの姿が歪んだ。そして、現れた姿は金髪に三角の耳に九尾の尾が特徴的なイーリスクロムだった。
「何って?若者の意見を聞くことも大事だと思ってね」
イーリスクロムは悪びれることもなく、平然と言う。
「ほら、彼女の大事な弟くんに何かあれば、恐ろしいことになると思うんだよ。弟くんにはいい経験をしてもらって帰ってもらわないとって思っていたら、痛いとことをつかれちゃったね」
「痛いところですか?」
「そう、魔導師が極端に少ないこと。こればかりは、なんともならないからね」
イーリスクロムは肩をすくめてこの場を去って行く。そして、レイモンドはイーリスクロムに付き従うように後を追っていった。




