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シェリーはレイモンドに確認する。この日本語が読めるのかと。
「残念ながら私では読めません。ただ、我が家にも同じような指示書が残っているので我が祖は読めたのだと思います」
我が家。そういえば第5師団長の名もスラーヴァルだった。彼がクロードの書面を見て態度を変えたのは、彼もまたレイモンドと同じようにクロードの指示書を目にしたことがあったのだろう。
「これには第0師団の人材育成と仕事内容が書かれています。それで、クソ狐に言っておいてください。第3師団長に第0師団長をしてもらと。本人からは是非にと了承を得ています」
いや、本人は名もしれぬ銀糸の妖精の写真が欲しいという下心があって承諾したのだ。決して本人が意気込みを見せてやりたいと言ったわけではない。
「え?第3師団長を?それは駄目でしょう?」
「クソ狐からは『君が第0師団を率いればいい。人選も好きにしていいよ。人材も引き抜いていいよ』と言われています」
だいたい言われた言葉は合っているが、人材は祭りで引き抜くようにと言われたはずだ。しかし、シェリーはしれっとイーリスクロムの言葉を微妙に変えてレイモンドに言った。嘘ではない嘘ではないが、言葉が足りないのだ。
その言葉を聞いたレイモンドは天井を仰ぐ。
イーリスクロムなら言いそうだと。
「以上の2つをクソ狐に言っておいてください。近衛騎士団長さん。そして、その弟さんを連れ帰ってください」
シェリーにそう言われたレイモンドはシェリーの殺気を受けてガタガタと震えている自分の弟を見る。普段なら殺気ぐらいで不甲斐ない。それでもスラーヴァルの名を持つ者かと叱咤するところだが、目の前の人物は色々問題を起こしてきたシェリー・カークスだ。仕方がないとため息を吐きながら弟の背を押すレイモンド。
「了解した。陛下には伝えておきます」
レイモンドはシェリーの言葉に了解を示し、背を向けて去って行った。
「ふわぁ!レイモンド様の生で困った顔を拝見できるなんて!レアですレア!ああ、なんでここにカメラが無いのでしょうか!」
ミルティーは顔を赤くして、レイモンドが去って行った方を見ている。そして、軍曹に自慢してこようと踵を返し、シェリーにはなるべく大人しくするようにと一言だけ言って去って行った。
「姉さんって近衛騎士団長と知り合いだったの?」
この食堂には人がまばらにしか居ないが、流石にレイモンドと話をしていると、人の目を集めてしまったようだ。そして、ルークが驚いたようにシェリーに聞く。その言葉にシェリーはにこりと笑い答える。
「近衛騎士団長さんは国王陛下の使いっ走りで来て知り合っただけだから、顔見知り程度よ」
近衛騎士団長と知り合いというだけでも驚きなのにシェリーの口から国王陛下という単語も出てきたことで、ルークは悔しそうであり寂しそうな顔をした。
「今回のことって、姉さんの弟だからなの?」
今回のこと。ニールが仕組んだ軍部の見学プランのことだ。確かにシェリーを動かすためにルークをシェリーから引き離す事をニールが考え出したのだ。間違いではない。
「ルーちゃん。座ろうか」
食堂を利用している人はまばらにしかいないので、空いている席はたくさんある。シェリーは近くの席を指してルークに座るよに言った。
その言葉にルークは大人しく座る。シェリーはルークの向かい側に座り、カイルはシェリーの背後に控え立っている。
「今回のことは確かに私の弟だからってニールさんが考えたことだけどね。はぁ。本当は冬期休暇の間はずーっとルーちゃんと一緒にいたかったから冒険者の依頼を受けないって言ったのに」
そのシェリーの言葉にルークは頷く。恐らくその辺りはニールから説明を受けていたのだろう。シェリーがわがままを言って困っているから、少し軍部の見学にでも行かないかと。
「でも、ルーちゃんが軍部に入るなら、今回のことはきっと役に立つと思うよ。ニールさんは元々第1師団にいた人だから人脈は私よりある」
「さっき。あのメルスくんから言われたんだ。貴族でも獣人でもないお前だけがなんで特別待遇を受けているんだって、俺でさえ許されていないのにって。で、これって特別待遇だったんだって思ったんだ」
そこで、シェリーはふと疑問に思った。
「え?ルーちゃん、お友達と一緒じゃないの?」
その言葉にルークはしまったという顔をする。シェリーはルークは学園でできた友達と一緒に楽しく見学兼研修を受けているものだと思っていたが、どうやらそうではなさそうだ。
「あ、姉さん。僕に用があるんだって?」
何だか雲行きが怪しくなってきたので、ルークはすぐさま話題を変えた。
「ルーちゃん。お友達は?」
けれど、シェリーも諦めない。これは由々しき事態だ。ニールがルークに軍の見学をさせてやると言って、ルークだけを連れてきたというのなら、それは大人がいる空間に何も知らない子供を一人放り込んでいることに等しい。それは楽しくもなんとも無い息苦しいだけの見学だ。




