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「師団長さん。実は今日はお願いがあって来たのです」
シェリーは髪をなびかせるように手を添えたエリサの写真を差し出しながら、ここに来た理由を言う。
「ああ、そうだろうな」
言葉では真面目そうに言ってはいるものの、写真を受け取っている師団長の姿は満面の笑みだ。
「ツヴェーク第3師団長さん。第0師団の師団長をしてください」
ご機嫌で写真を眺めている目の前の男性に、シェリーはお伺いを立てるわけでもなく、第0師団の師団長に立つように言った。その言葉に満面の笑みを浮かべていたツヴェークは笑顔のまま固まってしまった。
「だいぜろしだん?」
恐らくその名を初めて聞いたのだろう。第6師団の副師団長をしているルジオーネですら知らなかったのだ。討伐戦後に軍に入った者はその名を知るものは、いないのではないのだろうか。
「はい、第0師団です」
「いや、これでも私は第3師団の師団長なのだが?」
「知っていますよ。ですが、早急に第0師団を再編しなければならなくなったので、第3師団の半分ぐらい引っ張ってきていいので、第0師団を設立してください」
第3師団の半分。それは第3師団が機能しなくなる人数ではないのだろうか。
「君は何を言っているのかわかっているのか?悪いが今回ばかりは君の言葉には頷かない」
ツヴェークはそのように言っているということは、今まで写真如きにシェリーの言葉に頷いていたということになってしまう。
「大丈夫です。これを見てください」
そう言って、イーリスクロムに書かせた一筆とサインを見せつける。ツヴェークは紙に書かれた内容に目を見開く。
「流石に偽造は犯罪だ」
偽造。ツヴェークはシェリーが持っているのイーリスクロムの一筆とサインを偽物だと判断した。
「チッ。クソ狐の信用が全く無い」
シェリーはイーリスクロムに書かせた紙に文句を言っているが、ここで問題になってくるのが、シェリーがイーリスクロムにもっている印象と一般の軍人がいだく印象が違うということだ。
軍人にとってイーリスクロムはあの討伐戦を生き抜いた英雄であり、王なのだ。そんな軽々しく、小娘に師団長と同じ権限を与えるなんてするはずはない。『師団長と同じ権限を』という言葉を書いてサインまでするはずはない。殆どの者達がいだく印象だ。
ただ、ごく一部の近衛騎士団長や討伐戦を共に戦った戦友たちからすれば、色々面倒くさくなって投げ出したなっと、イーリスクロムの性格を理解して、このサインの信憑性を認めることだろう。
シェリーは使えない紙くずを鞄にしまい、もう一枚の写真を取り出す。
「第0師団の師団長を引き受けてくれるというのでしたら、この写真を差し上げますよ」
ツヴェークの目の前に差し出された写真には上目遣いに見つめるエリサの姿が写っていた。
その写真を見たツヴェークは腰を浮かせ、手を出そうとするが、思いとどまったかのように中途半端な格好で固まってしまった。
本人にはわからないが己の番の姿が写っている。
欲しい。いや、ちょっと待て。だが、欲しい。ツヴェークの心の中でとてつもない葛藤がわき起こっていた。
そこでシェリーは悪魔的な囁きをする。
「今ここで第0師団の師団長にさせてくださいと言うのでしたら、もう一枚おつけします」
それは勿論、恍惚な笑みを浮かべたエリサの写真だ。それを見たツヴェークは立ち上がって、シェリーの近くに跪き、騎士の礼の姿をとる。
「私めをどうぞか第0師団の師団長にしてください」
ツヴェークは完璧に陥落した。名もしれぬ銀糸の妖精の写真が欲しいがためにシェリーに魂を売ったのだ。
シェリーは2枚の写真と共に一枚の紙を添えてツヴェークに差し出す。
「ツヴェーク師団長さん。これが第0師団の仕事内容になります。第3師団の半分を引き抜いてください。残りは冬の祭りで引き抜きます」
「かしこまりました。慎んでお受けいたします」
言葉は堅苦しい感じだが、その顔は高揚した笑みを浮かべていた。
シェリーとカイルは夕暮れの中、第3師団の詰め所をあとにし、軍の敷地内を歩いていた。
「なんだか。途中から彼が哀れに思えてしまったよ。本当に番だってわからないのかなぁ?」
カイルがツヴェークの行動を見て同情を示した。カイルにも覚えがあるからだろう。シェリーに対してもどかしい感情を持ち、自分自身がなぜこのような行動を取っているのかわからないと思ったことが。
「ですから、私に聞かれてもわかりません。そもそも、ツガイだと知らずに写真を見せればツガイかどうかわかるか試したかっただけなので」
そして、結果はというと番だとわからないが、何かしら感じるものがあり、行動的におかしな行動を取ってしまうということだった。
これは、何らかの形でシェリーの写真が番である彼らの目に映って、シェリーにたどり着く可能性を検証したかっただけにすぎなかった。
しかし、シェリーはこれをいいことにエリサの写真でツヴェークに色々しでかしていたようだ。例えば、今現在、烏鳥人であるイリアの手に渡った写真を撮るためにだとか····。
「それで、シェリー。なぜ、魔術で魔道写真機を隠して、彼を撮っていたんだ?」
カイルは突然立ち止まり、地を這うような声でシェリーに問いただした。




