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シェリーはカイルに手を繋がれ、西区第2層に向かって歩いていた。
「シェリー。ルークが戻ってきたら何処かに出かけようか」
カイルが突然そのような事を言いだした。シェリーは何を言っているのかと不審な目をカイルに向ける。
「お休みをしよう。冒険者も聖女もお休みをしよう」
休み?
「何を言っているのですか?」
カイルが何を言いたいのかシェリーにはわからない。冒険者というものは全て自分の采配で仕事が決められる。指名依頼というものもあるが、今日はやめたいなと思えば依頼を受けないでいればいいだけなのだ。
それに聖女というものもそんなに頻繁に啓示があるわけではない。
「働いたら、休まないといけないよね。だから、お休み。ルークと一緒に出かけよう。何処がいい?サウルの観光地もいいだろうし、フォトスもいいかもしれないね」
カイルが上げた地名は観光地で有名なところだ。美しい泉を売りにしているサウルに古代遺跡の中に街が存在するフォトス。
カイルは本当にシェリーに休暇の旅行に行こうと誘っているのだ。
これにシェリーは戸惑いを見せる。完全に足が止まってしまった。
ルークと旅行に?
ルークとは旅行と言うには過酷な旅をした記憶しかない。まともな親がいれば、シェリーとルークを連れて旅行でも行ったかもしれない。
ルークの父親であるオリバーに家族という姿を求める方が愚かということは重々承知している。だが、ルークには父親というものが必要だからと、シェリーがオリバーに最低限の事は課していた。
それには旅行という娯楽は含まれていない。
そして、シェリーは生まれた弟を育てるのに必死だった。それに加え、シェリー自身が強くなることを求められていたのだ。
シェリー自身に余裕がなく、ルークに旅行という楽しみがあることを教えていない自分に唖然とする。
「旅行!そうね。ルーちゃんと旅行。どこがいいかな?」
シェリーは嬉しそうに何処に行こうかと悩みだした。その姿にカイルも満足する。
ユーフィアがずるいと言ったシェリー。家族と家人に恵まれたユーフィアの姿とシェリーにとって家族とはルークとオリバーしかおらず、日々強くなるために努力をしてきたシェリーにはユーフィアの姿が羨ましかったのだろう。
神というものにルークを人質として取られているとするなら、聖女というものを辞めるわけにはいかない。しかし、少しの休暇をとるぐらいなら許されるのではとカイルはシェリーに旅行の提案をしたのだった。
「あ!でも、ルーちゃんにも行きたいところを聞いた方がいいよね。ついでに、ルーちゃんのところに寄って聞けばいいよね」
「ん?ついで?」
シェリーはついでと言った。冒険者ギルドから第二層に向かって歩いていたので、てっきりカイルはこのまま帰るものだと思っていたのだ。
「寄るところがあるといいましたよね」
確かにシェリーはユーフィアのところで、もう一箇所寄るところがあると言っていた。
「明日じゃ駄目なのかな?もうすぐ夕刻になるよ?」
空を見上げると7刻半だというのに大分日が傾いてしまっている。冬の日の短さが目に見えてわかる時期となっていた。
「ルーちゃんに聞くのは早い方がいいので」
ここでルークの名を出されてしまえば、カイルは諦めなければならない。シェリーにとって一番はルークなのだから。番の願いは叶えなければならない。
「わかったよ」
そう言って、再び歩き始める。先程の無表情のシェリーとは違い。今のシェリーはルークのことで頭が一杯でご機嫌だ。
カイルはこのまま眺めていたいが、周りの視線が鬱陶しく、シェリーのフードを深くかぶらせた。
第二層門はいつも使用しているので、スムーズに通れたが、第一層門は簡単にはいかない。
「だから、無理だって言っているよな」
蛇人の門兵がシェリーの前に立ちふさがっている。
「第5師団長さん。これを見てください」
第5師団長と呼ばれた蛇人の門兵にシェリーは一枚の紙を見せる。
「あ゛?!嘘だよな?なんでお前が陛下のサインを何故持っている?それもシェリー・カークスに師団長と同じ権限を与えるって、そんなこと陛下がするわけないだろ?」
「ちっ!あのクソ狐のサインが全然役に立たない。クソ狐に統括師団長のサインをもらってこさせればよかったということ?」
シェリーは今回、第0師団を再編するのにイーリスクロムから第一層内を自由に行き来できる権限をもぎ取ったのだ。それにイーリスクロムからの一筆とサインを書かせたのだが、イーリスクロムが書いたものに虚偽の目を向けられたのだ。
統括師団長?ふとシェリーは思い、別の紙を取り出して第5師団長の目の前に掲げる。
「そ、その素晴らしい文字はクロード統括師団長閣下の!!どうぞ。お通りください」
イーリスクロムよりクロードの読めない文字の方が価値があったようだ。ヒューレクレト第5師団長は頭を下げ、門の扉を開けたのだった。




