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「シェリー!!」
カイルは駆け寄り、大剣を赤い炎に突き刺すが、分厚い皮に阻まれているかのように、結界を壊すことは適わない。
この場で唯一結界を壊せるスーウェンを見るが、プラエフェクト将軍の威圧からまだ解放されていないようだ。
「チッ!」
思わず舌打ちが出てしまった。この瞬間に以前シェリーが言っていた言葉が蘇ってきた。
『聖女の番がLv100を超えていない人を宛てがうなんておかしいと思いませんか』
と。気に食わないが、これが炎王だったらどうだ?この様に無様な姿はさらさないだろう。
シェリーと手合わせをしていた龍人アマツもそうだろう。超越者の域に達していないアマツでも例えプラエフェクト将軍を目の前にしても決して膝を折らない、芯を持っているように思えた。
彼らとの違いはなんだ?とカイルは歯がゆい思いを感じていた。
爆炎が徐々に収まって来た。赤い炎の結界の奥から一番に垣間見えたのは、藍色の髪が炎の風に煽られ、堂々と剣を持ち、立っている偉丈夫の姿だった。
そして、その偉丈夫は剣を横に振り、黒き刃を打ち払う。シェリーの黒刀だ。シェリーの無事な姿を見てカイルはホッとため息を吐く。
この状況は陽子の護りの為に設置してある鎧との戦いの時とさほど変わらない状況ではあるが、相手は意思を持たない人形ではなく、歴史に名を刻んだプラエフェクト将軍なのだ。その事がカイルを不安にさせる。
カイルの不安を余所に、刀を払われたシェリーはプラエフェクト将軍から距離を取る。
「クククッ」
プラエフェクト将軍から笑い声が聞こえてきた。
「クククッ。なんだ?今まで手加減をしていたのか?あれほどの強者達を相手にして手加減を!」
いや、シェリーに対して怒りを顕にしているようだ。
「手加減などしていませんが?」
あれ程の爆破の攻撃を受けたにも関わらず、淡々と答えるシェリー。
「しかし、強いて言うなら、私の力に耐えきれる刀が手に入ったということでしょうか」
そう、今まではシェリーにとって、いや、破壊者の称号を持つシェリーにとって、力のままに振るう武器がなかったのだ。武器の方が耐えきれない。
強者と呼ばれる者達と戦うなかで、手加減をしていたというより、力を逃し相手を制する戦い方をしていたに過ぎない。
本気でシェリーが拳を振るえば、天津の『龍の咆哮』に匹敵するだろう。ただ、そんな事をすれば、勇者ナオフミの二の舞いだ。それは避けなければならない。
破壊者としての力の制御。その力に耐えうるように武器を振るう。しかし、強くあらなければならない。シェリーが強者と戦う中でこの矛盾と言えることを自分自身に強いていたのだ。
今、プラエフェクト将軍の前に立つシェリーはその破壊者というべき力を制御し、かつシェリーの力に耐えうる狂刀が手にはいったのだ。
今まで自分自身に強いていたことが無くなっていた。それは、プラエフェクト将軍に手加減していたのかと言われてしまうだろう。
「武器か。確かに武器は己の手足となる物だ。だが、それだけとは言い切れない」
プラエフェクト将軍はそう言いながら、上段からシェリーに向かって斬りつける。それをシェリーは黒刀で受け止め、横に往なす。
「そう、この力。俺の力を受け止めることなど普通は出来ない。小娘如きにはだ。ただ、力に押され潰されるのみ」
そして、往なされた魔剣を今度は斜め下から上にもう一閃シェリーに向けて放つ。
シェリーは振り切ってしまった刀ではなく、魔剣を裏拳で横に弾く。その行動にプラエフェクト将軍は『クッ』と口を歪ませた。それがさも面白いと言わんばかりに。
そして、『フッ』っとプラエフェクト将軍の姿が消えた。その姿をシェリーは横目で追う。結界の端に移動したプラエフェクト将軍は地面に手を付いている。その姿にシェリーは再び宙を駆ける。まるで、透明な階段があるように駆け上がっている。よく見るとシェリーの足元には透明な何かがあるのが見えた。小さな透明な膜。そう、シェリーはスキル【最小の盾】を足場にして宙を駆けていたのだ。そして、プラエフェクト将軍との距離を詰める。
そのプラエフェクト将軍の背後には無数の氷の刃は出現していた。その氷の刃は全てシェリーに狙いを定めていた。いや、プラエフェクト将軍の背後だけではない地面からも、そして結界に沿うように隙間なくずらりと並んでいた。
これは流石に逃げ場などありはしない狭い結界の中では死をもたらす何物でもない。
その死をもたらす氷の刃が一斉にシェリーに向かって解き放たれた。
標的になったシェリーは、ただ宙に立っているだけだった。




