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『そうだねー。思い通りにいかないこともあるよ。でも、こちらの大陸の浄化は結果がどうであれ、してくれたからいいよ』
神からの許しの言葉を受けたラフテリアは泣きそうな顔をして俯いてしまった。
そのラフテリアの腕からロビンの頭部を抜き取り、マリートゥヴァのところまで白き存在が行く。マリートゥヴァの前で足を止めたところで、マリートゥヴァの肩がビクリと震えた。
『二番目の魔人。顔を上げろ』
ラフテリアやシェリーに掛ける声とは全く異なり、威圧的に言葉が投げかけられたマリートゥヴァはガタガタと震えながら、頭を上げた。その顔色は青く、目は伏せられ目の前の存在と目を合わせたくないのが、ありありと見受けられた。
『この頭部を持ち抱えろ』
そう言われたマリートゥヴァは目を伏せたまま手だけを前に差し出し、ロビンの頭を受け取って膝の上に抱えた。そんなマリートゥヴァの姿に頭だけのロビンが目を開けてマリートゥヴァを見る。そして、声を掛けた。
「大丈夫だよ。神様は素晴らしい御方だから怖がることはないよ。マリー、僕のためにありがとう。そして、今で僕達と一緒にいてくれたことにも感謝しているよ」
そう言って、ロビンは笑った。その姿を見たマリートゥヴァは息を大きく吐き出し、伏していた目を上げ、白き存在を見る。もう、マリートゥヴァは震えてはいなかった。
「ラフテリア様とロビン様の為によろしくお願いします」
その言葉を聞いた白き存在はマリートゥヴァに手を掲げた。それだけだ。ただそれだけでマリートゥヴァの姿はロビンの姿になっている。いや、少し変わっていた。金髪だった髪が黒くなっていた。しかし、ロビンの薄い青い目はそのままであり、白き存在を映していた。
『うーん。やっぱり黒くなっちゃうのか。理から外れた魔人が元だと、歪んじゃったなー』
何か恐ろしい言葉が聞こえた。何が歪んでしまったのだろう。
ロビンのその姿を見たラフテリアはロビンに抱きつき、白き存在に感謝の言葉を繰り返している。
『そうだ。そろそろ南の方にも行かない?』
シェリーの方に振り向いて突然そんな事を言い出した白き神をシェリーは睨みつける。
「は?行きませんよ。遠すぎます。ルーちゃんが戻ってきますので行きませんよ。さっさと還ってください」
神と崇めるべき存在からの神言に全面的に否定をした。シェリーの一番に掲げられるルークを理由にして。
『ほら、帝国が南の方でも色々しているからね。南の方も溜まり続けているんだよ。聖女の力も手に入ったから、簡単だよー』
「ですから、遠すぎます」
『大丈夫。簡単に南に行ける時があるから』
その言葉にシェリーは眉を潜める。簡単に南に行ける時がある?転移は一度行って登録をしないと転移は出来ない。
おかしな言い回しに、シェリーは詳しく聞こうとしたが、口を開いて閉じた。この謎の生命体が素直に話すとは思えない。
『僕の聖女は頑張り屋さんだからね。僕からも贈り物をあげるよ』
僕からも贈り物?最近、神々がちょっかいを掛けている事を言っているのだろう。しかし、嫌な予感がし、シェリーは一歩白き神から距離を取る。
だが、白き神はシェリーの目の前に来て、両手でシェリーの頬を持ち、その額に唇を落とした。
神からの祝福だ。シェリーは力の塊を体に受け、一瞬目が眩んだ。
再び、目を開けると白き神は下界には存在せず、重苦しい空気は雪の気配を感じる風にかき消されていた。
いったい何だったのだ。シェリーが額を触ろうとしたところで、その手を掴まれる。
「腹が立つ」
いつの間にか目の前にはカイルがおり、シェリーの額を擦っていた。その顔は怒っているようにも見える。
「何度見ても悔しい思いが募るばかりです」
シェリーの軽く止血だけをした左手を手にとって『癒やしの光』を掛けているスーウェンからの言葉だ。
「はぁ。次元が違うってこういうことなんだろうけど、立つこともままならないなんて」
グレイのため息が聞こえてきた。しかし、神と人との間では絶対的な差は存在する。それも、先程いたのはこの世界を管理する者と言っていい存在だ。今回は力の干渉ではなく、召喚だ。世界に影響を及ぼすほどの事なのだ。
「やっぱり、あいつ嫌いだな。最後に見せたあの顔。殴ってやりたい」
そう言っているオルクスは後ろからシェリーに抱きついて来た。右手はカイルに。左手はスーウェンに治療されているため、抵抗するすべはシェリーにはない。
しかし、シェリーが急激な力を受けたことで目がくらんでいる間に、オルクスは何かを見たのだろう。
「あれは何だ?息もままならない圧倒的な存在」
リオンは白き神と遭遇するのは初めてだった。そのリオンの質問に
「シェリーを連れ去る者だ」
「我々が崇める絶対なる神です」
「苛つく存在」
「ムカつくヤロー」
正確に答えたのスーウェンだけだった。




