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魔人化するきっかけは、己の番の死が引き金になる。しかし、ラフテリアもマリートゥヴァもその番は死しても以前と異なる姿で、今も存在し続けているのだ。
そして、未だに番だった者への愛は持ち続けている。
「どうか、わたくしの体を使ってくださいませ」
マリートゥヴァはラフテリアとロビンに向かって頭を下げる。長年共にいたマリートゥヴァからの言葉だ。彼女の本気を受け取ったロビンは何も言わなくなった。
彼女の言葉に批判も感謝も言葉にはしなかった。いや、出来なかった。
一度死んだ身である己がこれ以上何を望めるというのだろうかと。
『いやー。思ったより早く決まったようだね。良かった。良かった』
恐らく、謎の生命体はこうなることを見越していたのだろう。
その声にシェリーはイラッとした。モルテ王にアイラを番に充てがった時から、この事を見越していたのかもしれない。いや、そうなってくると、白き神を死ぬほど嫌っていたアリスですら、良いように使われたのかもしれない。アリスの未来視がなければ、シェリーはここに来ようとは思わず。ロビンに頼み事をすることも無かったのだ。
流石に全知全能なる神と言えばいいのだろか。
「シェリー、大丈夫?」
シェリーの苛つきをカイルは感じ取ったのか、心配そうに声をかけてきた。
「腹が立つ声が聞こえただけなので、気にしないでください。ですから、痛いのですけど?」
またしても、カイルは力加減を間違えているようだ。いや、シェリーだけにしか聞こえない声に警戒しているのだろう。
『決まったのなら、そっちに呼び出してほしいなぁ。呼び出しは契約の陣でいいよ』
「はぁ?」
不機嫌な声がシェリーから出てきた。喚び出す?それも周りに多大なる被害を出す謎の生命体を下界に喚び出せと言ってきたのだ。
『だってさぁ。魔人の力は僕の管轄外なんだよねー。そっちに行かないと駄目なんだよね』
「ちっ!」
人の悪心の塊を取り込んだ人が魔人だ。白き神から創られたモノではないと言えばそうなのだろう。
シェリーはカイルから離れようと手を振りほどこうとしたが、カイルの力が強く離れられない。
「カイルさん、放してもらえますか?」
「駄目だよ」
やはり、カイルは神という存在を警戒しているようだ。
「はぁ。もう、聖女の力を受け取ってしまいましたから、ラフテリア様の願いを叶える手伝いをしなければなりません」
内心は嫌だが、もうシェリーは報酬というべき力は受け取ってしまったのだ。
「しかし」
カイルが否定の言葉を続けようとしたが、ラフテリアとマリートゥヴァの瞳の無い視線を感じて言葉を止めた。ロビンはと言うと、目を閉じたまま口をつぐんでいた。
仕方がなくカイルはシェリーから手を離す。そして、シェリーはマリートゥヴァの方に向かって行った。
「本当に宜しいのですか?」
最後にもう一度マリートゥヴァに確認する。ラフテリアの願いを叶えるために贄となるのかと。
「ええ。これがわたくしの贖罪の形ですわ」
贖罪。彼女も長い時をその言葉で縛られてしまった可哀想な女性だ。
シェリーはマリートゥヴァの意思を確認して、おもむろに右手に氷のナイフを作り出し、左手首から肘にかけて大きく斬りつける。
その行為に息を飲む音が聞こえてきた。この後、何が起こるかわかっているのだろう。
シェリーの血が地面に滴っていき、四方に伸びて陣を形成していく。
これは神を喚び出し、神の前で宣言を行うことで契約を施行する、古き時代に行われた最も重い契約法だ。その陣をシェリーは血と魔力で描いていく。
陣が完成した瞬間、シェリーが呪を唱える前に眩く光った。
そして、重く圧迫感のある空気が世界を支配する。
『やぁ。久しぶりだね』
シェリーの前に顕れた存在から言われた。それに対し、シェリーは怪訝な表情をする。
白き髪が風になびき、シェリーの見ている目は金属を流したように白く、太陽の下など歩いた事がないというぐらいに肌が白い。何もかもが白い存在が目の前に顕れた。そして、相変わらず男性か女性かわからない容姿をしている。
「さっさとやる事をして、還ってください」
シェリーは喚び出した存在にぞんざいな言葉をかけた。
『わかっているよー。あまりここにいると影響を及ぼしてしまうからねー。さてと』
そう言って白き存在は辺りを見回す。シェリーのツガイ達は皆一様に跪き頭を下げていた。
マリートゥヴァは地面に顔を伏し、ブルブルと震えていた。あまりにも圧倒的な存在に恐れをなしているのだろう。
ラフテリアはというと、地面に膝を付いて、ロビンの頭を抱えながら器用にも祈りの形に手を組み、白き存在を見ていた。
「神様。神様。わたしは神様との約束を守れなかった。ごめんなさい」
ラフテリアが何度も何度も口にしていた言葉を目の前の存在に言い謝罪をした。そんなラフテリアに白き存在が近づいていき、その黒く染まった髪を撫でる。元は栗色だったラフテリアの髪を。




