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ユーフィアに依頼した後、家に戻れば玄関ホールに陽子が待ち構えていた。陽子はシェリーの姿を確認するとシェリーの手をとり
「ササっち、ちょっと来て」
と言って何処かに連れて行こうとしたが、陽子の行動をカイルが引き止めた。
「シェリーを勝手に連れて行かれるのは困るんだけど」
「竜の兄ちゃん、別に遠くに連れて行くわけじゃないよ。ただダンジョンに来てほしいってだけ」
ダンジョンに連れて行くにしても陽子のダンジョンは王都から南へ50キロメル行った先にあるのだ。ちょっとそこまでの距離ではない。
陽子からダンジョンに来て欲しいという言葉を聞いたカイルは怪訝そうな顔をする。
「わかった。わかった。ササっちを連れて行くの諦めるから、そんな目で陽子さんを見ないでくれるかな?怖くてガクガクブルブルだよ」
全く怖そうにしていない笑顔の陽子はシェリーの腕を掴んでリビングに入っていった。
陽子はシェリーにソファに座るように指示をして、その隣で考えるように腕を組んでどこか視点の合っていない目の姿で座っている。
「こんなものかな?」
そう言って陽子は空間に手を突っ込んで、一枚の大きな石版を取り出した。それを横長に立つようにローテーブルの上に置いた。
石版。しかし、見るものが見ればそれはモニターだということがわかる。陽子はモニターを創り出し、ここに出現させたのだ。
この場がダンジョンだということが、改めて認識させられる。見た目は人族だが、陽子はダンジョンマスターなのだ。
「ササっちに見てほしんだよ。これ!」
そう言って、陽子はモニターを起動させた。そこはダンジョンの中が映し出されており、青い髪の狼獣人ルジオーネが剣を振るっている姿が見える。問題はその横だ。
「人狼?」
シェリーがポソリと言葉をもらした。そのモニターに映し出されていたのは二足歩行の狼だった。
「フィアちゃんの旦那さんだよ。もう、陽子さんびっくりだよ。てっきり獣化すると思っていたら、予想外も予想外。人狼だよねー」
二足歩行の狼が剣を振るっているのだが、その身体能力は横にいるルジオーネより何倍も高いように見える。
「ジンロー?」
シェリーの後ろでモニターを見ていたグレイが言葉をもらした。
「ササっち。これでいいのかな?」
陽子はシェリーに確認する。あの謎の生命体から言われてクストをダンジョンに送り込んだのだ。これで望みは叶えられたのかと陽子は隣のシェリーを見る。そのシェリーは真剣にモニターを見ている。
「ええ、これでいいのでしょう。獣人の域を超えた存在になったようですから」
シェリーの目にはあの黒狼クロード以上の存在になったクストが映っていた。
「それに新たに祝福も受け取ったようですし、ユーフィアさんのやるべき事を支えるには、これぐらいの能力は必要でしょう。陽子さんありがとうございます」
「陽子さんは特に普段と変わらないことしかしていないよ。あ、お礼なら他のダンジョンの話をしてほしいな」
陽子はニコニコと笑って、『さて』と言って立ち上がりモニターを空間に仕舞った。
「陽子さんはお仕事がまだ残っているから、戻るよ」
そう言って陽子はリビングの床に沈んでいった。相変わらず陽子には出入り口など関係がないようだ。
シェリーは陽子が沈んでいった床を見てため息を吐く。恐らく思ってもいない状態のクストになってしまったために、シェリーにこれで大丈夫なのかと確認をしたかったのだろう。
獣化ではなく人獣。獣の能力が際立った人。どちらかというとユールクスに近い存在だ。
これで、あの謎の生命体の望みが叶っただろう。ユーフィアをこの世界に留めておくための強力な存在。
「なぁ、シェリー。俺も『愚者の常闇』に行った方がいいのか?」
グレイが三角の耳をへにょんとさせてシェリーに聞いた。己の力が他の者達より劣っていることを自覚しているから、内心焦っているのだろう。
そんなグレイにシェリーは呆れた目を向ける。
「行っても構いませんが、今のグレイさんは師団長さんと同じ域に達しませんよ」
そんなに簡単に逸脱した存在になれるとしたら、陽子のダンジョンはもっと利用価値を見出されていたはずだ。
「グレイさんが全く手足が出なかった黒狼クロードでさえ獣化止まりでしたよね」
シェリーの言葉が追い打ちのようにグレイは大いに項垂れた。そして、トボトボとリビングを出ていく姿はまるで迷子の犬のようだった。
「じゃ、クロードに勝てるようになればいいのか?」
今度はオルクスがシェリーの顔を覗き込むように聞いてきた。クロードを基準にする?シェリーは答えず首を傾げる。
そういう問題なのだろうか。




