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ナヴァル家を後にしようとしたが、未だにグレイとオルクスが戻ってこない。ユーフィアに彼らがどうしているか確認を取ってもらうと、ユーフィアのもう一人の侍女が応接室に入ってきた。
「奥様。失礼します」
そう言って入ってきたのは、金髪にマリアより大きな耳と尻尾を持った狐獣人のセーラだった。
「ヴァリー坊ちゃまはマリアさんとグレイシャル様とオルクス様にボコボコにされております」
それは集団リンチをされている言い方だ。
「あ、間違えました。根性を入れ直して貰ってます」
言い直してもあまり変わりはない。それにしてもグレイを呼びに行ったオルクスまでも参加をしているとは、ヴァリー青年はオルクスの癇に障ることでも言ったのだろうか。
「そうなの?シェリーさんがお帰りになるというから呼びに行ってもらえる?」
「無理です」
セーラは即答だった。
「あんな中に私が止めに入るなんて出来ません!絶対に死にます!」
確かにマリアもオルクスもギラン共和国で傭兵団長をしていた人物だ。グレイも最近は力を付けてきている。そんな者達が武力を振るっている中に一般人が止めに入るなど無謀でしかない。
「セーラさん。案内をお願いできますか?」
シェリー自身このまま放置して帰っても良いのだが、それは周りの者達が許さないだろう。だから、二人を回収するため、セーラに案内を頼む。シェリーからそのように言われたセーラは、ユーフィアの側で報告をしていたにも関わらず、お行儀悪くローテーブルを飛び越え、外套をまとったシェリーの前に着地し跪く。そして、シェリーの両手を取って満面の笑みを浮かべた。
「おまかせください!」
セーラはキラキラした目をシェリーに向けていた。
「この前、愚兄のところに遊びに行ったら、丁度先日のエルフからの書簡が届いていましてね。どうやらユーフィア様が作られた薬の配布が始まったらしいです」
そのような事をセーラが話しながらシェリーの隣を歩いて案内をしてくれている。
しかし、いくら兄妹と言っても簡単に他国の書簡を見ることができるのは問題ではないのだろうか。
「でも、一国で一箇所しか薬を配布できるところがないですから、進んでいないのが現状みたいです。倉庫の薬はあまり減っていませんし、難しいですね」
確かに一国で一箇所となると国の中心にある教会に設置することとなるので、一番必要となる庶民に行き渡らないのが、現状だろう。
「イーリスクロム陛下から各国の上層部····いえ、その前に問題が山積ですね」
そもそも、マルス帝国の手口を理解していない国が多いだろう。これは教会の方から動いてもらわないといけないのだろうか。それとも別の情報発信ツールが必要なのだろうか。
しかし、シェリーはやはりイーリスクロムに丸投げをしようと思い、口を開く。
「やはり、イーリスクロム陛下に各国に周知徹底をするようにと伝言をお願いします」
「了解しました!ふふふ。また、愚兄の困った顔が見られそう」
セーラはあのイーリスクロムを困らせることに意欲的なようだ。
そして、案内された場所は庭の一角を訓練場として整備をされたところだった。整備····されていたと言い換えた方がいいだろう。地面は平らなところが無いぐらい陥没している。
訓練場の入り口にグレイが背中を向けて立っており、陥没しているヘリに青い髪の人物が引っかかっており、その前にはオルクスとマリアが立っていた。
てっきり、グレイとオルクスが手を出しているかと思えば、元傭兵団長の二人が教育と言う名のお仕置きをしていたようだ。
「グレイさん。これはどういう状況でしょうか?」
シェリーの呼びかけにグレイは笑顔で振り向き答えた。
「シェリーが気にすることじゃないから大丈夫だ」
どう見ても大丈夫ではない雰囲気だ。シェリーが来たことがわかったオルクスは、嬉しそうにこちらにやってきた。
「シェリー、帰るのか?丁度終わったところだったから良かった」
何が良かったのだろう。シェリーはオルクスにも尋ねてみた。
「これはどういう状況ですか?オルクスさんはグレイさんを呼びに行ったのでは?」
「こいつさ、シェリーの事を悪く言ったんだ。それは自分の立場っていうものを思い知らせないとな」
いい笑顔でオルクスは言い切った。そんなオルクスをシェリーは怪訝な表情をして見る。なぜ、呼びに行って、マリアと一緒になって他所様の子供の教育に口を出しているのかと。
「ナヴァル家のご子息から文句を言われるのはいつもの事なので、一々反応しなくてもいいです。話し合いの邪魔をするようなら簀巻きにするぐらいでかまいません」
先程シェリーがヴァリー青年に対して動こうとしたのは、これ以上邪魔をしないように簀巻きにするためだったようだ。
「情けないことですね」
顔に飛び散った血を拭いながらマリアもこちらにやってきた。このナヴァル家の嫡男を放置しているがいいのだろうか。
「奥様の品を落とすような行動は差し控えるようにと言っていましたのに、このようなところまで、あの駄ケ···旦那様に似てしまうなんて」
相変わらずマリアの頭の中はユーフィア中心だった。




