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「ここで考えていても仕方がないので戻ります」
シェリーは用が済んだとばかりに、踵を返す。それに対してオルクスが疑問を投じた。
「シェリー。ここだけでいいのか?他にも何か書いてあるけど?」
オルクスの疑問は最もだ。見るものによれば、全てが一連のモノかと思ってしまうだろう。
「それは、私宛のものではありません」
『そうそう、これらは全て別の人に宛てたモノらしいよー。書いている姿は一心不乱で怖かったよー』
その場にいたらしいダンジョンマスターは、アリスの狂気の一端を目にしたようだ。
シェリーは来た道を戻って、出口に出てみると、そこには一人の人物が立っていた。
「早かったな」
声を掛けた人物は目つきの悪い目をシェリーに向け、髪は白に黒が斑に入っており、そこからは三角の耳が出ている猫獣人だった。
「キョウさん、何か用ですか?」
首都ミレーテのフィーディス商会で会ったキョウだった。シェリーから何の用だと尋ねられたキョウはため息を吐く。
「はぁ。初代様からの伝言だ。ユールの旦那から許可はもらったから、次の配達時に入れておくだそうだ」
どうやら、お米の件でキョウは伝言という使いを頼まれたらしい。当の炎王はさっさと国へ戻ったのだろう。
「キョウさん、暇なのですか?」
一月ほど前もミレーテに来ており、今回も伝言という雑用をさせられているキョウにシェリーは仕事はいいのかという意味を込めて聞いてみる。
「んなわけねーだろ。さっき戻って来たばかりだ」
「ああ、サメに食べられそうになっていたアレですか」
「なんだ見ていたのか」
帰って来たばかりというのは高台から見えていた商船に乗っていたようだ。シェリーは炎王が言っていた言葉を思い出し、キョウに聞いてみた。
「炎王から聞いたのですが、商船が襲われているようですね」
「ん?ああ、見た目はドドール国の船だが、あの奴隷を多く乗せた船はマルス帝国の船だ。だが、こっちと足の速さが違うからな。あっちの攻撃は当たらないから問題はないと言いたいが、ここ最近、魔武器の性能が上がって来ているのか、ヒヤヒヤすることがある」
恐らく例の人物はユーフィアの魔武器を再現するまでに至っているのだろう。これは炎国で対処しなければならないことだが、魔武器となると話が変わってくる。この件にユーフィアを一枚噛ますか。いや、そうすれば、あのユーフィア第一のクストが黙ってはいないか。
しかし、炎国の商船に何かあるとシェリーが定期的に買い付けている商品が手に入らなくなる。これは大問題だ。
クストが居ない日を狙ってユーフィアに頼んで見るかとシェリーは心に決め、キョウに言う。
「キョウさん。魔武器の件どうにかならないかユーフィアさんに聞いてみます」
「ユーフィア?·····もしかして、あの危険極まりない人族のことか?」
危険極まりない?シェリーは首を傾げる。ユーフィアを表現する言葉には思われない。
「なぜ、そんな不思議そうな顔をする。あの人族を炎国に行くように勧めたのはお前だろ?」
「確かに随分前に炎国の話はしましたが?クラーケンを倒したり、海を氷河期にしたりしたとは聞きましたよ」
シェリーはそれがどうしたと言わんばかりに普通に答える。それに対してキョウは再びため息を吐いた。
「はぁ、なんでそれが当たり前みたいな言い方をするんだ?それ、おかしいだろ」
キョウはユーフィアの武勇伝(笑)を知っていて、それが普通だと言わんばかりのシェリーの態度に苛立ちをあらわにする。
「ユーフィアさんは日々魔武器の性能向上に意欲的ですので、それぐらい普通じゃないですか?」
「お前らの普通がおかしいことぐらい気がつけ!」
苛立ったキョウにシェリーは淡々と言う。
「では、炎王もおかしいと「いや、待て!」」
「俺はそんな事を言っていない!なんで、初代様がおかしいという話に置き換わるんだ!」
シェリーの言葉にキョウは慌てて否定する。しかし、シェリーはそんなキョウの態度に首を傾げる。
炎王の力も普通ではない。炎王の力は世界から与えられた逸脱した力だ。王と崇める存在が力を振るうのであれば、それは崇高なる力であり、シェリーやユーフィアが振るう力は異常だと認識される。
人の主観により力の正当性が変化するのはよくあることだが、シェリーは理不尽だと思い、ため息が出た。
「はぁ。魔武器の事ならユーフィアさん頼むのが一番だと思います。何か対処法があると思いますので、頼んでみます」
「あの人族に頼むのか?なんでここまでしようとする」
キョウは不可解だと言わんばかりの視線をシェリーに向けた。
「私が頼んでいる商品が届かなくなるのは困りますので」
思いっきり、自分勝手な理由だと口にした。




