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シェリーは再びギラン共和国の地を踏みしめていた。金狼族の族長として喚び出され、転移で首都ミレーテの冒険者ギルドに来ていた。
朝の騒がしい時間を避け、昼前のあまり人が居ない時間を狙ってこの地に転移してきたのだが、転移の間の扉の向こう側はまるで朝の時間帯のようにざわめきで満ちていた。
シェリーは眉を潜めながら扉を開け、ギルドの喧騒の中に入っていった。シェリーの横にはカイルが並び歩き、グレイ、スーウェン、リオンが続き、最後にオルクスが転移の間から出てくるとざわめきが大きくなった。
冒険者達が口々に何かを言っているが、シェリーにはよくわからないことだった。
「今年も参加しますから」
「本戦まで残ります」
「挑戦権はもぎ取ってみます」
とか言っている。何のことだろうと思うがシェリーには関係がなさそうなことなのでそのままギルドの外に出る。
ギルドの外に出ていれば、いつもの街の雰囲気とは明らかに違っていた。騒がしいのも多くの人々が往来しているのも変わらないが、人々の心が何か浮ついているように思える。
「何か祭りでもあるのか?」
後ろの方でリオンがオルクスに聞いていた。
「ああ、もうこんな時期なのか。一年に一度首都で祭りが行われるんだ。元々は戦勝記念だったらしいが、今はただの騒ぎたいだけの祭りだ。」
「戦勝記念ですか?」
今度はスーウェンがオルクスに聞いている。
「確か、メトロイド大戦だ。」
メトロイド大戦。エルフ神聖王国と魔導王とも暴君と呼ばれた者の戦いの名称だ。メトロイドとは当時のエルフ神聖王国の王都の名から取られた名であり、一国対一人の王との無謀なる戦いの名でもある。その戦いに便乗するようにギラン共和国で英雄と呼ばれている者たちが、エルフ族以外の種族に負わされた不遇からの解放を願い、立ち上がった戦いでもある。
「ふーん。で、その祭りが今日あるのか?」
グレイが周りをキョロキョロ見ながら聞いている。
「いや、まだ今日じゃないはず。祭りが始まればこんな感じじゃなくなるからな」
これでも人々が浮かれている雰囲気が肌で感じる程だ。祭りが始まるまでにさっさとこの国を離れた方が良さそうだと判断したシェリーは歩く速度を早め、シド総帥がいるであろう傭兵団の本部へ足を進めた。
首都の郊外にある緑の木々に囲まれた建物までやっていた。シェリーはドアノッカーを手にして扉を叩く。扉の奥からバタバタをいう足音が聞こえて来ることから、今回はきちんと聞こえたようだ。
「傭兵団に何の用だ」
そう言って人族らしい人物が顔を出した。しかし、シェリーの顔を見た瞬間『げっ』と声を漏らす。
シェリーはシド総帥から貰った封筒をその人物の目の前に突きつけ言う。
「シド総帥閣下から呼び出されたので、面会希望です」
「はっ!了解いたしました」
と言う返事と共にシェリーに向かって敬礼をする人物に、なぜ上官のように対応されるのかがわからないと、シェリーはため息を吐き出した。以前ここを訪ねてきた時とは容姿が変わっているハズなのにおかしな対応をされた。やはり、黒髪が駄目なのだろうか。
以前通された会議室の様な部屋に通され、しばし待つと、傭兵団の軍服を纏ったシド総帥が入ってきた。今日は流石に寝起きではなかったようだ。
「やっと来たか。本当にリュエルが言っていたとおり、別人の姿だな」
そう言いながらシド総帥はシェリーの向かい側の席につく。っと言っても定位置であろう長椅子に偉そうに座っている。どう見ても20代にしか見えないシド総帥が偉そうに座っていても貫禄というより、生意気さの方が滲み出てきてしまっていた。
「先日、フィーが連絡もなしに突然帰ってきて、『閣下に番様がいたなんて知らなかった』と言ってずーと泣いていて話にならんのだが、どういう事だ?」
どういう事だと聞かれも、フィーとは誰だとシェリーは思ってしまう。推測するに第3夫人だと考えられるが、第3夫人からそれ以上の情報が得られなかったので、こちらに矛先を向けてきたという事のだろう。
「どうして、私に連絡を入れてきたのですか?そもそも、そういう国ごとの事は直系の血筋であり、大公代理のオーウィルディア様にお聞きすればいいのでは?」
その言葉にシド総帥は長椅子の背もたれにもたれかかり天井を見上げた。
「ナディア様はご存知だったのだろうか」
ぽそりとシド総帥が漏らした。これはミゲルロディア大公閣下に番がいるにも関わらず、娘を差し出せと女神ナディアが言ってきたのかと確認をしたかったという事なのだろうか。
「ご存知だったでしょうね」
シェリーは推測するぐらいしか出来ないが、神として数多ある未来から子孫に対して最良の未来へ導く為に神託をしてきた女神なら知っていただろう。
しかし、最良の未来とは国として最良なのだ。個人に対してではない。あとは女神個人的は私怨と言っていいものだったりする。
「ナディア様は我々を馬鹿にしているのか?番という存在がどの様な存在かわかっておられないのか?」
「私は当時のことを知りませんが、大公閣下の番である第2夫人が亡くなった後の話ではないのでしょうか?」
「番を亡くした後なら更に悪いではないか!」
シド総帥はシェリーを睨み責め立てるように声を大きくして言った。




