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怪しい空気に満たされた部屋の扉をノックする音が響いた。外から『入室されたいと・・・』と声が掛けられると同時に部屋の扉が開けられる。バンっとするほどの勢いで扉が開き、鞄を抱きかかえ早足で部屋に入ってきたのはユーフィアだった。
「シェリーさん!お約束の物を持ってきました」
相変わらず技術者として行動を起こすと周りが見えなくなるのは如何なものかと、シェリーは部屋に入っていたユーフィアを見る。
「まだ、時間があるようなので、ここで説明しますね!」
そう言ってユーフィアはローテーブルに小さな小箱を置く。そして、両手を小箱に差し向けながら
「なんと!これがあれば私の貯蔵庫から薬が取り寄せられるという物です!この箱を開けて手を突っ込めば、あら不思議!小瓶が出てくるではないですか!
この小箱ならどこに設置しても邪魔にはなりません。しかも、ある程度魔力が無いと取り出せませんので、普通の人にはただの箱という防犯機能付き!
最初は魔力認証とか暗証番号をつけようかと思ったのですが、エルフと言えば高魔力ってことで魔力感知機能のみに留めてみました」
興奮しながらユーフィアは言っているが、勢いよく入って来きて、早口で小箱の説明をている姿にドン引きしているこちらの事は見えていないようだ。
「ユーフィアさん。少し落ち着いたら如何ですか?」
「ええ。大丈夫です」
何が大丈夫なのか分からないが、話が噛み合っているのかどうかも伺わしい。
「それでですね。この小箱を15個用意しました。この大陸の国の数だけ最低限作ってみたのです」
ユーフィアはわざわざ出さなくてもいいのに鞄から次々と小箱を出してテーブルの上に積み上げていった。
「ユーフィアさん!取り敢えず座ってお茶でも飲んで落ち着いてください」
シェリーにそう指摘され、ユーフィアはハッとして周りを見渡し、顔を赤くしながらソファに腰を降ろした。
「ごめんなさい。私ったら」
「奥様は何も悪くはありませんよ。駄犬が来るまで、御くつろぎください」
ユーフィアに向かって、そう声を掛けながら小箱を鞄に戻していき、お茶とお菓子を置いている女性に目を向ける。いつかユーフィアの馬車の中で会った金髪の狐獣人の女性のようだ。しかし、駄犬とは・・・
「第6師団長さんも会談に出席されるのですか?」
シェリーはユーフィアに尋ねる。しかし、答えたのは狐獣人の女性で
「駄ケ・・・旦那様は師団長としてではなくナヴァル公爵としてご出席されます」
当主であるクストを駄犬呼びする侍女は侍女としては駄目ではないのだろうか。いや、クストのユーフィアに対する対応を見ていると仕えるものとしては、思うこともあるのかもしれない。
「ちなみに私も王妹として出席させていただきます」
ああ、そう言えばこの女性は以前イーリスクロムの事を愚兄と言っていたとシェリーはふと思い出した。
「そして、私は使命の駄犬を制御することのみに集中しますので、私が怪しい行動をとってもお気になさらずに」
ただの侍女としては会談に出席出来ないので、王族として出席する理由がユーフィアの事で奇行に走るクストを押さえ込むことだった。ナヴァル公爵家の内情に口を出すことはないが、面倒なことにならないといいなとシェリーは思いながら、頭を下げる。
「すみません。私がユーフィアさんを誘ってしまった為にいらない仕事を増やしてしまったのですね」
「頭を上げてください。以前にも言いましたが、私、貴女とお友達になりたいのです。だから、今日はとても楽しみにしてきました。あの愚兄の困った姿なんて今まで一度も見たことなかったのに、先程挨拶にいったら「セーラ」ウィッ!」
セーラと呼ばれた狐獣人の女性は涙目で頭を抱えていた。後ろにはセーラの頭に手刀を落とした姿で立っている金狼獣人のマリアがいる。
「本当にセーラに任せていいのか不安になってきました。私は会談に出席出来ないですからね」
アリアはセーラに呆れたように言う。そして、シェリーを見て
「この件が終われば族長のところに必ず行くように」
手紙だけでは足りないと思ったのか念押しをするようにマリアが言葉を放つ。しかし、シェリーは面倒くさい雰囲気をありありと出しながら、マリアに向かって言う。
「そもそも私は第3夫人が知っていることぐらいしか知りませんよ。聞くならオーウィルディア様から聞いてください」
「その場にいなかった者の言葉など意味がありません。必ず行きなさい。それから、もうすぐ時間となりますので、移動を願います」
そう言ってマリアは頭を下げた。どうやら、マリアもシド総帥からラースの内情を耳にしたのだろう。仕える者として対応しているマリアが部屋の移動を促す言葉を聞いたユーフィアが言葉を漏らす。
「クストは?」
「駄、旦那様は直接会議場に向かわれました」
 




