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シェリーは手に纏っていた魔力を霧散させる。それを見た炎王はため息を吐き、言い訳をはじめた。
「昔、魔力の扱い方は教えることはできたんだが、魔術となると全くもって形に成らなかったんだ。
火を灯すことはできても、火の矢を飛ばすことができない。水を凍らすことは出来ても、氷の槍を作り出すことはできなかったんだ。はぁ。根本的に何かが違うんだろうな」
それで魔術を教えるのを諦めたのだろうか。他に魔術が使える人はいなかったのだろうか。
「それで、それが言いたかったことか?」
炎王はそうシェリーに聞いてきた。聞きたいことはまだあったが、この分だと知らなかったと言われそうだ。
炎王の知識はシェリーと同じ様に周りから与えられた物が多く、彼の世界の知識が入り混じり形成された物なのだろう。
だから、普通に魔術が使えない。龍人アマツに関してもそうなのだろう。
「色々、言いたいことはありましたが、知らないと言われそうなのでいいです」
「あ?なんでそう言い切るんだ」
「では、龍化はわかりますか?」
「・・・リュウカ?」
やっぱりその存在自体を知らなかったようだ。炎王の戦闘スタイルには龍化は合わないのでもしかしてと思ったら、そのとおりだった。
「なのでいいです」
「そっかー。エンエン龍化できないのか。王様でもできないことあるんだね」
陽子はニヤニヤと笑って炎王を伺いみる。
「人には得手不得手というものがある。リュウカが何か知らないが、出来なくても今まで問題なかったから別にいいだろ」
炎王は開き直り、土がむき出しになった道に足を進め始めた。必要な薬草を採りに行くのだろう。
「あ、待ってください」
居心地が悪くさっさと去ろうとする炎王の背中にシェリーは声を掛ける。そして、鞄から一本の小瓶を取り出し炎王に差し出した。
「聖水です。どういう状態か知りませんが、少しは浄化ができます」
聖水を目の前に差し出された炎王は目を見張りシェリーと聖水を交互にみる。受け取ろうとしない炎王にシェリーは押し付けるように小瓶を渡た。
「これでも聖女ですから、効き目は保証しますよ」
「いや、それは疑っていない。それで俺は何を要求されるんだ?」
毎回取り引きの度にお互いの足りないものを交渉材料にしてきた関係だ。だから、炎王からそのような言葉が出てきた。
「別に今回はいいですよ。質問に答えてもらったお礼ということで」
シェリーは陽子を見てお礼を言って、元来た道を戻って行く。陽子も手を振ってそれに答え、シェリーの後にはカイルとリオンが付いて行っている。その姿を見た炎王は
「やっぱり、リオンには重荷だったか」
ポソリと呟く。
「うーん。ササッちがこのところ、彼らに冷たいんだよねー。何があったか知らないけど、前はそこまで拒否反応はなかったと思うんだけど」
陽子の知る限り心当たりがないと首を捻る。そんな陽子に炎王は『ああ』と言葉を漏らした。
「ああ、竜人の彼が魔眼に操れたからだろうな。今まで側にいた人物から剣を向けられて平然していた佐々木さんだったけど、やっぱり何か思う事があったのだろう」
「ん?そう言えば竜の兄ちゃんがそんな話をしていたような?でも、魔眼かー。普通魔眼からの精神侵略に対抗できる人はいないと思うよ」
「普通はいないよな」
炎王も陽子の言葉に同意する。炎王はもう見えなくなってしまった姿を捉えるように目を細めた。
「やっぱレベルだけ上げても駄目だったか。ここ10年でリオンを鍛えるだけ鍛えてみたが、はぁ・・・魔術か」
「あはは。まさかエンエンが魔術を教えることが出来なかったなんてね。得意なのにね」
陽子は炎王の背中をバシバシ叩きながら、笑っている。笑われた炎王は陽子の手を払いシェリーと逆の方向に足を進め、陽子に悪態をつく。
「うるせぇ」
「でも、鬼くんのステータスなら剣と魔術の両方使いこなせるよね。それにササッチ曰く暴君レイアルティス王の質を持っているらしいしね」
「は?何だそれ」
「神様の遊び心らしいよ」
陽子の言葉に炎王は納得したように言う。
「ああ、面白ければいいってヤツか」
「そうらしいね」
「暴君レイアルティス王か・・・それは怖ろしいな」
そう呟く炎王の表情は苦虫を噛み潰したような顔をしている。彼は暴君レイアルティス王を知っているのだろうか。
「エンエンはレイアルティス王を知っているの?」
陽子はそんな顔をしている炎王が気になったらしい。
「知らんが、暴君とエルフ王との戦いの跡をいくつも見せつけられ、同じ戦乱の時代を戦った者たちから話を聞いたからな。しかし、リオンがな。」
長い時を生きた炎王は暴君レイアルティス王について詳しく知ることできたのだろう。




