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奇妙な人の視線を受けながら、シェリーは広報部前まで来た。ドアをノックすると、朝も出てきてくれた顔なじみの女性が出てきてくれた。しかし、その女性はシェリーとカイルを見た瞬間、固まってしまった。
「サリーさんを呼んでくれませんか?写真機をお返ししたいのです。」
「さ、サリーぐんそ~!凄いメロメロ美人からお呼び出しです〜!」
よくわからない表現をされた。奥の方から『メロメロ美人ですって!』とサリーの声が響いていることから、二人の間で理解されている言葉なのだろう。
またしても慌てて出てきたのか、サリーの口の周りに食べかすがついたまま、広報部の部屋から出てきた。ああ、お昼の時間になっていたのかと思ったが、シェリーを見たサリーは
「シェリーちゃんどうしたの?昔の姿に戻っているじゃない?陛下に何かされたの?めっちゃかわいい!お持ち帰りしたいわ!おねぇさんと一緒に帰る?」
この国に来た当初から軍に連れていかれていたシェリーの面倒を見ていたサリーはシェリーの黒髪の姿を知っているのだが、途中から何かおかしなテンションになってしまっている。ココまでくればシェリーも何かおかしな力が働いていることに気がついた。
サリーに抱きつかれ、ほっぺた同士でスリスリされながら、シェリーは女神ステルラの祝福の効力かと思い至る。
相変わらず、神の考えと人との間にはかなりの乖離がありすぎる。神が良かれと思って与えた祝福が必ずしも人の為にならないのだ。
イライラの限界に来たらしいカイルからシェリーとサリーが引き離され、抱き寄せられた。
「いつまで抱きついている。」
「あら?だってこんなメロメロシェリーちゃんが目の前にいたら、抱きつくわよね。ふふふ、シェリーちゃん。新年の対戦表が出たのだけどいる?」
新年の対戦表とは新年にある騎士養成学園で行われる剣術大会の対戦表のことなのだろう。シェリーは引き離されたサリーに近づき
「欲しいです。」
「未発表だからまだ内緒ね。あげるからぎゅってしていい?」
そんなことでもらえるのなら、とシェリーは笑顔で言った。
「くれるなら良いですよ。」
「ふふふ。勝った。」
サリーはしてやったりと言う顔をカイルにして、シェリーを堪能して写真機を受け取り一枚の用紙を渡して、シェリーを解放した。
シェリーはご機嫌で軍本部内を歩いているが、その横を歩いているカイルの機嫌は最悪と言ってもいいほどイライラ感が醸し出されている。
それは先程からすれ違う軍の人達の態度がおかしいからだ。笑顔でご機嫌のシェリーに撃沈している人達が続出しているのだ。シェリーを見て固まってしまう人はまだいい。カイルが側にいるにも関わらずシェリーに声を掛けようとする輩までいたのだ。
シェリー自身はご機嫌で気がついていないようだったが。
そして、前方から先程会った第6師団長と副師団長が歩いてきた。シェリーとカイルの姿を見た二人は
「ほら、捨てられていませんでしたね。」
「そいつを一人で行動させるな。ユーフィアに近づけさすな。」
いつもどおりの態度だった。
「緊急の呼び出しがあったのですが、また貴女が何かしたのですか?」
副師団長のルジオーネがシェリーに尋ねる。ご機嫌だったシェリーはいつもどおりの態度に戻り
「私ではなく、オーウィルディア様の案件です。」
「ウィルの?なんだろうな。」
第6師団長のクストは考えるように首を捻っている。このいつもどおりの二人の態度にカイルは気になったのか二人に尋ねる。
「すれ違う人がシェリーに対する態度がおかしいのだが、二人はいつもどおりなんだな。」
「おかしい?幼い頃に見かけた姿になっているからですか?」
「どういう心境だ?今まで隠していたのだろう?」
二人とも黒髪のシェリーの姿を知っているので、そこまでの偏見はないようだが、黒髪のシェリーを知っているサリーのテンションは完全におかしかった。
「残念ながら色々あったのですよ。」
同じ黒を持つクストにシェリーは答える。
「そうか。もう少し生きやすい世の中になれば良いのだがな。」
そう言って二人は軍本部の奥に去っていった。クストも思うことが色々あったのだろう。
軍本部から外に出たシェリーは魔石を地面に落とし、転移の陣を敷き、家のリビングに戻ってきた。一人分の大きさしか陣を敷かなかったのに、カイルも一緒に戻ってきてしまった。
「それで、シェリー。色々とは何があったのかな?」
機嫌の悪いカイルに逃さないとばかりに抱えられてしまった。帰ったら、オリバーを叩き起こして、この状態をなんとかできないか相談したかったのに、カイルに捕まってしまった。
はぁ。有意義な一人の時間はとても短かった。
閑話
「軍曹。あのメロメロ美人がシェリーちゃんだって言うのですか?」
「そうよ。昔は黒髪美幼女だったのよ。」
サリーはシェリーから受け取った写真機の中の画像を印刷していた。
「黒髪美幼女?」
「美少女ルークちゃんと姉弟よ。わかるでしょ?」
「わかりませんよ。似ていない兄妹を知っていますから「ヒャー!!」」
サリーがいきなり悲鳴を上げた。広報部全員が業務を中断しサリーの方を見る。
「レ、レイモンド様が!何この激甘な笑顔!胸キュン通り越してズキューーンよ!」
なんだいつもどおりのことかと、皆、止めていた手を再び動かし始めた。




