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ジャリっと砕けたガラスを踏み進んでくる足音と共に、殺気が辺りを支配する。
「俺がいない間に何があった。」
そう言いながらカイルがシェリーに近づいてくる。しかし、カイルの視線は未だにレイモンドに掴まれているシェリーの手に向けられていた。
「あったと言えばありましたが、それがどうしましたか?」
カイルは手刀でレイモンドの手を叩き落とし、シェリーを抱き寄せる。
「やはり、側を離れるんじゃなかった。」
抱き寄せたところでカイルはシェリーの首にいつもどおり青いペンダントが揺れていることに気がついた。
ペンダントがあるのにシェリーが本来の姿に戻っている。
「で、何があった。誰がこの様な状態にさせた。そこの近衛騎士隊長か。この国の王か。」
カイルはそう言いながら、シェリーの手を掴んでいたレイモンドを睨みつける。その時、廊下が騒がしくなり、部屋の扉が開け放たれ、十数人の騎士が剣を携え、なだれ込んできたのだ。
「ご無事ですか!」
そう言いながら、イーリスクロムを守るように囲った騎士たちはレイモンドと同じ様な軍服を纏っているので、近衛騎士の者達なのだろう。
「貴様等が侵入者か!この不届き者が!」
中央に陣取った大柄の熊獣人の男性にそのような事を言われたが、この言われようだとシェリーまで侵入者扱いにされてしまっている。侵入者はカイルのみなので、文句を言おうと壁になっているカイルから体をずらし、シェリーは口を開いた。
「私は国王陛下から呼ばれただけですので、侵入者ではありません。」
シェリーがそう言ったことで、多くの視線がシェリーに向けられたが、近衛騎士たちが黒髪のシェリーの姿を見て固まった。
やはり何も変わりないじゃないかと思ったが、何かおかしい。シェリーを見て視線を背けたり顔を真赤にしている。なんだ?この反応は?
シェリーが困惑しているとカイルが破壊した窓から新たな侵入者がやってきた。
「殿下ー。忘れものですよ。」
そう言いながら、ラースに居るはずのディスタがガラスを踏みながら入ってきた。
「速すぎです。剣を届けようとしても全然追いつけないじゃないですか。」
このなんとも言えない空気を壊してくれたのはありがたいが、侵入者が一人増えてしまったことに変わりはない。
カイルに大剣を渡しながら、ディスタの視線がシェリーに向けられた。
「え?これは・・・ナオフミが女装して・・・ぐっ。」
シェリーは思いっきりディスタの腹を殴った。
「何処がクソ勇者に似ていると?目が腐っているのでは?」
「その口の悪さは殿下の番か。全然違うじゃないか。うん。こっちの方がいい。」
そう言ってディスタはシェリーの頭を撫でるが、カイルにその手を叩き落とされる。
「さわるな。」
「はいはい。俺は帰りますよ。ウィルからの伝言で『続きはシェリーちゃんにお願いしてね。』だそうだ。」
別にオーウィルディアの口調を真似しなくてもいいと思うのだが、ディスタは用が終わったとばかりに踵を返して、入ってきた壊れた窓から出ていこうとしていた。しかし、それを引き止める声でディスタは足を止めた。
「ちょっと待て、その声はディスタ?」
近衛騎士たちに囲まれたイーリスクロムが引き止める。
「何か見えないけど、イーリスか?」
ディスタからそう言われ、イーリスクロムは近衛騎士たちに問題ないからと言って壁際で待機するように命令し、ディスタの方を向く。
「さっき気になることを言っていたが、殿下って誰のことかな?」
「誰ってカイザール殿下のことか?しかし、イーリスが本当に王なんてものをやっているなんてな。」
ディスタからカイルの名前を聞かされ、カイルを見て天井を見上げるイーリスクロムがいる。ため息を吐いてディスタにもう一つ気になっていた事柄をイーリスクロムは尋ねた。
「ディスタ。お前、国に帰るって言っていなかったか?なんでまだ、この大陸にいる?」
「ああそれ?一旦国に帰ったけど、命令でまた戻って来た。今はウィルのところで雇われている。あ!そうだ。ウィルから伝言があった。『イーリスちゃんに言っておいてー。昨日次元の悪魔が3体出現したわって、そのうち一体が魔眼持ちよ。思ったより魔眼持ちの出現が早いわ。魔王の復活も10年かからないかもしれないわ。』と言っておいてくれと言われた。」
だから、口真似は必要ないのではないのだろうか。
「魔眼持ちが?早急に対策しなければならないってことか。レイモンド。1刻後に軍議を開けるように伝達してくれ。」
「はっ。」
レイモンドはイーリスクロムに命令されたことを成す為に部屋を出ていき、ディスタも用が終わったので壊れた窓から外に出ていった。
「君が関わると普通では起こり得ないことが起こるね。寿命が縮む思いだよ。今日は君の了承が得られたからそれでいいよ。詳しことは後日連絡をするからその時はまた来てくれ。」
イーリスクロムはシェリーにまた来て欲しいと言い。オーウィルディアから言われたことを検討するためだろうか部屋を出ていき、シェリーとカイルも部屋を出された。
本当なら転移で家に帰りたいところだが、シェリーの手にはサリーから渡された写真機があるままだった。これは返しておかなければならないので、王宮から軍本部まで歩いて戻ることとなる。
しかし、すれ違う人の視線がとても気になる。隣で無言で歩いてるカイルの機嫌も段々悪くなってきているのか不穏な空気が漂ってきている。
一体何なのだ。今までのように拒否される感じや憎悪を向けられるわけでもない。どちらかというと、第5師団で向けられた視線に近い感じだ。
シェリーはあの時を思いでしてしまい、ブルリと震えてしまった。
誤字の訂正を致しました。ご指摘ありがとうございます。




