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シェリーは女神ステルラがいた場所を涙目で睨みつけていた。やられた。完全に女神の良いようにしてやられてしまった。
流石にオリバーが作ったペンダントも神の力の前ではおもちゃ同然だ。これではもうペンダントが意味をなさなくなってしまった。
深くため息を吐き、ソファに座り込んだ。これではこのまま外を出歩かなければならなくなった。例え神からの祝福があろうとも嫌なものは嫌だ。
「シェリー・カークスか?」
名前を呼ばれ顔を上げるとレイモンドがシェリーの目の前にいた。一体どうしたのだろうか。先程からここにいるのに、何故疑問形で呼びかけられなければならないのだろう。
「何か?」
「美しい。確かにビアンカ様の面影がある。」
何故か隣にレイモンドに座られ、手を取られた。
「何故その美しい姿を隠していたのだ?いくら黒を纏っていようが、その必要はなかったのではないのか?」
レイモンドはシェリーの手の甲にくちびるを落としながら、そのような事を言ってきた。一体この近衛騎士隊長は何を言っているのだという目をシェリーは向けるが、レイモンドがシェリーに向ける眼差しはここ最近付き纏われているツガイ達から向けられる視線と酷似していた。
シェリーはイーリスクロムに視線を向けるが、彼は女神ステルラに向けられた眼差しから立ち直れていないようで、未だに立ったまま微動だにしていない。あれぐらいで、固まってしまうなんて、一国を背負うものとしては精神が弱すぎではないのだろうかとシェリーは思いつつ、手を取られたままの状態をどうすべきか悩んでいた。
「話は終わったようなので私は帰ります。」
そう言ってシェリーが立ち上がると、レイモンドも立ち上がり
「送っていこう。」
と言い出した。シェリーは近衛騎士隊長のくせに守るべき王を放置して送っていくとはどういう事だという視線を投げつつ
「結構です。」
と、キッパリと断る。その時、外に面する窓ガラスが外から衝撃を受けたかの様に粉々になって砕け散った。そして、外がバルコニーになっているであろう大きな窓格子が部屋の内側にへしゃげながら飛んできた。
「これはどういう事だ?」
地を這うような低い声が外から聞こえ、その声の主が粉々になったガラスを踏みながら入って来くる。
「カイルさん、早かったですね。5日程かかるのではなかったのですか?」
そう、窓の外から入ってきたのは昨日シェリーの元を離れていったカイルだった。
カイルがシェリーに5日ほど離れると言ったのは確かだ。
シェリーの側を離れることを躊躇していたカイルは王都メイルーンから公都グリードの間を往復するのに急いでも5日は掛かるのだが、1日で戻って来たのだ。
カイルはシェリーの元を離れ、昨日の夕刻にはオーウィルディアを訪ねることができた。
ーヴァンジェオ城にてー
「え?何があったかですって?」
朝に会ったばかりのカイルが再びオーウィルディアの前にいることに驚いているようで、オーウィルディアが動いた振動で積み上がった書類が机の上から雪崩落ちている。
雪崩落ちている書類を諦めたように眺めながらオーウィルディアはカイルに尋ねる。
「わざわざここに来なくても、シェリーちゃんから聞けば良かったんじゃない?」
「聞けない。たぶん聞いてもはぐらかすだろう。」
確かにシェリーは事実を言ってはいたが、カイルの行動に関しては何も言っていない。
「知らない方がいいこともあるわ。」
オーウィルディアは立ち上がり、机から落ちていった書類をかき集めて行く。
「知っておかないと駄目なんだ。」
カイルから絶対的な意思を感じ取ったオーウィルディアは書類を持って立ち上がり、カイルの前に立つ。
「そう。後悔しないなら教えるわ。貴方がシェリーちゃんに剣を振るったそれだけ。」
オーウィルディアの言葉にカイルは愕然とした。
番であるシェリーに剣を向けて振るった!
朝のオーウィルディアの言葉から魔眼に操られている事は分かっていた。しかし、それがどう操られていたかまでは教えてもらっていなかった。気がついた時には炎王の姿が見当たらなかったので、炎王との間に何かがあったのかと思っていたのだが、まさか己の番に対して剣を向けていたなんて・・・。
シェリーのあの冷たい視線の原因はこれかと納得する事もできたが、シェリー自身の足を引っ張る者は必要ないという視線であったことにも気がついてしまった。
「魔眼の影響を受けなくするにはどうすればいい。」
「魔眼に対する耐性を付ければいいわ。でも、直ぐには無理よ。グレイシャルでさえ魔眼の効力を受け流すことで精一杯だったもの。」
「ディスタは魔眼耐性を持っているのか?」
「ディスタ?本人に聞いてみれば?誰かディスタを呼んできてくれない?」




