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シェリーは軍本部にある広報部を訪ねた。いつもイーリスクロムに用があるときはサリーに取り付いてもらえるようにお願いをしているのだ。
扉をノックすると中から開けられ、顔見知りの女性が出てきた。
「あら?シェリーちゃん、どうしたの?」
シェリーは印籠の封筒を見せながら
「陛下からの呼び出しがありましたので、サリーさんに取り次いで欲しいのです。」
「ちょっと待ってね。サリー軍曹!シェリーちゃんが来ましたよ。」
「なんですって!」
部屋の奥の方からサリーの声が聞こえてきたと思ったら、駆け足の音と何かにぶつかる音が聞こえ、サリーが扉から顔を出した。腰をさすっていることから、何処かにぶつかったのだろう。
青い髪を顎の辺りで揃え、赤い目を涙で滲ませていつもはピンと長い耳はへにょりと垂れてしまっている、うさぎ獣人のサリーである。うさぎ獣人ではあるが、女神ナディアに『ありえない存在』と言われたグアトールの一族ではなく普通のうさぎ獣人だ。
「シェリーちゃんどうしたのかしら?」
シェリーはサリーにも封筒を差し出し
「呼び出しされたので、陛下に取り次いでもらえませんか?」
封筒を見たサリーは首を捻りながら
「私は何も聞いていないけど、何かしら?まあいいわ。少し待ってて」
サリーはそう言って部屋の中に入っていき直ぐに戻ってきた。その手にユーフィアが作ったと思われるカメラを持っていた。
「はい。シェリーちゃんいつものお願いね。」
いつもの・・・サリーにカメラを持たされてしまった。シェリーはサリーに付いて軍本部内を歩いて行く。
「シェリーさんどうされたのですか?」
前方からきたアンディウム第2師団長から声をかけられた。
「お呼び出しを受けました。」
「今度は何をされたのです。」
「何もしていません。」
そう言いながらシェリーはアンディウムに近づいていく。アンディウムは戸惑った顔をしながら、一歩一歩下がっていく。
無表情のシェリーが近づいて来るのだ。何も悪いことはしていないのに、何か悪い事をしてしまったのだろうかと困惑をアンディウムは覚えてしまう。
「リ・・・を・・・い・・・そうですよ。」
シェリーはアンディウムしか聞こえない声でアンディウムに話す。それを聞いたアンディウムは顔を真赤にして
「え?うそ。」
パシリ。シェリーはシャッターを切りながら「よかったですね。」と言った。その言葉を聞いたアンディウムは踵を返し来た廊下を駆けて戻って行った。
「ナニナニ?シェリーちゃん何を言ったの?」
サリーが前のめりでシェリーに聞いてきたがシェリーはいつもどおり無表情で
「秘密です。そのうちわかりますよ。」
「いつも思うけど、その秘密の情報は一体どこから手に入れているの?」
「それも秘密です。」
シェリーの秘密の情報源は黒髪黒目の彼女からもたらされているのだが、彼女がどうやって軍中枢の情報を手に入れているのかはシェリーは知らない事だ。
再びシェリーはサリーに付いて廊下を歩いているとサリーが廊下の端により敬礼の型をとった。誰が前方から来たのかと思えば、以前ここに呼ばれたときに見た統括師団長閣下と思われるガタイのいい初老のうさぎ獣人だったが・・・シェリーはそのままその人物の前まで歩いて行く。
「シェリーちゃん!シェリーちゃん!止まって!」
サリーが小声で声を掛けてくるがそんなのは無視だ。
「で、何の用です?」
シェリーは統括師団長にそう問いかける。シェリーに問われた統括師団長はニヤリと笑い。
「今日は殴らないのだね。」
そう言って姿がブレていく。次に像をなした姿は軍服を纏った金髪に碧眼。金の三角の耳に9つの尾を持った男性だった。
「陛下!」
サリーが慌ててイーリスクロムの元に行き跪く。
「一応、呼び出された用件は聞いておかなければと思いましてね。サリーさんも聞いていないようでしたから、殴るのはそれからでも遅くはありません。」
「え?結局殴るの?サリー軍曹ご苦労だった。業務に戻り給え。」
「はっ。」
イーリスクロムはシェリーにこちらに来るように手招きし、サリーは踵を返してもときた廊下を戻って行った。
そして、シェリーは王宮の一室・・・どうも書類の散乱具合から王の執務室に通されたようだ。
ソファに座ることを勧められ、ローテーブルを挟んで、向かい側にイーリスクロムが座る。その後ろには以前シェリーを訪ねてきた近衛騎士隊長が控えていた。
しかし、一般人と言っていいシェリーをここに通しても良かったのだろうか。いつもなら、軍本部の一室に通されるのだが
「今回来てもらったのはね。君に聖女になってほしいんだよね。」
これか!アリスが言っていた不愉快なこととは!予想はしていた。しかしこれでは行動の制限を受けてしまうではないか!
「ちなみに断ることは?」
「無理かな?」
無理だと!殴っていいかな?ムカつく狐を殴っていいはずだ。
イーリスクロムの後ろに控えていた近衛騎士隊長であるレイモンドが前に出る。
「無理とは?」
「いやー。もともとあのアイラという少女のお披露目のために招待状を各国に送ってしまったんだよね。聖女のお披露目式の招待状。」
だから、あんなにアイラを聖女とすることにこだわっていたのか。使えるかどうかわからない彼女を聖女として立てようとしたなんて、あまりにも短慮過ぎないだろうか。
「で?」
「君が聖女になってくれれば、丸く収まるよね。」
シェリーはイーリスクロムを睨む。あのアリスの言葉さえなければ目の前のムカつく狐をぶん殴って帰っていただろう。
しかし、これで今までに手に入れることのできなかった何かを手に入れることが出来る。それは帝国に対する切り札となり得るものなのだろう。
シェリーは目を閉じ、息を吐き出す。胸の中の苛立ちを吐き出すように
「それで?私の事をどう説明するつもりで?元々はアイラを聖女として招待状を送ったのでしょう?」
「ああ、それは大丈夫だよ。何処の誰とは示していなかったからね。」
「ちっ!」
相変わらず姑息だ。いざと慣れば代役を立てることも考慮していたということか。
「わかりました。お受け致します。」




