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翌朝、シェリーは朝日の光を感じて目をさます。圧迫も視線も感じない爽やかな朝を迎えることができた。久しぶりに惰眠を貪ろうかと顔を横に向けると枕元に一枚の紙が置かれていることに気がつく。
『起きたら連絡をくれと言いながら寝ているとはどういう事だ。』
と書かれている紙だった。オリバーからだろう。確かに書き置きはしたが、いつ地下の研究室から出てきて、書き置きに気づくか分からないオリバーを、起きて待つなんてバカなことはするはずないだろとシェリーは思いながら、仕方がなく起き上がる。今の時間ならまだ起きているはずだ。
ツガイが誰もいない家でシェリーは黒髪の姿で秋らしいワインレッドのワンピースを着て部屋を出た。扉を開けると部屋の前の廊下に得体のしれない獣がいた。見た目は黒猫なのだが、青い目が4つあり、尻尾が2本ある。オリバーは何を作ったのだ?
その怪しい黒猫はシェリーの姿を確認すると階段を降りていき、そのまま地下へ降りていった。多分シェリーが起きてきたのをオリバーに報告に行ったのだろう。
それなら、シェリーが地下に赴くことはないかと、キッチンで朝食を作ることにする。
しかし、シェリーとオリバー(食べるかどうかわからない)しか食事をしないにも関わらず。米を1升炊こうと体が行動をし、慌てて1合に戻し、保管庫から大量の肉と野菜を出したところで、この一ヶ月でどこぞの相撲部屋の女将みたいになっていることに頭を抱えてしまった。
結局、魚と汁物と漬物の朝食をシェリーは用意し食べ始めるが、ここで一人で食事をするなんて久しぶりではないのだろうかと食事の手を止めてしまった。
今まではなるべくルークと共に食事をするようにしていたし、ルークが学園に入ってからはカイルがここに住みだし、その後はグレイとスーウェン、そしてオルクスが共に暮らし始め、一人で食事をして寂しいと感じることなんてなかったのだ。
「ルーちゃんに会いたい。・・・一層のこと何か理由を付けて侵入する?影からルーちゃんを見守れば・・つっ!」
そんな独り言を言っているシェリーの頭に衝撃が走った。
「それは犯罪行為だからやめたまえ。」
後ろからオリバーに頭を叩かれたようだ。
「長期休みまで長いから、もう少し家に戻ってきてもいいと思わない?」
「思わない。で、何の用だね。あと、食事の用意もして欲しい。」
どうやら、オリバーは朝食・・・もとい夜食を食べるようだ。シェリーは立ち上がりオリバーの朝食の配膳をする。
「それで、彼らはどうしたのだね。銀爪は一緒に戻ったあと出かけて行ったみたいだが」
「『王の嘆き』のダンジョンに行っているけど、そこで死ぬか生きて戻って来るかは知らない。」
「番に対して厳しいな。まぁ、彼らではシェリーの番として色々足りないのは確かだ。そう言えば、以前その様な話をしていなかったかね?」
オリバーにそう問われるが、シェリーは首を捻る。オリバーとそのような話をしたことはない。
「何の話?」
「あれだ。ヨーコと話していただろ?育成ゲーム?のように育てればいいと言っていなかったか?」
「それは陽子さんの部下の方の話で、彼らのことを言っていない。」
以前、陽子から自分の意図していないことを部下が勝手に勘違いして行動しているからどうしたらいいのかと相談されたことがある。確かに育成ゲームという言葉をつかったが、陽子にわかりやすい言葉を選んで説明をしただけで、育成ゲームの内容には触れていなかった。
「育成ゲームがどのようなモノかという説明はしていなかったはず。」
「内容はヨーコから聞いた。面白そうな話をしていたが、そこだけ言葉の意味がわからなかったからな。育成ゲームとは自分好みに育てると説明された。」
そう言われればそうなのだが、何か違う。オリバーは彼らを自分好みに育てろと言っているのだろう。しかし、シェリーは気になりオリバーに質問をする。
「その言葉は誰かに言われたこと?」
オリバーはニコリと笑い
「別に直接言われてはいないが、君の番嫌いはどうにかならないのかと聞かれてね。それは仕方がない事だと答えたら、彼らをここに行かせるように言われてね。」
オリバーがシェリーに一枚のメモ書きを渡す。それを見たシェリーはため息を吐き
「はぁ。これはナディア様からの啓示で?」
「いや。ウエール様からだね。」
オリバーから聞かされた名前にシェリーは頭を抱えた。なぜウエール様がシェリーのツガイに対して口出し・・・啓示を示してきたのだろう。
確かにここに行けば、レベルの上昇、攻略によるスキルの付与、魔眼の耐性も得ることができる。
これらを得る事が出来るということは、シェリーと共に戦うことの最低限の能力を持つ事ができるということだ。確かにそうなのだが・・・直接シェリーと関わりがないと思われるウエール様が?
「なぜ、ウエール様が?」
「ん?春を司る御方だからね。5人目の彼がお気に入りらしい。」
そっちか!




