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「ディスタ。シェリーちゃんを怒らすのは止めてよね。理由は後であたしが教えてあげるわよ。」
オーウィルディアがシェリーの黒刀の刃先を持って、しまうように促す。
そして、懐から小箱を取り出して、シェリーに差し出した。
「約束のモノよ。」
シェリーは黙って小箱を受け取る。
「はぁ。ディスタ。あなたはあの時この大陸にいなかったから、知らないのでしょうけど、ナオフミの番狂いは起こしたくないのよ。あたしも5年は動けない状態になったわ。あれはもう勘弁して欲しいものよ。」
5年・・・それはナオフミが狂って、ビアンカを取り戻し、ビアンカの体調が戻るまでヴァンジェオ城で過ごしていた期間だ。
悪災がこのラース公国にやって来たとき、オーウィルディアはナオフミを止める為に立ちふさがったが、動けない程の怪我を負ったということだ。そして、ビアンカの治癒を受けるまで治ることは無かった。
「それは、勇者の番狂いの原因がシーランにいる?まさか、オリバーの「死にたいですか?」いいえ、何でもありません。忘れました。たった今忘れました。」
シェリーの冷たい視線と脅しの言葉で、カクカクと首を横に振るディスタ。
「オーウィルディア様。私は戻ります。クソ勇者には絶対に黒の魔物の始末をさせて、母さんに浄化をさせて下さい。あと、マルス帝国の動きに注意しておいてください。」
「ナオフミとビアンカの事はわかったけど、帝国?彼の国はこの国に対して、何もしてこないはずだけど。」
ラースの驚異はマルス帝国も重々承知しているはずだ。
「いいえ。神の降臨を目的とし、事をなそうとしているようです。炎国の光の巫女が狙われています。」
「この国の神官が狙われるかもしれないと。」
「ええ。」
「神官もラースの血族だから手出しはされないと思うけど。気をつけておくわ。神の降臨ね。ナディア様は気ままな御方だから、お喚びしても答えていただけないことが多いわ。神の力を使おうって恐ろしい事を帝国は考えるのね。」
そう、神の力は恐ろしい。ラースの魔眼然り、神が手を差し伸べたモルテ王然り。
その力を帝国は使おうとしているのだ。
シェリーは貰うものはもらったし、言いたいことも言ったので、魔石を取り出し床に落とす。カイルは素早くシェリーの側に寄った。相変わらず、一人分しか転移陣を展開していなかった。
そして、シェリーとカイルの姿はヴァンジェオ城から消えた。
オーウィルディアside
シェリーが去った空間にため息が漏れる。
「本当にシェリーちゃんを怒らすのは止めてよね。」
オーウィルディアは残った食事に手をつけながら、ディスタを諭した。
「いや、怒らすつもりはなかったのだが。」
ディスタもナイフとフォークを手に取り食事を再開させた。
「ナオフミに先程のことは絶対に言わないで、もし、あの子に何かあれば、シェリーちゃんが地獄の果まであなたを追い詰めるわよ。」
「それは言いすぎだろ。これでも俺は竜人だ。移動手段には困らないぞ。」
「ディスタ。シェリーちゃんは世界の何処に居ようとあなたの居場所なんてバレバレよ。ラースを管理している地図みたいな物を個人的に使えると思っていいわ。」
「マジか。あのシェリーというラースはなんだ?聖女と同じ浄化を使えるようだし、勇者と聖女の子供だということもわかったが、如何せん歪みすぎていないか?」
歪みすぎている。ディスタはシェリーのことをそう表現した。
「それは番に関してかしら?」
「どう見てもおかしいだろ。殿下が番だと言われなければ、殿下の番だと、どうみてもわからなかったぞ。それに、番である殿下から剣を向けられているというのに普通に剣を受けているし、ラースと言っても普通の人族と変わりがないのに竜人の、それも魔眼で操られた殿下の剣を受けていた。あれは人族か?完全体の悪魔だと言われても納得できる。」
「ディスタ!やめなさい。」
完全体の悪魔。それを直で感じ、戦ったことのあるディスタはシェリーと悪魔が重なったのだろう。
「ディスタ。シェリーちゃんがああなったのもビアンカが悪いのよ。子供を産んでも子供の面倒を見ない。幼い子どもに食事を作らせてもそれが当たり前。洗濯も手が荒れるから嫌。シェリーちゃんの名前は誰が付けたと思う?ビアンカ付きのマルゴが付けたのよ。聖女シェリーメイから付けたそうよ。」
それを聞いたディスタは食事の手を止め、目を見開きオーウィルディアを見る。
「そこまで酷かったのか?マルゴって唯一、聖女に付いて戦場を駆けていたマルゴだろ?最後の戦いで瀕死になって魔脈回路が破壊されて回復もできずに、普通に生活するのも難しいと言われていたマルゴが、聖女とその子供の面倒を見ていたのか?」
「だから、シェリーちゃんは親を親と思っていないわ。特に番しか見ていないビアンカを見て育ったから、番に対してはいい感情を持っていないようね。」
「殿下はそんな番でいいのだろうか。ん?もしかして、興味深いことって殿下のことか?」
 




