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「グレイ。思っていても口にするな。」
オルクスに注意されてしまった。しかし、シェリーならダンジョンだろうが何処だろうが、普通の食事を用意できるだろう。
再び保存食を口に運ぼうとしたところで、グレイの動きが止まった。
「グレイ、どうしましたか?」
愚者の常闇ダンジョンでグレイの危機感知能力によって、何かと命拾いしていたスーウェンが尋ねる。しかし、グレイはその問いに答えず、青い顔をしながら立ち上がる。辺りを見渡し、ある一点に視線を止めた。
「お前ら武器をしまうか、手が届かない所に投げろ!今すぐだ!早くしろ!」
グレイが早口で怒鳴るように言い放った。そう言いながらもグレイは己の双剣を拡張収納が施されているベルトの装飾にしまっている。
「何を言っているんだ?」
今度はオルクスが尋ねる。
「ラースが来る。操られないように気合を入れろ。」
グレイのその言葉に一度シェリーの魔眼に操られたスーウェンが素早く己の身の丈程の杖をしまい、他の3人から距離を取る。
オルクスも目の前で3人の者たちが操られているのを見ているので直ぐに理解をして行動をとる。
「リオン!その刀をしまえ!魔眼の力で操られて一番厄介なのはお前だ!」
よくわからないが武器を持っていることが危険だと理解したリオンが刀をしまうと同時に強大な力の塊に襲われた。
憎い。煩わしい。奴らが目障りだ。そうだ、殺そう。殺してしまえばいい。殺す。殺す。コロス。コロス。
そんな感情に襲われた。人も魔物も関係なく全ての者がその憎悪の感情に支配された。
周りにいたゾンビたちが互いで互いを殺し合い始める。
そして、リオンの金色の目に妖しい光が灯り、先程のしまったばかりの刀を取り出し、鞘から刀身を顕わにさせた。
「リオン!これに操られるとシェリーの側に居られないぞ!」
グレイのその言葉にリオンはビクリと体を揺らした。
程なくして、感情の支配から解放されたが、グレイは長くため息を吐きだし、緊張感から解放されたせいか座り込んでしまった。
「シェリーの魔眼ってオーウィルディア叔父上より強いのか?連戦の後の魔眼の支配はキツイ。流石にこれ以上は無理だ。」
「一体何が起こったのです。」
そう言っているスーウェンの唇からは血が滴っている。それは、相当強く噛み締めて、支配から逃れようとしていたのだろう。
「グレイ。これがシェリーが引き起こしたことだと言っているのか?」
オルクスは平気そうにしてはいるが、額からの汗は酷く、握っている拳からは血が滲んできている。
「シェリーの側に居られないとはどういうことだ。」
リオンは己の足を刀で刺すことで正気に戻ったようだ。未だに刀を太ももに刺したままだった。その刀を抜き取り、鞘にしまいながら、グレイの方に歩いてきた。強靭な鬼族からしたら、刀で刺すなど大した事はないのだろうか。
「一斉に言ってくれるな。まず、シェリーが引き起こしたことかといえば、そうだ。多分、この7階層の裏をシェリーが魔眼を使って通り抜けたのだろう。ははは、これは確かに1日で済むかもしれない。」
「あの感情の支配は凄いものでした。しかし、グレイはそれ程影響を受けていないのですか?」
スーウェンがそのようにグレイに聞くのは、ツライと言いながらも感情の支配を受けつつ、リオンを気使うことができた。スーウェンは己の内側に向き合うことにいっぱいで、周りのことまで目が向けることができなかったのだ。
「あ、それ?影響は受けるけど、受け流すように訓練されていたからな。仮にもラースの公子だからな。ラースの魔眼に支配されないように教育されている。」
「グレイがラースの公子だって忘れてた。」
「おい。オルクス。」
「それで、シェリーの側に居られないってのは何故だ。」
リオンが苛立ったように聞いてきた。
「それか?リオンはシェリーのことをなんて聞いているんだ?」
「聖女だと。」
「それで?」
「それだけだ。」
「理由はシェリーが番である俺たちが殺し合うことを禁止しているからだ。殺し合うなら国に帰れと言われている。」
「それなんだが、本当に5人なのか?」
「「「あ゛?」」」
グレイとスーウェンとオルクスの声が揃った。
「あ、いや。番とは唯一の存在だ。初代様から聞いたが、信じられなくてな。」
「シェリーは聖女だ。聖女の役目を果たす為に俺たちがいるんだと。俺の叔母である先代の聖女は番が3人だったそうだ。」
「3人!そんなこと聞いたこともない。」
「それはそうだろう。勇者の他に魔導師と賢者も番だったなんて、そして、勇者は二人を殺して番を手に入れた。そんなことを言えるはずないだろ?」
「シェリーはそれを恐れているようです。一人で大陸の6分の1を焦土化した勇者の番狂い。それが、我々だとどうなるかと。」
グレイの言葉をスーウェンが引き継いで話す。未だに草木も生えることがない大地が大陸の6分の1も存在しているのだ。
「でも、そうなるとカイルの一人勝ちか、もしくはあの御方か。シェリーは気に入られているようだしなぁ。」
オルクスが半分諦めたように言う。まだ、レベル100にも届いていない己とカイルとでは歴然とした力の差が存在してるのだ。それにシェリーはシェリー曰く謎の生命体に何かと気に入られている。
「カイルと言うのはシェリーと今行動を共にしている竜人のことだろ?あの御方とは誰だ。」
リオンは目の前の3人と竜人の男以外に己の番に対して好意を寄せているものがいるのかと気になっている。
「貴方もあの御方にお会いすればわかりますよ。」
スーウェンは今は星空となっている天井のその先を見ながら言った。
「だから、誰だ?」
「はぁ。白き神だ。この世界を統べる神だ。そいつがシェリーの番を俺たちに決めたんだとよ。」
グレイがため息を吐きながら言う。どうやっても敵うことのない相手だ。
「白き神?神に会う?しかし、それで何が分かると言うんだ。」
「そのうちシェリーと行動を共にしていれば、いずれ会うことになる。そうすれば、俺たちが言っている意味も分かる。絶対にあいつにはシェリーを取られてなるものかってな。」
オルクスはギリリと奥歯を噛み締めて言い切った。




