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シェリーは揺り返す波の音で目が覚めた。目の前には金色の目が・・・デジャヴ。
「シェリー。おはよう。」
「・・・おはようございます。」
シェリーは起き上がろうと体を動かすが、カイルに抱きしめられていて、動く事ができない。
「カイルさん。起きたいのですが?」
「イルでしょ。せっかく二人っきりになれたのにゆっくりしてもいいと思うよ。」
「私は受けた依頼を完了させたいのですが?」
「もう少しだけ、このままがいい。」
そう言ってカイルはシェリーを抱きしめている力を強める。
「う。少し力を弱めてください。」
シェリーに言われ、カイルは力を弱めてシェリーの首元に顔を埋める。そして、気になっていたことをシェリーに尋ねた。
「シェリー。シンスイって何かな?」
いきなりの質問にシェリーは何のことだと考えるが、気を失う前にダンジョンマスターであるユールクスに神水をもらう許可をもらったことを思い出し
「ああ、神水ですか?万能薬みたいなものです。ありとあらゆる病を癒やし、無くなった四肢も元通りに治すことができるものです。」
「そんなものがこのダンジョンにあるのか?」
「ダンジョンにあるというか、この広大なダンジョンの何千年という時間をかけて濃縮したエネルギーの結晶というべきものです。賢者もこの神水の研究をしたくてこの国にいたほどですから、まぁ取りすぎてユールクスさんにダンジョンに入ることを禁止されたそうです。」
賢者。勇者ナオフミに殺されたと思われる人物だ。弟子と共に神水を人工的に作れないかと研究するために、この地に賢者の塔を建て、住み着いていたのだった。
「でも、その効力は聖女であるシェリーにとって必要はない物だよね。」
カイルの疑問は一理ある。それぐらいなら『聖女の慈愛』があれば必要のないものだ。
「私は使いませんよ。来年から実施訓練が始まると聞いていますので、私が側にいないルーちゃんに何があっても大丈夫なように万全にしておかないと心配じゃないですか。この国に来たらユールクスさんに交渉して1本分は確保するつもりでしたが、頑張ったかいがあって5本分もいただいていいと許可をもらうことができました。ふふふ。」
シェリーは笑顔で嬉しそうに話している。ルークのことでしか見られない笑顔だ。シェリーが無理をしてまで手に入れたい理由がルークのためだったなんて、シェリーのルークへの愛は相当に重い。
「ルークの為か・・・。そう言えばダンジョンマスターがシェリーはダンジョンに来るとここに寄ると言っていたけど、シェリーは海が好きなのかな?」
シェリーが好きなものはルーク以外にあるのなら知っておきたいとカイルは聞いてみるが
「別に好きではありませよ。海ということはここは3階層ですよね。1階層から4階層まではユールクスさんが作り上げた、こだわりの世界なのですよ。ですから魔物はいません。」
「え?でもレイスやゾンビがいたけど?」
「別に攻撃されませんでしたよね。強いて言うならその階層の住人であり案内人です。こちら側が敵意をもって攻撃をしても何も反撃されることはありません。だから、この階層の海は安全なのですよ。」
海が安全・・・この世界では魔物が存在する。それは陸地だけではなく海の中も存在するのだ。
「ですから、海の物が取ることができるのです。まぁ。そんなに頻繁にここにこれるわけではありませんので、今は炎王と交渉して、フィーディス商会の人に取ってきてもらっていますが。」
「もしかして、フィーディス商会の人の伝言はそれのことだったのかな?」
「はぁ。そうですね。定期的に持ってきてもらうようにしていたのですが、まさか偶発的産物の被害に遭っていたなんて。」
シェリーの好きなものがわかればいいと思って聞いてみれば全く違う答えが返ってきてしまった。多分これもルークの好きなものだったりするのだろう。だから、カイルはストレートに聞いてみた。
「シェリーの好きなモノってなに?」
「ルーちゃんです。」
シェリーもそのまま答えた。それ以外はないと言わんばかりに言い切った。
「ルーク以外には?食べ物でも色でもシェリーの好きなものが知りたいな。」
「・・・。ありません。」
食べる物もルークが成長に必要なものを出し、ルークの好みに合わせて作ったもの出しているので、自分の好みがあるわけではないし、色も特にこだわりなんてない。好きなものと言われても特に無いのだ。
「それじゃ、シェリーは俺のことを好き?嫌い?」
いつぞやを思い出す質問をカイルはしてきた。
「2択ですか?別に好きでも嫌いでもありません。」
シェリーは普通に答える。ベッドの中で二人っきりの状態でそんな質問をされれば、赤面するか狼狽えるぐらいの反応を見せてもいいはずなのだが、シェリーはカイルを見ながら普通に答える。
これがルークだったのなら違う反応を見せたかもしれない。
「そうか。じゃ家族としては受け入れてくれるかな?」
家族として・・・その質問にシェリーは固まってしまった。ここ一ヶ月ほど押し掛けられるように共に過ごしているが、何かとカイルはシェリーの家事を手伝ってくれている。今まで、そんなこと手伝ってくれる人はいなかったので、助かっているのは事実だ。
「家族としてなら?」
「それは嬉しいな。シェリー、愛しているよ。」
カイルはそう言いながらシェリーに口づけをする。普通なら大したことはない事なのだが、ルークとオリバー以外を家族として受け入れていないシェリーにとっては大きな変化だった。




