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カイル side
ササキの機嫌を損ねてしまったようで、奥の部屋に入って行ってしまったが、少しすればいつものシェリーに戻っていると思っていた。しかし、そのシェリーの姿が見当たらない。雨と風にはためくカーテンが音を立てているのみで、奥の部屋には誰も居なかった。
カイルの頭の中は真っ白になってしまった。側に居るからと思って油断していた。何処に行ってしまった!番の存在が感じられない。シェリーは認識阻害を起こすペンダントを付けたまま消えてしまった。
「うぉ!凍りついている。」
振り返ればグレイが部屋に入って来ていた。
「あれ?シェリーは?」
「認識阻害したまま消えた。」
「あ゛?」
シェリー side
雨が降る光が無い闇の森の中をシェリーは走っていた。今回、ギルドから依頼があったのはシーラン王国とモルテ国の間にある森から湧き出てくる魔物の討伐と調査だ。
あの謎の生命体が去り、シェリーとして目覚めたときから、今まで感じなかった気配を感じるようになった。それがあまりにも禍々しい気配を発しているのが気になり、雨の中を走っているのだ。
多分、禍々しい気配と今回の依頼は関係するのであろう。
先程から遭遇する魔物はたいした魔物ではない。ゴブリンやコボルト、グリーンウルフなどDランクの冒険者が余裕で相手に出来る魔物だ。低級な魔物ばかりだが数が多い。森に入ってから百体は倒したのではないだろうか。
しかし、シェリーの走るスピードは衰えない。元々シェリーが面倒だと言って使わなかった刀を振るい、ササキが痛いから嫌だと言った拳を振るい進んで行く。力の流れが、体の動きが、何かに阻害されるでもなく、何かに引っ張られるわけでもなく、快調だった。
あるべき姿とあの謎の生命体は言っていたが、今までが何だったのだろうと思うほど、自分の力に振り回されなくなった。
森の奥に大分入り込み、モルテ国との国境が近づいて来た辺りで、シェリーの行く先が突如として開けた。そこには黒く、直径5メル程の丸い球体が浮かんでおり、何かが蠢く様に表面が波を打っている。宿から感じた気配で間違いないようだ。
シェリーはそのモノを視てみる。
『ア$クノ・&#ヴォォ#*ィー
ア・・の#ゆ・・$す**べテ**二#ゥば$&ヴォ・・・なるもの。』
文字化けしていてサッパリ分からないので、怪しい黒い球体には近づかず、手をかざす。
「『浄化の炎』」
白い炎が黒い球体を包み込み、浄化していくが、いつも通りの力加減で魔力を使ったつもりが雲を突き抜ける程の炎が燃え上がってしまっている。何か断末魔の様な声が聞こえるがシェリーはそれどころでは無い。徐々に炎の幅が広がっているのをどう対処すべきか思案をしている。
魔力の供給は途切れているのに、これはどうしたものか。中のモノが無くなれば消えるのか、それとも制御が出来ていないだけなのか・・・。
思考中のシェリーは突然の背後からの気配に予備動作無く、刀を横一線に振るう。しかし、途中で止められてしまった。目線を刃の先に向ければ、肩で息をしながら、怒っているようなカイルが刃の先を素手で止めていた。
「なぜ、突然いなくなった!」
カイルの言葉にシェリーは首をかしげる。確かに何も言わずに出てきたが、いなくなったわけではない。
「いなくなったわけではありません。気になることがあったので、ここにいるだけです。」
「言い換える。なぜ、何も言わずに外に出た。」
「確かに何も言わずに出てきましたが、何か問題ありますか?用が済めば宿には戻りますし、旅の行程は決まっていますから、それを乱すような事はしませんよ。」
シェリーは刀を収めながら言う。横目で炎が小さくなっているのを確認し、安堵した。どうやら、対象物を浄化すれば落ち着くようだ。
「そう・・いう事・じゃない!」
オルクスがカイルの横に現れたが、全力でここまで来たのか、息切れをしている。そんなオルクスを見てシェリーは納得をした。
「ああ、ツガイだからというモノですか?」
「「違う!」」
カイルとオルクスの声が揃う。ツガイだからという理由では無いと二人が揃って言っていることに、シェリーはまたしても首をかしげる。本気で二人が何を言いたいのか分からない。
そんなに黙って出かける事がダメなのだろうか。今までもそのような事はよくあったことだ。
流石に1日家を空けるとなれば、ルークにもオリバーにも一言ぐらい言って出ていたが、謎の生命体の啓示やギルドの緊急的な依頼のため1刻程家を離れるときは特に何も言わずに出ていた。それが、いつものことなので、オリバーからもルークからも何も言われたことなどなかったのだ。
「今まで直ぐに戻るときは何も言わずに出ていましたが?そのことに対して、ルーちゃんからもオリバーからもそのような事を言われたことはありませんが?」
因みにそのことでルークもオリバーも何も言わないのは家事の合間に出かけているので、シェリーが見当たらなければ、買い物に出かけているか、裏庭で体を動かしているかしてるのであろうと思っていたので、居なくても時間になればキッチンに立っている姿をみて何も言わなかっただけなのだ。
「急にいなくなったら心配するじゃないか。」
「シンパイ?ああ、それは思ってもみませんでした。」




