126
佐々木は目を閉じ深く精神を沈み込ませた。目を開けるとそこは家のリビングだった。正確にはシェリーと精神を分けた為に存在している精神世界と言えばいいのだろうか。
そこにはヒザを抱えた幼い黒髪のシェリーがいた。佐々木はシェリーに近付き隣に座る。
「まだ、怒っているの?」
『なぜ、わたしばかり嫌な思いをしなければならないの?』
シェリーは拗ねていた完全に拗ねていた。
「それは悪いと思っているわ。」
『わたしだけ知らなかった事を内心笑っていたのでしょ。』
「そんな事ないわ。」
『嘘つき!』
シェリーの機嫌が直りそうにないので、佐々木は用件をシェリーに伝える。
「炎国の依頼が終わったら、グローリア国に行きましょう。」
『え?』
「昨日の生贄の意味よ。マルス帝国ではなくサウザール公爵の意志で全てが動いていることが推測できたの。カギは大魔女エリザベート。」
『なぜ?わたしはわからなかった。私は何を知っているの?』
「知っている事は同じよ。ただ、考え方の違いと思うわ。」
『それじゃ、私が居れば全て解決するのでしょ!』
「それだと、また私はルーちゃんの腕を折ってしまうわ。ギルドのカウンターも破壊してしまったし、西の外門も崩壊させたし、西地区の1区画を陥没させてしまったし流石にこれ以上はダメだと思う。」
力の制御が出来なければ手を握った時に幼いルークの腕を折ることは起こりうるかもしれない。カウンターも手が当たれば壊れてしまうかもしれない。しかし、石で作られた外門の崩壊と、王都の石畳で整備された、かなりの範囲の地面の陥没は流石にないであろう。騎士団広報で破壊神と言われることだけはあるようだ。
流石のシェリーもこれには黙るしかない。
「年々制御が難しくなってきているの。本当になんてモノを与えてくれたのと文句を言いたくなるのよ。」
「もう、大丈夫だと思うよ。」
佐々木とシェリーしかいない空間に、ここには居ないはずの声が聞こえた。二人は同時に振り返る。その視線の先には白い存在が立っていた。
『「なぜ、ここにいるのです。」』
佐々木とシェリーの声が重なる。
「そうだね。困っているみたいだから、手を貸してあげようかと思ってね。」
『「結構です。」』
佐々木とシェリーは断るが、白い存在は気にせずに話し続ける。
「まず、マルス帝国の思惑はササキの行き着いた答えで正解。後はモルテで答えを合わせるといいよ。」
『「モルテ国?グローリア国に行く必要が無いのですか?」』
「んー。行ってもそれに関しては何も無いかな?魔女の家が残っていれば別だったけど、ほら、僕が呼んでもいない異物が暴れたから無くなってしまったしね。」
『「呼んでいない異物?」』
白き存在の言葉から異物とは勇者ナオフミの事を指しているのだろうが、それ以上に気になった言葉がナオフミは呼んでいないが、他の者達はわざわざ呼んだと言っているのだろうか。
「そうだよ。シュロスもアリスもアマツもエンもクロードもイシスもユーフィアもヨーコもメリッサもアイラもシェリーもこの世界のために呼んだんだ。でも、あの異物は呼んでいない。なぜか、他の者と入れ替わってしまってね。おかげで、未来が歪んでしまった。まぁ、それはそれで面白いからいいけど、気に入らないよね。」
知らない名が多々あるが、その中に気になる名前があった。
『「アイラも?」』
あの問題児のアイラをこの世界の為に呼んだという。
「ああ、彼女はもう少し未来の話だよね。でも、色々狂ってしまったから、もういいよ。」
本来あるべき未来が狂ってしまったせいで必要が無いと言っているのか。
『「あるべき未来とは?」』
「ん?気になる?でも、存在することがなくなった未来を語る必要はないよね。弟くんと君の隷属が側に居ない過去と未来は、今の君にとって必要ないぐらいにね。」
どうやら、本来あるべき形は心の支えであるルークと精神的に支えてもらっているオリバーとは共に過ごすことはなかったようだ。その言葉を聞いて
「そうですね。』
と納得した返事を返す。その言葉を聞いた白い存在はニヤリと笑い
「あるべき姿に戻るべきだよね。聖女の証を手に入れたから、これからはうまく力を使えるようになれるよ。聖魔の力の均衡が取れたからね。」
そう言って白い存在は消えていった。そこに取り残されたのは、子供のシェリーでも無く、大人のシェリーでも無く、外見通りの18歳のシェリーだった。
シェリーは目を開いた。辺りを見渡し、魔時計で時間を確認する。ササキが・・・いや、シェリーが部屋に入ってから8半刻と経っていない。シェリーは窓を開け縁に足を掛け、土砂降りの雨と風が吹きすさぶ中、夜の外に飛び出した。




