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「魔導師オリバー。生きていたのか。」
あの討伐戦が終わってから20年である。そして、勇者の番狂いの引き金を引いた人物でもある。麗しの魔導師と言われた姿は20年経っても変わらず存在しており、ひと目見れば魔導師オリバーとわかってしまう。
「いいや。俺はナオフミに殺された。生きている事がバレればナオフミが俺を殺しにくるから、黙っておくように。」
イーリスクロムはラースとグローリアの二の舞になるのは御免だと首を縦に振る。
これで落ち着くかと思われたその時、シェリーの近くの空間が割れた。黒く闇が口を開き、そこから大きな槍を持った大男が出現した。
「危険レベル10ってどういうことぉー?」
出てきたのは武装したピンクの髪にピンクの目を持った大男。オーウィルディア・ラースだった。
「シェリーちゃん!何があったの?こっちじゃ大騒ぎなのよ。ナオフミが行くって「来ないでください。」・・そう言うと思って、あたしが来たのよ。」
どうやら、ラースの魔眼を管理している魔道具がシェリーの魅了眼に反応したらしい。そして、その魔道具でこちらに来たようだ。
「そこのエルフに封印を強制的に解除され、魔眼が暴走したのです。」
「何ですって!ラースの眼を知らないのかしら?ビアンカもラースの眼を持っているのに、エルフは無知なのかしら?この北の強国に囲まれてたラースが生き残っているのは偶然じゃないのよ。」
そうなのだ。北には魔導に長けたグローリア国、西には軍国主義のマルス帝国。南には獣人国のシーラン王国。大公が魔眼を持っているからと言って生き残れる場所ではないのだ。世界を破壊すると言われている女神ナディアの魔眼・・・いや、神眼を持っているからこそ、長年存在し続けていられるのだ。
「で、オリバーがいるという事は何事もなく封印できたと見ていいのかしら?」
「危うく死者が2名出るところでした。」
「はぁ。規模が小さくてよかったわね。下手すると国全域に影響でるところだったわよ。」
規模の大きさがおかしい。
「国全域・・・。」
イーリスクロムが唖然としてオーウィルディアの言葉を繰り返す。
「あら。気づかなかったけど、イーリスいたの。」
酷い言われようだが、シェリーのことで頭がいっぱいだったオーウィルディアにはイーリスクロムの存在は認識していなかった。
「国土全域に魔眼の効力が行き渡ると言っているのか?」
「そうね。暴君レイアルティス王が攻めて来たときに、ときの大公が使用したと記録に残っているわ。ラース公国に進行してきた敵国に対し、戦うことのできるすべての国民が大公の力によって敵国を退けたと。領土に侵入してきた敵兵さえもレイアルティス王の首を狙ったと。」
国民すべてが魔眼に魅了され大公の傀儡になったとオーウィルディアは言っているのだ。それはとても恐ろしいことだ。
「規模が小さくて済んだのはここが教会だからでしょう。神域が違うことがよかったようです。」
「え?ここ教会だったの!なんで、そんなところにいるのよ!」
オーウィルディアの教会に対する拒否反応が強いようだ。
「教会に行くことに対し拒否をしましたが、イーリスクロム陛下に受け入れてもらえませんでした。」
「イーリス!ラースを教会に連れて行ってはダメ!それも魔眼を使ってはダメ。」
「え?なんで?」
「最悪、シェリーちゃんが潰れちゃうかもしれないのよー!」
オーウィルディアは巨体で地団駄を踏んで怒りを現しているが、話している内容がおかしい。
「は?」
潰れるとはなんだ?この場にいる者たちの疑問が一つとなる。
「ええ。力に耐えきれなくてブシュって感じです。」
自分自身のことを他人事の様に話すシェリー。それも両の手のひらを合わせトマトを潰すが如く動作しながら、説明するのである。
それを聞いたカイルが慌ててシェリーを連れ出そうとするがシェリーは問題ないと言う。
「教会限定っておかしくない?」
イーリスクロムが疑問を投げ掛ける。
「はぁ。それは極秘事項に呈するわ。誓約がかかってもいいなら話すけど?」
「エルフが崇めている神とラースの力の神の相性が悪いと言うことだ。」
「オリバー!なぜ、アナタが言うの!そして、なぜ、そのことを知っているんだ!」
オリバーに対し抗議をするオーウィルディアの言葉が乱れている。
「ビアンカが普通に教えてくれた。」
「は?何あの子そんなことを簡単に他人に話すなんて何を考えているの!」
オリバーがビアンカの番だということを知らないオーウィルディアは憤る。
その時いきなりシェリーの声が部屋に響いた。
「今ですか?必要ですか?ふざけてますか?来たら殴りますよ。」




