マークス姉弟物語
迷宮迷子のリトルちゃん
マークス姉弟物語
目次
1、冒険者たち
2、わな、罠、ワナ
3、魔物たちの棲み処
4、暴走の果てに
5、地底湖と地下バイパス
6、再会と終着
7、最奥の部屋
8、脱出
9、研究の成果
⒑ 冒険者の帰還
洞窟の中を今、二人は逃げている。
彼らの後ろには大きな岩が転がり迫っていた。
「だから言ったじゃないかトルーデ!絶対罠だって!」
冒険者シュウナは一つ上の姉トルーデの背中に向かって叫ぶ。
先を走りながらトルーデは弟のシュウナに答えた。
「そういう事は生き残ってから言ってちょうだい!」
途中転がり、頭をぶつけながら二人は全力疾走だ。
何故、二人の冒険者が絶体絶命のピンチに陥っているのか?
その説明の為、二日ほど時をさかのぼろう。
1、冒険者たち
マルマリ村から少し離れた丘のてっぺんにシンボルの大きなクスノキがある。
クスノキの横には小さなログハウスが建っている。
ログハウスの中ではブラウンでちょっとカールした髪の毛をいじりながら少女がマグカップでお茶を飲んでいた。
少女の名はトルーデ。
お日様はすっかり昇っているが彼女はあくびを一つ、そして良く回るくりくりした真っ黒な瞳に涙を一粒。お茶は目覚ましだろう。
マグカップを置いた頑丈そうな木のテーブルに、これまた頑丈そうなイス。イスには剣が一振りたてかけてある。女の子には不似合いな武器だがトルーデにとっては体の一部のようなものだ。お寝坊さんだが毎日一通り剣技の型を練習する。剣士だが今はブラウスと皮のパンツでハーフブーツと軽装でゆっくりティータイムを楽しんでいるようだ。
飲みかけのお茶をテーブルに置いて剣を持って立ち上がった。無駄のない動きで戸棚の方へいく。お腹がすいたのか食べ物を探し始めた。
その時、ノックもなしにドアが開いた。少年が入ってくる。
「トルーデ、やっと起きたのか。」
女の子と同じくブラウンの髪、小麦色の肌、白い木綿のシャツに厚手のズボン、ブーツを履いている。手には野草が入ったかごを持っていた。トルーデの一つ下の弟、シュウナだ。どうやら近くの森で食べられそうな野草やキノコなどを探してきたようだ。持ち物と言えば小さなザックと腰にはムチを下げている。
「おはよう、シュウナ。」
また、あくび一つトルーデはごあいさつ。どうやら、お寝坊さんの姉に比べて弟君は早起きなようだ。
「シュウナ、また野草なの?肉は無いの?肉は。」
姉の言葉にシュウナは一つため息。
「罠にはかかってなかったよ。そんなに食べたけりゃ自分でとっておいでよ。」
諭すように姉に言う。こうなるとどっちが年上だかわからなくなる。
弟に言われても気にする風もなくトルーデは頭をポリポリかいている。栗色の髪の毛が揺れた。
「あーあ、最近、用心棒とか賞金稼ぎとか無いからなぁ。」
トルーデの言葉の通りこの姉弟の生業は主に近所を通る旅人や商人の用心棒などである。場合によっては永い間、家を留守にして冒険に出ることもある。ブラウンの前髪を手でかき上げてシュウナは小さくなったかまどの火にわらなど燃えるものを追加し始めた。
「ぼやいていないで食事の支度手伝えよ、トルーデ。」
「はいはい。」
「返事は一度!」
「はーい。」
いつものやり取りの後、ささやかな姉弟の昼食の支度が始まった。テーブルにパンの残りと野草のスープ、グリーンティが並んで二人が着席しようとした。
急に窓ガラスをコツコツと叩く音がした。
トルーデが剣を自分に引き寄せた。
それを見てシュウナも身構える。
音の正体は白いフクロウだった。羽ばたきながらクチバシで窓を突いていた。
シュウナはブラウンの瞳でフクロウを見つめる。
「使い魔だね。」
彼自身魔法使いではないが魔道具や魔石を使いこなすし魔法に対する知識もある。
使い魔とは魔法使いが自分の為に使役する魔力をもった召使だ。お使い、戦闘補助、情報収集など使い魔の種類によって用途は様々だ。
「中に入れても良さそうだけどどう思う?シュウナ。」
危険はなさそうだと判断したが魔法については弟の意見は聞いた方がいい。トルーデは一応聞いてみた。
シュウナはうなずくとフクロウに近づいた。
窓を開ける。
すぐにフクロウが入ってきた。
「ホーホー、大変だよ、大変だよ。」
部屋中を飛び回りながらフクロウは人の言葉で言った。せっかくの食事にフクロウの羽やらホコリが落ちてはかなわない。トルーデは上に向かって言った。
「人の食事の上で飛び回るな!このバカフクロウ!」
女の子には不似合いな武器を振り回し怒っている。トルーデに向かって人差し指を口の前で立てるとシュウナが言った。
「何が大変か聞いてあげるから降りておいで。」
そして自分の右手を差し出す。
右腕にフクロウはお行儀よくとまった。フクロウの習性で自分の頭をクルリと回す。
「さあ、話してごらん。」
なるべく優しくシュウナはフクロウを促した。
フクロウはくちばしを開いて話し出した。
「ホーホー、大変だよ、大変だよ。リトルリルランドが大変だよ。」
トルーデとシュウナは顔を見合わせる。姉の方がフクロウに聞いた。
「リトル・・リ・・・ラン?なんじゃそりゃ。」
シュウナも怪訝な顔をしている。そんなことにはお構いなくフクロウは続ける。
「ホーホー、リトルリルランドはリトルマザーをはじめリトルリル達が暮らす平和な国。」
さっぱりわからない・・・。
フクロウは構わず続けた。
「リトルリルは妖精の子供、子供たちの何人かがマザーの見ていない隙に出て行った。嘆きの森の方へ向かったらしい。その後、ゆくえがわからない。」
二人はまた顔を見合わせた。やっと知っている場所の名前が出てきたからだ。
嘆きの森。
姉弟の家から北に三日ほど歩くと見えてくる。普段用事が無いので行った事はないがあまりいいウワサは聞かない。その名の通り、森に行けば仲間の死や己の不幸を嘆く事になるというのがその名の由来だ。この、地方の人間はまず近づかない。
シュウナは手にフクロウを乗せたまま自分のマグカップを取ってお茶を飲む。飲みながら訊いた。
「なんでまた、そんな所へ子供たちが行くんだい?」
フクロウはちょっと羽をはためかせて答えた。
「リトルリル達はいたずら好き。マザーや他のリトルリルの目を盗んで 空飛ぶボードでランドを飛び出した。」
トルーデはパンをかじりながらフクロウに訊く。
「それで、嘆きの森に行ったのがどうしてわかったの?」
フクロウはくるりと首を回してトルーデに言った。
「リトルリルがみんなで探した。ボードが嘆きの森の奥深く、帰らずの洞窟の入り口に落ちていた。足跡もあった。」
トルーデはシュウナに目配せをした。
気づいたシュウナはフクロウをイスの背もたれに移しておいて
二人は部屋の隅でひそひそ話す。
「帰らずの洞窟でしょ?なんかやばいよ。この話。」
あまり物おじしないトルーデが珍しく消極的だ。
帰らずの洞窟
二人とも噂程度の知識しかないがその名の通り一度洞窟に入ったら二度と出て来られないという。その噂を考えればトルーデの態度も当然だが・・・。
シュウナは黙ってうなずいている。この姉弟の意見は一致していた。
かかわるには危険なのではと。
羽を繕っていたフクロウは姉弟の結論を察したように翼をこちらに向かって広げると言った。
「リトルマザーが二人を呼んでいる。話だけでも聞いて欲しい。報酬も用意している。」
報酬ときいてトルーデの目が光った。
「まあ、話だけなら・・・」
「何言ってんだ、トルー・・・」
シュウナが言いかけた時にはフクロウの姿は一変した。
フクロウはみるみる巨大化してやすやすと天井を突き破った。
二人のアジト、ログハウスが音をたてて崩れる。
二人は慌てて降り注ぐがれきをよけながら自分たちの武器
トルーデは剣
シュウナはムチと魔道具が入った袋を手にした。
「何すんだー!このバカフクロウ!」
トルーデの罵声をものともせず大きさの割には器用にくちばしで二人を捕まえて自分の背に放り出す。
そのまま空高く舞い上がった。
「ちょっと待て・・うわっ!」
こうなれば二人は背中にしがみつくしかない。
こうして半ば強制的に二人の冒険者たちはリトルリルランドへ連れていかれた。
しばらくはフクロウがどこを飛んでいたかはわかったが、途中から大きな雲の中に入り視界が真っ白になった。気が付くと抜けるような青空の中を進んでいた。
目の前には白い尖塔が中心に立つ城、その周りには水と緑の豊かな街が広がっていた。
これが、リトルリルランド・・・
トルーデとシュウナはその美しさに息をのんだ。二人を圧倒したままフクロウは飛んでいく。やがて虹色に輝く池のほとりに降り立った。
そこにはとんがり帽子にシルバーのワンピース姿の小さな女の子が二人立っていた。二人の背丈は人間の赤ん坊より小さく小動物くらいだろうか。でもしっかり立っている。どうやら二人のお客さんを迎えに来たらしい。フクロウに向かってピーピーと話しかけている。二人とも小さなヤリをもっているところを見るとリトルリルラントの衛兵なのだろうか?二人の衛兵?は体全体でついて来いと姉弟に言っている。二人は素直に衛兵の後をついて行った。シュウナもだが特にトルーデは自分たちのアジトを破壊された文句を絶対に言ってやろうと力強く歩いていた。
城に入っていった。中ではやはりとんがり帽子にワンピースの小さな女の子たちがウロウロしている。やがて、ひとつの部屋に案内された。ドアが閉まるとひとりでに部屋ごと上昇した。部屋を出ると純白の調度品が並ぶ部屋に通された。どうやら上の階にやって来たらしい。女の子達の後について部屋の奥に進む。そこにはとんがり帽子をかぶりクリスタルブルーのロングドレスに身を包んだ女性が立っていた。
トルーデ達より頭一つ分背が高い。
まさに女王の風格。
姉弟を見つけると軽く会釈して話しかけてきた。
「こんにちは、私はリトルリルマザー。この国の女王です。」
なんとなく気を飲まれ、姉弟も会釈を返した。
「急なお呼びたて申し訳ありません。」
女王リトルリルマザーのこの言葉にトルーデが思いだしたように言い出した。
「申し訳ないじゃないわよ!人の家ぶっ壊しといて、何よあのバカフクロウはっ!」
トルーデの言葉にひるむ事は無いがマザーはそばの女の子に何かささやいた。さっき二人を案内してくれた女の子は部屋を飛び出して行った。
マザーは、お客に向かって優しく答える。
「トルーデさんのおっしゃるとおりですね。少しお待ちください。」
すぐにフクロウが窓から入ってきた。背には女の子を載せている。部屋に入ると女の子はすぐにどこかへ行ってしまう。フクロウはそのままマザーの肩にとまった。
「ホーホー、お呼びですか?マザー・・・ぐほっ!」
いきなり、マザーのアッパーカットがフクロウに炸裂した!
フクロウはぶっ飛ばされて青空の向こうにキラリ光った。
トルーデもシュウナも息をのんだ。
背中に変な汗を感じる。
「お家はあとで責任を持って修復いたします。まずはお話を聞いてください。」
マザーの言葉に姉弟はうなずいた。シュウナが丁寧に話を切り出す。
「フクロウからだいたいの話は聞きました。まず、何故我々なのですか?」
トルーデも後に続く。
「そうよ、勝手に来て家をぶっ壊して一体なんなのよ!」
また、トルーデの怒りがぶり返した。しかし、マザーはにっこり微笑んで答えた。
「森で以前、我々リトルリルの子を助けてくださいました。」
うん?そんなことあったっけ?シュウナが考えているといきなり
「あー、あったあった。」とトルーデ。
「なんか森でリトル・・・ちゃん、だっけ?女の子が蜘蛛の巣に ひっかかっていたっけ。」
トルーデはその女の子がリトルリルだったという事に思い至ったらしい。すると、緑のワンピースととんがり帽子のリトルリルがトルーデのそばに来てぴったりとくっついた。マザーは言う。
「おかげでその子は成長して、今はグリーンリトルになることが出来ました。ありがとうございます。」
そう言うとゆっくりと頭を下げた。なんだか説明が足りないがどうやらリトルリルは1人前になると自分の色が決まるらしい。それによって役どころもきまるのだろうか?
そのグリーンリトルは恩人であるトルーデにほおずりしている。トルーデは戸惑いながらもまんざらではなさそうだ。
「なるほど、以前助けてもらったから今回も助けてもらえると、そういうことですか?」
シュウナがマザーに問いかける。マザーはうなずいた。そして、シュウナの言葉に付け足す。
「それだけではありません。こちらもあなた方の事を調べさせて頂きました。 二人とも十四、五歳ほどだというのにその辺の大人よりもよほど腕が立つようですね。 賞金稼ぎに隊商の護衛、用心棒、トレジャーハンター。依頼がくれば何でもこなす凄腕のマークス姉弟。」
シュウナは腕組みをして黙った。トルーデは少しアジトを壊された怒りが和らいだようだ。マザーは続ける。
「姉のトルーデ・マークスは剣を取ったら1流でケンカは負け知らず。 弟のシュウナ・マークスは魔道具を取り扱う秘術師、ムチの腕もなかなかのようですね。」
ここまで言われるとトルーデは悪い気はしないようだ。うれしそうにマザーへ言う。
「まあ、そんなところね。だけどどんな依頼でも引き受けるというわけじゃないわ。」
「その危険に見合った報酬次第です。」
シュウナが会話の途中をもぎ取ったが、また、トルーデが言う。
「あと、おもしろそうか?どうかかな。」
横目でシュウナが睨んでいる。調子にのった姉にいつも振り回されているからだ。
マザーはそんな姉弟たちに微笑むと改めて依頼内容を話して聞かせてくれた。
このリトルリルラントでは一人前になるとグリーンリトルのように色が決まりそれに伴い能力も仕事も決まる。まだ、色のついていない真っ白なとんがり帽子にワンピースのリトルリルは半人前だ。その半人前のリトルリル数人がいたずらで空飛ぶボードで遊んでいたらそのまま外の世界へ飛び出してしまった。すぐに白フクロウたちが探してまわったがフクロウの内、一匹がボードが落ちているのを見つけた。
場所は「嘆きの森」の北にある「帰らずの洞窟」の入り口
トルーデが口を挟んだ
「このグリーンちゃんといい、その半人前のちびっこリトルちゃんといい勝手に外にですぎ。あんた達の管理どうなってるわけ?」
言い終わらないうちにマザーの瞳がキラリと光った。凄いような微笑みを浮かべている。マザーは明らかに気分を害していた。冒険者の姉弟はさっきフクロウがどうなったかを思い出した。
ヤバイ、やられる・・・。
姉弟が感じたその時、かわいい声がした。
「リトル・・・リル・・・は好奇心・・・いっぱい・・・。」
グリーンリトルちゃんがトルーデにほおずりしながら言った。
「へー、人間の言葉話せるんだ。」
シュウナが感心している。
「すこし・・・だから・・・リトル・・・リルと人・・・の通訳・・・できる・・・。」
そこまで言うとグリーンちゃんはしがみついていたトルーデの肩に顔をうずめる。
その様子を見てマザーはまた、話を続けた。
帰らずの洞窟はリトルリル達にも謎が多い。
古代の魔物が眠っているとか。
偉大なる力を持った魔法使いが今も支配しているとか。
たくさんの財宝が洞窟の奥に隠されているとか。
そして、恐ろしい罠や手ごわい魔物たちがいて冒険者たちを襲うという。
説明を聞きながらシュウナは頷いている。彼の頭は冒険へのリスクを考えていた。確かに今まで噂では聞いていたが帰らずの洞窟には今までの自分たちの仕事とは関係が無かったし、その通り道である嘆きの森を通過するリスクを考えると興味もわかなかった。彼としては行って見たいという気持ちもある。だが、リスクを考えると・・・。興味だけで行くような場所ではないし・・・。しかし、その思考は横にいる姉の言葉で断ち切られた。
「おもしろいじゃない!」
トルーデはいつもコレだ。なんでも気分で物事を決めてしまう。自然、仕事を引き受けるかどうかなどをまじめに考えるのはシュウナの役目になるのだが・・・。シュウナはマザーに尋ねた。
「つまり、迷子のリトルリルを探し出してここに連れて帰るのが僕たちの仕事ですね?」
マザーはうなづいた。
「で?報酬は?」
トルーデがシュウナとマザーの間に割って入りそして訊いた。
シュウナがさらに割って入る。
「迷子のリトルリルは何人ですか?」
重要な話だ。
マザーが答える。
「迷子のリトルリルは全部で六人です。その子達を探すための食料やその他資材はそちらのお望みどおりに提供しましょう。そして、洞窟内であなた方が手に入れた財宝などは全てあなた方の好きになさってください。あと、成功した暁にはこのリトルリルラントの中でお望みのものを差し上げるか、お望みの価を金貨でお支払いします。いかがでしょうか?」
「その話、のった!」というトルーデと
「ちょっと待った!」というシュウナの声。
同時に部屋の中に響いた。
二人はマザーに背を向けてひそひそと相談を始めた。
「なによ、シュウナ。怖気づいたの?」
「今の話聞いていたか、トルーデ。マザーの話は気前よく聞こえるけど、実際には何も約束していないよ。この国の中で望みのものとか良くわからないし、金貨だってちゃんとした枚数を言われた訳じゃない。」
「だいじょうぶよ。見たところこの国お金持ってそうだし、いい物もあるって。」
取り引きなど面倒くさい話が苦手なトルーデは軽く言い放った。実はトルーデは早く冒険に出たくてうずうずしていたのだ。帰らずの洞窟?上等じゃない?必ず生き残って帰ってきてみせる。そんなことを思っていると肩でグリーンちゃんの声がした。
「大丈夫・・・。リトルリルラント・・・いいものいっぱい。」
このささやきにどうだ!とばかりトルーデは弟を見た。
シュウナはため息交じりに言った。
「せめて、具体的な金額だけでも決めておかないと話にならないよ。」
そして、くるりとマザーに向き直りシュウナは条件をマザーに出した。
・リトルリル捜索の為に五日分の食料と日用品の提供。
・成功報酬は金貨二百枚。
・成功後この国の物から一つトルーデに望みの物をもらう。
・洞窟の入り口まではフクロウに送ってもらう。
シュウナとしては金貨二百枚はふっかけた方だったがマザーは意外にあっさりと言った。
「いいでしょう。全ては望みのままにいたします。あと、ガイドを一人つけましょう。そこにいるグリーンリトルをお連れなさい。」
「ピーッ」
マザーの言葉を聞き終えるやグリーンちゃんが喜びの声を上げた。
「六人全員を見つけ出して連れて来てください。お願いします。」
マザーはそういうとゆっくりと頭を下げた。
準備をゆっくりとして明日の朝出発となった。
そして・・・。
2、わな、罠、ワナ
二人の冒険者たちは帰らずの洞窟にやって来た。嘆きの森の奥深く、山のふもとに入り口がある。白フクロウ達の証言通り、入り口のそばに「空飛ぶボード」が落ちていた。自分の革のブーツのつま先にあるボードを拾いあげてリトルちゃん達でも六人乗りはきついなとシュウナは思った。汚れを獣毛で編まれたマントで拭く。人一人くらいなら何とか乗れる程度か?それをザックに押し込む。自分の前をレザーアーマーにショートパンツとスパッツ、やはり革のブーツを身に着けたトルーデがグリーンちゃんと先に洞窟に入って行くのが見えた。シュウナは文句を言いながら慌てて着いて行った。洞窟内はごつごつ岩だらけで湿っている。が、驚いた事にほんのり薄暗いながらも視界が見通せる。洞窟の壁に着いたコケのせいだとわかった。トルーデの声がした。
「シュウナ、分かれ道だよ。」
洞窟に入って百メルト(この世界で一メルトはほぼ一メートル)ほどで道は二手に分かれた。右と左、どちらに行くか、考える間もなくトルーデが言う。
「こっちでいいんじゃない?」
グリーンちゃんと二人えいえいおーとか言いながら進んでいく。
「いや、少し慎重に考えろよ。」
シュウナの言葉が届かないのかそのままトルーデは進んでいった。しばらく行くと何か岩でできたボタンのような物があり、
勇気を試せ、押してみよ。
とボタンのそばに書いてある。
「フーン、押してみようかな・・・。」
「いや、待て!ワナかもしれないし、何でもかんでも触るな・・・。」
シュウナの制止も聞かずにトルーデがボタンを押すと・・・。
二人の冒険者たちは巨大な岩に追いかけられ、ひたすら逃げるハメになった。
帰らずの洞窟に入って一時間も経っていないのにこの有様だ。
先を走っていたトルーデは弟の手をつかんで引っ張ると一緒に前に向かって跳んだ。
間一髪!二人は大岩の可動限界の通路に逃げ込むことが出来た。
「大丈夫?」
グリーンちゃんが倒れて荒い息をしている二人に声をかける。トルーデの方が先に起き上がりグリーンちゃんを肩に乗せながら言った。
「やれやれ、逃げ延びたけど元の別れ道にもどったわね。」
岩に塞がれてそちら側にはもう行けそうもない。
シュウナも立ち上がり言った。
「トルーデ!だから言っただろう。何でもかんでも触るなって。」
トルーデには珍しく今回は素直に謝った。
「ごめん、ごめん、気をつけるよ。」
二人とグリーンちゃんは左の洞窟に行くしかない。松明をつけなおし一行は左側の洞窟へ進んでいった。
しばらく淡く光るコケの通路を進んでいった。途中コウモリやネズミなどと遭遇するが魔物らしきものに会う事もなく十メルト進んだところでまた、分かれ道だ。
さて、どちらへ行こうとシュウナが考えている。さすがに今度はトルーデも勝手に判断はしない。そのかわりグリーンちゃんに相談した。
「あのさー。リトルちゃんは仲間のリトルリルがどっちに行ったかとか分からないの?」
思い付きで行動するトルーデにいつも振り回されているが、たまにドキッとさせられる。そうなのだ。「帰らずの洞窟」は地下迷宮であることは想像が付く。これから先も分かれ道があるだろう。グリーンちゃんが仲間の行き先がわかればいちいち分かれ道で悩む必要はない。自分の姉のひらめきにはたまに感心させられるシュウナだった。
「うん、・・・足跡と・・・かにおい・・・とか、気配で・・・わかる。」
グリーンちゃんが言うと、トルーデの肩から飛び降りて地面を何やら調べ始めた。
しばらくして振り返ると二人に言った。
「あのね・・・こっちとこっちに・・・行ってる。」
つまり、迷子のリトルリルたちは二手に分かれたということか?想定はしていたが嫌な事態になった。リトルマザーの依頼は迷子のリトルリル六人を全員連れて帰ること。もちろん一人も欠けるわけにはいかない。だとしたらこちらも二手に別れるしかない。シュウナはしゃがんでグリーンちゃんに訊いた。
「どっちに何人行っているか、分かるかい?」
グリーンちゃんが答えた。
「うん、わかる・・・。こっちには・・・一人だけ。こっちに三人・・・行った。」
それを聞いてシュウナは決断した。
「僕はその一人だけのリトルリルを追って連れ戻してくるよ。トルーデは三人の方に行って。」
トルーデはうなずいた。
「シュウナ、気を付けてね。こっちはなるべくゆっくり行くから。」
リトルちゃんを肩に乗せてまっすぐと通路を進む。シュウナは方向を変えて奥への通路へ進んだ。
トルーデ達と別れてシュウナは考え事をしながらひたすら進んでいく。そもそも一日の時間差で探しているのにリトルリルに追いつけるのか?こちらの行く先にまた分かれ道があったらどうするのか?
「やはり引き返すべきかな・・・。」
そう思った矢先にほんのり明るくなった部屋の入り口を見つけた。ドアは無い。注意深く近寄ってそっと中をのぞく。どのような照明設備になっているかはシュウナには想像のしようが無い。中は円筒状の部屋で両端は深い深い奈落の底になっている。部屋の真ん中を貫くように一本の道があるが道のど真ん中には大きな石の巨人像がそびえ立っている。
単なる石像だろうか?それとも・・・。
「普通考えたら罠だな。」
シュウナはつぶやいた。ただ像を飾って置くだけとはやはり思えない。ではどんな罠か?どこかに手掛かりが無いかシュウナは探してみた。一見してそんなものは無い。
「やれやれ、そんなに都合よくはいかないか・・・。」
では、この通路をどうやって通り抜けるか?まず、その辺に落ちている石ころを通路にいくつか投げてみる。石像は微動だにしない。入り込んでも大丈夫なのだろうか?でも、念のため、シュウナは腰に下げたムチを手に取って力いっぱい前に向かって振った。ムチの風切り音と同時に天井から炎の玉が降ってきた。通路にあたって火の粉を上げながら弾むと両側の奈落の底へ不気味な音を立てて落ちていく。入り口から離れて難を避けながらシュウナは冷や汗をかいた。
「まいったな。あやうく黒焦げだ。」
シュウナは魔道具をよく使う。ザックの中にいくつか魔法を封じた秘石がありその中にはもちろん防御系の魔法もあるにはあるが、さっきのような火力を何発も喰らっていられない。その時部屋の天井方向から声がした。
「道なき道を行け。」
その、太く暗い声はどうやらこの部屋の番人である石像が言っているようだと数秒遅れてシュウナは気が付いた。
道なき道をいく?
どういうことだろう。ここで言う道が無いところと言えば両端の奈落だが・・・。正直落ちていくだけのような気がする。試しにその辺の石ころやジャリを奈落に向かってまき散らした。実は目の錯覚で奈落と見える部分に道があることを期待して。
期待は裏切られた。石ころたちは残らず奈落へ消えて行った。それでは?
「壁に階段やはしごとかあるか?」
部屋に入らないよう注意しながら確認してみる。見たところそのようなものは無い。
「いったい、どうしろっていうん・・・。」
悪態を最後まで言う事は出来なかった。後ろの気配に気が付いたからだ。弓矢の風を切る音が聞こえた。間一髪かわすとシュウナは投げナイフで応戦した。相手はどうやらゴブリン二匹らしい。そのうち一匹をナイフで倒した。
ゴブリンとは洞窟などを住みかとしている人型の魔物で背は低く肌は緑色でイボだらけである。人間程では無いにせよ自分たちで武装するくらい知性はあり性格は残忍で強欲だ。冒険者達を不意に襲い命と金目の物を奪う。今回もシュウナを襲い持ち物や食料を奪うつもりだったようだ。
残ったゴブリンは剣を振り回しシュウナに襲いかかってくる。体ごとかわして場所を入れ替わる。また斬りかかって来る。また、入れ替わる。ゴブリンとシュウナはしばらく格闘しながらぐるぐる回りもつれあいながら勢い余って転んだ。
「しまった・・・。」
シュウナがつぶやいた。
二人が転んだ場所が悪い!
部屋の入り口から入り込み石像の前だった。そして・・・。
部屋の上から隕石のように火球が落下してくる。それは天井からではなく石像の口から放たれるものだった。シュウナは咄嗟に思い出した。
「道なき道を行け」
そうだ、道なき道・・・。道ではないところ。
「えーい、こうなりゃヤケだ!」
シュウナは右側の奈落に飛び込んだ。どうなるかわからない。まず、焼け死ぬことから逃れよう。見ると哀れなゴブリンはこれでもかというほど火球に打ちのめされ焼かれている。もちろんこちらにも熱風がくる。巻き添えを食わないようにシュウナは自分が今身に着けている魔道具、シールドマントで防いだ。そのまま吹っ飛んで着地した。
「どこに・・・?」
着地したんだろう?と言いたかったのだが言葉が出ない。
なんと!壁に立っている。
この部屋の壁には重力魔法が施されていたのだ。道なき道へ活路を見出したものだけがこの部屋を通れるのだ。その事に気づいたが感心している場合ではない。炎と熱風はまだ収まっていない。
「アチチチチ!」
おかしな状況だがシュウナは壁を全速力で走った!もたもたしていたら黒焦げになる。石像の背後に出口が見える。壁にどこまで重力が効いているか分からない。シュウナは入り口に飛び込んだ。重力が元の方向に戻る。着地に失敗して背中を打った。
「イテテテテテ・・・」
背中をさすりながら部屋の方を見る。地獄が出現しているかのように部屋の中は炎が渦巻いている。その光景を見てシュウナは冷や汗をかいた。
「こんな罠がまだいくつあるんだ・・・。」
彼は一つ上の姉の事を想わずにいられない。
「トルーデ、頼むから慎重に行ってくれよ。」
気持ちを切り替えてシュウナは奥へと進んでいった。
シュウナが石像の部屋に入る方法を考える少し前に時を遡る。
ゆっくりと辺りを見回しながら石ころだらけの通路を進んでいくトルーデとその肩に乗るグリーンちゃん。二人はしばらく黙って歩いていたがグリーンちゃんが声を出した。
「足あと・・・消えてる・・・。」
トルーデは怪訝な顔をした。足跡が消えているということは
・グリーンちゃんが足跡を見失っただけ
・ここから先、迷子のリトルリル達は歩いていない
ということだ。
「間違いない?グリーンちゃん。」
トルーデは肩に乗ったグリーンちゃんの頭をなでながら訊く。小さく肩で頷くのがわかる。ここから先歩いていないならなんだというのか?考えながら歩いていると
カチッ
地面を踏んだと同時に何かが鳴った。
すぐに何かが二人の上に降って来た。
無意識にトルーデは剣を鞘走らせ頭上を斬る!
網が空中で真っ二つに斬られた。
進行方向から鐘の音が聞こえる。
恐らく獲物が罠にかかって捕らえられた合図だろう。遠くから聞こえる足音は獲物を捕獲しにこちらへ向かっている何者かのものだ。複数いる。グリーンちゃんもそれを感じ取って震えながら言った。
「いち・・・に・・・さん・・・いっぱい」
まあ、三人以上はいるということだな。トルーデは彼女らしく簡単に思った。罠を仕掛けるくらいだからまあ、人っぽいモノだろう。近づくうちに方向と人数がわかって来た。後ろから二人、前から・・・五人くらい?こちらはトルーデ一人、いつもならばシュウナが後ろを守ってくれるが・・・今回はグリーンちゃんを守りながら戦う事になる。考えていると前後の何かはほぼ同時に到着した。後方から弓なりがした。振り向いたその時、
「しーるど・・・」
グリーンちゃんの小さな声と共に風が吹いた。風が矢の行く先を変えて矢を地面に落とす。シュウナの魔道具で使うシールドと違いグリーンちゃんは風系統のシールド魔法を使うらしい。
「ありがとう、後ろよろしく!でやぁぁぁぁぁぁ!」
前方の五人に向かって斬りかかった。一瞬の跳躍で敵の間合いに入りながら相手がゴブリンだと気づいた。
一人を袈裟切りに、返す剣をもう一人の胴に叩き込む。
あっという間に二人倒れた。
なんとか反撃しようと棍棒を振りかざしたゴブリンの顔面に小さな投げナイフを叩き込みつつ逃げるゴブリンの背中を斬りつける。
五人の内一人が通路の奥へ逃げたのを確認するやいなや棍棒を片手に顔面を抑えているゴブリンの首を薙いで斬り飛ばした。
血をまき散らし、胴と頭が離れたゴブリンは倒れた。
もと来た通路側のゴブリンはというと・・・。
何か喚きながら逃げていくのが見える。一瞬シュウナの事が頭によぎったがトルーデは彼らを追うことをせず剣を鞘に納めた。
(この二人のゴブリンが後でシュウナを襲う事になる。結果は前述の通りだ)
息を整えてトルーデは一応ゴブリンたちの死骸の持ち物を調べた。ほとんどのゴブリンはロクなものを持っていない。果たしてこれはごみなのか何なのか?というレベルのものばかり。
「あ、鍵だ。」
トルーデはゴブリンの一人から所々青緑色になった鉄の小さなカギを見つけた。気持ち悪いけど一応持って行く事にして腰のポーチに押し込む。押し込みながら考えた。もしかしたらリトルリルはさっきのように網で捕らえられてゴブリンに
捕まっているのかもしれない。それなら足跡が無くなった事も理解できる。だとしたら・・・。
「グリーンちゃん、急ごう。時間がないかも。」
肩につかまってグリーンちゃんはうなずいた。基本的にゴブリンは何でも食べる。がよほど飢えていないと同じ人型は食べない。ただ、ほんとに空腹なら話は別だ。ましてや迷子のリトルリルはこの肩のりサイズのグリーンちゃんよりさらに小さい。人と認識するか、小動物と認識するかは微妙なところだ。駆け出そうとしてふっと足を止めた。
「トルーデ、頼むから慎重に行ってくれよ。」
どこからかシュウナの声が聞こえたような気がした。はやる気持ちを抑えながらトルーデにしては珍しく慎重に進んでいった。
慎重に進んだのは正解だった。さっきの戦いでいつもならいたずら好きなグリーンちゃんも慎重になってくれたのも幸いして罠をいくつもかいくぐることができた。パターンがわかってくる。
路上の不自然な小石はさっきの罠と同じくスイッチで毒ガスが飛び出てきた時は慌てて飛びのいた。作動はしていないが他にも矢、小石、網などが襲ってくるのだろう。
進んでいくうちに通路はコケが無くなり真っ暗になった。だが、グリーンちゃんが暗闇でも見える目で危険を教えてくれた。いくつも蜘蛛の糸のような透明な線が張ってあり触れると矢が飛び出してくる。誤って触れてしまい自分の目の前を矢がかすめ飛んでいくのをトルーデは感じた。
冷や汗をかきながらさっきと同じぼんやり明るい通路に出た。通路はまだ奥へ続いていく。普通ならここで休憩をとるところだがさっきの悪い予感が頭から消えない。
「グリーンちゃん大丈夫?このままもう少し行くよ。」
肩に乗った小さな友達の頭を撫でてやる。グリーンちゃんは小さくうなずいた。トルーデはふと気が付いた。冒険の途中で自分は初めて弟と離れ離れになった事に。
3、魔物たちの棲み処
もう、後ろからの熱風を感じないところまで歩いてきた。特に罠らしい罠が無いことがシュウナには意外だった。
「今、自分がたどっている道がこのダンジョンの持ち主が通る為の道なのではないか?」
と考えてみる。さっきの石像の部屋では壁に重力魔法が施されている事さえ知っていればなんという事もなく通れる道だ。それにシュウナが見る限り石像の部屋から今まで罠らしい罠はない。では、このダンジョンの持ち主はどのような人物なのか?
考えは途中で止められた。何故なら自分の進む通路の先に新たな入り口が見えたからだ。シュウナは注意深く新しい部屋の入り口へ近づいていく。入り口にドアは無い。どうやら部屋の中も通路と同様で光るコケで微妙に明るさを保っている事に変わりはないようだ。と、シュウナはちょっと後ずさりした。獣の臭いを嗅いだような気がしたからだ。静かな息遣いも聞こえてくる。シュウナは気を取り直してまたゆっくりと入り口に近づきそっと部屋の中をのぞきこんだ。部屋の作りはさっきと同じ円柱の形に荒く切り取られたホールになっている。真正面にやはりドアのない出入り口が見える。そして、部屋の中の息遣いの正体は・・・。
「雷獣・・・。」
森に住む大人の熊と同程度の大きさで茶褐色のふわふわの毛におおわれている。首回りだけが輝く金色の毛が生えるのが特徴だ。特徴はそれだけではない。雷獣というだけあってその体は電気を常に帯電している。敵と見なせば相手に電撃で攻撃する厄介な獣だ。ここは雷獣の棲み処のようだ。
だが、雷獣は眠っているようだ。部屋の端を気づかれないように歩いて行けば余計な災難を避けられそうだ。ゆっくりゆっくりシュウナは歩いた。雷獣との距離が少しずつ近づいていく。ちょっとでも音を立てたら雷獣が起きてしまう。そうなれば台無しだ。部屋の壁伝いに歩きながら何とかなりそうだと思ったその時・・・。
「ん?」
軽い驚きの声を上げて慌てて口を両手で塞いだ。幸い雷獣はよほど眠いのか目を覚まさない。シュウナは目を細めてもう一度雷獣の顔のあたりを見た。そして、がっかりした。何故なら、雷獣の顔の真ん中、鼻の上で小さなリトルちゃんが気持ちよさそうに眠っていたからだ。
「なんであんなところに・・・。」
他に場所もあるだろうによりによって雷獣の鼻の上でお昼寝とは・・・。といって、シュウナは放って置くわけにはいかない。近寄っていって普通にそっとリトルちゃんを捕まえるか?ムチで遠くから絡めとるには危険すぎる。シュウナは自分のザックの中から使えるものが無いか探ってみた。そして、
「これ、高かったんだけどなぁ・・・。」
選んだのは魔石、自分を透明にする魔法が込められている。魔石に記憶させたシュウナの血液情報によってシュウナが使用したいときにだけ魔法が発動するようになっている。シュウナは魔石を手に握って魔法の発動を命じた。体が徐々に透明になっていく。そんなに時間をかけずに全体が透明になった。ゆっくりと雷獣の方に近づいていく。体が透明になっても音を立てたら全て終わりだ。もう少し、あともう少し。雷獣の鼻に手が届くくらいに近づいた。
そっと、眠っているリトルちゃんを両手ですくい取った。
成功だ!
そのままゆっくり、ゆっくり、ゆっくり後ずさりする。
ゆっくり反対側の出口へ行こうとしていると手の中のリトルちゃんが目を覚ました。もぞもぞ動くと誰かに捕まえられている自分に気づいて驚いたのか、
「ピー!」
と、いきなり叫んでもがき始めた。
「うわ、ばか!じっとしてろ!」
シュウナは思わず声を上げてしまった。
そして・・・。
目を覚ましてしまった雷獣と目が合う。
自分の体は今透明だから大丈夫・・・だろう。だが、目が合っている。どうやら気づかれたか?
シュウナは目をそらして走り出した!
その瞬間!
雷獣は咆哮と共に雷撃を吐いた!
横っ飛びに飛んでシュウナはかわす。リトルちゃんを抱きかかえながら一回転すると立ち上がり、また、走り出す。
二度目の咆哮と雷撃!轟音!
今度はかわしたものの、爆風で体ごと吹き飛ばされた。
とにかく、今できることはリトルちゃんを連れて逃げるだけだ。そう心に決めたシュウナは起き上がって走り出した。出口に飛び込んだすぐ後に雷獣が出口の壁に激突した。体が大きく通路には入って来れないようだ。
助かった・・・。
シュウナが思ったのも束の間、すぐに恐怖を感じた。雷獣は自分の体の大きさで通れない通路目がけて今まさに三度目の雷撃を打とうとしている。とっくに術は解けてシュウナははっきりと姿が見えている。そこに狙い定めて三度目の雷撃!
とっさに伏せた。
自分のマントが焦げているにおいがする。
立ち上がる。
周辺の通路の天井が崩れ始めた。
迷宮の奥へ向かってリトルちゃんを抱きかかえながら走った。後ろで天井が落ちる音が響いている。天井か崩れた粉塵で雷獣からの視界が遮られた。ひたすら走った。
シュウナは疲れて倒れ込んだ。どこをどうやって走って来たかは分からない。が、多分別れ道は無かったと思う。帰り道は雷獣の雷撃で断たれた。分かれ道も無い。と、いう事はもう後戻りは出来ないということだ。倒れ込んで荒い息をしているシュウナを不思議そうな顔で小さな白いリトルちゃんが覗き込んでいる。そんなリトルちゃんに何とか笑顔を向けながら
「まずはリトルちゃん一人目。見つけた。」
とつぶやいた。リトルちゃんは心配そうにシュウナの頬をなでている。やっと起き上がってあぐらをかいて座るとシュウナはザックから水とビスケットを出した。
「お腹すいてないか?」
リトルちゃんに訊くとちっちゃな両手を挙げてビスケットをシュウナからもらった。
リトルちゃんが元気なことと雷獣から逃れられた事に満足しながら水をのみつつシュウナはリトルちゃんの変化に気が付いた。
雷獣とどれだけ一緒にいたかはわからないがそのせいでリトルちゃんの体からパチパチと小さな火花がでている。帯電しているらしい。心なしか着ている服がうっすら黄色くなっているような・・・
だが、次にシュウナがつぶやいたのは別の事だった。
「まだ、一人目か・・・。トルーデの奴、上手くやっているかな?」
シュウナが雷獣の鼻先にリトルちゃんを見つけるのと同じころ。少女剣士トルーデとグリーンちゃんは通路の行き止まりに来ていた。いや、正確にはボロボロの木でできた扉の前にいた。中には生き物が動く気配がする。
さて、どうやって侵入しようか?
トルーデにしては珍しく考えた。シュウナが傍にいない事が彼女を慎重にしているようだ。しばらく考えたが特にいい考えは浮かばなかった。
結局、これでいくしかないか。
トルーデは剣を鞘から抜いた。
扉の取っ手に手をかける。
勢いよく扉を開けた。
思い切って突っ込む。
ランタンで明かりをとっている部屋は散らかり放題だ。
ゴブリンがいち、に、さん・・・・。
八人いる。
一対八はかなり分が悪いが最早そんなことを言っている場合じゃない。一番近くのゴブリンに剣を叩きつける。
訳の分からない言葉を叫びながらゴブリンたちはそれぞれの武器を構えた。トルーデの肩に乗っていたグリーンちゃんが飛び降りる。短い詠唱をして魔法が放たれた。
リトルリルの言葉なので内容はわからない。
でも、今、目の前に起こっている事でグリーンちゃんの放った魔法がわかった。
風があらゆる方向から部屋いっぱい暴れている。
部屋の家具、食器、ごみのようなものが飛び交っていた。
トルーデは身をかがめてかわしながら時を待った。
この風が止んだ時に一気にケリをつける。それしか一対八の勝負に勝つ方法は無い。その時、何かの声が聞こえた。
「ピピーッ!」
グリーンちゃんの声ではないが明らかにリトルリルの声。
「トルーデ・・・あそこ・・・。」
いつの間にか自分の隣にきたグリーンちゃんがトルーデに指さして示す方を見てトルーデははっとなった。
小動物を閉じ込めるカゴにちっちゃなリトルちゃんが3人閉じ込められている。グリーンちゃんの起こした風で床をぐるぐる回っていた。
そして、風が止んだ。
同時にトルーデが飛び出す。
「グリーンちゃん、出口に走って!」
グリーンちゃんはとことこ走り出した。
まだ、何が起こっているか分かっておらずボーっとしているゴブリンを袈裟掛けに斬り飛ばしてカゴに向かって突進した。
他のゴブリンたちが仲間の犠牲で正気を取り戻し攻撃してくる。
その辺の物を手あたり次第投げつけてくる者。
棍棒を持って襲いかかる者。
弓矢を慌てて構える者。
それらゴブリンの動きを全て視界の端で見ながらカゴに飛びついた。すぐそばに落ちていたテーブルの脚が折れたものを拾いあげてゴブリンの方へ投げつける。
木の棒は回転しながら物を投げつけてくるゴブリンの顔のど真ん中に命中した。気を失わせた。
左から来た棍棒の攻撃を片膝立ちのまま剣の鞘で受け止め、同時に剣をゴブリンの腹へ突き刺した。抜きながら立ち上がり体をひねりながら矢をよける。そしてグリーンちゃんへカゴを投げた。
「グリーンちゃん、受け止めて!」
右にヨロヨロ、左にヨロヨロ。グリーンちゃんは何とか体で受け止めるが勢いを殺しきれずそのまま後ろへ倒れ込む。リトルリル、3人確保。
さっきのゴブリンの棍棒を弓矢のゴブリンに投げつける。
ゴブリンは弓矢を落とし手を抑えてもがいている。
3人のゴブリンが各々襲いかかってくる。
その内一人、剣を持ったゴブリンが他の奴とは違う鋭い斬撃をトルーデに繰り出した。
トルーデは力を逃がしながら剣で受け流す。
体を回転させて向かって左のゴブリンに後ろ回し蹴りを喰らわせる。
その回転を利用し、勢いをつけて斬撃を剣を持つゴブリンに叩きつけた。
ゴブリンも剣で受ける。
剣と剣がぶつかる音が部屋中に響く。
お互い力を込めて押し込みあう。
その隙にゴブリンの一人がグリーンちゃんの方へ向かう。
しかし、かまっていられない。
また、リトルリルの言葉で魔法の詠唱が聞こえた。
風が部屋全体に吹き荒れる。が、さっきより威力が無い。グリーンちゃんの魔法を使う体力、つまり魔力はそれほど高くはないようだ。
しかし、目くらましくらいにはなった。
グリーンちゃんへ向かってきたゴブリンはたまらずうずくまり風を受けている。
トルーデにとっては追い風になった。
相手のゴブリンの力が少し緩んだ一瞬を見逃さない。
つば競り合いしながら腹を思い切り蹴っ飛ばした!
ゴブリンはたまらず剣を離して思いっきり吹っ飛ぶ。
風が収まった一瞬。
右手に剣、左手にカゴを持ってトルーデは走り出す。カゴにはグリーンちゃんがぶら下がっていた。
そのまま、入って来た扉と反対側の扉にたどり着く。カギはかかっていない。
扉を開けて逃げ込んだ。
荒い息をしながら走り出した。
行く先は通路になっていて相変わらず光るコケで照らされている。
後ろでドアの開く音がした。
何かわめく声も。
「ゴブリンたち・・・追って来る・・・。」
肩にのって後ろを見ながらグリーンちゃんが教えてくれた。トルーデはひたすら走るしか無かった。
4、暴走の果てには?
後ろからたまに弓矢の風を切る音がする。だが、こちらへは届かない。ゴブリン達が何か喚きながら追って来るのが足音と罵声のような喚き声でわかった。右手に剣、左手にカゴを抱いたグリーンちゃんを抱えながらトルーデはひたすら走った。カゴの中では3人のちびリトルちゃん達がぴーぴーと自分たちの言葉で何か叫んでいる。トルーデは走りながらつぶやいた。
「ごめんね、ちびちゃん達。 今は出してあげられない・・・。」
つぶやきを聞いてグリーンちゃんが何かかごに向かって囁いている。するとちびリトルちゃん達は騒ぐのをやめた。
「ありがとう、グリーンちゃん。お姉ちゃんだね。」
トルーデの言葉にグリーンちゃんははにかんでいる。
光るコケが無くなり、壁が岩肌になる。暗くて視界が悪い。通路の遠くに明かりがぼんやりとみえる。ひとまず、あの明かりを頼りに走るしかないか。
「大丈夫・・・このまま・・・あの明かりまで一本道・・・。」
グリーンちゃんがつぶやいた。でも、その明かりの下に何かいたら・・・。一瞬トルーデの脳裏に不安がよぎった。が、今は後ろのゴブリンを振り切ろうと思い定めて走り続けた。
灯りが近づいて来るのと、ゴブリンたちの後ろの声が遠ざかっていくのがわかる。諦めたのか?それともこっちのスピードについて来られないだけなのか?走って行くに連れて近づく灯りで景色がはっきりしてきた。通路から開けた場所に出てきた。ランタンが柱にぶら下がっている。さっきから見えていたぼんやりした明かりはそれだった。丸太で作られた小さな小屋がある。木の板で造られた平らな床が続き床が途切れた先にはと目で追っていくと・・・。
そこにはトロッコ列車があった。二両編成の小さなものだ。
ここはトロッコ列車が発車する駅のようだ。
先頭車両トロッコ内部の横に大きなレバーがある。それを倒せばトロッコが動き出すのだろうか?ここは迷っていられない。トルーデは決断した。
「グリーンちゃん、トロッコに乗って!」
言うなりグリーンちゃんとカゴをトロッコに放り込む。自分はトロッコを少し押して勢いをつけて飛び乗るとレバーを倒そうとした。
レバーは錆びているのか鈍い音を立てている。が、なんとか動く。ゆっくりとレバーを倒した。トロッコ自体もゆっくり動き出した。だが、スピードがつかない。
「こんなスピードで・・・。追いつかれる。」
トルーデが焦っていると、突然声がした。
「こらあ!勝手に乗るな!」
トロッコを追いかけて人影が飛び乗って来た。白髭をたっぷり蓄えたドワーフだった。トロッコ駅の駅長なのか?ドワーフは
「発車時間は決まっておる。勝手に乗りおってまったく・・・」
そこに追手のゴブリン達がようやく現れた。弓矢で射てくる者、棍棒を持って追いかけてくる者、それぞれ何か自分たちの言語で喚き散らしている。
トロッコの上で再び剣を抜くトルーデ。
それを見て驚くドワーフ。
「まったく、厄介ごとをもちこみよって。」
ドワーフの悪態にお詫びなどしていられない。トルーデは自分の希望を言うのみだ。
「おっさん、もっとスピード出ないの?」
ドワーフは言い返す。
「おっさんとはなんだ、この小娘が!」
「なにおぅ!このヒゲめ!」
言い合う二人にグリーンちゃんが割って入った。
「お願い・・・おじさん、すぴ・・・ーど・・・あげて・・・。」
これにはドワーフ、少し驚いたようだ。
「ほう、リトルリルじゃないか。久しぶりに見るのう。」
その間、飛んでくる弓矢を剣で払いながら忠告の声を上げる。
「おっさん!ゴブリンが迫って来るわよ!」
ドワーフの顔をグリーンちゃんが訴えかけるような目線で見つめる。ドワーフは覚悟を決めたようだ。
「よしきた!任せろ!」
ボタン一つでハンドルとアクセルバー出現。
「アクセル全開、しゅっぱーつ!」
まだ弓矢が飛んでくる。ゴブリンが一人トロッコにしがみついてきた。さらに後ろからゴブリンが何本も矢を放ってくる。
スピードが急速に上がった。
揺れるトロッコの上でトロッコにしがみついたゴブリンを剣で薙ぎ払い、中にしゃがんだ。グリーンちゃんを抱え頭をなでてあげた。
「がんばったね。」
かごを抱えるグリーンちゃんに声をかける。
一息つきながらトルーデはそばにシュウナがいない事を実感していた。弟と二人ならいくら相手が多いとはいえゴブリンごときにこんなに苦戦はしないのに・・・。そんなことを考えていると小さなリトルリル達がピーピーと騒ぎ出した。早くカゴから出して欲しいのだろう。出してあげたいが今出したら収拾がつかなくなる気がした。
「今、忙しいの。もう少しじっとしてて。」
トルーデはカゴの中のちびリトルに言い聞かせるように言った。グリーンちゃんが何か通訳してくれている。トロッコはぐんぐんスピードを上げていく。
暗いトンネルをひたすら走って行くトロッコ列車。
明かりは無い。
ドワーフも暗闇で目が見える種族なので心配は無いと思うがそれでも少し不安だった。
トルーデがそう感じた瞬間、突然急カーブ。
遠心力でグリーンちゃんが振り落とされそうになる。
トルーデが捕まえなかったら落とされていた。
堪らずトルーデがドワーフに文句をつけた。
「ちょっと、おっさん、スピード出し過ぎじゃない?」
ここで悪態が返ってくるかと思ったが、ドワーフの返答は深刻なものだった。
「ブレーキの効きが悪い。」
さっきよぎった不安は確信に変わっていく。
「それって、故障ってこと?」
ドワーフはその質問に答えず、
「嬢ちゃん、その隅っこのハンドルを時計回りに回してくれ。」
と言った。トルーデが少しトロッコ内を移動して
「これね・・・。」
と、小さなハンドルに手をかけた途端、
鈍い金属音。
「ちょっとおっさん、とれちゃたけど・・・。」
ドワーフが顔を青くしてすぐ真っ赤にして怒り怒鳴る。
「なにおう、なんという事をしてくれたんじゃ!非常ブレーキを壊しおって。」
トルーデすかさずやり返す。
「しるか!勝手にとれたのよ。」
ここでまた急カーブ!全員、振り落とされ無いように身をかがめる。
「もう、止まらん!」
叫ぶドワーフ。
「あきらめんなよ、おっさん!」
叫び返すトルーデ。
全員意味不明な悲鳴を上げ続けた。悲鳴は種族が違っても共通のようだ。
ちょうどそのころ、地下迷宮の暗い道をマントに身を包んだ少年と小さな小さな女の子が歩いていた。女の子は少年の肩に乗るほどの大きさである。言うまでも無くシュウナとリトルリルである。雷獣の住む部屋から命からがら逃げてきて休憩してから歩き続けた。通路を照らしていた光るコケはやがて無くなり本当に真っ暗になった。今までの場所とは違って上に天井が無くどこまでも暗闇が広がっている。シュウナは松明に火をつけるためにザックの荷物から火打ち石を探そうとしてふと気づく。
「リトルちゃん、ぼんやり光ってる?」
そうなのだ。荷物がやけに見やすいと思ったら一緒に荷物を覗き込むリトルリルが淡い黄色で光っている。
「そうか、緑はグリーンちゃんだから・・・君はきぃちゃんか。」
名前をつけてもらってきぃちゃんはうれしそうにはにかんで頭の後ろをかいている。
「さて、きぃちゃん。行こうか。」
松明に火を付けるときぃちゃんを肩にのせてシュウナはまた歩き出した。
しばらく行くと、上の暗闇からかすかに悲鳴のような音が聞こえた。何だろうと一瞬気に留めたシュウナだがまた歩き出す。するとまた、聞こえた。その時肩に乗っていてリトルリルが立ち上がった。
「ピーピー」
何を言っているかわからないがシュウナの顔の横で必死に何かを伝えようとしている。身振り手振りも加わった。それでシュウナはなんとなく解るような気がした。
「近くにリトルリルがいるのか?」
だとするとこの近くにトルーデ達がいるのかも知れない。では、さっきの上から聞こえたかすかな悲鳴は?もしかすると・・・。
きぃちゃん、今度は前をひたすら指さして何か言っている。
「分かった。先を急ごう。」
シュウナは少し駆け足で通路の中を進んだ。進むにつれて上の方で何かが転がるような音がする。それはやがて車輪の音だと気が付いた。その後、聞きなれた声が聞こえた。
「トルーデ!」
肩の上できぃちゃんも上に向かってピーピー言っている。
やはりトルーデ達は上にいる。転がっているものの正体は進めばすぐにわかるだろう。シュウナは走った。
シュウナの呼ぶ声が聞こえたような気がした。が、今はそれどころではない。トルーデは右へ左へ急旋回するトロッコの上で車体のへりにしがみつきながらグリーンちゃんを離さないように抱いているのが精一杯だった。グリーンちゃんが言った。
「お姉ちゃん。下に・・・お兄ちゃん・・・リトルリル・・・いる。」
お兄ちゃんとはシュウナのことか?リトルリル同士はお互いに自分たちの居場所を感じることができるのだろうか。さっきゴブリン達の棲み処に行きつく時も途中まではグリーンちゃんのおかげで分かった。
「声、聞こえる・・・。お姉ちゃんの事・・・呼んでる。」
トロッコのコースが直線になった。その隙に下を見る。
下は奈落の底のように見える。でも、ほんのり小さな黄色い明かりがわかる。あれがシュウナだろうか?
「シュウナ!」
トルーデは下に向かって叫んでみた。錆びた車輪の音でかき消されているだろう。
「最後の難所じゃ、全員何にでもしがみつけ!」
ドワーフの声。
何にでもと言ったって・・・。思いながらトルーデは何もないトロッコのへりにしがみつき身をかがめた。そばにグリーンちゃんを引き寄せようとした瞬間。車体は左へ四十五度傾きながら急カーブした。グリーンちゃんが投げ出される!
「ピー!」
悲鳴を聞きながら体が自然に動いた。グリーンちゃんの手をつかむ。その時、グリーンちゃんが堪らず。仲間の入ったカゴを離してしまった。
「ああ・・・。」
トルーデとグリーンちゃん、声にならない叫びをあげる。トルーデはグリーンちゃんを抱きながら身をかがめた。そして叫んだ。
「お願い、シュウナ!受け止めて!」
トルーデは自分の弟に祈る思いだった。
おね・・・シュウナ・・・・とめ・・・・
何だか聞こえたような気がする。とにかく走る。
「ピーピー」
きぃちゃんが進行方向の上を指した。
何か光るものが落ちてくる。間に合うか?
その時きぃちゃんはシュウナのザックに入った空飛ぶボードにぶら下がった。
ボードが抜ける。
そのままボードに乗ったきぃちゃんが進みだす。
しかし、方向が定まらない。
シュウナはボードを捕まえ試しに乗ってみた。もともとリトルリル用なので空は飛べない。リトルリルだけが乗れば空を飛べるのだろうが。しかし、地上スレスレで進むことはできる。バランスをとるコツを体で覚えながらシュウナは言った。
「このまま、あの光るものまで行こう!受け止めるんだ!」
頷くきぃちゃん。
ボードはきぃちゃんを先頭に乗せてサーフボードのようにシュウナが操りながら進んだ。走るよりも随分早い。
「間に合えっ!」
落下するものに追いつく。
シュウナはボードからジャンプした。
ダイビングキャッチ!
カゴをつかんで胸で抱きながら着地。
そのまま転がっていく。
勢いを殺してやっと止まった。そばにバランスを崩したボードときぃちゃんが落ちてきた。シュウナが受け止める。
ボードときぃちゃんと落下してきた何かを抱え、一つずつ地面に降ろした。
きぃちゃん
空飛ぶボード
かごに入ったリトルリル三人
「えっ、さっき光っていたのはリトルリルだったのか?」
シュウナは思わず声を上げた。カゴの中に迷子のリトルリルが三人入っている。三人ともシュウナの方を見ながらピーピー叫んでいる。どうやらこの小さな牢屋から早く出して欲しいようだ。きぃちゃんが自分の仲間三人を不安そうに見ている。
「ごめんね、君たち。僕はカギは持っていないんだ。」
この子達をさっきまでトルーデが持っていたとしたらどうして出してあげなかったのか?カギがなかったのか?面倒くさかったのか?今ここでナイフでこじ開けるか?考えてシュウナはやめた。ヘタにこじ開けてリトルリルを傷つけるのもいやだし、もしかしたらトルーデがカギを持っているかもしれない。それにいたずら好きのリトルリルを連れ歩くにはかわいそうだけど好都合だった。四人のリトルリルを連れてシュウナは歩くしかなかった。さっき上の空間を走っていたのはトロッコでトルーデがそれに乗っていた可能性は高い。そのまま後を追えば姉に合流できるが見失ってしまった。遠くが少し明るく見える。シュウナはそちらを目指して歩くしかなかった。
トルーデはグリーンちゃんを小脇に抱えながらドワーフに近づいていった。ドワーフの顔には汗の玉が浮かんでいる。効かないブレーキを何とかかけようと必死だった。ドワーフに声をかける。
「もう、さっきみたいな急カーブは無いんでしょ?」
ドワーフはぎろりと隣の少女を見てつぶやく様に答えた。
「ああ、無い。」
少し間を置いてさらに続けた。
「だが、ここから先は一直線の下り坂で終点じゃ。」
つまり、自然とスピードが上がって行くということか?声にならない絶望がトルーデを包んだ気がした。
「それ、ぼやぼやしていると吹っ飛ばされるぞぃ!」
ドワーフのダメ押しで我に帰ると再び身を低くしてグリーンちゃんを抱いた。さっき仲間を落としてしまい泣いている。そっと頭をなでてやった。そして、
「グリーンちゃん良く聞いて。」
トルーデは何かを緑色に淡く光る友達にささやいた。
トロッコは地下迷宮の闇に向かって勢いを増していく。ブレーキが効かないままで坂道を疾走した。ぐんぐん風を切って闇を進んでいく。終点は刻一刻と迫っている。終点に着けば確実に車両が止まる保証はどこにもない。いや、むしろ終点の壁か何かに激突して終わり。そう、一貫の終わりだろう。
「こらっ、ブレーキめ!しっかりせんか!」
ドワーフの生真面目だが絶望的な叫びが聞こえる。
そこでトルーデが車両の前方に勢いよく出てきた。
片手にはグリーンちゃんを抱いている。
「おっさん、ゴールはもうすぐなのね。」
「おっさんとはなんじゃ、この小娘!」
「ケンカしている場合じゃない!ブレーキかけるの手伝ってあげる。タイミングを教えて!」
「どうやって?」
「いいから!時間が無い!」
ちょっとの間二人はにらみあっていた。すぐに頷いてドワーフが言った。
「何をするか知らんがこのままではどうにもならん!何でもいいからやってみろ、小娘。」
トルーデはうなずく。左手に抱かれたグリーンちゃんも小さく頷く気配がした。
トロッコの疾走は続いた。しばらくは変わりばえのしない暗闇が続いた。その内、闇の向こうに小さく建物が見えた。ほんのり灯りも見える。どうやら終着駅らしい。
「そろそろ、出番じゃ!小娘!」
トルーデの左腕にいる小さな友達を自分の前にかかげるように出した。
ドワーフの方を見る。
ドワーフもトルーデを見る。自然と秒読みに入った。
3
2
1
「今じゃ!」
「グリーンちゃん、お願い!」
二人の声と同時にグリーンちゃんが風魔法を放った。
トロッコの進行方向に向かって逆噴射するように。
薄暗い闇の中で風が乱れ飛んでいる。ゴブリンの棲み処で放った風よりも数段魔力が上のようにトルーデには感じられた。
ドワーフが歓喜の声を上げる。
「やるな、嬢ちゃん!ブレーキが効き始めたぞい。」
確かに幾分スピードは収まりつつある。
だが、しかし・・・。ドワーフの歓喜もむなしく暴走トロッコは止まらない。
そして、終点のレール止めに車体は激しくぶつかりトロッコは宙を浮く。
ここでグリーンちゃんの風魔法が再び。
三人と車体が軟着陸するのを風で受け止めて助けてくれた。
咄嗟にグリーンちゃんを空中で受け止め一回転、受け身を取ってトルーデは着地。勢いを殺しきれず、少し背中を打った。息が詰まる。
呼吸を整えてまず、腕の中のグリーンちゃんを見た。魔力が底をついたのか、ぐったりしているけど生きている。ドワーフのおっさんは・・・。大丈夫だろう。ドワーフという種族の体はとても頑丈だし、まあ大丈夫だろう。
とにかく生きている。助かったのだ。
5、地底湖と地下バイパス
トルーデはグリーンちゃんを抱きかかえながら起き上がると同時に近づく。ドワーフの運転手は頭を片手で押さえながら上半身を起こした。
「イテテテテ、ワシがドワーフで無ければ死んでるぞい。まったく・・・。」
悪態をついているところを見るとどうやら大丈夫のようだ。
「おっさん、大丈夫そうね。」
トルーデは近寄って声をかけると片手を差し出した。その手を助けにしてドワーフは立ち上がった。体のホコリを払う。
「わしの名はボンゴレスじゃ、おっさんではないぞい。小娘。」
不器用な自己紹介を聞いてクスリと笑うと
「わたしはトルーデ、こっちの小さいのはグリーンちゃん。今さらだけどよろしくね。」
とこちらも自己紹介した。ドワーフのボンゴレスはグリーンちゃんを見て
「それにしても、リトルリルとはのう。久しぶりに見るのう。」
珍しがられているグリーンちゃんは疲れてそれどころではない。ボンゴレスが言った。
「何にせよ疲れたじゃろ。駅舎の中で一休みしたらどうじゃ?」
グリーンちゃんばかりでなくトルーデも実はかなり疲れていた。
「お言葉に甘えてそうしようかな。」
「そうしろ、わしはトロッコの点検とブレーキの修理があるから・・・。」
早速それに取り掛かろうとトロッコに向かおうとした時、グリーンちゃんがポツリと言った。
「トロッコの・・・近く・・・私たちの仲間・・・いる。」
トルーデとボンゴレスはすぐにトロッコに向かう。リトルリルは暗闇で体がぼんやり光る習性がある。トロッコの裏側にぼんやり光るものが張り付いていた。
よたよたとした足取りでグリーンちゃんはトルーデから降りると光るものへ歩いていく。そして引っ張りはがした。迷子のリトルちゃんの一人だった。
また、一人、リトルちゃん発見!
トロッコが走っている時は全く気が付かなかったが無理は無い、忙しかったからとトルーデは考えていたがボンゴレスの言葉で思考が止まった。
「その子の手に持っているもの、ブレーキのネジじゃないか?」
はがされたリトルちゃんは照れ笑い。どうやらいたずらで外してしまったらしい。それじゃあ、さっきまでの死ぬ目に遭った件は・・・。トルーデは何か言おうとしたが言えなかった。
グリーンちゃんがいたずらリトルちゃんの胸ぐらをつかんで物凄い勢いで往復ビンタをかましている。何か自分たちリトルリルの言語を発しているが恐らくめちゃくちゃ怒っているのだろう。
これはさすがにトルーデと、ボンゴレスが止めに入った。
「グリーンちゃん、やりすぎ、やりすぎ。」
「そうじゃ、こうして助かったんじゃし、もういいじゃろう。」
二人の話を聞き入れてグリーンちゃんはリトルリルの胸ぐらを掴んだままだがビンタはやめた。そのままリトルリルを引きずって駅舎に向かう。
ボンゴレスがため息交じりに言った。
「やれやれ、故障の原因がはっきりすれば修理も早いわい。嬢ちゃん、小さい嬢ちゃん達と休んでおれ。」
トルーデが言われたとおりに駅舎に入ると床に二人のリトルちゃんが横たわっていた。一瞬ドキッとしたが具合が悪いわけではなさそうだ。可愛い、元気な寝息をたてて寝ている。その横に腰を下ろすと壁に背中を預けてトルーデも仮眠することにした。
トロッコの暴走がどうにか止まったちょうどそのころシュウナときいちゃん、カゴの中のリトルリルの一行は信じられない光景を目の当たりにしていた。思わずシュウナがつぶやく。
「地下で、湖・・・なのか?」
そう、地底湖だった。
さっき、カゴのリトルリル達を受け止めてからひたすらまっすぐ歩いてきた。そしてこの地底湖にたどり着いた。気が付いたことがある。地下のはずなのに屋外のように湖のあたりだけ明るい。もしかして地上に迷い出てしまったのか?とも考えたがそれは違うとすぐにわかった。上には岩盤のようなものがしっかりとドーム状にある。では何故?
きいちゃんがピーピーと何か言っている。上の方を指している。
「なるほど、あれか・・・。」
シュウナも気が付いた。湖の上空?を淡く光る球体がふわふわ浮かんでいる。驚いた事にその球体には目と鼻と口がついていた。表情はつまらなそうだ。魔法生物か何かだろうか?そいつはつまらなそうにシュウナたちを見ている。つまりこのエリアに居る限り常にあの光る球体に見られているわけだ。
なんとなく、落ち着かない。
落ち着かないまま渡る手段を考えた。一番シンプルには泳いで渡るという手があるができれば避けたい。対岸のどこへ泳いでいいかわからないし対岸はなんとか霞んで見える程遠い。それに水中に何がいるか全くわからない。自分の手持ちの魔石の中に「浮遊」があるが対岸への距離がつかめない以上これを使うのも危険だ。宙に浮いて謎の球体がどのような反応をするかもよくわからない。
「舟でも探すか…。」
シュウナは岸を歩き始めた。
岸辺もどこまでも続いているように思える。しばらく歩き続けるが舟どころか丸太の1本も見えない。歩いている間、例の太陽のような浮遊生物はぼんやりとこちらを見ている。やはり気になる。そうだ!シュウナはある考えを思いついた。
「おーい、君は太陽なのか?」
手を振ってこちらを見ている天空の浮遊生物に声をかけてみた。名前がわからないのでなんて呼べばいいかを確認したかった。しかし、浮遊生物は無言でぼんやりこちらを見ている。
「おーい、太陽さん。この湖はどうやって渡ればいいんだい?」
しかし、やはり無言は変わらない。
「返事なしか・・・。」
そもそも地下なのにこんな事がありえるのか?
大きな湖があって、岸辺は果てなど見えずどこまでも続いている、ように思える。おまけに空(と呼んでいいのかもわからない)には太陽のような形をした目鼻口がついた浮遊生物がふわふわ浮いていて常にこちらを見ている。この状況は一体何なのか?
その時、背後から声を掛けられた。
「おい、兄ちゃん、あのふわふわに話しかけても無駄だぜ。」
振り向きざま一歩下がりながらシュウナは驚いていた。自分に気配を感じさせる事無くいきなり背後を取られたからだ。相手はおっさんだった。
「おいおい、そう驚くなよ、取って食おうってわけじゃねぇよ。」
確かにその通りかもしれないがこのおっさんの風体がまず、信用ならない。
禿げ上がった頭に三角錐の形にビシッと固めた毛が生えている。
服装は三つ揃えのラメ入りキメキメスーツ、裾はベルボトム。
かかとが高い厚底ブーツには星がきらめいている。
サングラスはめじりが尖がる薄紫。
葉巻を吸っているが葉巻の先はパチパチ火花が散っている。
ここまで相手の姿を観察するとシュウナは先ほど石像の部屋を通り抜けた時の考えを思い出した。
自分の通っている道がこの地下迷宮の主が進む道なのではないか?
だとすると、今自分の目の前の男が迷宮の主なのか?
なるべく冷静さを装いシュウナはおっさんに声をかけた。
「あの・・・どちら様ですか?」
おっさんは葉巻をスパスパして煙をぶわーと吐き、ついでにため息。そして一言。
「やれやれ、若いの、俺を知らないのか?」
知るわけが無い・・・。
おっさんは続けた。
「ふん。知らねえってツラだな。この俺様を。」
はい、知りません。あんたみたいな特徴だらけの人知りません。
シュウナはもはや呆れていた。そんなシュウナを全く無視しておっさんはカッコ良く自己紹介した。
「俺様は、偉大なるキャプテン・・・・・。」
ここでポーズ変更、お気に入りポーズ。そして、
「キャプテン、ザッハトルテ!」
うん?キャプテン?どう見てもインチキなオヤジにしか見えないが・・・。自己紹介を終えてキャプテンザッハトルテはマジでどや顔。そして、茫然とたたずむシュウナへ注意した。
「若いの。有名人にいきなり会って戸惑う気持ちはわかるが、こちらが自己紹介したのだからあんたも名前ぐらい名のったらどうだ。」
いや、その、あなたのこと全く知りませんが・・・。
「それが礼儀ってもん・・・」
「あの、シュウナ・・・シュウナです。旅をしています。」
面倒くさい展開になりそうだったので、ザッハトルテの言葉を遮りシュウナは慌てて自己紹介した。多少マヌケな感じになったが。この時、目の前のおっさんがこの迷宮の主かどうかはシュウナにとってどうでもいい話になった。第一こんなでたらめな人が迷宮の主のわけがないではないか。
キャプテンザッハトルテはシュウナの自己紹介に納得したのか葉巻を一吹きフーと吹いて
「あ、そ、旅しているの?」
そして、背を向けるとちょっと歩いてここでドラマティックに振り返り、
「で、この湖を渡りたいってことだな?」
とセリフと同時に人差し指をビシっとシュウナへ向ける。
「はい、そうです。」
シュウナの答えに満足そうに頷くとザッハトルテは言った。
「うん、そうだよな。それしかないよな。わかるよ。だって旅してるんだもの。」
なんとなく、今後の展開をシュウナは読めてきた。ここは黙って相手の反応をみようと思った。イカれたキャプテンは話を続けた。
「若いうちは旅に出るものだぜ。かく言うこの俺もだな・・・若いころは・・・」
ああ、話が長くなりそうだ。シュウナはうんざりして、むりやり言葉を遮った。
「あの、僕たち急いでるんです。」
キャプテン、チっと舌打ち。ここでシュウナはフォローを忘れない。
「いや、有名なキャプテンザッハトルテさんの武勇伝をご自身から聞けるチャンスなのは良く分かっています。でも、この子の仲間がこの迷宮で迷子になっているんです。早く見つけてあげないと。」
と肩に載せたきいちゃんをキャプテンに見せた。
「いやあ、武勇伝なんてほどじゃねえよ。一人の男がそこに生きていたっていうかさあ・・・。」
キャプテン、機嫌を直してくれたみたいだが、まだ若干うざい。シュウナはすかさず追い打ちをかける。
「ほんと、ついてないですよね。せっかく有名人にあったのに迷子を抱えているからゆっくりお話をお伺いできないなんて。」
キャプテンは顔がニヤけるのを必死にこらえながら、
「うん、迷子の子を探して旅しているのか、じゃあ仕様がないよね。それじゃあね・・・。」
と、納得してくれた。どうやら長い話を回避できたようなのでシュウナはとどめにかかる。
「キャプテンならこの湖を渡る方法をご存知ですよね?」
この言葉を聞いてキャプテンの顔が曇った。激しく葉巻を吸っている。1本吸い終えて投げ捨てた。二本目に火を付ける。一瞬シュウナはセリフ回しを失敗したかな?と不安がよぎったがそれは取り越し苦労であった。葉巻の煙を吐きざまキャプテンが一言。
「お前、覚悟できているわけ?」
は?何?シュウナは答える。
「湖を渡る覚悟ですか?」
キャプテンはターンを一回、決めポーズそしてまた、一言。
「ばーか、ちげえよ。」
そういうとサングラスを外し遠くを見るように目を細める。そして、
「人生そのものを変えちまう覚悟だよ。」
言うなりフっとニヒルに笑った。
もう、面倒くさいなぁ、この人。
でも、ここでくじけては前に進めない。シュウナはあえて攻めに出た。
「何言っているんですか、キャプテン!」
虚をつかれているキメキメオヤジにさらにシュウナは言う。
「僕は旅人です。旅をしているんです。旅で起こることは全て僕の責任。僕の責任は僕がとる。それが僕の覚悟です。」
キャプテンザッハトルテは・・・・。
サングラスの真ん中を押さえて、そして一呼吸おいてから言った。
「そうだよな。兄ちゃん旅人だもんな。」
葉巻をぷかり。
「わかったよ。俺が渡してやるよ。あんたとそのちっこい奴らをな。」
親指立ててウィンク。
「でだ、お前さんいくら持ってる?」
そら来た!
シュウナは待ち構えていたものが来たと思った。金貨はリトルリルマザーからいくらか前金でもらっているので心配ないがシュウナにとって見た目以上にこのおっさんは信用できない。なので、次のように答えた。
「そんなには無いです。でも、金貨で5枚なら・・・。」
シュウナの答えに
「いいぜ。それで渡してやるよ。」
キメキメのおっさんはあっさり了解した。シュウナは拍子抜けしたが気をとりなおした。 このおっさん絶対なんかある。シュウナは警戒をゆるめない。キャプテンザッハトルテは一つノビをすると湖岸に向かって歩く。顔だけ向けると言った。
「待ってな。今、船を呼び寄せる儀式をする。」
そう言うと果てしなく呪文?のようなものを唱えながら珍妙な踊りを踊っている。彼なりの儀式のようだが船が来るような気配は無い。
長くかかりそうだ。シュウナは地底湖にたどり着いて何度目かのうんざりした気分になった。
どれくらい寝ただろう。夢を見ずに眠ってしまった。
起きた。
すぐに周りを見る。
トルーデが冒険中にやる習慣だった。横にはグリーンちゃんがすやすや寝ている。もう一人のリトルリルは?どこにいったのか?駅舎の狭い待合室を見回すが見当たらない。しかし、グリーンちゃん以外の寝息が聞こえる。
どこだろう。
ゆっくり起き上がると寝息を頼りに探し回った。
居た。
見つけてびっくり!思わず
「え!」
と声をだした。駅舎の待合室のソファーに座って寝ているのはいいとして、ソファーの皮の色と全く同化している。カメレオンのように体の色を周りに合わせているのだ。
「どうゆうこと?」
また、一人でつぶやく。すると答えが返って来た。
「あたしたち・・・ちょっとづつ・・・特徴・・・でてくる。」
グリーンちゃんだ。どうやらトルーデの声で起きたらしい。つまりこれがこの子の特徴ということか?グリーンちゃんの属性は風と治癒。ではこの子は?トルーデは振り返ってグリーンちゃんに尋ねた。
「グリーンちゃん、この子は何色の子?」
すると、グリーンちゃん首を横に振り
「この子・・・色・・・無い。たぶん・・・ニンジャ・・・。」
「はあ、ニンジャ・・・。」
トルーデはニンジャについて詳しい知識は無い。確かシュリケン?とかいうものを投げるとか・・・。
ここでトルーデとグリーンちゃん、同時にお腹が鳴った。二人で顔を見合わせクスリ。
「ごはんにしようか?」
周りと同化したリトルちゃんを抱きあげて起こすと
「おい、、ちびすけ、ごはんにするよ、えーと何ちゃんにしようかな・・・」
トルーデがザックを開けて座り込むとグリーンちゃんは
「ぼんごれ・・・ちゃん・・・呼んで・・・くる」
と言ってドワーフのボンゴレスを
呼びに駅舎の外へ出ていった。
四人で駅舎のテーブルの周りに輪になって座り食事にした。駅舎の台所でボンゴレスが湯を沸かしお茶を入れてくれた。駅舎の食糧庫に干し肉がありそれももらった。肉が大好きなトルーデとしてはうれしい限りだがお礼もそこそこにドワーフの機関士兼運転士にいろいろ聞き始めた。
「どうして、地下迷宮の中にトロッコ列車が走っているわけ?」
ボンゴレスはすすっていたお茶をテーブルに置いて話した。
「そもそも、地下迷宮というのが間違いじゃな。ここはそんな恐ろしいものでは最初は無かった。」
「どういうこと?」
トルーデにしてみれば訳がわからない。だって、この迷宮に侵入してから罠をいくつもかいくぐり敵を倒し,、危険な目に遭っている。この暗い通路の集合体が地下迷宮で無ければ一体何だというのだ。ボンゴレスの答えがきた。
「そもそも、ワシの若い頃、ここは鉱山じゃった。」
なるほど、鉱石を求めて掘り進み、その跡が道や部屋になっていった。そういう事か。でも、ただの廃坑跡ではない。特に一番初めの罠は明らかに「不注意者は入って来るな」と拒否していた。その事をトルーデは話した。ボンゴレスは話を続けた。
「ワシが若い頃じゃから思い出すのも面倒くさい昔じゃよ。鉱石が採れなくなってきた頃に自らを魔道学者と名乗るヤツがやって来て勝手に住み着いた。」
噂に聞く大魔導士の事だろうか?トルーデは話の続きを待つ。
「自分で自分の道を勝手に造って出入りするようになった。自分以外の者がその道を通ると必ず災いが及ぶようにしてな。なんでも自分の研究成果だか何だか知らんがその何かを大事に隠して研究を続ける場所が必要とかでな。そいつはそのままこの鉱山の一番奥に住み着いた。」
ここで、のどが渇いたのか、ボンゴレスはマグカップをあおってお茶を一気に飲み干す。トルーデが興味深げに訊いた。
「そいつが来てから今のようになったのね?」
ボンゴレスはさみしそうにこくんとうなずいた。
「そうじゃ。自分の宝か研究か何か知らんがそいつを守るため魔法の罠をしかけ、雷獣やらエビルワームやらクラーケンなんて魔獣を住み着かせた。わしらの仲間は当然一人また一人と去って行った。その代わりという訳ではないがバカなゴブリンども、やたら腕っぷしが強いガークなんて奴らが入り込んできた。」
あとはボンゴレスの説明が無くてもわかる。そうして今の状態になったのだ。
トルーデは、どうして自分たちがこの地下迷宮に入らねばならなかったのか、自分達がどのようなめに会ってどうやってトロッコの停車場へ着いたかも全て手短に話した。ドワーフはふんふんと頷き食事を適当につまみながらトルーデの話を聞いた。そして、一通り聞き終えて言った。
「迷子のリトルリルがどこにいるかは知らんが、この廃坑の一番奥への行き方は分かるぞ。もしかしたら魔道学者に会えるかもしれん。この駅舎から出て右に行くとすぐに扉がある。その扉の向こうは地下バイパスじゃ。」
地下バイパス、何だそれと言う顔をするトルーデの表情を読み取りボンゴレスは続けた。
「地下バイパスというのは一番鉱石が採れる場所、つまり鉱山の奥へ一直線に行く為に我らドワーフが造った大きな通路じゃ。入り口から奥まで一直線にいけるぞ。」
トルーデはある思いに至った。
この迷宮に入って大きな通路に出た。
罠を発動させて戻された。
もし、あの罠を発動させなかったら・・・。近道が出来たのでは?
そこまで考えてトルーデは考えを止めた。一番奥に一直線に行くことが出来たとしても迷子のリトルリルに会わないと意味がない。
「うん、結果オーライだな。」
トルーデは一人で頷いているが周りは全員意味がわからない。
ところでその地下バイパスを行くリトルリルはいなかったのだろうか?その事をグリーンちゃんに尋ねたが
「うーん・・・。」
と首をかしげている。あの時は足跡などを詳しく調べるヒマも無かった。だが地下バイパスを歩いて行った可能性は十分ある。どうやら次の行き先が決まったようだ。
「ボンゴレス、あたしらはその地下バイパスへ行くよ。」
ボンゴレスはうなずいて言った。
「わかった。ワシはここで修理しながら待っていてやる。迷子の子を見つけたらここに戻って来い。」
トルーデはにこっり笑って頷いた。ここでグリーンちゃんが質問をした。
「ボンゴレ・・・ちゃん・・・。どう・・して・・・列車を運転・・・してる・・の?」
確かにそれはそうだ。鉱山が迷宮と化しているならそもそも乗客はいないのでは?その疑問にボンゴレスはやや曖昧に答えた。
「うーん、まあ、乗客なんてもう何年も乗せていないがワシは機関士じゃ。意地で運転している。」
正直乗客もいないのに列車を運営している意味はトルーデには分からなかった。ふとトルーデは疑問に思った事を聞いた。。
「ボンゴレス、食事とか日用品とかどうしているの?ずっと地下に居るんでしょ?」それにドワーフは簡単に答える。
「迷宮の中で自給できるものは自給している。ワシには双子の弟がいてな。そいつと交代でたまに外に出て必要な物は調達している。」
今はその弟が買い出しに出ているということだろう。トルーデとグリーンちゃんは何故かホッとした。が、さらに気になった事を聞いた。
「ねえ、こんな暗い所にずっといなくても外の世界の方が楽しいんじゃない?どうしてここから出ないの?」
トルーデの質問にボンゴレスは少しの間だけ言葉を失ったが短く答えた。
「そうじゃな・・・。ワシも・・・弟も・・・結局は今までの生活を捨てて新しい場所へ行くことが怖いのかも知れんな・・・。」
毎日が変化の連続なトルーデには歳をとったドワーフの気持ちは分からなかった。ただ、ふーんとだけ答えた。そして、もう一休みしたら出発する事にした。
一方、地底湖を渡ろうとするシュウナは、岸辺で腰かけていた。
目の前にはキメキメの三つ揃えスーツを着た怪しいおっさんがひたすら呪文を唱えてポーズを決めている。シュウナの疑問はただ一つ。
この人、いったい何をしているのだろう。
かれこれ一時間くらいやっている。いい加減待ちきれなくなってきぃちゃんは寝てしまった。シュウナも耐えられず、つい声をかける。
「あの、キャプテン・・・。」
「うるせぇ!邪魔するな!」
叱られた。
その時、地面が揺れた。地震か?シュウナはきぃちゃんを起こし身構える。湖面も揺れている。避難すべきかと本気で考えた時、ザッハトルテの高笑いが来た。
「兄ちゃん、来たぜ!我が友、オルレアンクラッシックが!」
何?
おるれあん・・・。
戸惑っているシュウナを他所にキャプテンザッハトルテは湖面に向かって叫んだ。
「出て来い、その雄姿を現せ!我が友、オルレアンクラッシックよ!」
轟音と共に水しぶきを飛ばし岸辺に雨のように水が降ってくる。そして、湖面を突き破るように現れたのは一隻のガレオン船だった。突っ込みどころはいろいろある。
まず、船のくせに水中から出てくる。つまり今まで沈没していたのか?
乗客がシュウナとリトルリル4人なのに、こんなマストが3本あるドでかい帆船が必要か?
今まで沈没していたのだから濡れているのは当たり前だが急速に船体の水分を蒸発させている。蒸発音がこれでもかとしており蒸気がまるで火事になったように煙となって空中を舞っている。それを見ながらザッハトルテは言った。
「待ってろ、兄ちゃん。今、急速乾燥中だ。」
いや、そんな説明いらないから・・・。
そんなことを思っていたが急速乾燥が終わったようだ。
「おーい、俺のクルーども、降りて来い。我らの船客を出迎えしないか!」
ザッハトルテは船に向かって叫んだ。すると、船の横側である舷側から小舟が降ろされて湖岸に向けて近づいてくる。乗組員は黒光りした体に白い腹、黄色いくちばし、の奴だ。そいつらが小舟いっぱい所狭しと乗り込んでいる。
「あいつらはペンギンっていう鳥だ。飛べないくせに泳ぎが得意な奴らさ。おもしれえだろ?」
もう、何があっても驚かない。シュウナの精神はマヒしていたかもしれない。フーン面白い鳥だね、くらいしか思わなかった。鳥が船を動かす事に何の矛盾も感じない。小舟が岸に着くとペンギンがよちよちと降りてきた。キャプテンザッハトルテに群がると胴上げのように持ち上げる。キャプテンはペンギンたちに文句を言っている。
「おい、野郎ども、俺じゃねぇよ、客人を舟に乗っけろ、やめろって、うわっ」
最後の悲鳴はペンギンに胴上げされてそのまま小舟に投げ込まれたからだ。そして、シュウナたちはというとペンギンの一匹が丁寧にお辞儀をすると小舟に手招きされた。案内されるまま小舟に乗り込むと帆船に向かっていった。
「野郎ども!準備はいいか!」
キャプテンの呼び声にペンギンたちが
けー
けー
けー
と、そこかしこで答えている。その鳴き声にキャプテンが怒鳴る。
「なにぃ、聞こえないぞ、準備はいいか!野郎ども!」
いやいや、聞こえてるでしょ。ペンギンなりに答えているしと、シュウナは思った。ペンギンはというと、さっきと同じように鳴いたり羽ばたいたりしている。
「よーし、出航!全速前進だ!」
けー
けー
けー
ペンギンはよちよち歩きながら船のあちこちで仕事している。
錨を上げる。
帆を張る。
見張り台に立つ。
出航と同時に慌ただしい雰囲気となった。のんびりした風貌のペンギンだが、仕事となるとしっかり働いてくれた。あとは風だ。帆船なんだからとにかく風が来ないと動かない。風が来るのか心配したシュウナだったが都合よく追い風が吹いてきた。良かったと安心するのも束の間、風が吹いて来る方向を見てがっかりした。
さっきの太陽もどきがくちびるをとがらせてふーふー息を吹いている。なるほど、太陽の役目の他に風の役目もしているわけだ。ちょっと風が生臭いと思っていたがその為だったのか。舵を取りながらキャプテンザッハトルテはシュウナに話かけてきた。
「ハッハー!どうだ、兄ちゃん、、船旅はいいだろう?」
「ええ、まあ・・・。」
シュウナは曖昧な返事をするしかなかった。
岩肌に埋もれるように設置されていたバカでかい樫の扉を開けると軍隊が隊列を成して通れるような通路になっていた。これがボンゴレスが言っていた地下バイパスだろう。バイパスの中の壁はまた、例の光るコケが所々付着しておりぼんやりと明るくなっている。トルーデは左肩にニンジャのリトルちゃんを乗せて右肩にグリーンちゃんを乗せて地下バイパスに入っていった。両肩にリトルリルを乗せているがそれほど重くない。リトルリルの歩幅を考えたら歩かせるより肩に乗っけておいた方が移動しやすかった。さて、まずトルーデは両肩のリトルちゃんに言った。
「二人とも、君たちの仲間の手がかりを探して。」
やみくもに探すよりもリトルリル達がお互いの居場所を感知できたり痕跡を辿れる能力を活かすべきだ。ニンジャのリトルちゃんはまだ少し頼りないけど・・・。まず、一本道だがどちらへ行くか?足跡で決めるつもりでいたがこれが結構大変だ。暗いのはリトルリルには大した障害では無いが、とにかく道幅が広い。リトルちゃんは肩から降りてそれこそ床を舐めるように見ながら自分の仲間の足跡などを探した。その間トルーデはやることが無いわけではない。リトルちゃんがモンスターなどに襲われないよう警戒している。警戒しながら気が付いた。バイパスの床に鉄道の線路は無いが何か荷車が通った轍の跡がある。ボンゴレスがいうようにこのバイパスは昔鉱山の最奥まで最短ルートで行くのに使用されていたのだと改めて思うトルーデだった。
「お姉ちゃん・・・見つ・・・けた。」
グリーンちゃんがトルーデに近づいてきてブーツのふくらはぎ辺りをトントン叩いている。まさにトルーデが立っている車輪の轍、その真ん中あたりに足跡があるという。トルーデにはまったく解らない。改めてグリーンちゃんをガイドに着けてくれたリトルリルマザーに感謝した。
「で、どっちに向かっている?」
リトルリルはどっちに向かっているか分かるか聞いてみた。グリーンちゃんはトルーデの体によじ登りながら答えた。
「奥の・・・方・・・向かって。ひとりで・・・歩いてる。」
ここで、トルーデは考えた。
ゴブリンの棲み処で3人でしょ。
今、ニンジャ・・・ちゃんでしょ。
この足跡の子でしょ。
シュウナが、カゴを受け止めている事、途中別れて探しに行ったもう一人の子を見つけていさえすれば、今から探すリトルちゃんを見つければ迷子のリトルちゃんは全員揃う事になる。
「よし、この子を見つければ全員見つかるね。いくぞー!」
グリーンちゃんと二人エイエイオーと勢いを付けようとした瞬間、
「ピー!」
もう一人のリトルちゃんの悲鳴が聞こえた。トルーデは咄嗟に剣を抜く。グリーンちゃんが仲間を探した。保護色を使っているらしく見えない。いったい何が近くに潜んでいるのか?薄暗い坑内、視界は頼りにならならい。ふと、トルーデはさっきボンゴレスが言った言葉を思い出した。
雷獣やらエビルワームやらクラーケンなんて魔獣を住み着かせ・・・
リトルリルを襲ったモノは雷獣でも、エビルワームでもクラーケンでもない。そんなのが居たらいくら何でもすぐわかる。
「待てよ、エビルワームでしょ・・・。」
エビルワームは大きいものなら体長10メルトを越え、太さは1メルトくらいになる巨大なミミズに似た魔物だ。ミミズと同じく地下で湿った場所を好むが違う所は頭にある大きな口と牙で生物を捕食する極めて獰猛なところだ。そして、エビルワームが居るという事は・・・。ここまで考えてトルーデはハッとした。
「グリーンちゃん、今すぐニンジャの子に保護色をやめるように言って、早く!」
なんだかわからないが急いでいるトルーデの言葉を聞いてグリーンちゃんはリトルリルの言葉で何か呼び掛けている。すると、
「ピー・・・」
か細い声でニンジャちゃんが応じた。うっすらだが姿が浮かび上がる。坑道の壁、上の方にぶら下がっている。が、下半身が壁と同化したままだ。
「そこだ!」
言うが早いがトルーデが投げナイフを投げる。
壁にナイフが刺さったように見えたが違う。
透明な何かに突き刺さっている。透明な何かがリトルちゃんを半分呑み込んでいたのだ。
その何かは堪らずリトルリルを放して、さらに自分も落下した。
「グリーンちゃん、あの子を受け止めて!」
言ったそばから中空に飛び、掛け声と共に、剣を縦に一閃!
空中で真っ二つに斬られた透明な何かが地面に落ちてくるのとグリーンちゃんが右往左往しながらニンジャの子を受け止めて一緒に転がって行くのが同時だった。
トルーデは着地するとザックから松明を取り出し火を付けにかかる。火をつけながら
「グリーンちゃん。その子と一緒にこっちに来て。あたしの側から離れないでね。」
と、指示を出す。グリーンちゃんはトコトコ彼女の側にやってきてリトルリルを寝かせると何やら魔法の詠唱を始めた。仲間に治癒魔法をかけて治療しているようだ。松明に火が付いた。坑道の行く手にかざす。すると・・・。
坑道の端の方に透明な何かが松明の明かりを鈍く反射しながらうねうね動いている。形が無い。スライムのようなものだろうか?
「やっぱりこいつらか。」
トルーデはつぶやく。
「何・・・あ・・れ?」
治癒をしながらグリーンちゃんは怯えている。
「あいつらはね、ヌガーよ。」
トルーデの言うヌガーとは?
スライムのように軟体で形は定まらないがスライムとの違いは自分達の体の色を周囲に同化出来る事だ。そして、トルーデ達が進む坑道のような地下のジメジメした場所を好み、雑食で何でも食べるが、特に迷い込んだ小動物を捕食するのが好きだ。リトルリルは格好の獲物ということだろう。そして、このヌガーはエビルワームの大好物である。ヌガーがいる所なら間違いなくエビルワームが居るといっていい。なので、ボンゴレスの言葉を思い出しエビルワームからヌガーへと魔物の正体を連想したのだ。このヌガーは保護色で獲物に近づき捕食する。ニンジャちゃんもヌガーも保護色を使うので最初はまったくわからなかった。
一通りグリーンちゃんへモンスターの説明をしながらトルーデはあることに思い至った。
「ヌガーが生息してるって事は・・・。」
そう、この坑道にエビルワームが間違いなく生息していて、さらに言えばヌガー達がこれから探すリトルちゃんを襲っているとも考えられる。その事をグリーンちゃんに告げると
「ぬがぁ・・・は端っこが・・・好き・・・みたい。だから、・・・道・・真ん中・・・歩いている。」
と、グリーンちゃんが言った。なるほど!だから足跡が車輪の轍、坑道の真ん中にあるのか。トルーデも合点がいった。
「グリーンちゃん、そのニンジャの子が落ち着いたら先を急ぐよ。」
これから探すリトルリルが心配だった。グリーンちゃんの治癒魔法が一段落するのを待ちながらトルーデは松明をかざし焦る気持ちを抑えながら坑道の奥の暗闇を見つめていた。
一方、地底湖を進むシュウナ達だが。
船旅は今のところ順調だった。ふわふわ浮いている太陽みたいなやつの吹く息が常に船にあたっていることを除けば快適である。しかし、出航してから随分時間がたっているようだがまだ、対岸が見えない。地底の中なのに何故このような広さがあるのかとシュウナは不思議に思った。
「ひょっとすると・・・。」
シュウナはある考えに至ったその時、思いっきり銅鑼が鳴り響いた。
船員のペンギン達が右へ左へ動き回る。
波が荒くなってきた。
シュウナは肩に乗ったきぃちゃんに囁く。
「きぃちゃん、僕から離れるなよ。」
きぃちゃんがコクンと小さくうなずくのを確認する。グリーンちゃんのように人間の言葉は話せないがシュウナの言う事は一緒に行動するうちにどうやら理解できるようになっているようだ。
シュウナは舵を取っているキャプテン・ザッハトルテの方へ近づいた。話しかける。
「キャプテン!何かあったのですか?」
キャプテンは真剣な表情で答えた。
「まずいぜ、兄ちゃん。あれを見な。」
顎で示す方向をシュウナは見た。湖面が騒いでいる。そして、何かが湖面から飛び出し伸びてきた。1本、二本・・・。複数の長い触手がうねって少しずつこちらに向かって来る。
「何ですか?あれ?」
シュウナは謎の触手を見ながら訪ねる。質問にザッハトルテが答える。
「クラーケンだよ。こっちを見つけた。」
クラーケン
それは、巨大な水生の魔物だ。形状はイカやタコに例えられるが全貌はあまり知られていない。海洋にいて航行する船を襲う。生き物に対しては墨を吐き動きを止めて捕食する。
波はいよいよ激しくなり船が大きく揺れた。舷側につかまりながらシュウナは大声でキャプテンに訊いた。
「何か助かる方法は無いんですか?」
「方法は一つある。」
キャプテンはそう答えるが、さすがに葉巻に火を付ける余裕は無く歯を食いしばりながら舵をつかんでいる。
キャプテンがその方法とやらを教えてくれるのを待つ。なかなか言わない。船は揺れている。クラーケンはどんどん近づいて来る。シュウナが何か言いかけた時、キャプテンが葉巻をぷいと口から捨てて言った。
「兄ちゃん、あと、いくら出せる?」
実はシュウナ、船の上でさらに金品を要求されることを最初からお見通しだった。悪徳船頭のパターンなど、こんなものだろう。だが、ここはあえて驚いたように返答した。
「こんな時に何言ってるんですか?」
シュウナの当たり前な反応にニヤリと笑う。キャプテンはシュウナに言う。
「俺は奴を一時的に沈める方法を持っている。しかし・・・・。」
ここで大波に向かって穂先を立てるため思いっきり舵を切った。
船が大きく揺れる。
シュウナがバランスを崩した。
はずみで腰に括り付けていた三人のリトルちゃん達を入れたカゴが腰から外れて転がった。
キャプテンの言葉が続く。
「しかし、そいつを使うのは金がかかるんだよ。わかるだろ。」
シュウナはハッキリと言ってやった。
「わかりません!」
そして気になるのはリトルリルを入れたカゴの行方だ。甲板を転がって行き、端っこで止まったところをペンギンに捕まえられた。リトルちゃん達を人質に取られたと言えなくもない。内心舌打ちしたがシュウナはあくまでも慎重にキャプテンに言う。
「クラーケンと金とどんな関係があるって言うんですか?」
「だーかーらー」
キャプテンは苛立ちながら説明しようとした。
実はこの男の考えがシュウナにはわかっている。
クラーケンを鎮める道具か何かをザッハトルテは持っている。しかし、一度使用したら無くなる類のもので高価なものだ。だからその代金をシュウナが払えば助けてやる。
そう言いたいのだろうが、こうなるとクラーケンは目の前にいるキメキメオヤジに操られている事になる。つまり最初から船をクラーケンに襲わせて、船の上で金品を巻き上げるつもりだったという事だ。
シュウナにとって金を要求される事は想定内だったがクラーケンは予想外だった。でも手法が何であれ取るべき態度はただ一つ。
正当な取引で無い限り、金品要求には応じない。
シュウナの原則だ。今回もそこはブレない。
キャプテンが大声でシュウナに今置かれている状況を説明してきたが概ねシュウナの予想通りだった。
「キャプテン、荷物の中から金目の物を探します。少し待ってください。」
シュウナは殊勝に答えたがこれはもちろん嘘だ。人質?になっているリトルちゃんの事を助けるための時間稼ぎだ。
「早くしろ!時間が無い!」
ザッハトルテが叫ぶ通りクラーケンはもう目の前に迫っている。
墨を吐いた。甲板のペンギンに直撃!
ペンギン数匹が倒れて動かなくなる。
「早くしろ、オルレアンクラッシック諸共湖底に沈みたいのか!」
自分のクルーが犠牲になりキャプテンは焦り始めた。
あれ?もしかしてクラーケンは操られているのではなくて本当クラーケンに襲われているのか?読み違えか?シュウナはザックを点検するふりをしながら不安になった。どちらにせよ確かに時間はなさそうだ。トルーデならこんな時どうするかな?頭に姉の事がよぎった。
「きいちゃん、良く聞いて。」
小声できいちゃんに話かけた。いよいよ黄色が濃くなったリトルリルはこくんと小さく頷いた。
「おい、何ごちゃごちゃやってる。早くしろ。」
さらに墨が飛んできてペンギン何匹かがやられた。しびれを切らしたキャプテンザッハトルテにすでに冷静さは無い。
「お待たせしました。これでお願いします。」
ずっしりと金貨の入った袋をキャプテンに差し出した。ニヤリと笑うキャプテン。
「なんだよ、もってるじゃねえか。・・・。」
手を差し出したその時、
「ぴー!」
悲鳴と共に何かが二人の間を飛び去った!
シュウナの手に金貨の袋は無い。
飛び去ったボードにはきいちゃんがぶら下がっている。金貨の袋はそこだ。シュウナは頭の後ろをかきながらキャプテンに言い訳した。
「いやー、すみませんねキャプテン。あの子いたずら好きで・・・。」
「バカヤロー!こんな時に・・・」
言いかけた時、轟音が響いた。
木が割れる音。
クラーケンが船体の一部をぶっ飛ばした。
ペンギンが何匹か持っていかれた。
「あー、俺の船がぁ・・・」
情けない声を発している暇はなかった。
「キャプテン!また、来ますよ!」
シュウナが言い終わらないうちに、今度は墨が二人に目がけて飛んできた!
二人とも横っ飛びに飛んで避ける。
キャプテンが舵を放した。
船体が回転し始める。
きいちゃんの行く先をシュウナは見た。ぞっとなった。ボードで金貨を奪い、その足で仲間のリトルちゃんを助けに行かせたのだが、きいちゃんもカゴをもったペンギンたちも、そしてリトルちゃんの入ったカゴも真っ黒になっている。みんな動かない。
「それ見ろ、お前の連れもあのザマだ。もたもたしているからだろ!」
起き上がりながらザッハトルテが文句を言ってきた。シュウナは不敵に笑いそして答えた。
「キャプテン、助かる方法を教えてあげますよ。」
何?と表情を変えた瞬間、強烈な打撃を喰らって再びザッハトルテは倒れた。倒れ様風切り音が聞こえた。シュウナのムチだった。
「どうも、この状況はあんたをぶっ飛ばせばおさまりそうですね。」
シュウナはクラーケンの襲来がザッハトルテの自作自演と読んだ時から今彼らが置かれているこの環境は全て目の前のインチキオヤジに関係していると睨んでいた。であればザッハトルテをぶっ飛ばせばカタが付く。本来、相手をぶっ飛ばす役割は姉のトルーデのものだろうが彼女はここにはいない。そして珍しくシュウナは激高していた。自分の仲間をやられた悔しさに。出来れば穏便に済ませたかったが目の前の男をもう許せない。
轟音!
また、クラーケンが船体の一部をもぎとっていった。
シュウナのムチの打撃と自分の船が破壊される事の精神的ショックで怯むザッハトルテに向かって、シュウナは自分の魔石、炎の石を使った。
炎の柱が一気にザッハトルテを直撃する。体が炎に包まれた。
しかし、すぐに炎の勢いは消えた。
「若いの、そんなインスタントな魔法で俺を倒せると思うな。」
キャプテンは全くダメージを受けていないように見える。だが、一つだけさっきまでと違いがあった。
「キャプテン。自慢のヘアスタイルが台無しですね。」
悪意を込めてシュウナは言ってやった。さっきの炎でザッハトルテの頭に鎮座していた三角錐のキメキメヘアーがちりちりになっている。少し煙を上げていた。はっとなり頭を触ってキャプテンザッハトルテは青ざめた。
「テメェ、・・・なんてことを・・・」
泣き笑いの顔をしながらその場に崩れ落ちるザッハトルテ。
キメキメオヤジがガッツリ落ち込んでいる隙にシュウナは甲板をリトルリル達に向かって走った。すでに黒い塊になっているカゴを手に取るとカゴのフタが開いた。中から3人を取り出す。きいちゃんが心配そうに傍で見ている。ボードが真っ黒になっているところを見るときいちゃんはボードを使って上手にクラーケンの吐く墨を避けたようだ。カゴから取り出された3人はピクリともしない。
「まずいな、おい、しっかりしろ!」
墨を手で払いながら必死に声をかけた。手がヒリヒリするがかまっていられない。
その時、再び轟音!
クラーケンの足が再び船体に飛来した。
同時に木材が裂ける鈍い音が響き渡る。
シュウナはリトルリル達を抱えながら船体が真っ二つになって沈んでいくのを見た。裂け目から船首の方へ逃げようと走り出す。
と、同時にシュウナの視界がぐるぐると回り始めた。
何が起こったかわからないまま突然視界が真っ暗になった。
6、再会と終着
目を覚ましたが、しばらくは頭の中で整理がつかず考え込むはめになった。
確か船に乗っていたよな・・・。
なんで?
そうだ!トルーデはどうしたろう?
リトルリルを手分けして探して・・・。
怪物の吐く墨で真っ黒になったリトルリル・・・。
と、ここでシュウナはガバッと跳ね起きた。
「そうだ、墨を被ったリトルリルは・・・!」
辺りを見回すと池がある。自分は池のほとりに寝ていたのだと気づいた。そして、リトルリルは・・・?どこに?ここは一体?
まず、リトルリル達を探した。すぐに見つかった。
池のほとりできいちゃんが墨で真っ黒になったリトルリルの一人を一生懸命に池の水で洗い流している。もう一人のリトルリルはふわふわ浮かんだ太陽みたいな生き物にやはり体を洗ってもらっていた。シュウナはゆっくり立ち上がると体の感覚が戻ってくるのを感じながら急いでもう一人のリトルリルに駆け寄った。クラーケンの吐いた墨でべっとりした体を池に浸してまず顔を、そして、腕などを丁寧に洗った。墨は順調に落ちていくが他の二人より墨の落ちが良くない。どうしても元の色より灰色がかってしまう。
三人のリトルリル達を洗い終わると池のほとりに並べて寝かせた。シュウナは魔法の込められた宝石を取り出した。
「治癒魔法発動。」
呪文を唱えると宝石が一瞬光り、寝ている三人のリトルリルを照らした。
「三人いっぺんに効いてくれればいいんだけど。」
もともと一人に対する魔法だがリトルリルは体が小さいので三人くらい何とかなるかもしれない。魔法の効力が発動している間にシュウナはまず、きいちゃんにお礼を言った。
「ボクが寝ている間に仲間を助けていたんだね。ありがとう。」
きいちゃんは自分の後頭部を手でかきながらぴーぴー言っている。褒められてうれしかったのだろう。
「それと、君もありがとう、えーと太陽くんかな?おひさまくんかな?」
さっきまで太陽として輝いていた浮遊生命体はぐっと小さくなり今は人間の頭くらいの大きさになっている。相変わらず無表情な顔がつまらなそうにこっちをみている。さっきと違う点は二本の手が球体の斜め下から生えている事だ。どうやら危険なものではなさそうだ。たぶん・・・。とシュウナは判断し改めて周りを見渡した。さっきまでの船旅の途中で自分が出した結論を確かめるためだ。シュウナの考えはというと・・・。
さっきまでの船旅は全てキャプテン・ザッハトルテの魔法、おそらく空間歪曲魔法か幻影だろう。何故なら地底の湖は存在するとしてもあんなに大きい訳はないし空に岩肌は見えたがあまりにも遠い気がした。シュウナは自分が置かれた環境の縮尺に違和感を覚えた。そう気がついて見るとガレオン船もペンギンたちも不自然だし、何よりザッハトルテの都合でクラーケンに襲われているように思えた。だから、ザッハトルテさえ倒せば魔法も解けると考えた。一か八か自分の考えを信じたのはトルーデの事を思い出したからだ。こんな場合、自分の姉は絶対に力わざで決着をつけようとするだろう。結局シュウナの考えはだいたい当たっていた。それが証拠にザッハトルテはやはり池のほとりで両膝をついて呆けている。
「俺のアイデンティティが・・・。俺のアイデンティティが・・・。」
そう呟いていた。彼のアイデンティティが何かは分からないが自分のお気に入りのヘアースタイルを黒焦げにされた事は無関係では無いようにシュウナには思えた。とにかく、シュウナ達はザッハトルテの術の中でひたすら右往左往していたのだ。大きな地底湖はこの池だろう。
池以外のものも正体がこの近辺で見つかった。
大きなガレオン船の正体はボロボロになった折り紙で作った舟。
太陽と風はおひさまくんそのまんまだし、乗組員のペンギンたちは・・・。たぶん、その辺にいるありんこや羽虫だろうか?
そして、シュウナは一番気がかりな物の正体を探った。
「クラーケンの正体は・・・。」
こいつの正体次第では面倒な事になりかねない。シュウナは慎重に辺りを探した。不思議そうな顔をして自分で光る浮遊生物が近づいてくる。シュウナはその生物に尋ねた。
「ねえ、おひさま君。さっきまでのクラーケンの正体を探しているのだけど、君何か知らない?」
おひさま君
そのように呼ばれて悪い気はしないのか何なのかその表情からはわからない。おひさま君はふらりとシュウナから離れると池の浅い部分に手を突っ込んだ。水分が蒸発しないところを見ると熱源体では無いらしい。突っ込んだ手を引っ込めると手に何やら持っている。手のひらに乗っけてシュウナの目の前に差し出した。手のひらに乗っていたのは・・・。
墨でべっとり塗られたタコちゃんウィンナー
シュウナは絶句した。こんなものに自分たちは翻弄されていたのか?ふざけているにも程がある。彼はこの一件についてはもう考えるのをやめた。そして、四人のリトルリルの様子を確かめる事にした。
リトルリル達は元気いっぱいという訳にはいかないが自分で歩けるくらいの力は取り戻した。シュウナはリトルリル達の変化に気づいた。きいちゃんに洗ってもらった子は少し青くないっている。おひさま君に洗ってもらった子は薄くだが赤みを帯びていた。最後にシュウナが洗った子だが・・・墨は全部洗い流したはずなのに少し黒ずんできている。三人ともきいちゃんと何かぴーぴー話しているところをみると大丈夫なのだろうか?心配をよそにシュウナはリトルちゃん達に別の事を言った。
「元気になったのなら出発しよう。随分時間を取ってしまったようだし。」
四人のリトルちゃんはそれぞれお腹をさすっている。どうやらお腹がすいたらしい。
「仕方ないな、休憩しているヒマはもう無いから食べながら行こう。」
シュウナはザックからビスケットや干し肉を出してリトルちゃん達に配りながら空飛ぶボードを用意しておひさま君に尋ねた。
「おひさま君、この場所から奥へ行く出口を教えてくれないか?」
おひさま君は手を出している。自分もお腹がすいたのだろうか?シュウナは残り少なくなった食料を惜しげ無くおひさま君に与えた。リトルちゃんを洗ってくれたお礼のつもりだった。おひさま君はもらった干し肉をむしゃむしゃ食べながら池の対岸を指さした。よく見ると茂みの中に古い木のドアが見える。ボードで楽々行ける距離だ。
「ありがとう。さあ、みんな行こう。」
お礼を言うとリトルちゃん達を促す。全員シュウナにしがみついてきた。ボードに乗って水面すれすれをすべり、対岸に着くとドアを開けた。中は真っ暗だった。松明を用意しようとしたその時、ドアの向こうの通路に灯りがさした。おひさま君が先に通路の中に入って先頭を進んでいる。シュウナは慌てて浮遊生物に聞いた。
「おひさま君、君もついてくるの?」
おひさま君はシュウナの方を振り向く。相変わらず無表情だが何故か
「当たり前だろ?」
と、言っているように思えた。
「ぴー?」
シュウナの肩できいちゃんが尋ねるように声を出した。連れて行くの?と言っているみたいだ。それにシュウナは答えた。
「ああ、一緒に行こう。悪い奴じゃ無さそうだし。」
おひさま君に続いてシュウナは暗い通路へ一歩踏み出した。ドアを閉めておひさま君の灯りを頼りに歩いて行った。
シュウナが気を失っていた頃、トルーデはというと。
幅の広い地下バイパスのど真ん中をリトルちゃんの足跡を頼りにひたすら歩いていた。
「つーか、いつまで続くのよ、この地下バイパスは。」
リトルちゃんの足跡を追ってからついにトルーデのがまんに限界がきた。タダでさえガマン強い方では無いのに淡々と歩き続けるだけなんてトルーデには耐えがたかった。とにかく何の変化も無い地下の広い通路をひたすら歩くのだ。さっきのヌガーをたまに見かけるがリトルちゃん二人はトルーデの肩の上なので安全だ。ヌガーは自分より体の大きいモノを襲わない。という訳で今のところ平穏無事に歩いてきたのだ。エビルワームが居るとか、ヌガーが危険だとか、今追いかけているリトルちゃんが心配だとかそんなさっきまでの心配はどこへやら。もともと緊張感の長く続かない性質であるトルーデはついに鼻歌なんか歌いながら歩いている。それが楽しいのかニンジャのリトルちゃんも一緒に合わせて歌っていた。
しばらくは鼻歌を歌いながら歩いていたがそれも飽きてきた。ニンジャのリトルちゃんはトルーデに器用にしがみつきながら寝ている。さっきヌガーに食べられかけて体力を消耗したのかもしれない。グリーンちゃんはというとこちらはトルーデのもう片方の肩にしがみついて地面を一生懸命見ている。さっき歩き始めてからずっとこの調子だ。すごい集中力だとトルーデが感心しているとそのグリーンちゃんが突然声を上げた。
「どうしたの?」
トルーデが頭をなでながらグリーンちゃんに答える。すると、
「お姉ちゃん、足跡・・・無く・・・なった。」
とグリーンちゃん。
「無いって、どうゆうこと?」
トルーデは肩の上の友達に尋ねた。
「べつ・・・の足跡、二ひき・・・何か・・・に捕まった・・・。」
ここで元気な寝息をたてていたニンジャのリトルちゃんが目を覚ましたのが気配でトルーデに伝わってきた。こちらも撫でてやりながらトルーデはふと思った。
また、このパターンか・・・。
トルーデは念のため聞いてみることにした。
「どうして、捕まったって思ったの?」
グリーンちゃんは答える。
「足跡・・・最後・・・ちょっと暴れ・・・てる。2匹は・・・人がた・・・2匹の間でつかまった。」
人型であればゴブリン、それともボンゴレスがさっき話していた戦鬼ガーク達?人狼だったらさらに厄介だ。種族もだが人数にも関係がある。
さすがに魔物の足跡はトルーデにも見えるのだが何なのかまでは判別がつかない。ゴブリンにしてはデカすぎるようにも思えるが・・・。トルーデは一応グリーンちゃんに聞いてみた。
「グリーンちゃん。リトルリルを捕まえた奴らが何かわかる?」
グリーンちゃんは首を横にふるだけだった。
捕まっている事はわかったので再び緊張感が戻ってきた。剣の柄をぎゅっとにぎり松明片手に今度は魔物の足跡をたどって歩き出した。そろそろシュウナと合流したいと本気で思った。
トルーデ達が進むにつれて通路の湿り気が無くなってきた。周りにたまに見つけることができたヌガー達がいなくなっている。ヌガーは湿り気がある所を好むのでいなくなるのは当たり前かな、などとトルーデは思っていると通路に向かって正面の壁に粗末な両開きの扉が見えた。扉の取っ手にはノック用の鉄輪がついている。先ほどから追跡している足跡はこの扉の向こうに消えていた。
「さあて、どうするかな?」
トルーデはつぶやくと考えてみたが結局は扉を開けて先に進むしかない。こんな時はシュウナが居れば何かしら調べてくれるのだが今回はさっきゴブリンの棲み処同様突っ込むしかないか?と思いながらいつの間にかザックの中に入ってもぞもぞしている小さな存在、ニンジャちゃんに気付いた。ニンジャちゃんをザックから取り出して目の前に抱くとトルーデは話しかけた。
「ねえ、ニンジャちゃん。この中に忍び込めない?」
ニンジャちゃんと名前はつけてみたものの、ニンジャの素質に目覚めたばかりのリトルリルなので正直あまり期待はしていなかった。さすがにトルーデの言葉はよくわからないらしく小首をかしげている。すぐにグリーンちゃんが通訳してくれた。
ニンジャちゃん、いかにも
えー、できるかなぁ?
的な感じでトルーデから降りると扉に向かって歩きながら姿が消えた。どうやら保護色になったらしい。
しばらく、沈黙・・・。
やっぱり頼むんじゃ無かったかなぁ、とトルーデがグリーンちゃんに何か言いかけた時、ニンジャちゃんが姿を現した。グリーンちゃんが傍に駆け寄って何か話している。扉の向こうに忍び込めたか聞いているようだ。一通り話し終わって二人でトルーデの方へ顔を向けると首を横に振った。やっぱりね。とトルーデが思っているとグリーンちゃんが結果を教えてくれた。
「扉の・・・向こう・・・行けな・・・かった。」
「それじゃさっきの保護色はなんだったのよう。」
トルーデが文句をいうが、グリーンちゃんは続けて言う。
「でも・・・カギ・・・かかって・・無い・・向こうに・・・動き・・・無い・・・って・・・。」
ん?っとトルーデ。つまり誰もいないということか?その事をグリーンちゃんに聞くと彼女はそれをニンジャちゃんに自分たちの言語で確認する。お互いしばらく会話した後また、トルーデにグリーンちゃんが通訳してくれた。
「なんか・・・いびき・・・聞こ・・える・・・。」
中で寝てるのか?ちなみに何匹だろう?まどろっこしいがまたグリーンちゃんの通訳が入る。そして・・・。今度はニンジャちゃんが自分の指を3本立てた。3匹という事か。
とにかく、中で寝ているなら話は早い。要は何かが寝ている内にカギのかかっていない扉から中に入り、リトルリルを連れて来ればいいのだ。何となく作戦のようなものが決まったのでトルーデは2人のリトルリルに作戦を説明した。小さな頷きを確認してトルーデは扉に近づくと扉を少しずつ音を立てないように開いた。
扉の向こうは部屋になっていた。向こうの壁に同じような扉がある。ランプがほんのりした明かりを灯している。その明かりを頼りに様子を見てみると。
まず、部屋の中央に頑丈そうな木のテーブル。その左右に居眠りしているのは・・・
戦の為に造られた戦鬼達、「ガーク」だ。
ガークが二匹、手強い相手だとトルーデは内心舌打ちした。二匹とも肉厚な刀を背負い防具は手甲脛あてに鉄腹巻を付けている。さすが傭兵として造られた魔物だ。物騒この上ない。しかし、今は二匹とも寝ている。
でも、二匹?さっきニンジャちゃんは三人って・・・。
トルーデはニンジャちゃんが間違えたと思ったが寝息は3人分と言っただけでガークが3人いると言ったわけではないと思いなおした。それにしても・・・。
「酒くっさ!」
思わず小さくつぶやいてしまった。テーブルの下を見てみると恐らく麦酒の入っていたであろう陶製の瓶が1,2,3,4,5・・・、とにかくいっぱい転がっている。酔っぱらって寝ているようだ。こんな地下でどうやって麦酒なんか手に入れられたのかはわからないがガークが酔いつぶれてくれているのはありがたい。
「お姉ちゃん・・・あれ」
グリーンちゃんがトルーデによじ登って耳元でささやいた。小さな指が指す方向、ガークの側に転がった瓶を枕にちゃっかり寝ている小さな子発見。リトルリルを見つけた。捕まってたり前回のようにカゴの中に閉じ込められてもいない。この状況から察するに一緒に麦酒を飲んでいたのか?ガークに負けずにいびきをかいて眠っている。なんともはや・・・子供なのに酒なんかと思っているとグリーンちゃんがまた、ささやいた。
「お姉ちゃん・・・ニンジャ・・・ちゃん・・・あの子・・・起こして・・・連れて・・・来る・・・。」
それを聞いたトルーデは明らかに、大丈夫かな?という表情をしたが自分の目の前でニンジャちゃんが敬礼しながら少しずつ保護色になっていく。やる気になっているのを止めるのもかわいそうに思えた。
「お願いね、ニンジャちゃん。」
トルーデは任せることにした。ニンジャちゃん、最後に口元だけニヤッと笑って完全に見えなくなった。保護色になってガーク達に近づいていく。数秒後、空の瓶が不自然に音を立てて転がった。ニンジャちゃん、つまずいたようだ。やっぱりやめといたほうがよかったかな?トルーデはかなり不安になって来た。
寝ているリトルちゃんの体が不自然に揺れはじめた。どうやらニンジャちゃんが仲間のところにたどり着いて体を揺すって起こしているらしい。しばらくは揺れていたリトルちゃんの体が一時止まった。そして、
ばっちーん!
大きな音と共に寝ているリトルちゃんが吹っ飛んだ。どうやらニンジャちゃんにぶっ飛ばされたらしい。
グリーンちゃんのニンジャちゃんへの往復ビンタといい、今回の仲間の起こし方といい、小っちゃいのにかなり暴力的だなとトルーデは思った。でも、リトルリルマザーがフクロウをぶっ飛ばす事を思いだしたら納得した。この子達はこういう種族なのだろう。
さて、さすがにぶっ飛ばされてリトルリルは目を覚ましたようだ。保護色を解除して仲間を起こすニンジャちゃん。酔いから覚めて起き出したリトルリル。
さあ、早くこっちに連れてきて。
心の中で思いながらトルーデは手招きしている。
ニンジャちゃんは仲間の手を引いてこちらに来ようとしている。
手を引かれたリトルリルは目をこすりながらトボトボ歩いてくる。
よし!もう少し。
トルーデとグリーンちゃんが安心しかけたその時。
二人の歩みが止まった。
ニンジャちゃんが振り返る。
手を引かれていたリトルちゃん。何を思ったか、いきなり歌い出した!
らー♪ らー♪ らー♪ らー♪
わー、なにやってんの、ていうかへったくそ!
寝ぼけているのか、このタイミングで歌い出した。しかも耳を塞ぎたくなる下手くそ加減だ。おかげでさっきまで響いていた大きないびきの音が止んだ。ガーク達はまだ寝ぼけていて辺りをゆっくり見回している。
「ヤバい、作戦変更!」
トルーデはグリーンちゃんを肩に乗っけて走りだした。テーブルの下に飛び込む。
リトルちゃん達を抱える。
反対側の扉に向かってダッシュ!
扉にたどり着いた時には後ろで剣の鞘走る音が聞こえた。ガーク達は好戦的だ。自分の主と認めない限り一度は必ず攻撃してくる。この部屋の中で二匹同時に一人で相手をするには分が悪い相手だ。
トルーデは扉のノブに手をかける。
扉は開かない!
扉を背に振り返る。
足取りがまだ定まっていない戦鬼達が剣を片手にこちらにゆっくり向かってくる。
「仕方ないわね。やりますか・・・。」
トルーデも剣を抜いた。右と左、どっちのガークから相手するか?
と、その時、
ガチャリと鍵の開く音。
グリーンちゃんの声。
「お姉ちゃん・・・開いた・・・ドア。」
どうして?
考えてる暇はない。剣を構えながら後ろへ下がり扉を開けて部屋を出た。扉を閉める。その先は人が二人並んで通れる程の通路になっていた。壁には例の淡く光るコケがあり視界にさほど困らない。
走って扉から遠ざかりながらトルーデはグリーンちゃんに聞いた。
「どうやってあの扉を開けたの?」
グリーンちゃんは肩の上でトルーデのザックの中にいるニンジャちゃんの方を指さした。ニンジャちゃんは手に鍵束を持っている。自分の手でチャリチャリ鳴らして自慢げにトルーデを見ている。まるで
「どうだ!」
とでも言いたげだ。さっき自分の仲間に近づく時にいつの間にかガーク達から失敬していたらしい。
「へぇ、やるじゃない、ニンジャちゃん。」
ザックにしがみつくリトルちゃんを撫でてやった。ニンジャちゃん、
「エヘヘ」
と笑っている。褒められて嬉しいようだ。その横ではザックの中でうたたねしているもう一人のリトルちゃんがいた。トルーデはもう一人のリトルちゃんの頭も優しく撫でてやった。そしてつぶやく。
「さて、シュウナと上手く合流できればいいけど。」
突然轟音!
今まで通って来た道の方からだ!
「何!」
トルーデが音のした方向へ身構える。グリーンちゃんが
「さっき・・・鬼さん・・走って・・・くる」
警告してくれた。トルーデは考えるより先に走り出した。走りながらグリーンちゃんに聞いてみた。
「奴ら、追って来てるの?さっきのデカイ音は何だと思う?」
グリーンちゃんは轟音の方向を見ながら答えた。
「鬼さん・・・走ってる・・・けど・・・慌ててる。」
そこまで言うと首をかしげて、また一言。
「他に・・・引きずる・・・音。へび?・・・みたい・・・?」
トルーデはもう最後まで聞いていなかった。ガーク達は恐らくこっちに向かって来るがそれは自分たちを追ってではない。何かに追われて逃げて来ているのだ。そして蛇のように引きずる音もしているということは・・・。
エビルワームだ!
トルーデの頭にはそれしか思い浮かばなかった。だとしたら、さっきのガーク達でもエビルワームに勝ち目はないと判断して逃げて来ているという事になる。とにかく、安全なところまで逃げよう。どこに安全なところがあるかは知らないが、とにかくトルーデは走るしかなかった。
通路の先は行き止まりだった。
獣毛のマントを身にまっとた少年は立ち止まる。ブラウンの髪をかきながらふわふわ浮かぶ魔法生物の方を向いた。シュウナだった。
「おひさま君、行き止まりみたいだけど、どう思う?」
シュウナに尋ねられてふわふわ浮かぶ光る球体、おひさま君は無表情だった。だが、何もしなかったわけではない。浮遊しながら向かって右側の壁を見つめている。それに、気が付いたシュウナが
「壁に何かあるのかい?」
シュウナが壁に近づき調べ始めると小さなリトルちゃん達がシュウナのザックから一人ずつ、もそもそ出てきて壁を調べ始めた。この子達に分かる訳ないだろうなと勝手に思っていたシュウナは二度の災難に遭うハメになった。
カチ(一度目の災難)
何かのスイッチが稼働する方を見ると今ではすっかり着ているワンピースが赤くなっているリトルちゃんがまさに壁によじ登って何かのスイッチを稼働させたところだった。咄嗟にシュウナは身をかがめてリトルちゃん達をかばう。その時、水色ワンピースのすいちゃんが
「ぴー!」
と何か言うとシュウナ達をシャボン玉のような水疱で覆った。シャボン玉の中に入ったシュウナ達が目にしたのは自分たちを包むおびただしい量のガスだった。どうやらさっきのスイッチで罠を作動させたようである。
「水のシールドでみんなを守ってくれたんだね。ありがとう、すいちゃん。」
水属性のすいちゃんは嬉しそうに頭の後ろをかいてニヤニヤしている。シュウナは赤いリトルちゃんに
「べにちゃん、何でも勝手に押さない。今回みたいな罠だってあるのだから。」
さすがに赤だからあかちゃんはおかしいのでシュウナは紅のべにちゃんとつけてあげた。べにちゃんも頭の後ろをかきながらニヤニヤしている。
「いや、ほめてないけど・・・。」
シュウナが困っているときいちゃんが何か騒いでシールドの外側を指している。その方向を見てみると・・・。
シールドの中に入りそびれたおひさま君が床に落ちている。そう、落ちているのだ。
「おひさまくーん!」
シュウナは思わず叫んだ。今、おひさま君を助ける為に手を伸ばす事は出来ない。ガスが収まってから手を伸ばさないとシールドを破ってしまう。ガスで全滅してしまう。しばらく待ってガスが収まってからすいちゃんがシールドを破った。シャボン玉が弾けるようにシールドが弾けると、シュウナはすぐに落ちているおひさま君を自分に引き寄せた。
「しっかりしろ!」
おひさま君に声をかけるが返事が無い。表情を見るといつもの無表情ではなく今回は白目をむいている。
「駄目だ、毒消し毒消し・・・。」
シュウナはザックに手を突っ込み毒消し草を探し取り出して、おひさま君の口に無理矢理突っ込む。そこにとことこすいちゃんが歩いてきておひさま君にしがみついた。淡く水色に光り出す。
「すいちゃん、治癒魔法・・・できるんだ。」
シュウナは感心しながらハッと思いだした。べにちゃんを探して注意する。
「べにちゃん、もうどこもいじるなよ。」
べにちゃんが手を挙げてハイッといっているような身振りをした。その時、また
カチッ(2度目の災難)
と、音がした。シュウナがあたりを見回すのと同時に周りの壁が少しずつ崩れ始めてきた。
「しまった・・・。くーちゃんを忘れてた・・・。」
クラーケンの墨が一番とれなかったリトルリルはそのまま服の色が黒くなり黒い属性のリトルちゃんになった。一応黒いのでくーちゃんと名付けた。そのくーちゃんが地面にある小石のようなスイッチを押していた。シュウナの方を見てニヤニヤわらっている。今はくーちゃんを叱っている場合じゃない。シュウナは弱ったおひさま君とすいちゃんを抱いて叫んだ。
「みんな、ボクにしがみついて!」
きい、べに、くー、がシュウナの体にしがみついたのを確認すると行き止まりの壁からシュウナは横っ飛びに飛んで離れた。
その直後、行き止まりの壁周辺が煙を上げて爆発した!
爆音が通路に響きわたる。
シュウナ達は爆風でさらに2,3メルト飛ばされた。
「あぶなかった・・・。」
行き止まりの壁の方を見ながらシュウナから安堵のつぶやきが漏れた。
意識が戻ったおひさま君がふわふわと近づいてきた。顔の表情はまだつらそうだ。と、おひさま君が爆発後の煙を指さしている。
煙が徐々に晴れて行くと・・・。
その向こうには別の通路と壁があった。
そして、新たな通路を走り抜ける見覚えのある人影。
「え、トルーデ?」
どうやら行き止まりから別の通路に出ることに成功したようだ。
グリーンちゃんがトルーデの肩で言った。
「お姉ちゃん・・・さっき・・・爆発・・・おにいちゃん・・・。」
ん?とトルーデ。今まさに自分の行き先に爆発したばかりの煙が舞っていたが、そんなのかまっていられない。一気に走り抜けた。その通り抜けた煙の中にシュウナがいるというのか?ザックの中からニンジャちゃんが騒いでいる。
「あたし・・達・・・の仲・・・間・・・いるって・・・。」
何?
「トルーデ!」
後ろからシュウナの声だ。追いかけてきた。
一旦、立ち止まってトルーデはシュウナに叫ぶ。
「シュウナ!説明しているヒマは無いの、急いで逃げて!」
シュウナが追いついて来るのを待ちきれずまた、トルーデは走り出した。
慌てるトルーデを追いかけるシュウナとおひさま君。
とにかく、
二人の姉弟は再会した。
「シュウナ!そっちはリトルちゃん何人いる?」
走りながらトルーデは聞いた。
シュウナは短く答える。
「四人!」
トルーデは
「こっちは二人とぐりーんちゃん。」
二人は無言で頷いた。
これで迷子のリトルちゃんは全員揃ったことになる。
ただ、トルーデは弟の無事よりも、さっきから気になることを手短に尋ねた。
「このふわふわ浮いているやつ、何!」
どうやらおひさま君の事を言っているのだろう。シュウナも手短に答えた。
「おひさま君だよ。」
その答えにますます疑問が膨らむトルーデだったが、それ以上の質問をやめた。
自分達の行く手が行き止まりだったからだ。
いや、正確にいうと行き止まりの壁に両開きの立派な装飾をほどこした扉があった。
7 最奥の果てに
扉に最初にたどり着いたトルーデは取っ手を握り力いっぱい押す、引く、をやってみた。効果が無い。次にたどり着いたシュウナと今度は二人で力を合わせて同様に試してみたが扉は開かない。
「コンチクショウ!こんなところでエビルワームの餌食かよ!」
と、トルーデは扉を蹴飛ばしながら、女子にしては汚い言葉で悪態をついた。
「エビルワームだって?」
シュウナは自分たちが何から逃げているのか分かった、が、それで事態が好転するわけでもない。何か方法を考えなくては。
「トルーデ、何かカギとか持ってないのか?」
トルーデが素早く切り返す。
「知らないわよ!アンタこそ何かみつけなかたの?」
トルーデの問いにシュウナは首を横に振った。
何か大きなものを引きずる地響きのようなものが聞こえる中で
「おえ・・・」
何かを吐き出す音がした。
二人が目を向けた方向に黒いリトルリルが同じく何か黒いものを吐き出していた。
「ちょっと、シュウナ。この子だけ色が汚いわよ。具合悪いんじゃない?」
シュウナは姉をたしなめた。
「汚いとかいわない!くーちゃん大丈夫か?」
後半はくーちゃんに尋ねた言葉だ。黒いリトルリルに近寄り背中をさすってあげた。そしてシュウナは信じられないという表情をしてトルーデに振り返る。
「トルーデ、見て。」
シュウナの指さしていたくーちゃんの吐き出したものがみるみる三人の人の形になってリトルリルと同じくらいの大きさになった。そのまま、立ち上がって扉とは反対方向へトコトコ歩き始めた。自分が吐き出した分身たちを見届けてからくーちゃんはシュウナ達に振り返り小さな手の親指をたててニヤッと笑った。
何を企んでいるのだろう?
姉弟は同じことを考えた。
とそこへ、後を追う形で逃げてくる二つの人影が走ってきた。
ガーク達だ!。
魔物の姿を見つけるなりトルーデはすらりと剣を抜き放ち、
「シュウナ、あんたは扉を開ける方法探して!あと、あんたの方から使えそうなリトルちゃん貸して、グリーンちゃんいくよ!」
とシュウナに言うとガークに向かって走りだそうとした時、まったく同時に事が起こった。くーちゃんの吐き出した分身が三人、二匹のガークにしがみついて離れない。明らかにガーク達の足止めをしている。
しめた!これで時間が稼げる。シュウナが思った時、今度はトルーデの叱る声がした。
「ちょっと、ニンジャちゃん!何ふざけてるの!」
トルーデのザックの中で、もぞもぞ動くものが飛び出した!ニンジャちゃんだった。トルーデの叱る声も気にせずそのまま扉の方へ駆け寄る。手には青緑に汚れた鉄のカギを握っていた。
ここで、地響き発生!
来た!エビルワームだ!
巨大な口をバックリと開ける。
エビルワームの吐く生臭い空気がこちらまで来た。
ガークの一人目が頭から飲み込まれている。口の中でかみ砕かれる生々しい音が通路いっぱいに響いた。シュウナはすさまじい光景から我に返った。
「そうだ、扉を開けないと・・・。」
扉に近寄った瞬間。
がちゃ
カギの開く音がした。取手に乗っかり器用にニンジャちゃんがトルーデから盗んだカギで扉を開錠したのだ。
「でかした、ニンジャちゃん。トルーデ!」
トルーデに呼びかけ、こっちへ来いと手招きしながらシュウナは二人目のガークがあっけなく飲み込まれる光景を目の当たりにした。
時間が無い!
扉の向こうの事など警戒する間もなく扉を開けて全員が中に入った。
飛び込んで一回転して立ち上がるとシュウナはまず、周りを確認した。白い壁に囲まれた大部屋だった。危険な奴はいないように思える。すぐに隣に立ったトルーデはまず、
「グリーンちゃん、みんないるか確認して。」
とリトルリルが全員いるかを確認させた。
グリーンちゃんは何か自分たちの言語で話しかける。すると、迷子のリトルリルが一列に並んだ。
一人、二人、・・・・・。
「大・・・丈夫、みん・・な、いる。」
どうやら、グリーンちゃん含めて七人全員いるようだ。
トルーデは安心すると改めて部屋の中を見回した。シュウナはトルーデの後ろで今閉めた扉の向こうを音で探っている。
「大丈夫みたいだ。どういう訳か分からないけど扉の向こうが静かになった。」
シュウナは不思議そうに首をかしげながらトルーデに言った。普通考えてエビルワームが扉一つで獲物を諦めるとは思えない。トルーデも同じ疑問を持ったが今は助かったと考えるべきだ。シュウナにそう伝えると改めて二人は部屋の中を見渡した。ドームの中にいるような白壁。真ん中には円卓と装飾を施した黒を基調としたイスがある。部屋の奥にはデスクがあり、何やらノートや書物が置いてある。部屋の灯りはどのような原理か分からないが天井からシャンデリアがぶら下がりキラキラと輝いている。松明やろうそくのような燃料がない。その輝きを見つめながらシュウナは言った。
「ここは、魔法で満ちている・・・。」
普段、魔道具を使っているシュウナが言う事なので間違いは無いとトルーデは思った。だとしたら・・・。
「ここが、魔導士の研究室なの・・・。」
ドワーフのボンゴレスから聞いた魔導士の話を思い出した。
鉱山にやってきて自分の魔道研究を守るために住み着いた魔導士。
不思議そうな顔をするシュウナにトルーデは覚えている限りボンゴレスから聞いた、鉱山から地下迷宮になる成り立ちを話した。
「なるほどな・・・。」
シュウナは部屋の奥にあるデスクに行くと積まれている資料を手に読み始めた。リトルリル達が部屋の隅にある宝箱や宝石、装飾などの山で遊び始めた。トルーデもそちらへ行くとリトルちゃん達を止めにかかった。
「ちょっと、みんな。勝手にさわらない。グリーンちゃんまで・・・」
話す途中で止まった。
宝の山の一部がもぞもぞ動いている。
「みんな!離れて!」
言いながら飛び下がって剣を抜いた。
シュウナも気配に気づいてトルーデに近づいた。
リトルちゃん達の動きが一斉に止まる。
そして・・・。
宝の山から何かが飛び出した。
どうやら人型、五、六歳くらいのこどもの大きさか?
そして・・・。
それが真っ裸の男の子だとわかるのに十秒くらい必要だった。
全裸の男の子は叫んだ!
「パンパカパーン!ワシの名はニンジャ怪盗ぽこぺーん!キミのハートも盗んじゃう・・・・。」
全裸の男の子は最後まで決めセリフを言えずにトルーデに剣の平でぶっ飛ばされた。
「真っ裸で派手な自己紹介すんな!この変態が!」
真っ裸の男の子は地面に倒れながら
「変態ではないわい、ワシの名はポコペン・・・イテテ、いたい、ごめんなさい。」
と口ごたえしたが途中からリトルちゃん達に袋叩きにされてしまった。タイミングを見てシュウナにあっさりと縛り上げられてしまった。さらにシュウナは自分のタオルを男の子の腰に巻いた。それを見て落ち着いたのかトルーデはこの頭髪が無いげじげじ眉毛で全裸の男の子の尋問を始めた。
「で、何だっけ?ニンジャ怪盗だっけ?」
男の子は改めて自己紹介した。
「そうじゃ、わしの名はニンジャ怪盗ポコペン。誰もワシを捕まえることはできないのじゃ。」
などと言っているが全く説得力が無い。
「で、へっぽこ怪盗。なんで全裸なの?」
それに答える怪盗ポコペン。
「ワシはニンジャだからな。ニンジャは身軽であればあるほど素早さが上がり結果防御力が上がるじゃろ。そこでワシは思いついたのじゃ。究極の防御は生まれたままの姿じゃと。」
トルーデは思った。コイツ、バカだと。しかし、次の質問は別の話題だった。
「それで、こどものクセにそのジジくさい物言いは何?」
怪盗ポコペンはちょっと残念そうに答えた。
「これでもワシは百二十三歳じゃ。そもそもワシがここに忍び込んだのは8年前に・・・ぐふっ」
話が長くなりそうだったのでトルーデが剣の鞘でポコペンの腹を小突いた。
「要点だけ話して。」
ポコペンは苦しそうに答える。
「いあや、この部屋で若返りの秘薬を見つけて飲んだのじゃ。若返り過ぎた・・・。」
トルーデとシュウナは顔を見合わせてお互い思った。
こいつ、バカすぎる。
しかし、シュウナは思った。バカだけと、若返りすぎてくれて良かったと。若返えり過ぎていなかったら素っ裸の青年男性がいきなり飛び出してくるところだ。間違いなくトルーデに一刀両断されていた事だろう。今度はシュウナが質問した。
「さぞ、高名な術者とお見受けします。ポコペンさん。ところで、この部屋の主はどこに行ったのですか?」
縛られて床にころがされながらポコペンはなるべく威厳を保ちながら答えた。
「フム、そっちの乱暴姉ちゃんと違ってお主は礼儀正しいのう。」
言った瞬間、トルーデに頭を踏みつけられた。
「余計な事はいいからサッサと質問に答えて。」
ニンジャ怪盗は苦しそうに答える。
「知らん。魔導士がいたはずじゃがおらんかった。だからワシは忍び込んだのじゃ。」
シュウナがまた質問した。
「では、何故ここにいたのですか?あなたならこの迷宮から簡単に脱出できたはず。」
ポコペンはちょっと照れてシュウナの問いに答える。
「うーん、そのつもりじゃったが若返り過ぎて魔導士の結界を破れなくてな。閉じ込められてしまったのじゃよ。」
答えを聞いて姉と弟はそれぞれ反応した。
「シュウナ、駄目だよコイツ。バカすぎる。話聞くだけ無駄だって。」
とトルーデ。
「結界だって?それじゃあ、僕たちもここから出られないということ?」
とシュウナ。シュウナの疑問にポコペンは答えた。
「左様じゃ。この部屋には特殊な結界がはってあり外部にいる魔物はこの部屋に入って来られない。しかし、術が未熟なものは一度入ったらここから出られない。」
この言葉を聞いてシュウナは深いため息をついて頭を抱えた。せっかくエビルワームから逃れて場合によっては対決しなければならなかった地下迷宮の主、魔導士と戦う必要も無くなったが閉じ込められて出られないとは・・・・。
シュウナは一応トルーデに声をかけようと思ったがやめた。トルーデは脱出方法など気にすることなく近くの宝の山でリトルちゃん達と物色している。
「おひさま君、どう思う?」
答えてはくれないと思うがとりあえずふわふわ浮いている新しい友達に聞いてみる。おひさま君はもちろん答えてはくれないが頷くと山と積まれた宝の方へ向かっていった。その光景をみてポコペンはシュウナに話しかけた。
「おい、少年。あのふわふわ浮いている奴、何か知っているかもしれんぞ。」
シュウナはこの老人だけど子供のニンジャ怪盗が一瞬何を言っているのか良く分からなかった。だが、冷静に考えて見ればあのような生き物が自然界にいるわけが無い。だとすると魔導士に精製された人造生物、キメラの一種と考えられなくもない。であれば何かこの部屋の結界を破る情報を知っていても・・・・。
そこまで考えているとトルーデの声がした。
「ねえ、シュウナ。ちょっと来て!」
シュウナはトルーデのいる方へ向かう。宝の山をかき分けているのはおひさま君、そのかき分けた辺りの床に一振りの長剣が鞘ごと突き刺さっていた。そばに来たシュウナへトルーデが話しかける。
「丸いふわふわしてる奴がいきなり来てかきわけたらこんなのがでてきたの。ねえ、シュウナどう思う。」
すると、もう一つの声がした。
「ねえねえ、このお尻、どう思う?」
トルーデの後ろでポコペンが彼女のお尻を両手人差し指でツンツンしている。どうやらニンジャ怪盗らしく縄抜けの術でも使ったのか?
トルーデは女の子らしい叫び声をあげるとまず、自分の剣を鞘ごと抜いてポコペンをフルショットした。ベニちゃんが口から火を噴いて追い打ちをかける。きいちゃんの電撃、ニンジャちゃんに縛り上げられていた。くーちゃんがまた、何か黒いものを吐き出して自分の分身を二体作り見張りにしている。ワンピースに音符の浮き出た子がそばで鼻歌を歌っていた。ガークと一緒に酔っぱらっていた子だ。
「みんな、いろんなことができるようになったね。」
トルーデは腕組みして感心している。
「トルーデ、感心している場合じゃないよ。僕たちはここから脱出できる方法を探さなくちゃ。」
どうやら、今置かれた状況をわかっていないトルーデにさっきからのシュウナの考えを丁寧に教えてあげた。年上のクセに難しい事は考えない為シュウナが考える事になる。
「えー、じゃあアタシ達出られないじゃん。」
トルーデの言葉に、ヤレヤレ何を今さらという表情をしながらシュウナは答えた。
「そうだよ、でもおひさま君が何か知っているみたい。それで探し当てたのがこの床に突き刺さった剣ってわけ。」
おひさま君が剣の横で浮いている。手招きしている。どうやらトルーデを呼んでいるようだ。トルーデ、シュウナ、グリーンちゃんの順に剣に近づいた。
「この剣、どうしろって言うのよ?」
トルーデがおひさま君に聞いた。おひさま君は身振り手振りで何か説明している。
「ちょっと、シュウナ。コイツしゃべれないの?何が言いたいかさっぱりわからない。」
シュウナはため息交じりに姉に助言した。
「トルーデ、普通に考えて剣を抜いて見ろって言ってるんじゃないかな?」
ああそう、とつまらなそうに言うとトルーデは突き刺さった剣の柄を両手で握った。
床と剣の間にまばゆい光が沸き起こった。
鞘と思われていた部分が崩れ落ちる。中から桃色の宝石を散りばめた白い鞘が現れた。そして、その剣は力を入れる事無く無事に抜けてトルーデの手元に収まる。
「何この派手にデコッた剣、アタシの趣味じゃないわね。」
そう言って放り出そうとするトルーデの心に話かけるような声がした。
(そんなこと、言わないで。せっかくワタシを封印から解き放ってくれたのにぃ。)
「え!誰?今アタシに話しかけたの。」
トルーデは慌てて周りを見る。シュウナもおひさま君もグリーンちゃんもきょとんとしている。どうやらトルーデ以外に聞こえていないようだ。トルーデの心に直接話かけているらしい。
(ワタシを開放してくれてありがとう。ワタシは
『カワイイ☆ブレード』
あなたは?)
トルーデは普通に
「アタシはトルーデ・・・。」
と答えてしまった。
すると
(名前を教えてくれてありがとう、トルーデちゃん。今日からあなたとワタシは一心同体よ♡)
え!一心同体?トルーデは何か嫌な予感がした。その時いきなり叫び声がした。「うぉー!結界が解けたぞ!」
声の方を振り返るとポコペンが黒いやつに噛みつかれたまま、タオル一枚腰に巻いた姿で仁王立ちして腕組みしている。
「その剣こそこのニンジャ怪盗ポコペン様が求めていた物じゃ。若返りの秘薬などおまけに過ぎん。」
シュウナとトルーデはポコペンを見張っていたはずのリトルちゃん達の方を見た。みんなで仲良く宝物をおもちゃ代わりに遊んでいた。どうやら見張りに飽きたらしい。姉弟は顏を見合わせてため息をついた。
「ポコペンさん、この剣が結界を解くカギだったという事ですか?」
シュウナの問いにポコペンはうなずく。
「左様、カワイイ☆ブレード。この迷宮の魔導士が己の魔力と研究成果の全てを注ぎ込んだ魔剣じゃ。まさか、己の研究成果を結界のカギにしていたとはのう・・・。」
一人感嘆しているポコペンにトルーデが言った。
「ポコペン、あんたこの剣が欲しいんでしょ。じゃあ、あげるわよ。」
と鞘ごと魔剣を渡そうとした。しかし、カワイイ☆ブレードは彼女の手からすり抜けてもともと腰に差していたトルーデの剣をぶっ飛ばし、その場に居座ってしまった。
そして、さっきの声がした。
(あら、だめよ。ワタシはもうトルーデちゃんと一心同体♡。離れないからね。)
今度はこの場にいる全員に聞こえたらしい。みんなの表情でそれを悟ったトルーデは真っ先にシュウナに相談した。
「ちょおおおとおお!どうしようシュウナ!この剣呪われてる!」
(えー、呪ってないもん。一心同体だもん♡。そんなイジワル言わないで)
と、シクシクと剣が泣き出した。
シュウナとポコペンはそれぞれトルーデに言った。
「トルーデ、まあ悪い気配はしないし呪われたとか言うのは早いんじゃないかな?」
「そうじゃ、むしろ魔剣に選ばれた事を喜ぶべきじゃな。」
リトルちゃん達はグリーンちゃんを除いてみんな拍手している。グリーンちゃんだけがトルーデの気持ちを察して彼女の肩にのって頬ずりした。今のトルーデの気持ちを一番わかってくれているのはグリーンちゃんだけかもしれない。トルーデは半べそをかきながらグリーンちゃんの頭をなでてあげた。
突然地響き。
しかも収まらずにずっと続いている。
天井の岩盤が少しずつだが落ちてきている。
「なんだ!」
いつも冷静沈着なシュウナが突然の事に動揺した。
リトルちゃん達もさすがに怖くなったのかトルーデとシュウナのもとに集まり体に這い上がってしがみついてくる。ここで魔剣から忠告があった。
(あ、言うの忘れてた。ワタシを抜いたら結界も無くなるけど地殻のバランスがどうにかなって迷宮がなんかタイヘンらしいわよ。みんな気をつけてネ♡。)
「うむ、それは一大事じゃな。」
いつの間にかトルーデの後ろに来てお尻をなでながら真面目な顔でポコペンが言った。
先ほどのようにトルーデが手に持った今までの自分の剣でエロニンジャをフルショット!あとはリトルちゃん達に袋叩きにされている。
「つまり、君を抜いたせいで結界は解けたけどこの迷宮も崩れるってそういうことか?」
シュウナが姉の腰に付いている剣に話しかけた。
(そうね、そうなのかなぁ?)
頼りない返事だがシュウナの考えでだいたい間違えなさそうだ。トルーデ、シュウナをはじめリトルちゃん一行はいきなりピンチを迎えた。




