第4話 魔王はジュンジョウです。
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「おいやめろ! わた――我は会うなどとは言っていない! というかいつの間に縄を解いたのだ!」
「まーまー、うじうじ悩んでるよりはいいじゃないですかー」
どうしてこうなってしまった。
いや、どうしてもこうしてもない。ヴィーネに知られてしまったのが問題であり、不覚だった。
確かにヴィーネの言うことはもっともだ。
だが、私にも心の準備というものが――
その準備ができるのは、果たしていつなのだろう。
幾時間か? 幾日か? 幾月か?
あのままでは、自分の匂いが染みついた布にずっと包まっていたかもしれない。
ならば今、魔王として覚悟を決める時なのではないか。
「ゆうしゃはっけーん。どうしますー?」
無理だ。死ぬ。
「近くの茂みに隠れろ! いきなりでは警戒されるやもしれん」
やはり、今の私には荷が重すぎる――。
私とヴィーネは、勇者から少し離れた森の茂みに隠れ様子を伺う。
なにやら棒を湖に向けてピクリとも動かないが……。
「釣りとは、なかなかオツな趣味ですねぇ」
あれが『釣り』と呼ばれるものなのか。
戦う術を持たない人間は、多様な罠を用いて獲物を仕留めるという。『釣り』は餌を付けた針を沈め、水に住まう生物を人間が得意とする陸に引きずり出すらしい。
釣りは生きるための手段の一つだと思うのだが、勇者にとっては娯楽でもあるのだろうか。
「にしてもー、勇者も隅に置けませんねぇ。こんな綺麗な場所があったとはー」
「……そうだな。こんなに美しい自然はそう見ない。人間が爆発的に繁殖してから、こういった景色は減るばかりだ」
私は今、勇者と同じ世界を……景色を見ているのだろうか――。
「ところで、だ。あの女は一体なんだ?」
「精霊っぽいですねぇ」
「そうか、精霊か」
「はいー」
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何かが、風をも切断するような速度で近づいてくる。
魔獣にも似た気配だが、そこらにのさばっているような下級の魔獣共とは訳が違う。
「魔王さまー、なにか近づいてきますねぇ」
「ああ……勇者があぶな――」
強い風が私の声を遮るとともに、微かに見えたその白銀の毛を持つ物体が勇者を激しく突き飛ばした。
「勇者っ!!」
「ありゃー」
勇者を助けねば――
「まーまー落ち着いて。きっと大丈夫ですよー」
「なぜそう言える!?」
「だってほらー」
ヴィーネが勇者のいた場所を指差す。
その先にいる獣は、湖に落ちた勇者の姿をじっと見つめていた。
こちらに向けられた白銀に煌めく背姿に追撃の意思は感じられず、まるで勇者が自分の元へと戻ってくるのを待っているようだ。
「おっ、上がってきましたねぇ」
その獣は勇者の体を引っ張りあげている。
その二人、いや一人と一匹は、互いに敵意を持っていないように見えるが、襲われた……というわけではないのか。
勇者の飼い犬だろうか。うらやま――、…………。
「アレ、フェンリルじゃないですー?」
「確かに、あの魔力といい僅かに感じた風の魔法といい、その可能性はあるが……。それにしては小さいな」
「子供なのかもですねぇ。珍しいー」
フェンリルは、かの龍に並ぶ『神獣』と呼ばれている。
風を意のままに操り、その足は風よりも早く地を駆け、爪は斬鉄をも可能とするほどに硬く鋭いと聞く。
もっとも、その姿を目に映すことなど、ごく普通の人生を歩んでいるのならまず叶わない。
フェンリルに懐かれている……か。やはりすごいな、勇者は。
それに――あんな顔もできるのだな。
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湖から這い上がった勇者が突如服を脱ぎ捨て始めた。
「なっ、なにを考えているのだ勇者は!」
「そういう趣味なんですかねー」
「そういう趣味!?」
そういう趣味とはそういう趣味のことなのか……!?
ああ、勇者よ……どんな趣味を持っていたとしても、私は受け入れるからな……。
「いや、冗談ですよー? 服乾かすだけでしょー」
「…………そうか。そうだな」
あまりの光景に冷静さを欠いていたようだ。考えてみれば服を乾かすだけに決まっている。
いくら勇者といえど体を冷やしては体調も崩すだろうからな。
あの勇者が白昼堂々全裸で野外を徘徊し人知れず禁断の快楽に浸っているなど、発想が突飛すぎたのだ。
「というかぁ、なんで目瞑ってるんですー?」
「馬鹿者! おっ、男の裸を見るなど……できるものか!」
むしろヴィーネはなぜ平気なのだ……!
「やっぱりー、見てるだけじゃつまらないですねぇ」
「……? そうなのか?」
確かにヴィーネはじっとしているのが苦手な性格をしているが、なぜこのタイミングで――
「なのでぇ……」
「魔王さまー、ふらーいーんぐ」
不意に視点が高くなり、体から一切の負荷が失われた。
コイツ、まさか重力魔法を……! 人に使うなとあれほど忠告したというのに、よりにもよって私に向けるか……!
「おっ、おい! 何をしでかすつも――」
「いってこーい」
――――ッ!
さあさあ盛り上がってまいりましたー。
とヴィーネさんが申しております。
次話もよろしくお願いいたします。




