プロローグ by魔王
お読みいただきありがとうございます。
我は魔王である。
魔王とは、この世界における最強の存在――即ち、支配者。
我は幼き頃より支配する側であった。
我が紅き眼に映るその全てをねじ伏せ、我を魔王たらしめるその強大なる力を示してきた。
魔王は絶対的に、世界を支配する者である。故に、支配されることなどありえない。
そう思っていたのだ。
――そう、思わなければいけなかったのだ。
我を縛っていたその概念は、今目前にいる一人の男——勇者という存在に、蹂躙された。
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「退屈だ……」
無意識に声を漏らす。
不思議だ。かつての私の中には『退屈』などという概念は存在しなかった。
あの日から、私はおかしくなってしまった。
勇者に敗れ、支配される気持ちを味わわされてしまった日。
ああ、思い出すと魂が焦がれるようだ。
熱くて熱くて、正気を保っていられなくなりそうになる。
「魔王様!」
兵が私を呼んでいる。せっかく熱い感情が湧き上がっていたというのに――
「勇者率いる英雄軍が攻めてきます! 迎撃の指示を!」
――勇者。
その言葉が鼓膜を震わすと、溢れんばかりの感情に胸が高鳴った。
この時をどれだけ待ち望んだことだろう。
目まぐるしく回る私の思考を無視して、飲み込む間もなく唇から声が発せられた。
「迎え撃て!——全てを蹂躙せよ」
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「待ち侘びていたぞ……勇者よ」
勇者の姿が目に映る。心臓が破裂しそうだ。
「英雄軍に侵されたあの日から、幾度、この時を夢見たことだろうか」
1歩、また1歩と、勇者が私の元へ歩いてくる。気を抜けば、脚が勝手に走り出しそうだ。
「我をこんな風にした責任、取ってもらおう」
「——望むところだ」
勇者の声が耳に届いた時、私の胸にその鋭い光を放つ剣が突き立てられた。
力に押され後ろに倒れ込み、勇者が覆いかぶさるように私の上に乗る。
ああ――もう我慢できない――
「ゆうしゃぁ……」
「——魔王」
「もっと、もっと私を侵して……私の全てを支配してくれ……!」
こんな屈辱、初めてだ――。
魔王の一人称が『我』と『私』と混ざっていますが、基本的に人前では『我』、地の文や発情——、もとい興奮している時は、一人の時は『私』になります。
勇者視点もお読みいただけると幸いです。
次話もよろしくお願いいたします。