一日で一年のすれ違い
「え、別れた? あの二人が?」
耳を疑って聞き返すと、声が大きいと叱られた。
反省して声量を落としながらも、やっぱり気になって続きをせがむ。
「あの二人、凄く仲が良かったはずでしょ。一年生の時から丸一年以上付き合ってたよね?」
本人たちも隠す気がなかったみたいで一緒に歩いているところを良く見かけた。私立中学だから地元の友達の目を気にする必要がなかったのもあるだろうけど、登下校だって一緒だった。
一体何が起きたのかと答えを待っていると、情報通なわが友はどこか腑に落ちないといった表情で話し出す。
「ほら、二年生ももうすぐ終わりでしょ。テニス部も次の交流試合を最後に三年は引退だし、最近忙しくなってすれ違いが増えたのが原因らしいよ」
「ソロで売り出したメンバーがプチヒットしたバンドの解散理由みたい」
「深織のそういう的確な比喩、私は好きだよ。でも毒気があるから場所は選ぼうね」
やんわり怒られた。
お互いの時間が合わなくなって一緒に過ごす時間が減れば、疎遠になるのも仕方がないのかもしれないけど。
部活で三年の送別会企画を立ててくるという友人を見送る。
送別会も何も、高校は内部進学で上がれるし敷地も同じだ。校舎が変わるけれど、一年後には高校の部活で一緒になる。そのせいか、送別会もあくまで雰囲気を楽しむだけのイベントになるらしい。
帰宅部の私には関係のない事だ。
「すれ違いかぁ」
大敵だ。天敵だ。不倶戴天の怨敵だ。
一昨年やっつけたはずなんだけど、まさか再来するとは……。
私には東蓮也という幼馴染がいる。保育所からの付き合いだ。生まれた日付も私が一日遅いだけ。
しかし、蓮也は早生まれだった。せっかちにも私より一日早く生まれたせいで、学年が繰り上がった結果、学年で一番遅く生まれた男という皮肉な称号を手に入れてしまった。おばさんもよく「お腹の中にいる間に急がば回れって言い含めておくんだった」と苦笑交じりに言っている。
一日遅ければ深織ちゃんと同じ学年だったのにね、と。
「生まれからしてすれ違ってるんだよなぁ」
ため息を吐きつつ、蓮也にメールを送る。一緒に帰ろう、と。
返信がないまま二十分ほど自分の教室で窓の外を眺めていると、雪がちらつき始めた。
私は立ち上がる。
「ほら、すれ違い」
一日違いで周回遅れだもんなぁ。年度という越えられない壁が立ちふさがっている。
この中学は私たちの地元からやや遠い。したがって、通学にも帰宅にも電車を使う。
雪がちらつき始めた以上、電車が遅れる可能性を考えて帰るしかない。
校舎を出て、校庭を横目に見る。蓮也はテニス部だから、部活中でメールを見てないのかもしれないと思ったからだ。
けれど、雪の中で部活をしているはずもない。無人の校庭はチラつく雪を静かに受け止めていた。
教室で二十分待っただけあって他学年はもちろん同学年でさえ通学路を歩いていない。雪の中を出歩く人もあまりいないから、駅までの道はとても静かで、勢いを増す雪だけが視界の中で動いている。
かじかむ両手を重ね合わせて、手袋を持って来なかった事を後悔する。
校舎を出る時にはチラつくだけだった雪は、駅に着く頃には大粒になっていて民家の屋根を白く染めていた。
電車も絶賛遅延中。遅生まれの私へのあてつけに見えて仕方がない。
まぁ、被害妄想なんだけど。
「――あっぶね。追い付いた」
一番ホームで電車を待っていると、横から声を掛けられた。
耳に馴染んだ声に驚いて横を見ると、蓮也が息を白くたなびかせながら立っていた。学校から走って来たらしく、息があがっている。
「メールを見て教室に行ってもいないし、いつの間にか雪降ってたから慌てたよ」
私はスマホを確認する。やっぱり、返信は来ていない。
蓮也が私を見て肩を竦める。
「ここまで走ってきたんだからメール送る暇なんかないって」
「メールを送ってくれれば待ったよ」
「雪降って寒い中待たせるのは気が引けるんだよ。追い付けなかったら謝るつもりだったしな。メールの返信が遅れたのは悪かった。授業がちょっと長引いてさ」
そう言いながら、蓮也はホームにある自販機へ向かうので、私もついていく。
硬貨を投入して商品のボタンへ伸ばされる蓮也の指が向かう先を見て、私は止めた。
「なんでコーヒー? 走ってきて汗をかいたなら水にした方がよくない?」
「いいんだよ」
止めるのも聞かずに温かいコーヒーのボタンを押した蓮也は転がり出てきた缶コーヒーを取り出すと、私に差し出してきた。
「お詫び。カイロ代わりに持っとけ」
「あ、ありがとう」
おぉ温かい。
缶コーヒーを両手で包んで暖を取っていると、蓮也が唐突に笑い出した。
「深織、顔が溶けてる」
指摘されて、缶コーヒーの暖かさで思わず緩んでいた顔をキリッとしてみると、蓮也はまた笑いだす。
「今さら取り繕っても」
「じゃあどうすればいいの」
「悪かったって。睨むなよ」
ほっぺをつつくな。ホームにいる人が微笑ましそうに見てくるでしょうが。
蓮也も周りから見られている事に気付いて少し照れたようにポケットへ手を入れる。
「というか、深織が俺の教室に来てくれればすれ違わなくて済んだんだけど」
蓮也が話を戻す。
言いたいことは分かる。私も迎えに行こうかとも思ったけど、蓮也を迎えに行くには年度の壁を越えないといけない。
「だってほら、他学年の教室がある階ってオーラみたいのあるでしょ。もしくは事件現場に張られてる黄色いテープ」
「キープアウトな。分からんでもない」
「分かれ」
「分かった」
分かってくれたか。
蓮也がホームの外の雪を眺めて、ため息交じりに白い息を吐き出す。
「まぁ、いまさらっていえばいまさらだよな。もうすぐ俺も中学卒業だし、あの教室どころか校舎にいるのもあと一カ月くらいだ。三年のいる階に出入りできるようになってもあんまり恩恵はないよな」
「……そうだね」
一昨年やっつけたはずのすれ違い。
倒しても蘇ってくるラスボスみたい。
しかも、まだ高校卒業と大学卒業の二回も残っている。
ホームを見渡せば、高等部の先輩らしき姿もある。やっぱり私たちより大人びていて、蓮也が私よりも一年早くあんな人たちがいる環境へ行くんだと思うともやもやする。
一日しか違わないのに、私より一年早く大人になっていく。
校舎も時間割もかなり変わるから下校時間もずれるし、今日みたいに後から追い付くのも難しくなる。
教室で友達から聞いた話が蘇ってくる。一緒にいる時間が減って、反比例にすれ違いが増えて、そして別れた二人の話。
なら、恋人ですらない私たちは来年の今頃どうなっているんだろう。
恋人ですらないのなら、恋人同士になった方がいいに決まってる。デートにかこつけて一緒の時間を過ごせるようにした方がいい。
……告白しようか。
雪で電車が遅延して、足止めされた乗客がひしめく、この夕方のホームで?
ムードが人混みで圧死してるよ!
「なぁ、聞いてるか?」
「ごめん、ボーとしてた」
ムードさんに救命処置をする方法を考えてた。
蓮也が心配そうにのぞきこんでくる。
「風邪ひいたか?」
「大丈夫だよ」
ローファーの中に靴用カイロも仕込んであるから。言わないけど。
でも膝は寒い。
「何の話だっけ?」
「今度、テニス部最後の交流試合があるけど見に来るのかって話。寒いから無理しなくてもいいけど」
「蓮也の中学最後の試合でしょ。見に行くよ」
「最後って言っても高校で続けるし、相手校も中高一貫だから中学卒業の記念試合って感じの緩さだけどな。来るなら暖かくしてこいよ。去年は風邪ひいたろ、お前」
「そんな事もあったね」
蓮也の試合は毎回見に行ってるけど、去年は公式トーナメントの試合で蓮也のペアが決勝まで進んだから長引いた。応援している時は気にならなかったけど、やっぱり寒かったらしく、翌日から風邪を引いた。
応援する側は体を動かさないから仕方がないね。
「今年は心配かけないようにするよ」
「そうしてくれ」
中学最後の試合なら、告白するタイミングとしてもよさそう。
少なくとも、この駅のホームよりはずっといい。
――そんな風に思っていたのに。
交流試合が間近に迫った木曜日のお昼。
友達とお弁当を食べていた私は知り合いの先輩に呼び出しを受けていた。
「好きです。付き合ってください」
何ともシンプルに告白してきたこの先輩、男子テニス部に所属している三年生。もっと言えば、蓮也とダブルスで好成績を収め続けたお人である。
蓮也を応援するためにテニス部の大会に足繁く通っていた私も、蓮也を交えて三人で話したことがある。ちょっとずれた発言を狙ってする愉快な先輩だ。
でも、恋愛対象ではないです。ごめんなさい。
「えっと……」
凄く申し訳ない。告白されたというのに、私の頭の中を埋め尽くすのは全く別の事ばかりだ。
とんでもなく事態がややこしくなった。蓮也を交えた三角関係だよ、これ。
「ごめんなさい。付き合えません」
こちらもシンプルにお断りの言葉を返しつつ頭を下げる。
僅かな間があって、先輩が諦めたように静かなため息を吐くのが聞こえた。
「そっか。まぁ、そうだよね。もうすぐ卒業して高校生になったら接点なくなりそうだから、今のうちにって思ったんだけど、駄目だったか。あんまり気にしないで」
「はい。すみません」
元々成功するとは思っていなかったような口ぶりではあったけど、表情は残念そうだ。
心の奥が重くなるような、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
もう一度頭を下げて、私は先輩に背を向けた。
気持ちの整理を付けるため、静かな図書室に足を運んで隅の席に座る。
「……どうしよう」
明後日のテニス部の交流試合の応援に行き辛い。凄く行き辛い。行ったら気まずくなるだろうなぁ。
だって、蓮也とペアを組んでいる人を振ったんだし、今の状況で蓮也を応援するのってあの先輩に追い討ちかけるようなものだよ。罪悪感で居た堪れなくなる。
それに、中高一貫校だから高校に上がった後も蓮也とあの先輩がテニス部でペアを組むと思う。そうなると、高校テニス部の応援に行くのも……。
ほとぼりが冷めるまでテニス部に行くのは無理だ。ほとぼりが冷める頃には蓮也は中学卒業して登下校の時間も変わって、一昨年同様のすれ違いが確定。
告白のタイミングを完全に逃した。あの人混みのホームで告白すべきだった……とは思いたくないけど。
何かいい手はないかな。
そもそも、蓮也に告白したらしたで、蓮也と先輩の間も気まずくならない?
先輩の告白を断った私が蓮也に告白したら、三角関係が表面化する。
三角関係で気まずい空気のまま高校のテニス部の大会に出たりしたら、チームワークが乱れる。
高校生になっても告白できそうにない?
まさかこんな形で私の青春が終わるとは……。
蓮也と先輩の関係なんか知った事かと告白するのは無理だ。
来年こそは全国に行くぞ、なんて蓮也は意気込んでいたんだから、中学三年間磨いてきたチームワークを私が壊すわけにはいかない。そんな身勝手なことしたら、それこそ蓮也に嫌われる。
それだけは嫌だ。絶対に嫌。
高校三年間もこの気持ちを抱えたまま、蓮也が高校を卒業する時に告白する?
三年間かぁ……。
長すぎる。
第一、告白しようと思ったのは、蓮也が高校に進学したら私と時間が合わなくなってすれ違いが増えたり、自然と疎遠になるかもって不安だったからだ。それを三年後まで引き伸ばしって耐えられるはずがない。
いくら頭を抱えても答えが出るはずもなく、延々と悩み続けていると肩を叩かれた。
「深織、お昼休み終わるよ?」
告白される前まで一緒にお昼を食べていた友人がそこにいた。
情報通で頼りになるわが友よ!
「女神……!」
「うん? よくわからんけど、供物を捧げよ」
「シュークリームでいい?」
「キャラメルの奴ね」
今日の帰りに供物を捧げる事を約束すると、私の隣に座って聞く体勢になった。
「それで、どうした?」
「実は、片思いをしているテニス部の人がいて、その人とダブルスで組んでいる先輩に告白されて断ってきました」
「あぁ、あの幼馴染で先輩の」
「個人特定は禁止で」
「はいはい」
油断ならない。
「三角関係で先手を打たれて、告白してもしなくても角が立つ状況ってわけだ。あれ、いま私、上手いこと言った?」
「そこを上手い事丸く収める方法を教えてほしいんだけど」
知恵を貸してほしいと相談してみると、実に頼りになるわが友人は訳知り顔でうんうんと頷いた後、両手を上げて降参のポーズをした。
「ごめん無理。先手を打たれてるから、もう誰が何を諦めるかって話になっちゃう。理屈の上ではフラれた先輩が諦めるのが筋だけど、心は理屈で語れないからね」
「なんかカッコいいこと言ってる」
何も解決してないのに。
「これってもし、深織の片思い相手が実は深織を好き、つまり両想いだったら、気持ちがすれ違ってるよね。まぁ、相手が恋愛を取るか友情を取るか分からないけど」
「すれ違ってるのかなぁ」
すれ違いを回避するには相談が一番。けど、蓮也に確かめるわけにもいかない。確かめたら告白するのと変わらない。
「いっそ全部話して相手に決めてもらえばいいんじゃない?」
「恋心バトンリレーかよー」
「むしろ婆抜き?」
「言わないようにしてたのに」
私の恋心がジョーカーだというのか。それともお婆さんになるまで片思いっていう暗示?
「あぁ、もう、ホントにどうしよう……」
――その日も、次の金曜日も過ごし、私は何一つ解決策を思いつけなかった。
そうして迎えた交流試合当日の今日、私は自宅の枕に顔を埋めていた。
蓮也には用事が出来ていけなくなったとメールを送ってある。
まぁ、用事はないんだけど。行き辛くなったというだけで。
「うぅー」
唸りつつ、腹いせに足をバタバタ。布団に当たってポフポフと間抜けな音がする。
なんでこんなややこしい事になってしまったんだろう?
見たかった。蓮也の中学最後の交流試合見たかった。
誰か録画しといてくれないかな。記念試合なんだし、顧問の先生が気を利かせてくれたりしないかな、しないよね。
サーブを打つ時の猫みたいに柔軟な体の動きとか。
同点のまま延長に持ち込んで相手コートの隙を探すあの真剣な目とか。
勝っても負けてもさっぱりした笑顔で相手と握手するところとか。
全部好きなのに。
「……はぁ」
もう見れないのかぁ。
高校だと編入してくる先輩たちもいる。蓮也がそんな人たちと恋人同士にならないとも言い切れない。
一年のハンデもあるのにテニスの大会にも顔を出せないのは痛手だ。
木曜日のお昼から何度もなぞった思考を繰り返して、重いため息をついて、八つ当たりをしようと足を上げた時、部屋の扉がノックされた。
「――深織、起きてるか?」
「うわ!?」
部屋の外から掛けられた声に驚いて跳ね起きる。
蓮也の声だ。
枕元のスマホに手を伸ばし、時間を確認する。もう昼過ぎだ。
「入っていいか?」
「いいけど、それ以前にどうして家に?」
「おばさんが入れてくれた」
扉を開けて蓮也が私の部屋に入ってくる。
「久しぶりに来たけど変わらないな、この部屋。ぬいぐるみは減ったか」
「見回すな」
「はいはい」
私が放り投げた枕を蓮也は苦も無く空中キャッチした。流石は運動部。
「ほら」
投げつけた枕が返された。
床に敷いてある青いラグに慣れた様子で座る蓮也の様子を窺う。制服を着ているって事は、交流試合の後に学校で着替えてからまっすぐ私の家に来たらしい。
「試合は?」
「完勝してやったぜ。来年は倒すって宣言された」
「仲良いね。他校なのに」
「同じ中高一貫私立だし、一年の頃からあちこちで試合してるからな」
帰宅部の私にはよく分からない感覚だ。
でも、そっか。勝ったのか。見たかったな。
私に振られた先輩が調子を崩したなんて事もなかったようで、そこは安心した。
「それで、今日は何で来なかったんだよ?」
「いや、それは、用事がね」
「さっきおばさんが言ってたんだけど、一日中部屋にいて時々ボスボス暴れる音がするからやめさせてくれって」
身内の証言でアリバイが崩された。
蓮也が面白くなさそうな顔で私を見つめてくる。
「なんで嘘ついたわけ? 最後の交流試合って言っても、素直に行きたくないって言われれば諦めるのにさ」
「いや、行きたかったんだよ? ただ、事情があって」
「用事じゃなく事情か。どんな?」
それが言えないから嘘を吐いたんだってば。
黙って本棚に視線を逃がす私に、蓮也は観察するような目を向けてくる。
普段はこんなに押しが強くないはずなのに、今日の蓮也は一歩も引く気が無いらしい。
追い付かなかったらそれでいいからってメールも送らずに駅まで走ってきた人と同一人物なのか疑わしい。
「話す気がないなら仕方がない」
「うん」
「反応を見ることにする」
「うん?」
尋問でもする気?
「どうせ表情に出るし。卒業、部活、春休み、宿題、先輩――ほぅ」
「え、なに、その納得? 怖いんだけど!」
じっと私の顔を見つめてくる蓮也。幼いころから婆抜きで一度も勝てなかった蓮也の洞察力が私に向けられてくる。
「奥義、枕ガード」
「あ、卑怯だろ、それ!」
枕を顔の正面に持ってくることで表情を読ませないこの奥義。破れるものなら破ってみせろ。
「まぁいいや」
「そうそう、いいんだよ」
ようやく引いたか。
「あいつに告白されて試合に顔を出すのが気まずくなったんだな」
「奥義を出し惜しみしたのが敗因でござった」
でも枕は持ち上げたまま。顔を見せられないもので。
「そっか。あいつがな。まぁ、薄々そうじゃないかとは思ってたんだけど」
「蓮也は気付いてたんだ」
「深織にその気がない事も含めて気付いてたよ。確信はなかったけど」
私が気付いてなかっただけで三角関係はだいぶ前から形になっていたらしい。
いや、私の気持ちを知らない蓮也は三角関係だと気付いていないのか。結局状況は変わってない。
私が告白されたって聞いてどんな顔をするんだろう。
枕の横からそっと顔を出してみると、蓮也はスマホを弄っていた。
何してんの?
見守っていると、蓮也が耳にスマホを当てる。誰かに電話するらしい。
……このタイミングで電話する相手がそういるとも思えない。
「あの、私が直接断ったから、蓮也が何かする必要はないよ?」
間に入って仲を取り持つとか言われたら私はもう二度とテニス部の試合に行かないよ?
私の言葉を無視していた蓮也が真剣な表情に変わる。電話がつながったらしい。
「――話は聞かせてもらった。だが告る!」
それだけ言って、一方的に通話を切った蓮也がスマホをテーブルに置く。
「これで良し」
「まったくよくないよね!?」
この数日、私がどれだけ悩んだと思ってるの、こいつ。
私の抗議にも蓮也はへらへらと笑って返す。
「交流試合を終えて帰る時に打ち上げに誘われたんだけど断って来たんだ。で、ペア組んでたあいつには詳しい事情を言っておこうと思って、試合会場を出る時に告白してくるって言ってあるんだ」
「――え?」
「深織の事情とか知らなかったし。でも、あいつは頑張れよって言って笑ってた。まぁ、俺から告白するんだから、あいつとのペア解消って話になっても俺の責任でいいだろ」
笑ってた?
蓮也が告白するのを止めないなら、私に振られた件は先輩の中でもう折り合いが付いてるって事だろうか。
立ち直り早すぎでしょう。
……というか衝撃的なスピード解決で思わず聞き流してたけど、告白がどうって話が聞こえたような。
蓮也が照れたように頬を掻きながら、窓の外を見る。
「自覚したのが中学上がったばかりの頃でさ。今の中学に入学して登下校からして別になって、部活で忙しくなってちっとも会えなくなるわ、遊ぶこともできないわで一緒の時間が一気に減っただろ。忙しいだけで物足りなくてさ」
「ちょっと待って」
今、奥義枕ガードを発動するから。
「うわっ枕取るな! 返せ!」
蓮也に奪い取られた枕へ必死に手を伸ばすけれど、テニス部だけあって長い腕で押しのけられて私の手は空気ばかりをむなしく掴む。
「あぁ、好きなんだって自覚しても、俺は中学生でお前は小学生で、なんか、告れないだろ。学年の違い以上の隔たりがあるだろ? 一年違いって言ってもランドセル相手はちょっと周囲の目がな」
「なんでこの状況で真顔のまま続けられるのかなぁ!?」
「だから、お前も中学受験してくれて、また一緒に登校できるようになって一気に居心地がよくなった。それなのに、もう中学卒業だ。また会えなくなるとか無理だから、付き合ってくれ」
膝に顔を埋める前に告白されきってしまった。
「付き合ってくれ」
「聞こえてるよ」
「で?」
返事を促され、私はとりあえず枕を奪い返した。
けれど、顔を隠して返事をするのは流石に失礼だから、私は口を開いて一言。
「よろしく!」
それだけ言って枕ガードを発動した。
「……はぁ、よかった。緊張した」
気が抜けたような蓮也の声が枕の向こうから聞こえてくる。
「これで断られたら立ち直れなかった」
「断るわけないじゃん。事情がなければ私も今日告白するつもりだったんだし」
「え?」
「なんでもないでーす」
枕に顔を押し付ける。
蓮也がくすくす笑う気配がする。
「なんだ。全然すれ違ってなかったんだな」
ほっと安心する空気が部屋に満たされる。
同じ方向へ歩いていると分かったから。
蓮也が少し先を歩いているだけで、すれ違ってはいなかったから。
「なぁ」
蓮也が声を掛けてくる。
「何?」
「枕どけてくれないか? キスしたいんだけど」
「正面衝突は縁起が悪い」
「何の話だよ」
「こっちの話」
もうちょっと同じ方向を見ている嬉しさを噛みしめたいんだよ。