第七十五話『オーブン騒ぎの終焉(しゅうえん)にゃん』
第七十五話『オーブン騒ぎの終焉にゃん』
「ミロネにゃん。あんた、生きていたのにゃん」
「わたしは信じていたわ。死なないって」
「ミアン殿は『生きていた』で、
ミスト殿は『死なないって』か。
料理のソースを被ったぐらいでこんなにもいわれるとは。
オレは普段どういう目で見られているのだろうか。
……まぁいい。
生きているし、死なないことはないが、今は一応死んでいない。
それよりもだ。
『名なし』の精霊殿。一つ聴いてもいいか?」
「なんなりと」
「自分にかけられた、このどろどろとしたものについてだ。
指で拭ったあと口にしてみたが、予想外に美味い。
思えば、あれだけの種類とあれだけの量をぶち込んだのだ。
めちゃくちゃな味となってもおかしくはない。
なのに、これほどの味に仕上がっている。一体どういうわけだ?」
「奥さまの思いですよ。
『美味しいものを食べさせてあげたい』。
この言葉が、思いが、
わたくしめを創り出し、力を与え、今も支えているのです」
「では、貴殿の霊力とは料理の腕か?」
「ええ。でもそれもこれで終わりです。
わたくしめはあらんかぎりの力を使い果たしました。
オーブンの損傷も激しく、もはや使いものにはなりません。
本来、焼くだけの力しかないわたくしめが、
料理をするなどという分不相応の力を行使したのですから、
無理もないのです。
精霊の悲しさ。宿主が壊れれば、わたくしめも壊れます。
ついに滅びの時がきたのです。
しかしながら、今はやり遂げたという満足感に満ちあふれています。
もうなんの心残りもありません」
「にゃら」
「滅びを喜んで迎えられます。
みなさん。どうかありがとうございました」
「もくもく、が、消えてしまったのにゃん」
「終わったってことわん。
古代遺物の掘り出しに端を発した、一連の『オーブン』騒ぎ全てがね」
「いや。まだ終わっていない」
「ミロネにゃん」
「オーブンの中に残っているはずだ。
彼女の形見が。オレたちが放り込んだ食材を元に造った苦心の作が」
「そうにゃの?」
「へぇ。あるんだ。
それなら、みんなで一緒に食べてみようわん」
ぞろぞろぞろ。ぞろぞろぞろ。
「ボクが出すよ。
(よいしょ……うぉっ。べとべとだぁ。
まぁいいや。べとべとついでに出しちゃえ)
ねぇ、ミアン君。とりあえず、草むらに置くからね」
ぼとっ。
「でっかい真ん丸にゃ。良くもまぁこんにゃもんを造れたものにゃん」
「庫内に入るぎりぎりの大きさだね。重さだって結構あったよ」
「ミクリのいう通り、確かに大きいわ。
けど、それよりもなによりも特筆すべきは、この芳しき香りね」
ぐいっ。ぺろりっ。
「たっぷりとかけられたこのソース。心そそられてしまうわ」
「だからといって、
オレにかかったほうを指で拭ってなめなくてもいいと思うが?」
「綺麗綺麗にしてあげているのよ。感謝しなさい」
「ミムカもミストと同意見ですねぇ。
思わず食べたくなってしまいましたですよぉ」
「あんたら、いつまでお喋りをしているのにゃん? ウチにゃんか」
むしゃむしゃむしゃ。
「うぅぅん。にゃんとも美味いのにゃん。
もはや食べ物を飛び超え、芸術の域にまで達しているのにゃ。
これにゃらいくらでも食べられるのにゃん」
むしゃむしゃむしゃ。
「こらあっ。アタシを差し置いてなにひとりでぱくついているのわぁん」
「ミーにゃん。こういうのはにゃ。早いモノ勝ちにゃのにゃん」
むしゃむしゃむしゃ。
「このままみすみす食べられてしまうわけにはいかないのわん。
アタシも参戦するわん」
むしゃむしゃむしゃ。
「おぉっ! なんという美味さなのわん。
これはもう無我夢中で食べるしかないのわん」
むしゃむしゃむしゃ。
「ちょっと待ってよ。出したのはボクなんだからボクが先に」
「ミクリ殿。お喋りはそこまでだ。ぐずぐずしていたら、なくなってしまう」
「そうだね。じゃあ、ボクも早速」
むしゃむしゃむしゃ。
「ならオレも」
「わたしも」
「ミムカも」
「私だって」
むしゃむしゃむしゃ。むしゃむしゃむしゃ。むしゃむしゃむしゃ……。
『美ん味ぁいのにゃああぁぁん!』




