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絶希  作者: 自来也
第一章 謎多き始まり
6/32

第五話 空腹とともに

目を覚まし、判然としない意識の中で刀羅が最初に見たのは白い天井だった。

奇しくもそれは1か月前に目覚めた時と重なる。刀羅を錯覚させるのに十分であったことは言うまでもない。

起き上がって周りを見ようとするが体は重く、節々は痛み、起き上がることが出来ない。

仕方なく首だけを横に向けて周りを伺う。そこでこの場所が刀羅が想像していたのとは違う場所であることに気づいた。

まず、白いカーテンがかかってはいるが窓があり、そこから外の光が漏れている。この時点でもうあの場所でないことの検討はつく。そして、首を少しだけ上げてみるとキャスター付きのテーブルがあり、上をよく見るといくつものボタンが壁についているのも見えた。

これらのことから恐らくここは病院で、壁についているボタンはナースコールということになる。


いくらか体の痛みが和らいだところで上体を起こして改めて周囲を見渡した。そこで、この部屋には刀羅以外には人がいないことも分かった。

広さはあの場所で刀羅が使っていた部屋よりも少しばかり狭い。しかし、それでも一人でいるには広い。

刀羅から見て右、近くには床頭しょうとう台と呼ばれる台があり、その上にはスタンドライトが置かれている。引き戸式のドアの近くには茶色のタンスがある。さらに、トイレや冷蔵庫、シャワールームなんかがある。

正面には白い壁をバックに黒いソファが圧倒的な存在感を持って置かれている。

左側の窓のほうをちゃんと見直すとテーブルがあり、その上においてある白い花瓶にはまだ新しい一輪の少しオレンジがかったカーネーションがあった。これを医者の気遣いと考えるのはいささか無理がある。

かと言って、荒井がこんなものを持ってくるかもまた疑問だ。母にしても同じく父なら尚更。雪はといえばどうにもイメージ出来ない。

結果、刀羅の思考は一つの結論に至る。それは、明陽が持ってきたという結論だ。


そこでひとまず場所の確認?を終え、今が何日なのか何時なのかを知るべく時計を探すが見当たらない。仕方なくベットから降りて裸足のまま部屋を歩き回ったが、時計はない。

仕方なく、タンスを開けてみた。中に、刀羅の荷物があることを期待してだったのだか、タンスの中に入っていっていたのは服だけで他は見当たらない。

タンスを閉めてふと、ベットの下を見るとそこには見慣れたバックがある。それを引っ張り出して中を探ってみるがなかなか目的の物は見つからない。

やっと見つけた時には中に入っていた物の半分以上を出すことになっていた。

取り出したのはカバーを何も付けてないスマホだ。これは、荒井からあの場所を出る前日に「これ、俺との連絡用ね。」と言って渡された物だ。

刀羅が本来使っているほうはまだ見つからないが、とりあえずはこれで時間の確認は出来る。

電源入れて初期設定のままのロック画面に白い字でデカデカと「7:57」とあり、右上に小さく「6月2日(水)」とある。この表記が偽りでないなら刀羅はあの出来事から4日間目覚めなかったということになる。


相変わらず情けない話だ。明陽を守ると息巻いていたのにこんな所でこうして4日も寝ていたのだから。その間に明陽が襲われでもしたら本末転倒だというのに...。

ー俺は、何も..あの時から何も...変わってない....

まさに刀羅の運命を大きく変えることとなった2ヶ月前の忌まわしきあの出来事。刀羅から友を奪い、平穏を奪い、歩むはずだった運命を奪いとり、その代わりに耐え難い苦痛を絶望を与え、復讐という消えることのない炎を灯したあの黒装束の男...。

2回とも明陽を逃がすことには成功した。しかし、それはあくまで目の前の敵からにすぎない。もしかしたら、逃げた先で敵が待ち構えていたかもしれない。これまではたまたま相手が単独なだけだったということだ。

それに、1度目の時は皮肉にもあの男の気まぐれで刀羅は助かった。今回だって刀羅に現れた謎の力がなければ絶対に死んでいた。刀羅の悪運が上手く作用した結果刀羅は今、生きていられるのだ。

もし、悪運が尽きれば刀羅は死ぬ。つまり、こんな不確定な勝ち方ではなく相手を完璧にめて勝たなければならない。

しかし、それには相手を知り、策を練り、準備をしなければ出来ない。

現状、刀羅が持っている情報は少ない。しかも、相手は未知の力を使ってくる。

「はっ...無理ゲーだろ..こんなの」

思わず乾いた笑いが漏れる。

「でも...やるしかねぇんだよな...」

しかし、刀羅に諦めるという選択肢はない。復讐を遂げるためにも、明陽という刀羅にとっての希望を守るためにも。

たとえ、それがどれだけ戦力差のある相手であってもどれだけ逆転不可能と思える状況であっても、死ぬことになったとしても絶対に諦めるという選択肢だけはないのだ。


決意を決める刀羅に突如それは訪れた。それは、空腹だ。それもそのはず、スマホの時刻表示通りなら刀羅は4日間飲まず食わずだったのだ。

点滴で栄誉や水分の補給はされていたにせよ、4日飲まず食わずでは胃に何も入れていないということ。

刀羅自身がというよりは刀羅の体が胃が空腹を訴え食べ物を欲している。そんな感じだ。

とりあえず、冷蔵庫に何かないかと思い向かう途中で「ガラガラ」という音と共に引き戸の式のドアが開いた。

医者と半歩後ろから包交ほうこう車と呼ばれる銀色の台を押した看護婦が入ってきた。

かなり太っていて刀羅よりもいくらか背の低い男だった。歳は40代半だろう。

看護婦のほうは痩せてスラッとしたスタイルのよい女であった。歳はおそらく20代後半だろう。

「意識が戻ったんだね。しかし、随分と散らかしたね。」

医者のほうが苦笑混じりに言ったのを聞いて先程自分が散らかした荷物の存在を思い出した。

刀羅はバツが悪く答えに詰まると医者が刀羅を見て言った。

「とりあえず傷の状態とか調べるからベットに戻ってくれるかな。」

刀羅は空腹を感じなからも黙って従い、とりあえずベットに戻った。

医者が刀羅の傷を調べる間に看護婦は包交車の上に乗せてある箱から血圧計を取り出し、刀羅の左側に来た。看護婦はさっさっと血圧を計り終えて、医者の方に報告した。

「全く凄いな。流石高校生と言ったところかな。まあ、とりあえず明後日には退院出来ると思うから。」

刀羅の傷は腕と足に軽い火傷が残っているだけであとは治ってしまったらしい。

刀羅に背を向けて歩き出したが、3歩も行かないうちにこちらに振り向き「その子置いてくから。」そう言い残して出ていってしまった。


「私は、君の世話係を任された探野充たんのみちるよ。『探索』の『探』で、『野原』の『野』で、『充電』の『充』で、探野充よ。よろしくね。」

「よろしくお願いします。」

「とりあえずこれ片付けようか。」

「あ、はい。」

探野と一緒に散らかした荷物を片付けるついでに冷蔵庫を開けてみたが、中には何も入っていなかった。そもそも、電源がついていなかった。


片付けを終え、ベット正面のソファに座った探野が唐突に聞いてきた。

「影月く〜んモテるんだねぇ」

「多分そういう訳じゃ...」

「照れなくていいのよ。で、どっちなの?」

相変わらず女というものはどれだけ歳をとっても色恋の話が好きなようだ。刀羅のクラスメイトや中学の女子もそうだが、やたらとこの手の話で盛り上がる。おかげで、高校に通い始めた翌日から刀羅は明陽と付き合っているものと勘違いされ、クラスメイトからの注目度は上がってしまった。もちろん質問攻めにもあった。それも初日の倍はあっただろう。しかも、無駄にしつこくて疑り深い。さらに、妙なことを口走ると勘違いされかねないのだから面倒この上ない。

そして、この状況初対面の女と2人にされ恋愛話など面倒だ。かと言って、ここで全く話が出来ないと気まずい。

「どっちなの?」

探野は再度興味津々で聞いてくる。

「長い髪の子と背の低い子どっちなの?どっちも毎日来てくれるけど。」

これで、刀羅は明陽と雪の無事を確信した。安堵に浸って溜息をつこうにもまずこの探野から追求を逃れなければならない。

「どっちもただの友達ですよ。」

「いや、嘘だね。どっちかとは絶対付き合ってるでしょ。」

「いや、ほんとにただの友達ですって。」

探野は目を細め人差し指を唇に親指を顎に触れる形で考えるフリをする。

細めた目はニヤついていて、指で隠した口も緩んでいるのが伺える。明らかに考えるのではなくて観察しているということが分かる。

こういう場合刀羅側がずっと聞かられ続けるのはただ長引くだけだ。

ならば、意趣返しも含めた逃げの問いをするまでである。

「探野さんはどうなんですか?彼氏とか?」

刀羅は言ってしまってからこの問いが失敗であったことに気づく。

「ふふっ...どう思う?」

不敵な笑みを浮かべ、どこか色っぽくそんなことを言う。

探野からすれば茶化しているだけのつもりだろうが、刀羅にしてみれば大問題だ。

この手の質問に答えないか質問で返すのが最適解とも言えるが、それをするにしても前者は刀羅と探野以外の第三者の介入が大前提。後者は、質問に対しての質問返しこれを繰り返して行き着くの最も危惧する話題ということになる。

刀羅は適当な返しを見つけられぬまま「いるほうで。」と答えていた。

「それ、思ってないでしょ!」

「...思ってますって」

「じゃあその間は何よ!その間は!」

「いやー...何というか...それより飯とかないんですか?」

刀羅はどう転んでも不利にしかならない恋愛話から話題を変えるとともに、もう堪えきれない空腹を訴えた。

「それよりって...はぁ...冷蔵庫は...うーんあと少しで来ると思うけど。」

時刻は「8:40」スマホのロック画面を見て確認した。具体的に後少しとはどれぐらいなのだろう。

「あと、どのくらいで?」

刀羅の問いに探野は腕時計を見た。

「10分かな。」

10分...普段なら大したことのない時間。しかし、4日何も食べてない刀羅にとっては長い。特に今は、空腹を意識してしまったせいで、空腹を余計に感じる。

10分この微妙に長い時間をどうするか。待てるのか?耐えられるのか?いや、ここは病院のはずだ売店があるはず。

「売店とかないんですか?」

「あるにはあるんだけど行ったら10分以上かかっちゃうから。」

あ、終わった。結局、10分以上待つことが確定してしまった。


そこで、刀羅は起きてから誰にも意識を取り戻したことを伝えていなかったことに気づいた。

空腹を紛らわすにも探野と話しているよりはマシと思って自分のスマホを探した。

ふと、疑問に思った。当然のことだが、病院の中で携帯を使っていいのかということだ。

「ここって電話とか出来ますか?」

「この部屋の中ならどうぞ。」

「いいんですか?そもそも、ここってどこなんですか?」

「今更な質問ね。」

苦笑混じりに続けた。

「ここは超有名な病院よ。さあ、どこでしょう?」

またも質問返しだ。いったい、この人は質問返しばかりなのだろうか。話が進まない。

それに、『超有名な病院』と言われてもパッと思いつくものなどありはしない。

まともに考える余裕もあるはずもなくとりあえずあるのかすら分からない適当なことを言う。

「東京病院ですか?」

「違いまーす。正解は総合東京病院でーす。」

いや、知らない。というか、全く考えられない。

「てか、東京病院なんてないでしょ。」

適当な相槌を打って、ひとまず母桂子に連絡することにした。

「あの...探野さん少し...」

「ん?ああ、そうね。」

探野は刀羅の意思を察して病室から出ていってくれた。


時刻は「8:42」この時間に電話を掛けられるとしたら母ぐらいだが、おそらく家にいるだろう。ということで、家に電話することにした

直接母の携帯に電話してもよかったのだが、ズボラな性格の母のことだから携帯に電話するより、家に電話したほうがはやくでるのではないかという気がしたからだ。

『刀羅?』

聞き慣れた母の声に本当に心安らぐ。

「うん。」

『ああ、良かった。意識が戻ったのね。あと、1時間早かったら明陽ちゃんに知らせられたのに。』

明陽の無事の確証がここで得られた。それでも、本当の安堵を得られるのは明陽と雪に直接会ったときだろう。

「意識戻ったのがその時ぐらいかもう少しか遅いぐらいだったから。無理だわ。あいつには後でLINEでもしとくよ。」

『そう。それならいいんだけど。..怪我の具合とかはどうなの?』

「医者の話だと明後日には退院出来るって」

『そう。なら、欲しい物とか足りない物ある?』

「うーん...特に...ないかな。明後日帰れるし。」

『まあ、いいわ。じゃあ10時くらいにそっちに行くわ。』

「あー..うん。」

普段と変わらぬ調子で進む会話は、刀羅の興奮や落ち着かなさや緊張が少し緩ませた。

「あーならさ、何か飲み物でも買ってきて。」

『何がいい?』

「なんでもいいよ。」

『いや、それが1番面倒なんだけど。じゃあ水でいい?』

「やだ。分かったじゃあー...ジンジャーエールで。」

『OK。じゃあ10時にね。』

「うん。じゃあ。」

刀羅は答えて電話を切った。


スマホの画面には3年前の夏休みに今は亡き大里海生、伊藤友梨、辻井智也の3人と刀羅と明陽で1週間海に行った時に撮ったものだ。

前までは、適当に綺麗な景色だったりカッコイイ絵だったりしたのだが、1ヶ月前に目覚めた時に敢えてこの画像にしたのだ。

自分の不甲斐なさを無力さを臆病さを足りていなかった全てのものの象徴として忘れぬように。

それは、今も大して変わってない。力を得たとはいってもあくまで1ヶ月で出来たことなんてたかが知れている。それに、その前の1ヶ月間意識を失っていたのだから、なおさらだ。


まず、魔法使い相手に近接戦だけで勝とうなんていう考え自体が無謀だ。

さらに、何故だが刀羅が戦った相手はどちらも魔法使いだというのに近接戦だって普通に強い。

魔法使いは杖と帽子かぶって“呪文”唱えてそれで、近接戦は不得意なのが、刀羅の幻想というか憧れというか魔法使いという有り得ない存在の常識というものだった。

それが、全て覆された。

百歩譲って、手から魔法を放つのは許せる。今では、そういったタイプのアニメや漫画やらがないでもないのだから。

しかし、近接戦が得意なんてのは一切聞いてないし、想像もしていなかった。

もしかして、他の魔法使いもこんなに強いのだろうか。それとも、たまたま刀羅が戦った相手が近接戦も出来ただけで他のやつらはそうでないかもしれない。

そんなネガディブな予想とポジティブな期待を考えて、刀羅は思考するのをやめた。

空腹が過ぎた刀羅は感傷か後悔についてしか考えられなくなってきてしまった。


もう、我慢の限界である。空腹で気が狂いそうだ。

スマホの時刻は「8:52」探野の言った通りならもう朝食が来てもおかしくはないのだが...。

刀羅の電話が終わるのを待って朝食を病室に運ぶということなのだろうか。

ならば、とりあえず探野に伝えるしかない。

「探野さーん」

入ってくる気配が全くない。

「探野さーん」

1度目より声を張って呼ぶが、やはり入ってくる気配はない。

仕方なく、病室の扉を開けて病室の外に出た。

明るいベージュ色の床、花柄の模様の入った白い壁、同じく花柄の模様の入った天井からは、シャンデリアにもにた照明がぶら下がってる。どこも、清潔で汚れ一つ見当たらない。清掃員の仕事の熱心さが伺える出来だ。

「相当な高級感の演出だな。」

刀羅は辺りを一瞥いちべつして1人感想を述べる。

「それより、あの人は...」

改めて周囲を見るが探野の気配はない。

向かって右には食事を載せた台が刀羅のいる病室に接するように置かれていた。

よく、映画なんかで出てくる頂点に取っ手の付いた丸い半球の蓋の上にピンクの付箋ふせんが貼ってあった。

【ごめんね用事出来ちゃったから食べちゃって♡】

ふざけた看護婦だ。

ここは病院なのだから、患者が刀羅の他にもいると考えれば、病院内で用事が出来るのは仕方ない。

付箋を貼って伝えるのは刀羅が電話していたのだからそれも仕方ない。しかし、文の最後にハートというのは随分とふざけている。


こんなことを考えている場合ではない。

探野がどこかへ行ったことなどどうでもいい。とりあえずは、この飯を食ってしまわねば。

空腹から脱してまともな思考を取り戻さねば冷静に状況を見れそうにない。


台を病室に入れ、刀羅は一瞬迷ったが台の上の食事を足を動かないように固定したキャスター付きのテーブルに置けるだけ移した。

料理は病院の食事というにはかなり豪勢なものだった。

いや、普通の食事であったとしてもそうそう食えないだろうという豪勢さだった。

これなら、しばらくここにいてもいいと思えるほどに。

皿は全部で8つ全てに銀色の半球の蓋がそれぞれのサイズに合わせてされている。小さいサイズのが4つ中ぐらいが2つ大きいのが1つそれと、デザート用の皿が1つ。

最初に小さい皿の一つから開けた。料理は玉ねぎとトマトが主として使われ、たまにサーモンが入っていたり、オレンジ色のソースがかけられていた。

《玉ねぎとトマトのマリネ》とでもいうのだろうが、刀羅には分かりはしない。

それを一口食べ、中小サイズの皿を全て開けた。1番大きい皿とデザートは楽しみにとっておくことにした。

マリネ、カルパッチョと続き、寿司、豚汁、小籠包、餃子どれも量はあまりないが絶品ものだった。


それらを平らげ、いよいよ1番大きな皿にあり付ける。

「予想はしてたけど、これ...病院の食事かよほんとに」

それこそ今更な疑問であるのだが、刀羅は言わずにはいられなかった。

何故なら、1番大きい皿には七面鳥のチキンが丸々1つあった。

「てか、何でこんな豪華なんだよ。」

これも今更な疑問だ。

流石に七面鳥のチキンを食べ終わるまでにはそれ以前の料理よりはかかってしまった。

最後に残ったデザートの蓋をとる。中には、大量のフルーツに囲まれたプリンがあった。いわゆるプリンアラモードだ。

いちいち反応するのも疲れた刀羅はそれを平らげ、完食。

空腹を満たした刀羅は手を洗って、スマホの時刻を確認する。

「9:20」母が来るまでには時間がある。

「風呂入るか。」

風呂に入ってきてる時に探野が戻ってきても困るので、洗面所に着替えを持って入り、鍵を閉めて、風呂に入る。

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