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絶希  作者: 自来也
第二章 高校生影月刀羅
29/32

第七話 危険領域

翌日正午刀羅は前夜に来ていたボロアパートに前夜と同じバックを持って来ていた。

明るいところで見るとその有様は廃れていて不気味だ。

見えない夜ならいざ知らず見えている今、部屋の中にはいる気などない。


刀羅は前夜ここで話したことを思い出す。

思い出すにつけ、荒井がどこまで信用できる相手なのかが今になって迷う。

元々信じていたわけではない。ただ、利用できると思っただけだった。

それが危うい判断だったのかもしれない。

今は刀羅が利用されているのかもしれない。情報を小出しにして刀羅を都合のいいように誘導するそれぐらいの事ならあの男は何の躊躇ちゅうちょもなくやるだろう。

だから、油断のできる相手ではない。それは、ムラマサも同様だ。


未だ、謎の多い男2人を相手に立ち回るのだから気をはらなければ付け込まれる。

刀羅の思考が中途半端に帰着したところで刀羅が来たのとは反対側から声がかかる。


「やあ、待たせたねぇ」


「いえ、今来たところです」


今会う心構えが出来たところです。

荒井は白衣ではなく半袖の白いポロシャツに紺のジーンズという格好だった。刀羅は新鮮さと驚きを抱く。

それでいて、意外と似合っている。


「白衣じゃないんですね」


「ああ、目立つでしょ。あれ。君のそれには何が?」


荒井は刀羅の背負うバックを見て問う。


「後で言いますよ。どのみち」


刀羅の思わせぶりな言葉に「そう」と言って荒井は頷いた。

そこで、刀羅は辺りを見回す。いるのは刀羅と荒井だけ、ムラマサの姿がない。まだ、どこかにいるのかもしれないが見当たらない。

そんな刀羅の様子から悟ったのか荒井が口を開く。


「あいつは俺らの話し合いには参加しないよ。少なくとも自分からはね」


荒井は暗に呼べば来ると言っている。

刀羅としてはいた方がいいのかもしれないが正直気持ちの面で積極的にはなれない。


「とりあえずこんなところで話すより飯でも食いながら話そう」


「そんな呑気な雰囲気で話せるようなことですか?」


「大丈夫だよ俺はそういうの気にしないから。とりあえずそういうことで行こうか」


「そういう問題じゃないですけどね。それで、移動手段は?」


「車だよ。ほら、あれ。」


荒井は一軒家を二軒またいで停めてある白の軽自動車を指さす。

刀羅は車に詳しい訳では無いので車種までは分からない。


「まあ、大丈夫狙わられるようなことはないよ」


「それ言うなら俺じゃなくて明陽の時にしてください。俺も狙わられない方がいいけど....とりあえず、どこ行くんですか?」


「美味しいとこだよ。それ以上は着いてからのお楽しみってやつだな」


荒井が言い終えるのとほぼ同時に車につく。

後部座席のドアを開け荒井が中に入る。刀羅もそれに続いてバックを抱えて荒井の隣りに座る。2人が乗ったのを確認すると扉がしまって動き出す。

中は軽自動車の広さそのものだが、作りが違う。高級感はないが運転手と後部座席の間には硬そうで黒い壁のようなものが仕切りとしてある。


「さて、ここで話せることは話そうか」


刀羅が車内を観察していると荒井が切り出した。

刀羅もそれに答えて質問をする。


「ーーーあの日、俺が戦った事の顛末について」


「明陽ちゃんも雪ちゃんも怪我はなく無事。君は重度の火傷を負って入院ーーー」


「そうじゃない。俺が知りたいのはあの事で起こった全てですよ」


はぐらかそうとする荒井に逃がさいないと厳しく追及する。

荒井は観念したように溜息をつく。しかし、その頭の中では刀羅をどう撒こうかを考えているに違いない。


「君と戦っていたあの男はーーー死んだ」


前夜ーーームラマサから聞いた情報と一致する。


「死因も身元も不明。明陽ちゃん達の証言で身元の特定も断念。ただーーー」


一度言葉をきり思案するような仕草を見せる。

思わせぶりな態度の荒井に刀羅は心の準備をする。


「あの男の死後の状態は普通のものとは違っててね。具体的なことを言えばーーー腐敗、死後硬直がかなり早い。」


「腐敗と死後硬直....それは、魔法と関係があると?」


刀羅の記憶の最後に映る男は血走った目で睨みつけ、両手を構える姿。直後放たれた特大火球。その規模はそれまでとは比べものにならなかった。

ということはその分その魔法を使うための元となる力ーーー『魔力』なるものの消費量も上がるはず。なおかつ、あの男は満身創痍の状態その状態で『魔力』を大量消費したのだから死に方にも異変があって然るべきだ。


当然、この仮説にも欠点はある。その中で特に根幹に関わる問題としては『魔力』と『生命力』に関係がないという可能性がないとは言い切れない点。

しかし、魔法というのは使いすぎれば生命を維持するということにも関わるというのがこの異常の通常だ。


だが、結局荒井は「司法解剖に回したから」とだけ答えた。

それからはその後どうなってたのかどうなっているかを聞いた。

そこで問題になるのは大火事という部分だが、これは完全に男の放った魔法によるものだと考えられる。

それは、男と戦った刀羅だからこそすんなりと納得出来る。

あとは、ムラマサが刀羅に着くことになった経緯ーーーこれも前夜のムラマサの証言と一致する。


結果、新たに得られた情報は3つ。

1つ男の死後の状態の異常性。これは、死体から検証されたものを信じるしかない。

2つ男の放った最後の火球による火事の発生。それに伴い男の確保及び刀羅救出が遅れたことも聞いた。

そして、3つ目ーーー


「男の遺留品の中から1つ気になるものがある。これなんだが、君は分かるかい?」


そう言って荒井は操作していたタブレットに画像を表示して見せてくる。

それは半透明の液体の入った小瓶。見た目は水そのもの。

それをわざわざ見せるということはこの小瓶に入ってる液体は水ではないという事だ。


「これは電離しない。そして、何だか甘い匂いもする。以上から何らかの薬品と考えられている。」


「それで、成分のほうは?」


これを見せるということはある程度結果が出たからこそであり、


「それが難航していてね。検査しようと開けた瞬間に気化するんだ」


「それって取り出そうとしたってことですよね。ってことはそれを吸った人がいるということですよね?」


「ああ。けど吸った者にも変化はない。さらに悪いことに色々と試したがそれも意味を成さなかった」


溜息をこぼすように荒井は言い放つ。

刀羅も溜息を吐きたい気分になりつつ、その液体についての情報を整理する。

調べる方法はなくて八方塞がり。粘り気のある見た目から水以外の何らかの物質。瓶の詮を抜けば気化し、その影響も未知。


「まさに未知の液体かーーー」


「そう。検証の仕様のない現状これを出発点にして話を進めるのは難しいね」


荒井のは口調には余裕が見て取れる。

それは、違う出発点から話を進めることが出来るという余裕なのか。はたまた、もっと別の意味での余裕なのか。

刀羅には分からない。このまま問い続けることでも得られることはないと判断し話題を移す。


「先に聞いとくべきですか?」


「何を?」


すぐに答えずほんの少し間をおいて、答える。


「話を進めることの出来る出発点について」


「それが、あるという根拠は?」


「どんな話をするのか進めてみないと分からない場合....ですよね。この話は。なら、この話がある程度進んでその出発点があるということですよね?」


刀羅の問に荒井は答えない。沈黙が流れる。

ここで刀羅はいつの間にか車が止まっていることに気づいた。

しかし、それには触れず荒井の答えを待つ。

沈黙の末、口を開いたのは荒井だった。


「全て話すかどうかーーーそれは、現時点では無理だ」


荒井の答えは拒否。予想の範囲内であれ、それで納得する刀羅ではない。


「それで納得出来ると思いますか?」


「無理だろうね。けど、話せないことについては話せない。決めたのが俺じゃなくてもっと上にいる人だから」


「そうですか。出来ればそんな下らない大人の事情は捨てて欲しいんですけどね」


盛大に嫌味を交え、答えるよう圧力をかける。

しかし、荒井は首を振って拒否を示す。

その様子を見た刀羅は止まっている車から降りることなく荒井に問う。


「いずれそれについては話して貰うとして、もつ一つこの場で聞きたいことが」


今度は荒井が身構えているのが分かる。


「あのムラマサという男はどんな人なんですか?」


刀羅の質問に荒井眉を寄せ、顔をしかめる。

荒井としては当然の反応だ。刀羅は前夜ムラマサに会うための事前情報として与えているのだから。


「それは、昨日も話したじゃないか。それにあの後話したんだろ?」


「ええ、だからこそ聞きたいんですよーーーあの男の異常な身体能力についてとか」


「あいつの身体能力はあいつの育った環境にある」


はぐらかすように曖昧な答えを述べる荒井に苛立ちを覚えつつ、その表情、態度を観察する。

その様子からは嘘ついてる様子はない。それでも、全てを話した訳では無い。

それは刀羅にも分かる。


「これでは、不満、かな?」


「当然。ちゃんとした真実を、理由を答えてください。これはかなり重要な問題ですから」


重要な問題、そう刀羅が放ったのは真実だ。

この問に対する答えムラマサが荒井が刀羅とどういう関係性を築くつもりなのか。それが、分かるギリギリの質問でもある。


「ちゃんとした真実ねぇ....」


独り言を言うように荒井は呟く。

思案するような表情をする荒井。またも沈黙が狭い空間の中に流れる。

やがて口を開いた。


「あいつは全てが人間ではない。」


「ーーー全てが....人間じゃない?それは....?」


荒井の口から零れた情報は異常な驚愕きょうがくとして去来する。

全てが人間じゃない。それなら、半分もしくはそれ以下それ以上が人間。つまり、人間以外の遺伝子ーーーー血が混ざっているということになる。

刀羅の混乱する脳内で結論が出た所で荒井が話し出す。


「厳密に言うと、全てが人間じゃない状態にさせられたんだよ。つまりは、人体改造を行ってね」


「....」


更なる衝撃的な発言に刀羅は戸惑いを隠せない。

あまりにも刀羅の予想した展開とは違う。違いすぎる。

刀羅の予想では、衝撃の事実として語れるなら敵と同じように異世界の戦士であるという仮説であった。

しかし、いざ言われたのは刀羅が一度荒井の正体、敵の正体について考えた時に捨てた選択肢のほうからであった。


「まあ、あいつの場合それもかなり特殊な方法なんでね。こっからは言えないのさ。国家機密の中の国家機密だからね」


刀羅が衝撃に呆然としている間に荒井は話をまとめてしまう。

刀羅は抜けきらない衝撃に混乱する頭を稼働させる。

まず、ムラマサの身体能力がおかしい。次に平然と改造人間であることを言及することがおかしい。さらにそれが国旗機密で話せない改造人間であることを話してそれが話せないというのもおかしい。

現実的でなく予想外な答えの衝撃からはどうにか脱して冷静な思考を取り戻す。


「そこまで答えて今更その内容は国家機密って変じゃないですか?」


「悪かった。ーーーいや、実はそれについて俺も知らないんだ」


躍起になってか雑にはぐらかしているようにも見える。

それが刀羅の目には怪しく映る。


「知らない?それの方がおかしくないですか?」


「仕方ないのさ。アクセス権限って言うのがあって俺はそれを見れる立場にない。あいつの起用は俺が決めたがそれは評価で決めたこと。それに、出来れば俺はあいつの人体改造の詳しいことは知りたくないね」


用意していた説明に聞こえなくもないが、暗に荒井はそれを知るということが命の危険すらもあると言っていのだ。それを読み取ればこれ以上聞けるわけもなく黙る。

荒井は左腕につけている腕時計に目をやる。


「腹も減ったしもう行こうか。後の話はそこでも出来るだろう?」


咄嗟に聞かれたことに話を整理していた刀羅はワンテンポ反応が遅れる。


「....あ、ええ。行きましょう」


車から出ればそこは薄暗い地下駐車場だった。規模は大型量販店並か1回り大きいくらい。車はまばらに停まっている。

刀羅がそんな観察をしていると「そうだ」と声を上げた荒井が刀羅の持っているバックを指して言う。


「その中に着替えとか入ってんの?」


唐突な荒井の問に刀羅は顔をしかめる。

内心は疑いと驚きに満ちている。あまりにも具体的な問であることに。そして、それが間違っていないことに。

刀羅が答えないでいると荒井が口を開いて補足する。


「単なる勘だけど、君はムラマサと修行したいんでしょ?」


「その通りですよ。どの道着いてきているなら今日からでも始めた方がいいですから。で何故、そう思ったんですか?」


「そりゃあんだけムラマサのこと聞いてきたし、俺なら場所も用意できるって考えてんのかなぁって思って」


「そうですーーーー」


刀羅の相槌は鳴り響く怒号に遮られる。

刀羅達の正面から10数人のヤクザのような風体の男達が現れる。

そのそれぞれがバットや鉄パイプという獲物を持っている。


「見つけたぞてめぇ!ぶっ殺してやる!」


先頭の男が走って向かってくるのを始めとして男達が向かってくる。


「あいつらは一体?」


「分からん。とりあえず逃げるぞ」


刀羅と荒井は縫うように車の横を後ろを走り抜ける。

途中で見失ったのか男達の足音が止んで、音が拡散するように広がる。


「別れたようですね。ーーーあいつらは一体?」


刀羅は背を柱に預け周囲を警戒する。

横で苦しそうに床に手をついている荒井に低く押し殺した声で問う。


「...た...ぶん、前に....潰した会社の連中だ」


対する荒井は息切れが酷く途切れ途切れになる。


「潰したって....どんなことしてんですか?」


荒井が何をして追われているのかも気になるところだがそれよりも現状の打開が先だ。

理想は交戦せず建物内に入ること。

だが、最悪入ってしまえばあとは荒井が予約してあるであろう店に逃げ込むだけだ。

しかしそれは理想論。刀羅だけならいざ知らず荒井もとなれば難易度が上がる。

しかし、荒井を連れていかなければ安全地帯に逃げ込むという前提から崩れることもあり得る。


「で、どうします?」


「俺の問題だから....と言ってもダメだね」


「当然。あなたには聞きたいこともありますし、腹も減りましたから」


軽口で応じる刀羅に荒井は苦笑する。


「で、策はあったりする?」


「それ、考えんの普通あなたじゃないんですか?」


刀羅の反論にまた苦笑を浮かべる。

辺りの警戒をしていた刀羅にはいくつか音が近づいてきているのが分かる。


「仕方ないですね。命かけれますか?」


「こんなとこで?」


「悪いですけど即興で思いつくので成功率が高いのはそれですよ。もちろん死ぬ前に敵は行動不能にしますから。一体ぐらいは相手するつもりでいて下さい」


「君、殺したり....しないよね?」


心配そうに尋ねてくる荒井に苦笑を浮かべて答える。


「多分大丈夫ですよ。殺すよりは急所に一発入れて一時的にってのをやったほうが楽ですから」


答えているうちに音がさらに近づいてる。

刀羅はギリギリの状況と考え荒井から離れた柱に身を隠し、バックを下ろす。

いよいよ男達が近づいてくる、人数は4人。刀羅の近い側からバット、木刀、なし、バットいう具合だ。

3人目の男もおそらく何かしらの獲物を持っているが隠している。のだろう。

そう考え、刀羅は内心舌打ちする。


「やーっと見つけたぜ。よくもうちを見捨ててくれたな」


男はわざとか大声を出す。

対する荒井は黙って男を見ている。その様子を柱の影から見守る。


「あれはお前らのほうが悪いだろ。経営が悪化したのは自業自得だ。うちが援助したとしてもどの道立て直せはしなかったさ」


荒井の挑発的な態度を受け男達から放たれる殺気がより一層濃くなる。

こちらから男達の表情を見ることは出来ないがさぞ、鬼のような形相になっているに違いない。そんな下らない想像もしながら周囲見渡す。

刀羅の右横からは誰も来ていない。荒井の後ろにもそのような輩はいない。

そして、男達の意識は完全に荒井に集中している。


まさに絶好の機会。

刀羅は音を立てないよう立ち上がり、背を向けて立つバットの男めがけて走り出す。

男は刀羅があと1mという所に迫って気づき振り向く。だが、遅い。

刀羅は振り向いた時点で男の懐に入り全力の右アッパーを顎に炸裂させる。

男は吹っ飛び背中をしたたかに打ち付け持っていたバットがコンクリートの床を転がる。


刀羅の存在に気づいた男達が声を上げる。と共に間近で見ていた木刀の男は一瞬の出来事を理解出来ず硬直する。

刀羅はその隙にを木刀の男との間合いを詰める。

男が木刀を振るよりも早く右ストレートを鳩尾みぞおちに素早く腕を引き右脚を振り上げて金的。

男はその場にうめいて蹲り持っていた木刀を離す。

刀羅はそれを持ち軽く振る。


「まあ、これでいいな」


何も持っていなかった男が刀羅を睨みつける。

何も持ってないように見えたその拳にはメリケンサックがめられている。

流石に一撃でも食らえば不味い。木刀もおそらく砕け散る。

男は胸の前でメリケンサックを嵌めた拳を構える。対する刀羅は木刀を両手で握って構える。


刀羅と男が同時に走り出す。

距離がどんどん縮まり刀羅の一撃なら届くに位置に達する。さらに距離を詰め男の腕が伸びてくる。

それをステップで左に避けるのと同時に木刀を躊躇ちゅうちょなく顔に振り下ろす。

男は攻撃放ったせいでガードも出来ずに刀羅の斬撃を浴びて2m近く吹っ飛ぶ。


「面白い....やってやるよ!」


残った男がバットを振り上げて刀羅めがけて走ってくる。

刀羅もそれに応じて男との距離を詰める。

彼我の距離が木刀とバットを振れば当たる距離になる。

刀羅がほんの少し速度を上げつつ木刀を振り上げ男の懐に入る。

男はそれをステップで躱す。

刀羅は舌打ちをしながら、そのまま前転する。

直後振り下ろされたバットは刀羅がいた場所を激しく打ち付けた。

場所が入れ替わり刀羅は荒井のいる方に移動する。


「やるな」


今までの敵とは違う。

反応速度に躊躇ちゅうちょなく獲物を振るその度胸。強敵だ。


「ガキ相手にとか思ったが、やるなお前。いいぜ、本気でやってやる!」


爛々と目を輝かせ刀羅に向かってくる。

刀羅もまた男に向かう。

今度は男が先にバットを振り下ろす。続けざまに横薙ぎ。

それをサイドステップとバックステップで避ける。

男が足を踏み込んでさらに横薙ぎにしてくるのを攻勢にでかけた刀羅はギリギリ木刀の腹で受ける。

しかし受けきれず木刀が折れ、バットが左肩を直撃する。その衝撃に呻き、次の瞬間に刀羅は男が振り切ったことにより2m近く吹っ飛ぶ。


受け身を取るも肩の痛みに中途半端になり、背中を打ち付ける。

背中の衝撃に肺から空気が漏れ出す。


肺が酸素を渇望してぜえぜえ喘ぎながらなんとか呼吸を取り戻し痛む左肩を押さえて立ち上がる。

気づけば周囲の敵も徐々に復活の兆しが見えている。

荒井は動かず棒立ちのまま成り行きを見守っている。


「ーーー薄情な」


刀羅を吹っ飛ぶした男はバットを振り回して遊んでいる。

対する刀羅は武器の木刀は折られ左肩には酷い痛みが残る。さらに、荒井は傍観を決め込みどちらにせよ戦力外。

劣勢極まりない状況で刀羅は気づかずに笑みを浮かべる。


「絶望的...だな」


絶対絶命一撃でも食らえば次は防げない。

下手すれば死ぬことになる。

男を淀みなく見据え隙と弱点を探すが見つかりそうにない。


「ないならーーー、作るまで」


「馬鹿だな」


両者走り出し距離を縮める。

一撃でも食らえば終わりな刀羅は避けの一手。

常に注意を払って攻撃を避ける。

不意に、屈んで右手を床につき膝裏めがけて踵蹴かかとげりを繰り出す。

この奇行にも男は動じず飛んでかわす。

舌打ちをし、すぐさまついてた右手を引っ込め転がって緊急離脱。


「これじゃ無理か....」


荒井に視線を移す。荒井も気づいたようでこちらを見る。


「荒井さんバックを...!」


「どこ向いてんだぁ!お前!やる気あんのかよ!」


最後まで言い切らないうちに怒号を上げバットを振り回す男との戦闘になる。

男の攻撃をなんとかかわし続ける。

間合いを詰めストレートを鳩尾みぞおちに繰り出すも厚い筋肉の壁に遮られてほとんどダメージにならない。

仙堂と同格並みの筋肉を持つこの男。関節技が決まれば上手くいく。

しかし、それをさせてくれるほど目の前の敵は優しくない。仙堂のように訓練という状況で殺すつもりのない相手なら手が緩む。しかし、この男は確実に刀羅を排除すべき対象とみなし、殺そうとしている。

それ故に躊躇ちゅうちょなくバットを振ってくる。


「終わり....だ」


男がシャンパンの栓を抜いたものに近い音がなった直後、男の足取りがおぼつかなくなりやがて前のめりに倒れ刀羅に体をずり落ちていく。

しかし、刀羅は呆然としていた。


「何を?」


倒れた男にはなく、荒井の行動に。荒井の持っているものーー銃に。

荒井は指示した通りバックを持って来ている。しかし、その結末は刀羅の想像とは全く別の形であった。

荒井はこの男を打ったのだ。


「安心してくれ、これは麻酔銃だ」


考える間もなくただ伝えられた真実にどう反応するのが正しいのか分からずに呆然とする。

しかし、状況がそれを許さない。刀羅が一時戦闘不能に追い込んだ男達が立ち上がったのだ。

男達も仲間を殺されたと思い込んてか、はたまただ単に攻撃を受けたことに対する怒りなのかそれは定かではないが、猛然と怒りを顕に刀羅達めがけて突っ込んでくる。


「逃げるよ」


言うなり走り去る荒井を慌てて追う。走り出しに倒れた男につまずき倒れそうになるのを堪えて走る。

走る最中刀羅は理解する。

荒井が打ったのが麻酔銃であり、男は死んでいないと。その銃は刀羅に荒井が渡していたものであるのだと。

同時に生まれる疑問。

何故、そんなものを渡していたのか。何故、そんなものを使わせる前提だったのか。

刀羅は湧いてでる疑問を処理し切れず、状況も考えず荒井を問いただす。


「何で、そんなの俺に?それを使えって?何故?」


「理由は簡単護身用。それと、今は逃げるの最優先」


端的な言葉で答えて、逃げ道を探している。

刀羅も思考を切り替え逃げる最善手を模索する。

戦闘により敵の行動は過激になり、下手をするとどちらも殺される危険性すらある。

次に4人以上が相手になれば確実に死ぬ。もしくは、荒井が眠らせた男のように躊躇のない奴であっても同じ。

戦力は荒井の持つ麻酔銃と刀羅の右手で両足。

ふと、ここであることに気づいて荒井に問う。


「ムラマサを呼ぶのは....?」


「無理だ。とりあえず、俺らは中に入るぞ。一番近いのはあれ」


明確に不可能を示す荒井に余裕はない。それからも嘘ではないのが分かるが、その意図が分からない。

しかし、そんなことは今重要ではない。

顎で指した先には白いライトに照らされた入り口がある。しかし、その周りを囲むように獲物を持った男達が陣取っている。

男達は刀羅達が入ると思っているからか守備も硬い。


「どうやりますか?」


「何人ならやれる?出来れば半々が理想なんだけど」


「無茶言いますね。武器もなくて左腕も動かないこの状況で半々とは....3:1が限度でしょう」


荒井は銃に目を落とし不敵な笑みを浮かべる。

その表情に不気味なものを感じつつも荒井の答えを待つ。


「俺らはさっさと決着つけたい。あまり、ゆっくりとはしてられないからさ1人になったやつを2人がかりで襲って武器を手に入れる。いいね?」


「武器って言っても俺は左肩がやられて上手くは使えない。この状況で俺が近接戦闘ですか?それなら、やっぱりムラマサを呼んだ方が...?」


「あいつがここにいるならもう来てるだろそれがないってことは無理だ。いいね?現状打開の一手はこれしかない」


静かに諭すような調子で語った荒井に刀羅は沈黙する。

それしかないのか。この危機的状況の中で取れる最善の手なのか。

絶対に違う有り得ない。これが最適解な訳がない。

第一、都合よく1人の男がいるとは思えない。それに、その男がバットような木刀のような武器を使っているかどうかも怪しい。

この不確定要素満載の策のどこが最善と言えるのか。確実を積み上げ、策を弄するのが最善。しかし、現状一つの確実の上に不確実を積み重ね続けた策だ。間違いなく失敗する。

自暴自棄になるのもいいとこだと。内心盛大に愚痴を零し、動き出そうとする。


「やっと見つけた」


刀羅は後ろから振り掛けられた声に背中に粟立つのを覚え、心拍数が上昇し呼吸は浅くなる。

悪運もここまで尽きれば待つのは死だと。そう、感じる。だが、何故か恐怖を感じない。

死を感じて恐怖を感じない。その大きすぎる衝撃は恐怖を飛び越して死を感じさせたのか。

いや、そうではない。ただ、怖くない。しかし、感じる死の感覚。

恐る恐る振り向けば刀羅は驚愕に目を丸くする。目の前に立っていたのは黒のジーンズに黒いパーカを着たムラマサだったのだ。チャックの間から見えるTシャツも黒。靴も黒。黒。黒。黒。黒一色に統一された男は刀羅達を見ると薄く微笑んだ。

そして、視線を先程まで刀羅達が見ていた方に向けーー、


「アレを突破したいんですよね?」


荒井がムラマサの問を受け「ああ」と頷く。

ムラマサはそれを合図に次瞬間には消えていた。遅れて、風が刀羅の横顔を打つ。

気づけば入り口の前にいた男達は白目を向いて倒れ、その中心には黒一色に統一された男が立っている。

何をしたのかは分からない。

ただ、目の前の光景は何よりも克明に青年の強さを物語っていた。

青年は視線をこちらに移し薄く微笑みを浮かべる。

その双眸には倒したことで満足するようなものも悪を倒した正義もない。ただ、儚げに悲哀を滲ませる。それも一瞬でその色はすでに失せている。


荒井は溜息をついて入り口に向かって歩いていく。

それに続きながらに思う。自分が身を投じようとしている世界は入れば引き返すことの出来ない世界であると。

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