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絶希  作者: 自来也
第二章 高校生影月刀羅
26/32

第四話 詰め込み

ーーー久しぶりの学校が終わった。


刀羅にとっては久しぶりという感覚を味わうには過ごした時間が少なすぎるというものだが、明陽と学校と同じ場所に同じ立場でいるというのは久しぶりと言っていい。


そして、現在刀羅、明陽、雪の3人はいつも通り帰路についた。

漫才的な論争を刀羅と雪が繰り広げ、見ている明陽が笑う。いつも通りの展開。


「刀羅」


首元を掴んでいる雪の手を強引に振りほどき、呼びかけの主に顔を向ける。


「勉強、教えてくれない?」


手を合わせて片目をつぶってお願いモードの明陽。

この展開についても実に珍しい。

中学1年の時以来と言える。


「いいけど、どこでやんの?」


「...私の家」


「オッケー。んで、何の教科やんの?」


「出来れば...全部...」


お願いモードから申し訳なさそうな態度に変わる。

これは、初めての展開だ。



「....オーケー」


「アタシも行っていい?」


明陽の返答よりも先に割り込むようにして乱入するのは腕を頭の後で組んでいる雪だ。


「....マジで?...2倍かよ....」


ノートを見る限り、明陽がどれだけ出来ないかは何となく分かるのだが、雪については何の情報もない。

ただ、海淵にいる時点であまり勉強の出来ない部類に入るのは間違いない。


「いいでしょ?どうせなら、まとまっての方が?」


「ってことは、お前も全部かよ....つか、そうじゃねぇよ俺が教えなきゃなんねぇの2人って...そりゃまとまってのほうがいいけど....」


「なら、決定。はい。」


刀羅の弱腰な物言いを勝手に肯定として捻じ曲げ、話を終わらせるて歩き出す。


「いいのか?」


刀羅と並んで歩く明陽に低い声で耳打ちする。


「大丈夫。うちはどうにかなるよ。」


「そう、か。」


この明陽の賛同により、明陽1人に全教科分を教えるのも大変だというのに、雪が加わったことによって一体どれだけの労力の時間を必要とするのか考えるだけで行きたくない。


気が全く乗らない勉強会もとい、講習会の講師となってしまった刀羅は項垂れて半歩後遅れて雪と明陽に続く。


2階建ての一軒家。外壁は白。屋根は赤。

変わってないその家に、ひとしおの感慨を抱く刀羅。


「なんか、久しぶりだな」


呟いた独り言を聞き取った明陽が答える。


「こないだ来たばっかでしょ」


「まあ、そうなんだけど...なんかなぁ」


「刀羅が....刀羅が、おじいちゃんになっちゃった....」


「ちょっと待って、俺、お前らと年同じだ....」


「アンタ達アタシ置いてきぼりすんのやめてくんない?」


刀羅が言い終わる前にまたも雪の乱入に会話が強制終了させられる。


「ついでに、勝手にアタシ巻き込まないでくれる?」


雪の続けざまの文句に刀羅は眉を寄せ、


「お前、話入りたいの?入りたくないの?」


「あ?」


詰め寄って刀羅の胸ぐらを雪が掴む。またも、いつも通りの論争がーーー、


「私片付けてくるから」


「えっ?」「....?」


呆れたように見ていた明陽が取っ組み合う2人に言う。

当の2人はキョトンした顔を見合わせるばかり


「仲良くしててね」


と言うのを最後に明陽は家に入ってしまう。

残された2人は取っ組み合うのをやめ、おもむろに雪が問う。


「何で、子供扱いされてんの?アタシら?」


刀羅は明陽の残像を玄関の扉に求め、2階の明陽の部屋を見上げる。


「おい!聞いてんのか?」


怒鳴り詰め寄る雪を見下ろし、溜息をつく。


「そういう所なんじゃねぇの?」


「どういうことだよ?」


「いや、そこは分かれよ。」


「そりゃ、アンタの方だろ....」


顔を伏せ小さく呟いた雪の最後の言葉は刀羅には届かない。

顔を伏せる雪に困惑の視線を送る。


「どうした?しおらしくなって?」


「はぁ、もういい。」


「そう、か。んで、それとは別に1つ。」


質問はせず、その前で雪が答える姿勢になるまで間を作る。


「なんだよ?」


「何かあった?」


「何が?」


刀羅の疑問に本当に分からないという顔をする雪の察しの悪さに半ば呆れ、


「明陽のことに決まってんだろ。昼休みに何があったんだよ?」


雪は刀羅の補足に眉を寄せる。


「知らない。」


「は?何で?」


「だって、アタシ今日はアイツと昼一緒じゃないし。」


雪の返答は刀羅の予想の前提を覆すものだった。

刀羅の入院中、雪と明陽は一緒に昼食を取っていたはずだ。だから、刀羅は少なくとも明陽が雪と一緒に帰るようになってからはずっとそうであったのだと、思っていた。

それが、雪の返答により覆されてしまった。


「じゃあ何であの時は一緒にいたんだよ?」


「あの時っていつだよ?」


「俺が入院してる時に決まってるだろ」


刀羅の答えに「あー」と間の抜けた声で理解を示し、


「いや、あん時もアタシはクラスのやつと食ってたし。」


「は?」


雪の答えは前提の根拠を打ち砕くものだ。


「アイツと一緒に食うことまずない。」


「じゃあ、明陽は昼休みどこに行ってんだよ?」


「知らないってそんなの」


「マジか....」


明陽と雪が一緒に昼を食べていたと勝手に思い込んだていたから、昼休みに教室にいないことも何の疑念も挟まなかった。

しかし、雪との問答によりその思い込みは全く違うのだと否定されてしまった。

だとしたら、明陽はーーー


「いいよー入ってきてー」


片付けの終わったらしい明陽が窓から顔を出す。その服は制服から私服に変わっている。

雪はさっさと入っていく。


「早く、しろよ」


「ああ」


「お邪魔します」「お邪魔します」


刀羅は雪に続いて家に入る。


玄関の脇にある棚その上に所狭しと並んだ小物、フィギュアは入ってきた者に対して視線が向けられるように首であったり、その正面の向きだけが調節され、胴体やその下の土台は入ってきた者からすれば真横に向いてる。

その光景はまさに異様。


さらに、それが玄関の棚だけでなく、居間へと続く廊下も同じく小物とフィギュアが玄関の来客を向いているというのだ。

これには、流石の雪も一瞬動きが止まる。

かく言う、刀羅も慣れるわけもなく一瞬恐怖すら感じる。


「怖ぇ...」


「確かにな....」


刀羅も雪も先の言い争いのことなど忘れこの異様な光景に抱く恐怖を共有する。


「てか....」


「増えてる」


前回、と言っても刀羅が入院した日から今に至るまでの2週間も経っていなというのにその量は増えている。

大抵、集めてくるのは明陽の母の方だ。無論、これもそうなのだろう。

しかし、これはーーー


「早くー」


刀羅と雪が異様な光景に恐怖を感じていると上から明陽の声がする。

しかし、慌てて動いて床に散らばる小物やフィギュアを踏もうものなら色んな意味で大惨事は免れない。


刀羅も雪も細心の注意を払い、何とか1つも踏まずに2階にある明陽の部屋へと到達することが出来た。


「お前のとこも増えてんな。」


「そうかな?」


玄関、廊下同様明陽の部屋にあるフィギュア類も増えていた。専用の棚とベットはフィギュアで埋まり、それでもどうにかならないものは机に押しやられている。

大半は可愛い路線のものだが、明らかに路線の外れたフィギュアがいくつか。

その1つを取る。

全体的には緑に近い青。だらしなく開いた口から紫色の線が涎のように描かれ、鼻はやけに大きく、目は白目を向いている。

刀羅はそのフィギュアを取り、


「これはなかったろ?前来た時は」


「あー、いや、あったんだよ。ただ、どっかのダンボールの中に入ってただけで」


「何で、出したわけ?」


「えっ?なんとなく、気分で」


「病んでんな....」


「やんでるって?」


「なんでもねぇ」


明陽は不思議な顔をして小首を傾げる。

その動作とやり取りにいつも通りの明陽だという安堵に頬が緩む。


「どうしたの?なんか、面白ことでもあったの?気持ち悪いよ」


「いや、なんも...てか、気持ち悪いってなんなんだよ!気持ち悪いって!」


唐突な言葉の刃に驚き声を荒らげ突っ込む。

その刀羅を不思議そうに明陽は眺める。


「えっ?変な事言った?」


「変だろ!いや、失礼だろ!てか、傷ついたわ!」


「刀羅ってそういうの気にする方だっけ?」


「しない方だけど、それでも傷つくわ!」


声を荒らげて答える刀羅を見て明陽は「えっ?」と意外な顔をする。


「何を驚いてんの?」


「いや、意外だなー...って」


「意外って....」


明陽の脳天気な答えに辟易し、突っ込む気力すら失ってしまった刀羅はその場に座る。


その横には雪が興味深げに刀羅と明陽を見ている。


「ひょっとこみたいな顔をして何見てる?」


「ひょっとこってなんだ?」


「そっからかよ....」


雪をからかったつもりだったが、からかい文句が通用せずにノーダメージな雪とは対照的に気持ち悪い扱いされた傷の癒えない刀羅は説明を諦める。


「いやーアタシらの喧嘩があんなふうなんだなぁって思ってさ」


それは、雪から見た明陽と刀羅の噛み合わない会話であり、普段の刀羅と雪の喧嘩的な漫才の客観的な意見である。


「お前もまあまあ変だよな.....」


「は?」


「もういいから、始めようぜ」


気落ちしたまま刀羅は雪の喧嘩腰な言葉を受け流し、勉強会もとい個別講習会の開始を促す。

各人床に置かれたピンクの円形テーブルを囲み、個別講習会が始まる。


「と、その前にお前らの学力調査だ」


「えっ?」「学力調査?」


唐突な刀羅の発言に明陽と雪は疑問符を浮かべている。


「そう。何が出来ないのか分かんなねぇと教えるこっちがきついし、効率も悪いからな」


刀羅はカバンを漁り教科書、問題集、プリントを引っ張り出す。


「1日目の教科は...古典、生物、世界史の3つか」


3教科全てがほぼ暗記教科。古典は多少微妙な部分もあるが、他の2教科は確実に暗記。

暗記教科は教えようにもその量が理解教科に比べて少ない。


「そもそも古典って何やってんだ?」


「えっと、なんだっけ?」


「助動詞!」


話が進展しないことに見かねた雪が突きつけるように答える。


「そうか、助動詞か」


「出来んでしょ?」


「まあな」


「じゃあさっさと始めよ」


「そうだな」


明陽と雪の理解度調査の前に一つやることがある。


「雪、苦手な教科は?」


「テストは?」


「それは、あと。」


「体育以外」


「....」


雪の答えにどう反応していいのかほとほと困り果てた刀羅は黙るだけ。明陽はそれを見ているだけ。当の雪は何事もなげに振る舞う。


「体育以外」


「2回も言うな、脳筋」


「女子に脳筋とか失礼だろ!」


「うるせぇ、体育しか出来ないやつは脳筋確定だろ」


雪は怒鳴り、刀羅は呆れ相対する2人の決着は刀羅の諦めにしかない。

古典の教科書を取りだしテーブルに置く。


「とりあえず、これ読んで内容を俺に言え」


「はぁ?そんな適当なのかよ?」


「適当つってもな教えるってなんなら内容やるのが一番だし、暗記なんて自分達でやれって話」


「酷いなアンタ」


「あのなぁ....」


苦言を呈そうとして、溜息をこぼす。


「じゃあ、数学にするか?」


「何で?」


「数学なら教えられることは多いからな。暗記に比べればって話だけど」


「でも、数学1日目のじゃないんだろ?」


「そうだな。けど、テスト2日前から出来ることなんて少ないからな。暗記は徹夜でもしてやるんだな。理解なら、少しは手伝える」


「ホッント酷いな」


雪の不満を聞き流し問題集を広げる。


「はい、じゃあ数学な」


「ねぇ、刀羅」


それまで黙っていた明陽が唐突に刀羅に視線を向け問う。


「数学何であるの?」


「ん?いや、俺時間割分かんなかったし、テストのアレも分かんなかったから。とりあえず、全部あるぜ」


「....」


刀羅はパンパンに膨れたバックを叩き、中身をぶちまける。


「ほらな」


ドサドサと零れ落ちる教科書、問題集等の大量なこと。よくこんなにも持ってきたものだと自分でも感心しつつ、気づいて肩がこる。


「何で...こんなに?」


明陽は不思議そうな顔をして問う。


「まあ、テストまでないのもあるし、家でやろうってのもあるしな」


刀羅は答えたついでに、


「それはいいんだけど、始めようぜ。時間ねぇし。」


勉強会開始を急かし、会話を終わらせる。

明陽と雪も筆箱を取り出して準備を終わらせる。

刀羅はテスト範囲を見て、問題集から基礎問題の部分だけを問題として出す。


そして、明らかになる理解度は


「致命的....」


雪は公式の理解も暗記も全然で、2乗の展開から3乗の因数分解までかお手上げ。さらに、面倒だと展開も中途半端に計算を放棄する始末。

こんなので伸びるはずもなく、飽きて諦めスマホを取り出し勉強を放棄した。


一方、明陽は刀羅の教えを聞き、2乗の因数分解までは出来るようにした。3乗の展開、因数分解はまだミスも多い。

しかし、理解しようと聞いてるだけ雪よりマシだ。


そんなこんなで2時間半。

刀羅は明陽には教えられるだけのことを教えた。

無論、刀羅と同レベルまでとはいかなかったもののこの2時間半で明陽は解ける問題数が圧倒的に増えた。

雪は途中から真面目にやり始めたが、集中力続かず1時間が限度であった。それでも、勉強会始まった段階よりは進歩した。


「帰るか....」


明陽と雪の講師として粉骨砕身の働きぶりを見せた刀羅は疲労困憊ひろうこんぱい状態だ。

だが、これで刀羅の講師は終了。

仕事が終われば帰るだけ。準備を済ませ、バックを背負う。


「とりあえず、数学で赤点なんかとんなよ。特に、雪」


名指しで呼びれた雪はギクリと肩をびくつかせる。

そして、「ふっ」と鼻を鳴らす。


「大丈夫に決まってんだろ。アタシが赤点なんか取るわけないだろ」


「よくもまあそんなにフラグ立てんな。まあ、これ以上はいいや。」


階段を降り、明陽の家を跡にする。


「お邪魔しました」


「ちょっい....お邪魔しまっした」


来る時とは逆に刀羅が先で雪が後。雪は慌てていたせいで言葉が詰まる。


「じゃあねー」


「おう。じゃあ明日」


「だーおい、ちょっと...明陽じゃねー」


慌てて追いかけくる雪を待つわけでもなく歩き続ける刀羅は計画を立てねばと焦っていた。

流石に古典、暗記教科についてはこのままでは不安要素が残る。

刀羅に出された桂子からの条件と刀羅自身の目標を達成するためには現状かなり際どい。少なくとも刀羅にはそう思う。

まだ、中学の内容の確認であったとしてもビハインドにビハインドが重なった現状は流石にまずい。


「おい!聞いてんのか?てか、待てよ!」


追いついた雪が怒鳴り、刀羅を呼び止める。

そこで、雪の方を向く。


「何だ?俺も暇じゃねぇんだけど?」


「....」


「早くしろよ」


黙る雪に苛立ち先を急かす。


「ありがと」


「あっ?」


かなり予想外の答えに呆気に取られた刀羅はその場に立ち尽くす。

そんな刀羅に腹を立てた雪は地団駄を踏む。


「アンタ、何で!んなキョトンした顔してんだよ!」


「いや、なんか意外。っつかもっとなんか別の話題かなぁって」


「あー、そういう。てか、相対変わらず失礼な」


「まあまあ、とりあえずどういたしまして」


礼に対する返事を述べた刀羅は向きを変え、家に帰る。


「アンタ、送ってくとかないわけ?」


「送ってほしいのか?」


「いや、そうじゃねぇけどさ。アタシ女子だからそういうことぐらいやってもいいんじゃない?」


辺りはすっかり夕暮れ時。沈みかけた太陽が家という家を臙脂色えんじいろに照らす。

しかし、それでも雪の家まで大した距離ではないはずだ。それで、どうして刀羅が送らなければならないのか。

だが、そんな疑問よりも珍しく遠回しにでも本当に女子らしいところを見せる雪を放っておくのも忍びない。


「分かった送ってやる」


気づけば頭をかきながらそう答えていた。

雪は「ふっ」と鼻を鳴らして、自身の帰路につく。

刀羅の胸ぐらいまでしかない少女と並んで歩く。


「ここでいい」


雪は送れと言ったというのに終始無言で歩いていた。

立ち止まったのは近所の公園。明陽の家からここまで1度角を右に曲がるだけで距離も300mないぐらいだ。

しかし、刀羅としては黙っている雪の横顔は新鮮でなんとなく面白かったのた。


「そう?じゃあな。」


「じゃあ」


別れを告げ今度こそ刀羅は家に帰る。

雪の視線を感じるも振り返りはしない。

そして、家に帰れば詰め込み勉強の始まりだ。


「面倒くせぇ」

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