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絶希  作者: 自来也
第二章 高校生影月刀羅
23/32

第一話 改めて、リスタート

病医を退院したのは翌日金曜になってだった。

朝食を食べる前に探野に退院できると伝えられそれを母桂子に伝えて前日と同じように10時に迎えに来るといい、その通りに10時に刀羅は桂子の運転で1時間近くかけて家に着いた。

家に着いても刀羅は学校には行かなかった。

それは、サボるためではない。勉強するためだ。

あの学校では勉強する場所として刀羅には相応しくないからだ。

もちろんレベルの問題もある。ただ、2ヶ月のビハインドがある刀羅にとって暗記系一部は学校に行って担当の教科担任に聞いた方がいい部分もあるのだろうが、理解系の方はあの男と戦って倒れる以前にどうにか終わらせた。


だから、残るは暗記だけなのだ。一応、理解系も1通り目を通すつもりではいるが、ほぼほぼ受験期に予習していたことで十分だった。

刀羅にとっては暗記のほうが強敵だ。人によっては違うだろうが、理解の方は1度理解すればあとはそれを使えばいいだけで応用も出来る。しかし、暗記はそうはいかない。覚えたことを整理して当てはめられるようになる必要がある。だから、理解系の数学や物理よりも1.5倍近くの時間がかかってしまう。

それに、この暗記科目は受験期にほとんど手をつけていない。

結果、それから3日間は部屋で缶詰めだった。


明陽には昼休みに退院したことを伝えた。例によって雪に送るのを忘れてすぐ送ったがまた遅いと返された。

その日、明陽と雪は刀羅の家に来たが10分もしない内に家に送り返した。

その後は缶詰め状態だ。この3日でゆうに30時間は部屋にこもって勉強していただろう。


そんな地獄のような休日が終わり、月曜日を向かえた。

目を覚まし、意識がはっきりしてから刀羅はずっと憂鬱だった。朝食もあまり喉を通らない。鏡を観たら目の下に濃い隈が出来ていた。

「これじゃ荒井さんみたいだな」

1人鏡の前で苦笑した。


無論、憂鬱の原因の1つは学校という場にある。いや、もっと具体的に言うとその中にある小さな集合体であり場であるクラスが問題なのだ。

その集合体は他クラスのメンバーを好んで受け入れようとはしない。

そんな集合体に刀羅は突如加入することになり、その翌週からまた休むというのだから刀羅が慣れるはずもなければ集合体の仲間も刀羅に慣れるはずもない。

それによって注目されるというこが刀羅にとって最も嫌なことなのだ。特に今の刀羅にとっては。


登校するのはいっそテスト当日になってからにしようかと思いもしたが、それは流石に桂子に止められた。

父、忠克(ただかつ)は桂子の言いなりなることが多い。もちろんこの時にもその関係は変わらなかった。


ちなみに忠克の由来は徳川家康に仕えた最強の武士本田忠勝を模してのことらしいが、当の本人にその名はあまりにも荷が重すぎるというものだ。

ただ、極々稀に忠克は桂子をも圧倒する気迫を見せる。その気迫のおかげで刀羅は海淵に通うことが出来ると言っても過言ではない。

故に忠克としては自分があそこまで言って後押ししたのだから行ける限り行けということなのだろう。


刀羅は重い足を引きずって学校に行った。

学校に行く途中刀羅は視線を感じる。

理由は刀羅の着ている制服のせいだ。

無論、着ているのは学校指定の紺色のブレザーだ。ちゃんと校章もついている。

道行く人皆が皆刀羅を見るのではない。ただ、高校以前の刀羅を知る者が今の刀羅の姿を見ることに対して強い視線を感じるということなのだ。下校中なら話しかけて来る者もが時間のない登校中に話しかけてくる者はいなかった。


それも、そのはず刀羅は中学時代テストではいつも上位3人の中にいたのだから。

行く高校も海淵でなく明能だということも周知の事実だったのだから。

これについては刀羅ではなく主に大里海生と伊藤友梨によって広められてしまったのだ。中3の時は海生、友梨、明陽ともクラスは違った。唯一辻井智也とはクラスが一緒だった。

故に各々がクラスで広めてしまったせいで刀羅の受ける高校のことは学年中に知れ渡っていた。明陽はあまり言わなかったようだが、海生と友梨が広めた噂の真意を問われれば答えだろう。

だから、現状の刀羅を彼らが見れば違和感と不信感を覚えて刀羅を見ても当然というわけなのだが、ジロジロと人に見られるというのはあまり心地よいものではない。


結局制服で外に出たからには一刻も早く学校に逃げてしまいたかった。

刀羅は項垂れて溜息をついて校門の前で学校を見る。

時刻は8時15分始業のベルが鳴るのは8時30分。

「あのさぁいつまで溜息ついてんの?見てるこっちが不幸になってく気がするんだけど?」

雪が呆れたような顔で刀羅を見る。

雪とは高校初日の翌日から一緒に登下校もするようになった。もちろん明陽が雪と一緒に登下校をしていたからに過ぎないのだが、

「溜息ついたら幸福が逃げるってか?」

「そうじゃないのか?」

「いや、逃げねぇだろ。溜息ついたらモチベ下がるだけだろどうせ」

いつになく憂鬱を感じている刀羅には普段のようにボケる気力などない。

これから身を投じねばならない状況を考えると憂鬱が増し、溜息をつき、さらに憂鬱が増すというまさに悪循環に陥ったわけだ。

待ち受けるのが定期考査であってくれたならどれほど気楽だろうか。

雪と明陽はそんな刀羅を見て片や呆れ、片や心配そうだ。

刀羅は明陽と雪の顔に浮かんだ感情すら読み取ることもせず重い足を引きずって学校に入った。


階段を上がって教室が近づくにつれ刀羅の憂鬱は増した。

「アンタ流石にそんな面して教室入ったら病院に送られるぞ。」

「どうせならそっちのほうがよっぽどいい」

「大丈夫?顔色悪いよ」

呆れて答えない雪の代わりに明陽心配そうに刀羅を見る。

「うんって言いたけど割とマジでやばいかもな」

「病院行く?」

「いや、どの道通らなきゃ行けない道だから。」

首を振って答えた刀羅に雪が悪戯ぽいっ笑みを浮かべて、

「あれ?さっきと言ってること違くない?」

「そうだっけ?お前の記憶がおかしいんじゃない?」

「てめぇほんとに病院送りにするぞ」

刀羅は虚ろな目で雪を見る。

「お前女ってよりは男だなほんと」

雪が引きつった笑みを浮かべ、握った拳を刀羅顔の辺りまで持ち上げる。

「刀羅君、私は立派な女です。」

「言ってることと行動が合ってねぇぜ」

踊り場に上がったところで刀羅は突き出された拳を制服のズボンのポケットに手を入れたまましゃかんでかわす。

「やっぱ男だな。」


刀羅はさらに顔を赤くして睨みつけてくる雪を上から下まで眺め、刀羅の胸当たりまでしかない身長と貧相な胸も相まってその姿は女の子といよりも、

「男の子か。小学生ぐらいの」

「アンタいい加減にしろよ!」

刀羅は殴りかかって来る雪を避ける。雪は勢い余ってつんのめり顔から教室のドアに鈍い音を立てて激突するーーー、

「雪!危ない!」

「あっ...あっ!?」


寸前刀羅が素早く左腕で雪の腹を支え右手でバックを抑える。

「雪?大丈夫?」

「あ、うん。」

雪は明陽に背を向けたまま体勢的に尻を向けたまま答える。

刀羅は雪の両足が床についた時点でそっと支えを離す。

「早く行こう。」

周りにいた生徒が刀羅達を好奇の目で見ている。

刀羅は明陽と雪を置き去りにして教室に向かう。

「ちょっと待って」

慌てて明陽と雪が追いかけてくる。その時には刀羅はすでにD組の教室を通り越してC組の教室前にいた。

「何だ?」

「いや、一応言っとこうと思ってその....」

雪は目を伏せてためらう素振りを見せてから顔を上げる。

「教室こっちじゃないだろ?」

「....あっ」

教室のは表示を改めて見直して自分のクラスを通り過ぎていたことを知り、自分がいかに焦ってあの場から離れようとしていたかが分かって顔が赤らむ。

「これでアイコ。んじゃ」

雪は悪戯ぽくっ笑ってドアを開けて教室に入った。

刀羅は明陽に袖を引かれ教室に入る。


刀羅が教室に入ると一部のクラスメイトがざわめき立つ。すでに始業開始5分前となっているにも関わらずクラスには空席が何席かある。

「影月君大丈夫だった?」

「うん。なんとか」

「なら、良かった」

短い髪に大人しそうな顔つき。刀羅と同じくらいの身長と体格の男子生徒。この男子生徒はこのD組の男子の学級委員長 中野宏太なかのこうたである。

もう1人の学級委員長の浦波に比べると真面目さは劣るが人当たりの良さは勝る。大抵の頼み事だったりは引き受け自分が動くタイプだ。いわゆる頼まれ屋だ。


「それで明後日からテストだけど大丈夫?」

「うーん今回は諦めるよ2ヶ月近く高校に通ってなかったし通い始めてすぐにこんなに休んじゃったから」

「そうだよね。ほとんどというかもうほぼ全部やってないような感じたからね。」

「ほんとに憂鬱だよ。」

憂鬱そうな表情を浮かべ、項垂れて明らかに不安を装いテストの話はするしかない。

辺りの空席を見回し、

「何でこんなに人いないの?」

「あー、みんな高体連とかでいないんだよね。一部はそうじゃないかもしれないけどさ。」

中野が肩を竦めて答え終わるとほぼ同時にチャイムが鳴る

「そろそろ座った方がいいね。また後で話そ。」

「うん」


刀羅はバッグを机の右横にかけて座り、机の中を探る。

当然机の中には1週間分のプリントは大した量ではなかった。

今週と先週の予定プリントといくつかの教科で配られらたらしい課題プリントあとはどうでもいいプリントが何枚か。

全て合わせても20枚まではいかない。


瀧本が教室に来たのは8:35チャイムが鳴って5分経つ。黒いジャージの中にワイシャツ、下はちゃんとしたズボン。この格好で外を歩くのなら相当目立つことだろう。

瀧本は普段から教室に入るのはあまり早くない。職員会議が長引こうが長引くまいが関係なくチャイムが鳴った時点では教室にいない事が多い。

朝校門前に立って生活指導をする訳でもない。ただ、来るのが面倒なのだろう。

「起立っおはようござます」

気の抜けた号令でクラスの全員が立ち挨拶をしまた座る。

この一連の流れの中でほぼ全員がまともに挨拶はしていない。

「えーでは、今日は特に予定はないですが、考査が水曜からあるので赤点は取らないように勉強はしっかりやるように。赤点取ると進級に響くからあと2日頑張ってください。」

瀧本は眠そうな目を擦りながら教室を見て、

「はい。終わりあとは勉強してください。」

そして、挨拶もなしに朝の会が終わる。

朝の会と言っても基本ただの必要事項の連絡のみだ。

瀧本がいるので静かにはしていた。大半は勉強するが何人かは寝るか話している。

瀧本が刀羅に目を止め刀羅を手招きする。

刀羅は椅子から立って教卓の前まで歩を進める。

まだ、刀羅が来ていたことに気づいていなかった何人かが刀羅を見て近くの席の相手と話し出す。


「治ったのか?」

瀧本は肘を教卓についてその教卓の前にいる刀羅を見る。

「ええ、大分良くなりました。」

「そう、じゃあ病院もまだ通うのか?」

「多分もう大丈夫です。」

「テストは受けられるってことで大丈夫?」

「はい。大丈夫です。」

思いの外瀧本が設定を守って上手く誤魔化して要点だけを聞いてるのに安堵して刀羅は話を切り上げ席に戻ろうとする。

「じゃ、昼休み職員室...じゃ駄目か。そうだな第1会議室に来てくれ。」

「あの...第1会議室ってどこにあるんですか?」

「あっ...うーんと職員室を降りて右に行ったらしばらく進んだら右手にある。目印としては生物準備室だな。その向かいにあるから。」

刀羅は瀧本の説明を聞きながら地図を頭の中に描いて第1会議室までの道のりを思い浮かべる。

「分かりました。それで、昼休みになったらすぐですか?」

「ああ、...そうだな。多分それでどうにかなるだろ。」


ということなら、早弁をしなければならないわけだ。

そもそも放課後にでもゆっくりと話し合うべきなのだろうが、テストを目前にしたこの時期にゆっくりと何ていう時間はないのだろう。


「分かりました。」

「じゃあ、忘れるなよ。」

「はい。」

刀羅が頷いたのを見て瀧本は教壇の上をドアに向かって歩き出す。

刀羅も自分の席に戻る。


席に戻るまでにも刀羅は注目を一身に浴びていた。席についたら前の席に座るもう1人の学級委員長浦波に声をかけたられた。

「凄い熱があったって聞いたけどもう大丈夫なの?」

「うん。お陰様で。」

軽く微笑むように答えて、机に掛けたバックの中からそれぞれの教科書、ノート、問題集を取り出し机に入れる。

「勉強...大丈夫なの?」

「....かなりやばいよね。出来ればノートを見せて欲しいです。はい。」

恐縮するように言った刀羅に浦波はノートを差し出してきた。

「はい。」

「...いいの?」

「返しくれないなら、駄目だけど。」

「もちろんちゃんと返します。」

「なら、はい。どうぞ。どの道ノート見て勉強することも少ないし。」

「ありがとう。なるべくすぐ返すよ。」

浦波の有難い申し出を素直に受けて、早速ノートを写しにかかる。

大半は明陽に写させてもらっていたが、所々抜けていた部分を加えていく。この作業が以外に大変だ。明陽にはかなりマイペースな1面があり、まずメモは取らない。落書きはそこらじゅうにある。挙句、板書をまともに取っていなかったことも浦波のノートを見て発覚した。

浦波も空気を読んで質問をやめ刀羅を放っておいてくれた。

その気遣いに感謝しながら怒涛の勢いでノートを写していく。


1時間目開始のチャイムが鳴る。

ここから刀羅の本当の高校生活が始まるのである。

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