第十九話 一緒に食べよう
重い沈黙を打ち破ったのは病室のドアの向こう側からの遠慮がちなノックの音だった。
「失礼致します。夕食をお持ち致しました。」
朝食や昼食の時の台車よりはいくらか大きめの台車を押して入ってきたのは例によってナース服の女である。
ただ、昼食を持ってきたのとも食器を持ってきたのとも違う女だ。
「それ置いといて貰えますか。ここだとあのテーブル以外で食べるの大変なので。」
雪と明陽それぞれに責め立てられた後で話したい気分ではなかったのだが、この場に長居されるほうが気が引けた。
「かしこまりました。では、お食事が終わりましたらあちらのインターホンでお知らせください。」
「分かりました。」
「失礼致しました。」
女は丁寧にお辞儀をして病室を出ていった。
そして、また重たい沈黙が訪れる。
明陽も雪も刀羅ももちろん口を開く者はいない。
数秒が何分何十分にも感じられる。
それほど重い沈黙だった。
「はぁ...」
沈黙に飽きた刀羅は溜息をこぼして台車のところまで行く。
「食わないか?」
「そんな気分じゃない。」
刀羅の提案はすげなく雪に拒否された。
「まあ、そう言わずにさ。食わなきゃ後悔するぜ。」
「だから、そんな気分じゃ....」
反論しようとする雪が顔を上げる時にはすでに刀羅は台車のの一番上の段の皿をほぼ開けていた。
雪は料理の高級感に言いかけた反論をやめ、隣でやり取りを心配そうに見ていた明陽も息を呑む。
当然だ。こんな料理一流のレストランにでも行かない限り間近で見ることのない代物ばかりだ。
「ホントに食わなくていいのか?」
刀羅は意地悪く笑みを浮かべる。
「この...くっくそっ背に腹は変えられん。食う。」
「あれれ?今さっき食わないって言ってなかったけ?」
「言ってない。そんなこと一言も一単語も言ってない。」
雪は頑なに否定するがその目は料理に釘付けで刀羅を捉えていない。
「さてさて、俺も食いたいしふざけるのはやめるとして。真面目にどうするかね。」
「何を?」
刀羅が独り言のように呟くのを明陽がすぐに問う。
「さっきも言ったけどさここで2人以上で食べるってなるとテーブルが足んないわけで。」
「なら、これ使えばいいじゃん。」
雪は台車を指して言う。
「もちろん使うけどそうすると一つ足んないんだけど。」
「別にアンタがベットに料理持っててそっちで食ってアタシらこの台車使って食えばいいいんじゃないの?」
「やっぱそうなるわけね。それでもやっぱ問題ないか?それ?」
食い下がる刀羅に早く食べたい雪が、
「アンタ1人が寂しいわけ?」
「なわけあるか。」
雪の唐突な問いに半ば呆れ気味に答える。
高校生にもなって1人で食事するのが寂しいわけがない。
「んじゃ、明陽と一緒に食べたいわけ?」
「えっ?ちょっと雪...何言って...」
雪の問に反応したのは刀羅ではなく明陽のほうだった。
刀羅は馬鹿で面倒な質問をと思うだけだで明陽の様子を見て笑いを堪えているぐらいだ。
「んー....アタシがベットで食べるわ。」
「雪...」
明陽は勝手に決めてしまった雪の腕を引く。
「何であんなこというのさ?」
「いや、だってアンタがアイツと近くで飯食いたそうだから。」
「飯って...そんな事じゃなくてさ刀羅が...」
刀羅に背を向けて小声で話し合う2人だが会話の内容は刀羅に筒抜けだ。
「あのさ、お前のその案でも良いけど結局問題解決されてないんだけど。」
明陽の最後の言葉に続く言葉がなんなのか大いに気になるが、逆に聞くのが怖いという方が先行してしまい話に割って入った。
「アンタの問題にしてる問題ってなんのさ?」
「なんか、変な言い回しだな。それ。」
「茶化すな。」
雪は刀羅を睨む。
「そもそもさその台車でどう食うかって話。多分3段式になってるからどうにかはなるだろうけどさ...」
「食べ方の問題なわけね。アンタが言いたいのは」
「そんなとこ。近くで誰と食べるかは特に希望はないけど。」
半分照れ隠しのつもりで刀羅は答える。
「なら、アタシとでも?」
「お前がそうしたいならな。」
「やだね。アタシは今アンタの隣で飯食いたい気分じゃない。てか、なんか言い方きもい。」
「そうまで言われるとちょっと悲しくなるけど...。んなことはいいからどうするよ。」
あからさまな雪の拒絶に多少の寂しさを覚えるもそれは脇に置いて話を進める。
「だから、この台車でアンタらが食ってアタシはベットで食う。それでいいんじゃない?」
「お前はベット使いたいだけだろ。」
「いいじゃんもうそれで。それともアンタがベットで食いたいわけ?」
「別にそういわけじゃない」
「なら、いいでしょ。もうそれで決まりはい。食べよう。」
刀羅は反論する気も失せて溜息をつく。
雪はそんなことを気にするでもなく一番上の料理をベット前のキャスターつきテーブルに運んでいく。
「で、どうする?」
「私は刀羅が嫌じゃないなら。一緒に食べよ。」
明陽のネガティブね発言に疑問符を浮かべつつ強引に押し切った。
「何で嫌がんなきゃならんのさ?なら、一緒に食おう」
「いや、だってあんな言い合った後だし...」
明陽は刀羅の押し切りを流しネガティブなほうへ、「それに...」
迷うように俯く明陽に「それに?」と問いかける。
「それに...いや、なんでもない。」
「なんでもないってここまできたら言ってくれた方がいいんだけど?」
答えを拒む明陽に刀羅はほんの興味で答えを求める。
「ホントに聞きたいの?」
「なんだよ...なんか変な雰囲気出すなよ...」
明陽のどことなく儚げな表情に答えを聞くのが何となく怖くなった刀羅は、
「言いたくないならいいよ。」
「なら、言わない。」
明陽の即答に安心と違和感感じるもそれ以上は聞くのをやめた。
「とりあえず食おう。あいつに全部取られそうだし。」
雪は刀羅達が話している間に1人食べ始めて、中皿6皿中2皿半といったところまで食べ終えてしまった。
「そう、だね。」
明陽が頷きを返して、刀羅と2人食事の準備を始める。
3段式と言っても実際は一番上はそのまま料理があるだけ。
2段目3段目は引き出しになっていて出すと鉄製の蓋に覆われていて更に中に蚊帳のようなーーーー蠅帳が蓋の内側で料理と蓋の空間に張られている。
2段目と3段目の引き出しの中にあるどちらにも1段目と全く同じ料理とそれぞれの段にスプーン、フォーク、ナイフ、箸とどれで食べられるように同じく蠅帳の中に入っている。
ということはつまり、
「これまで3人分用意したのか....明陽1人で食えるか?」
「全部は...ちょっと....無理かも...」
「だよな...」
2人の頭を悩ませているのは無論特大の皿の中にあるものだ。
それはこれまでの2度の食事の中で出たものであって刀羅が3度目もあるのではないかと疑ったものだ。
そう、“七面鳥のチキン”だ。
「そういや、聞きたかったんだけど俺が休んだのってどういう感じに言ってあんの?」
ソファで隣り合って食事をする明陽に問う。
「えーっと瀧本先生が確かー...帰国間もないからみたいなことを言ってた様な気がする。」
「気がするだと困るんだけど...とりあえずは瀧本先生が上手く誤魔化してくれたってことか。」
明陽の説明で瀧本が本当に上手くやったかどうか確証はないが、とりあえず納得した。
「うん。」
明陽は頷いて餃子に箸を伸ばす。
「あ、そうだ。もう一つ言わなきゃいけない事があるんだけど...」
歯切れの悪い明陽に「なんだ?」と先を促す。
「えっと。その...」
明陽は明らかに申しわけなさそうに下を向く。
そんな明陽の歯切れの悪さと態度に嫌な予感がして先を急かそうとした時にそれは訪れた。
本日、3度目の乱入者の登場により阻まれた。
勢いよく入口のドアが開かれ、その向こうから乱入者はナース服に身を包んだスラットしたスタイルのいい女だ。
女は入ってくるなり、刀羅と明陽が隣合って座っているのを見て口元を緩め目を細める。
「ふうん。そっちか。」
訪れた女ーーーー探野はニヤつく。




