第十八話 身勝手な思い
あれから、程なくして病院に着きその時点で刀羅達は浜村と別れた。
結局彼女は強姦被害者という認識が最も正確だと刀羅も結論付けそれ以上の詮索はしなかった。
それよりも浜村と別れた刀羅達がまたレストランを目指す気にもなれず病室に戻って早めに夕食をとることにした。
明陽と雪の分も頼んでみたらすんなりと承諾された。
この対応にいいのかという疑問はここだから大丈夫なんだと勝手に納得した。
普通の病院なら絶対駄目に違いないがこの病院なら...。
装飾や外観は豪華、個室の広さに生活可能なほどの設備、料理はどれも絶品もの、リハビリ室に並んである器具の整ったトレーニングジム、そしてこの病院自体の大きさ。
一部を除けばどれか一つはある病院があってもおかしくはない。だが、これら全てをかね備えるとなると相当の金と権力が必要だ。
なれば、この病院のバックは相当な大物であるということも容易に想像出来た。
それが何であれこうして平和そのものを味わえるのだから文句はない。
外で多少のアクシデントに見舞われたものの刀羅自身に傷はなく、目的も果たしてもいる。それを考えれば大した問題ではない。少しやりすぎてしまったことを除けばだ。
やはり、あそこまでぶちのめす必要はなかったのだ。ナイフを取り上げて木に縛っておけばそれで済んだのだ。
やめておくべきだった.....
「刀羅」
呼びかけに応じて顔を上げる。
「聞きたいことあんだけど。」
雪はソファに明陽と座り、身を乗り出して聞く。
刀羅は壁に寄りかかりながら無言で先を促す。
「アンタが一ヶ月近く寝てて、その後一ヶ月トレーニングしてたことも明脳行くはずだったことも荒井って人から聞いた。」
雪は俯いて語る。
「それも全部こいつの為だってのも分かってる。それは、アンタも言ってたからな。」
雪はここで少し間をとって覚悟を決めたように刀羅を見据える。その目に怒りを映らせて、
「アンタは何でこいつを餌にするようなことしたんだ?えっ?アンタはこいつを守りたいんじゃないのか?!なのに何で!何でわざわざ危険に巻き込むんだよ!」
「雪...いいよ」
「いや、良くない!いいわけない!アンタはこいつにどんだけ心配かけたか分かるか?どれだけ不安にさせたか分かるか?どれだけ怖がらせたか分かるか?」
感情の昂りと共に立ち上がり、雪は刀羅に詰め寄りながら怒り訴え続けた。
刀羅はそんな雪を正面から見据え、
「俺は明陽を守りたいと思ってる。けど、それとは別に本当に明陽が狙われてるのか分からなかった。明陽が本当に狙われるてるなんて確証はなかった。」
「だから、だから!それを確認するために明陽を餌にしたってのか!」
雪は刀羅を睨みつける。
「そうかもな。」
刀羅の答えを聞いた途端雪は刀羅の腹を殴った。
「抵抗はしない気の済むまでやれ。お前も巻き込んだからな。」
刀羅は寄りかかっていた壁から背中を離し雪の正面に仁王立ちする。
「この!なんなんだよ!なんなんだよ!!アンタは!」
怒りの訴えとともに刀羅を殴り続けた。
刀羅はされるがままで抵抗は一切しなかった。身長の関係で殴る場所が腹に集中していた。
「雪!もうやめて!」
「はぁはぁはぁ」
刀羅は雪の攻撃を受け切って平然を装って立つ。
実際は攻撃が腹のほぼ1点に集中していたせいでその部分だけ微妙に熱を帯びていて痛い。
明陽は雪と刀羅の様子を見て心配そうに見ている。
「アンタ何であんなことした?」
「確認のため。敢えてもう一つ言うなら二次被害を避けるため。」
「二次被害?」
同じ答えだけでは納得しないと思い刀羅はもう一つ新たな答えを出した。
優先順位的な観点からすれば随分と低い位置にある問題だが納得させられる説明が出来る問題だ。
「考えてみろ。あの日俺らがいたのはどこだ?」
「どこってあの工場でしょ?」
「違う。その前だ。」
「デパート?」
「そうだ。ってことは?」
「....」
「人がいっぱいいる。」
黙る雪に代わり明陽が答える。
「正確だ。そんな場所であんなこと始めてみろどうなる?」
「....」
刀羅の誘導に雪は黙って俯く。明陽も黙ってその様子を見つめる。
「分かるだろ?大勢の人巻き込むことになってたんだ。」
これ以上の追及を避けるため誘導を最終段階へと移行する。
「それに、俺らもただじゃ済まなかった。」
「何で?」
雪は顔を上げ分からないというように刀羅を見る。
「あんな所でやったら目立つだろ。目立ったらマスコミやら何やらにずっと付きまとわれることになる。そのせいで学校にも行きづらくなるかんだぞ。」
「だとしてもそんなやつとわざわざ戦う必要なんてないだろ!」
「甘いな。」
「なんだと?!何が間違ってる?」
「あの男は俺らを尾行してたのは明陽を見つけたからだ。そんな状況で家に帰ってみろわざわざ自分の家教えてるようなもんだ。そうなったとき相手は明陽が1番油断してる時を簡単に狙えるようになる。それに、家族だって巻き込むことになる。これは俺もお前もだ。」
雪は俯いて拳を握る。
雪は渋々納得したといった様子でソファに戻った。
刀羅はその様子をまた壁に寄りかかりながら見ていた。
「ねぇ、刀羅。」
しばしの沈黙の後口を開いたのは明陽だった。
弱々しくもしかしはっきりと刀羅の名を呼ぶ。
刀羅は足元を見たまま明陽を見ることが出来ない。
「私ね。刀羅が生きててホントに嬉しかったんだ。」
独り言のように誰に言うでもなく明陽は話す。
「ホントにホントに嬉しかった。刀羅とまた会えたことが話せることが近くにいることが。これからまた前みたいに一緒にいれることが。」
明陽の言った言葉が刀羅の罪悪感を呼び覚ます。
刀羅は俯いたまま唇を噛む。
明陽も刀羅に会ったとき喜んでいただけじゃない。きっと辛いと悲しいと感じていたはずなのだ。
あの場であの格好で会ったのだから海生達が死んだという事実もそんな所に自分もいたという事実を思い出していたはずだ。
何せ、刀羅がそうなのだから。
「でも、刀羅はまたすぐに話せなくなったし会えるけど近いとこにはいなくなった。」
明陽の声からは覇気も薄れていき、その代わりに弱々しさが増し涙を堪えるような声になった。
「刀羅のボロボロの姿見て、ホントに怖かった。また刀羅がいなくなっちゃうんじゃないかって。海生達みたいにもう会えないんじゃないかって。」
そんな悲痛な訴えを刀羅は聞いていることしか出来ない。明陽がどんな顔でこんな訴えをしているのか想像するだけでこみ上げてくるものがある。なのに、どうして明陽の顔を見てこんな悲痛な訴えを聞けようか。
「お願いだからもうあんな危ないことしてないで。もう嫌なの大切な誰かがいなくなるの。」
最後は泣きながらでも強くはっきりと刀羅に訴えのだ。
答えなければ、この要請に対して答えなければ...。
だが、まともに顔を見る事すら出来ない刀羅が何を答えればいい。
「分かった」と簡単に答えられる。答えられるが、絶対に果たすことは叶わない。明陽を狙うというのなら誰であれ刀羅が戦って明陽を守る。
その覚悟があったからこそよく分からないあんな施設で修行もした。明脳に行くのをやめて海淵に来た。4日前のあの状況で一人残って戦えたのだ。
その全てが明陽を守るためなのだ。
なのにどうしてーー、
「分かった。」
刀羅は俯くのをやめ明陽の顔を見てそう言ってしまった。
この場だけでも乗り切れるように嘘をついてしまった。守れるはずのない約束をしてしまったのだ。
「俺はお前にそんな顔させたくない。」
どの面下げて言ってんだと思うような台詞だが、それでも刀羅は言わざるを得なかった。
それは本当の気持ちなのであって偽りはない。
「信じていいの?」
「ああ。信じていい。」
心痛な面持ちで問う明陽に刀羅は嘘を貫き通すしかない。
「分かった。信じる。」
明陽は刀羅の答えを素直に受け取ったのか、涙を瞳に滲ませながら微笑する。
そんな明陽を見て罪悪感を感じるも俯くことはせず視線も外すことが出来ない。
この状況を乗り切るためについた嘘を暴露して明陽が悲しそうに泣く姿など見たくない。
例え、もっと悲しそうに泣く姿を見ることになっても今は見たくない。
何故か、切実にそう思うのだ。
そんな身勝手な思いがどれだけの罪深いのかを分かっているつもりではいるのにどうしても否定することが出来ない。
室内には重い沈黙が流れる。




