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ハグレモノの旅路  作者: kuro
第二章――狼と兎ノ少女。
7/11

2

 「……会えないなぁ」


 薬草採取の為、例の林の中にいたラビィは懐から小さな木筒を取り出し、そう呟いた。


「……折角、お薬も持ってきてるのに」 


 ――あの日から、ラビィはガルーに会うために度々この林に来ている。


 しかしあの日以降、ガルーには一度も会うことが出来ずにいた。


 ……ラビィは気が付いていない様だが、これは意図的にガルーが彼女との接触を避けていた為である。


 下手にラビィと一緒にいる所を彼らに見られでもしたら、彼らがラビィに何をするか分かったものではないからだ。


 しかしそんな事を知らないラビィは今日の分の薬草を取り終えた後も、特に何をする事もなく林の中を目的もなく彷徨っていた。


「……はぁ」


 自分は何をしているんだと、ため息を吐く。


 一度しか会っていない、しかも憎まれ口しか口にしていない相手の事を何日も待ち続けるなど全くもって自分らしくない。


 だが――


「でも、心配だしなぁ」 


 ボロボロになって倒れていた理由をラビィはまだ彼の口から聞かされていない。


 本人がどれだけ「関係ない」と口にしようが、彼女としては気になって仕方がないのだ。


「何かの事件とかに巻き込まれてなければいいけど……」


 しばらく林の中を歩き回っていたラビィが不意に空を見上げ、それから足を止めた。


「……今日も会えなかった」


 もう日がだいぶ傾いている。


 これ以上は両親が心配してしまうとラビィは来た道を戻り始めた。


「……せめて名前ぐらい聞いておけば良かったなぁ」


 そうすれば住んでいる場所ぐらいわかったかも知れないのにと思いながら、ラビィは林の中をとぼとぼと歩いた。


「……次に会った時は文句言ってやるんだから」


 足元の石ころを少年の憎らしい顔に見立て、思いっきり蹴飛ばすラビィ。口ではそんな憎まれ口を叩いているが、実はあの時のボロボロのガルーの姿が頭に焼き付いて心配で堪らないのだろう。


 時折、懐の薬入れに手を入れてはその感触を確かめているのがいい証拠である。


 しかしガルーの身を案じる彼女を嘲るように――林の向かうでかすかに声が聞こえた。


 人間――いや獣人であってさえも聞き取る事の出来ない極小の音を兎人であるラビィは聞き取ってしまった。


 そして――その中には聞き覚えのある人の声があった。


「……この声、まさか!」


 堪らず、ラビィは音のする方へと走った。


 そこで何を見る事になるかを知らず、彼女はただ声のする方へとひたすらに走り続けた。




 













 その光景を見た時――ラビィは最初自分の目が信じられなかった。


 あんな憎まれ口を叩き、強情な態度で自分に接したあの少年が周囲を囲まれ、暴力を受けていたのだ。


 少年に暴力振るっているのは背丈からして、少年と同い年じぐらいの男の子たちであった。


 彼らは林の中で少年を囲み、殴る蹴るなどの暴力を一方的に振るっていた。


「な、なんで……」


 ラビィは木の陰に隠れながら、身体が震えるのを抑える事が出来なかった。


 少年を殴るたび、蹴り飛ばすたびに彼らの顔には歪んだ笑みが浮かび、彼らが口を開くたびに耳障りな音がラビィの耳に届いた。


「い、いや……!」


 兎人であるラビィの優れた聴覚は彼らの聞くに堪えない罵詈雑言を全て聞き取ってしまう。


 ――今まで知りたかった少年の名前。少年の正体や種族。


 少年の口から直接聞きたいと思っていた情報をもっとも聞きたいなく形で、すべて知ってしまったラビィ。


「~~っ!」


 木の陰で耳を塞ぎ、震える身体を自分で抱きしめながら、ラビィは繰り広げられる不当な暴力に対して、何もする事が出来なかった。


 彼らの前に飛び出し、暴力をやめさせる事も林の外へ出て、誰かを呼ぶことも出来なかった。


 ――怖かったのだ。自分が彼らの暴力を受けるかも知れない事が。


 堪らないほどに怖く、動くことも声を出すことも出来なかった。


 ラビィが出来たのはただ一つ。


 ――あの醜悪な暴力が早く過ぎ去るのを神と天に祈る事だけだった。 













「なんだ……またお前か」


 いつかの様にボロボロの姿を晒しながら、少年――ガルーはぼんやりとした瞳でラビィに声をかけた。


 ――あれから彼らの暴力が終わるまで、ラビィは木の陰から動くことが出来なかった。


 ラビィが動けるようになったのは彼らが林の外へと出て行った音が聞こえた後――つまりは全て終わった後だった。


 ラビィはまだ震える足を引きずるようにして、座り込んで木にもたれ掛るガルーへ声をかけた。


「あ、あの……」

「……」


 ガルーは再び現れた名の知らない兎人の少女を見ても顔色を変える事はなかった。


「え、えっと」


 何と声をかければいいのか迷い、そのあとはラビィは言葉を詰まらせてしまう。


「……」


 そんなラビィを見たガルーはため息を吐くようにしてラビィに告げた。


「……俺にもう関わらない方がいい」

「……え?」


 最初、何を言われたのか分からなかったラビィであったが、徐々にその意味が頭に染み込むと彼女は瞳を潤ませた。


「な、なんで」

「……さっきの見てたんだろ? 下手に俺に近づくとお前まであいつらの標的になる」

「で、でも!」

「……もう会おうとするな。この林にも……なるべく近寄るな」


 ガルーはそう言い残すと傷ついた身体を無理やり起こし、そのまま何処かへ向かおうとする。


「っ!!」


 しかしあれだけの暴力を受けた今のガルーの身体は大変傷ついており、その足取りは実に痛々しかった。


 今も一歩進むごとに全身に痛みが走るようで、顔から痛みを隠しきれていない。足元もふらつき、今にも転びそうだ。


「ま、待って!」


 ガルーのそんな姿を見てしまったラビィは思わずと言った様子で駆け寄ろうとするが――


「やめろッ!!」

「!!」


 ガルーは顔だけで振り返り、広げた手の平をラビィに向けた。


 その断固として拒絶の態度にラビィの足が止まってしまった。


「……もう帰れ」

「そ、そんな……」


 ガルーはそのままラビィの事を振り返らずにその場を後にしようとする。


 ラビィは次第に遠ざかっていくガルーの姿をただ見つめるしかなかった。


 ――胸が痛かった。


 ガルーの遠ざかる背中をただ見ているだけで、胸の中で別の生き物が動いているように胸が苦しくなった。


 目の前の少年の様に殴られた訳でもないのに、胸が痛くて痛くて仕方なかった。


「~~ッ!!」


 ――彼女は自身の胸を、強く強く押さえ込んだ。


 まるでこの痛みさえなければ、進むことが出来るのに言わんばかりに痣が残るほどに胸を強く掴んだ。


 しかし追いかけようとした足はついには膝をつき、彼女の動きを鉛の様に鈍らせた。


「ううぅ~~!!」


 自身に対する絶望と無力感がラビィを襲った。


 そんな自分が許せないのか、さらに自分の胸を強く掴んだ。


「~~!!」


 爪が肌に食い込み、少女の柔肌に痛々しい傷跡を残す。


 ――その時だ。


 彼女の手が不意に――懐にしまい込んでいた薬入れに当たった。


 それは母からガルーの為にもらい受けた薬だった。


「……あっ」


 自分の懐にコレがある理由――ラビィはそれを思い出した。


「――ッ!!」


 頭がそれを認識するよりも先に足が先に動いた。


 立ち上がり、もつれる足を懸命に動かしながら、遠ざかるガルーに向かって体当たりをするように彼の手を握った。


 ラビィの突然の行動にに目を丸くするガルー。


 そんな彼に目もくれず、ラビィはガルーの手に木の薬入れを握られせた。


「こ、これ、家で作ってる薬! よく効くから! 絶対に効くから!」

「お、お前、突然何を……」

「『お前』じゃない! ラビィ! 私の名前はラビィ!」

「は、はぁ?」

「あ、あなたこの前は家の薬なんて要らないっていったじゃない!」

「あ、あぁ、そんな事言った……かな?」

「言った! 絶対に言った!」

「お、おう」


 鼻息荒く、興奮した様子のラビィに気圧されるガルー。


 そんな彼には目もくれず、ラビィは熱に浮かされたように矢継ぎ早に口を動かした。


「これ使って見れば絶対におんなじ事なんて言えないんだから!」

「お前さっきから何を……」

「それつけてさっさと傷を治して! あんな奴らやっつけて!」

「い、いや、そんな無茶な」


 気圧され、困って情けない顔をするガルーに――ラビィの頭がカッと熱くなった。


「無茶って何よ!」


 怒鳴りながら、今にも泣きそうな顔でラビィはガルーに詰め寄った。


 そして狼狽するガルーに向かって――彼女は自分の中で溜まっていた思いを全てぶちまけた。


「私にあんな事言っておいて! 私の事をあんなに馬鹿にしたアンタが! あんなロクデナシどもに虐められないでよ! もっとアンタは偉そうにしててよ! そんな風に傷だらけになってないで! そんな諦めた目で私を見ないでよ!」


「――――」


 まるで絶叫のようなラビィの言葉をガルーは身じろぎすることも出来ず、ただ呆然としながら受け止めた。


「はぁっ、はぁっ、はぁ、はぁ」


 全てをぶちまけたラビィは力を使い果たしたかのように、息も絶え絶えと言った様子だ。


「……お前、何で」


 そんな彼女を呆然と見つめるガルー。


 何ほとんど面識のない自分に彼女がこんな言葉をかけてくるのか――ガルーにはそれが理解出来なかった。


 しかし、ガルーには理解できなくとも、ラビィには痛いほどよくわかっていた。


 何故自分がこんな言葉を彼にかけるのか――――答えはすごく簡単だ。


 つまり、腹が立ったのだ。


 あの卑怯な奴らが、目の前のこの少年に理不尽な暴力を振るうことが。


 危険があるからと距離を置こうとした目の前の少年にもすごく腹が立った。


 ――ラビィはもっと目の前に立つ少年と話をしたかった。


 何日も誰もいない林の中を待ったり、歩き回ったのもそうだ。


 ――楽しかったのだ。


 ほんのわずかな時間であったが、目の前の少年と話すことが。


 だからラビィは少年と友達になりたかった。


 わざわざ母から薬をもらったのもそうだ。それをきっかけにして友達になりたかっただけなのだ。


 そしてその邪魔となる彼らに腹を立てた。ただそれだけだったのだ。


 だから――


「……お願いだから、あ、あんな奴らやっつけてよ」


 ラビィは声に涙を混じらせながら、目の前の少年に願った。


 目の前の暴力に何もする事が出来なかった自分がどれだけ理不尽な願いをガルーに向かって口にしているのか――ラビィは十分に理解していた。


 しかしそれでも今の自分が出来るのはたったこれだけだった。


 ――薬を渡し、ただ自分の願いを口にするだけ。


 何の力もないラビィに出来るのはこれが精一杯であった。


「うっ、うぅっ、うぅ~~」


 自分の無力感に苛まれたのか、そのまま堰を切ったかのように顔をくしゃくしゃにして泣き始めるラビィ。


「――――」


 ガルーは彼女の言葉に返事を口にする事はなかった。


 しかし泣きながらも自分の手を掴んで離さない目の前の少女の手を――ガルーは無意識に自分から強く握り締めていた。


「あっ……」

「…………」


 ――ガルーは何も言葉を口にしない。


 だが今の彼の手は、ラビィから手渡された薬入れを握りしめていた。


 まるでこれこそが願いを聞き届ける対価だとばかりに、ガルーの手はラビィの手ごと薬入れを掴んで離そうとはしなかった。


「うっ、うっ、うわ~~ん」


 その意味を理解したラビィは人目も気にせずに大声で泣き始めた。


 だがガルーはラビィがどれだけ大声で泣き始めても、どれだけ顔を醜く歪めたとしても、彼はそのまま黙ってラビィの手を握り、彼女が泣き止むのをただ待ち続けた。



 

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