5
ゼノとトーヴァが赤子いるという部屋の中に入ると、赤子の世話役と思われる女の侍従と一緒にルゥナがいた。
二人で取り囲むようにして何かを覗き込んでおり、時折聞こえる笑い声からそれが例の赤子なのだと察した。
「可愛いですねぇ」
「えぇ、本当。なのにこんな可愛い子を殺そうとするなんて酷い話……」
どうやらルゥナが赤子を抱きながら、侍従と二人であやしているようだった。
そんな彼女に向かい、トーヴァは声をかけた。
「――ルゥナ」
「あら、あなた。それに陛下まで」
赤子を抱きかかえたままルゥナはトーヴァたちに気が付いた。侍従はルゥナから赤子を預ろうとするが、ルゥナがそれを押しとどめた。
「あなたもこの子が気になったのですか?」
「いや、赤子もそうだが……お前の様子があまりにアレだったからな。様子を見に来たんだ」
「そうですか」
ルゥナは夫へ適当に返事もすると、また赤子のほうを向いてあやし始めた。
「……」
「……」
そんな彼女を見て、トーヴァとゼノ王は二人で顔を見合わせた。
ゼノ王はまさかと思い、ルゥナに尋ねた。
「……ルゥナ、もしやその子を」
「ええ、育てるつもりです。何か不都合が?」
「それは勿論ないが……本当に良いのか?」
ルゥナは赤子を抱いたまま王へと向き直った。
「――えぇ、構いません。わたくしがこの子の母となります」
――そのままルゥナは夫の了解も得ずに赤子を引き取る旨を王に伝えると、呆然とするトーヴァと共に赤子を奪い去るようにして王の館を去っていった。
その後、王の館から帰る馬車の中でトーヴァは赤子をあやすルゥナに尋ねた。
「……ルゥナ。なぜお前はその子を引き取ろうと思ったんだ?」
「あら、あなたは反対なのですか?」
「いや、お前がそう決めたのなら構わない。ただ理由が知りたいだけだ」
トーヴァは不思議だった。王からこの話を聞かされた時、きっとルゥナは反対すると思っていた。
まだ子が亡くなって日が浅い上、今回の話は言葉の受け取り方によっては死んだ赤子の代わりにせよとも取れる。
それにトーヴァ自身僅かだが、死んだ子に対して罪悪感が残る。まだ一年も経っていないのに赤子を迎えるなど、死んだ子を早く忘れようとしているようだ。
だから、妻に尋ねたのだ。
――お前はどんな気持ちでその赤子を受け入れたのか、と。
ルゥナはそんな夫の気持ちに気がついているのかいないのか、赤子から視線を切らずに答えた。
「……正直、自分でも何故こんな事をしてしまったのかわかりません。ただあの時はこの子を殺そうとした周囲にひどい怒りを覚えました。だってそうでしょう? わたくしはあの子を亡くし、あれだけ悲しかったのに、異国では赤子を面子の為に殺そうとするなんて」
確かに酷い話だ。聞いたときはトーヴァもぞっとした。
「――この子を不要というのなら、わたくしがこの子を育てます。この子の本当の母親の分までわたくしがこの子を愛します」
「……そうか」
トーヴァは妻の腕に抱かれた赤子を見た。
――赤子を亡くした母親と、母親から引き離された赤子。
失ったもの同士、会話が出来なくとも何か感じるものが在ったのかも知れない。
亡くなった子についてはまだ複雑な想いがあるようだが、トーヴァもそれは同じだ。
それに傷を負った者同士、家族となって傷を舐め合うのもいいかも知れない。
そんなことを思いながら、トーヴァは馬車に揺られながらこれからの事に思いを馳せるのだった。
主人公の赤子時代はこれにて終了。
次は時間が飛んで主人公の少年時代に移ります。
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