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――王の館での夕食会は和やかに進んだ。
妻の体調を気遣ってか食事は消化の良いものが並べられ、夕食会も国王とマウニ夫婦以外の人の姿はなかった。
さらに国王の私的な催しとあってか、マウニ夫婦は楽に食事を楽しむことが出来た。
しかしおもむろに王が口にした言葉――
「実は今回二人をこのような場に呼んだのには訳がある」
不意打ちのように発せられたその言葉に夫婦は困惑をあらわにした。
今回のこの催しはトーヴァの妻の為だとばかり思っていたからだ。
「いや、もちろん夫人の体調を気遣ってというのもある。しかし、実はそれともう一つ――お前たちに頼みたい事があって呼んだのだ」
トーヴァは戸惑った。
いつもの国王の様子ではない。それに臣下に頼みという言葉を使うのもおかしい。
「……陛下。一体どうしたというのです。なぜ臣下の私に頼みなどと言う言葉をお使いに……まさか」
何か変事が起きたのかと椅子から腰を上げかけるトーヴァ。
しかしゼノ王はそれを手で制し、少し落ち着けと促す。
「いや、違うのだトーヴァ。この件に関して危険はない。ただ厄介な事が起きてな……お前たちならばと思ってこうして呼んだのだ」
ますます困惑をあらわにするトーヴァ。横を見れば妻のルゥナも何が起こっているか夫の姿を不安そうに見ている。
トーヴァは椅子に腰かけなおすと、落ち着いた声で王に尋ねた。
「……先ほどから口におられるその『頼み事』とは一体何なのですか? 陛下がそこまで頭を悩ますとはただ事とは思えません」
王は一度ため息の様な音を口から漏らした。
「……お前たち夫婦に一つ尋ねたいことがある」
そしてトーヴァの問いに返答せず、逆にその様な事を口にした。
「? 何でしょう?」
「……」
困惑する二人の夫婦に向かい――王は空気が凍るような言葉を発した。
「――お前たち、養子を迎えるつもりはないか?」
王はエドガーから託された赤子ガルーの事をすべて話した。
赤子が人間の腹から生まれた獣人である事。
信じらない事にその赤子が人狼である事――さらにその赤子が生まれてすぐに殺されそうになった事まで。
トーヴァは王の話を聞き、衝撃で動けないでいた。外の世界でまだ人狼の血族が生き残っているとは思ってもみなかった。
「私としてはその赤子をお前たちの元で育ててもらいたいと思っている。勿論、これは強制ではない。気が進まないのなら断ってくれて良い」
トーヴァは王の言葉が終わると、「ルゥナ」と隣に座る妻の名を呼んだ。
……こんな話を聞かされたのだ。
もしも彼女の様子が少しでもおかしければすぐに連れて帰るつもりであった。
しかし――
「――陛下。その赤子は今はどちらに?」
トーヴァの隣に青ざめた妻の姿などなかった。
「……赤子ならば別室で寝ている最中だとは思うが……」
「では、一度その赤子の姿を拝見する事は出来るでしょうか?」
「勿論、それは可能だが……」
ルゥナの顔色は青ざめてなどおらず、むしろその表情からは怒りの感情を感じた。
「ならば、今すぐにお願いいたします」
「あ、ああ。わかったすぐに案内させよう」
「いえ、部屋の場所さえお教えいただければわたくしの足ですぐに向かいます」
「……部屋を出た先を真っ直ぐに進み、突き当りを右に曲がって三番目の部屋だが」
「ありがとうございます。では話の途中ですが、わたくしはこれで一度失礼させて頂きます」
「ル、ルゥナ?」
妻の普段では見られない姿を目撃し、唖然とするトーヴァ。そんな夫にルゥナは一言。
「――あなた、後は頼みましたよ」
そう言い残し、彼女は風のように部屋をあとにした。
「……彼女は一体どうしたのだ?」
「いえ、私も理由がさっぱりわからず……」
部屋に残されたゼノ王とトーヴァは二人で先ほど起こった出来事に首をかしげていた。
ルゥナの行った行動はとんでもない無礼な行動であったが、男二人は咎める事が出来ずにいた。
「私とした事が、余計な口を挟む余裕が一切なかった」
「いえ、私のほうこそ妻の行動を止めることが出来ず……」
そんな事を話しつつ、このまま部屋の中にいる気にもなれず、二人でルゥナの後を追うことにした。