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他の獣人とは違い、人狼は同じ人狼同士でしか婚姻関係を結ばない。
つまり人狼は虎人や熊人などの獣人とは相手がどれだけの家柄や人物であろうとも結婚をしないという事だ。
だが、そうなると王族の血筋を絶やさないのは並大抵の事ではない。
王族である人狼の場合は幾つかの分家によってその血筋を守っている。
――トーヴァ=マウニはその分家筋の一人。
今年、三十過ぎになる黒髪の大男だ。
顔の半分に魔獣との戦闘で受けた三爪の大傷があり、大きな身体と相まって中々に凄みのある男である。
そしてこのトーヴァには妻がおり、数か月前に赤子が生まれたばかりであった。
――ただ不幸にも彼の子は病で亡くなっている。
子は生まれつき身体が悪く、軽い熱病にでさえも耐える事が出来なったのだ。
夫婦の気の落ちようは酷く、今も奥方は部屋に篭もり、亡くなった子供の事を考えては涙を流しているそうだ。
トーヴァもそんな妻を気遣ってはいるそうだが……傷は中々に癒えてはくれないらしい。
そんな夫婦の元に――国王ゼノの元から使者がやって来た。
それは王からの食事会の誘いであった。
使者の話によれば、王はトーヴァの妻の事を大変気にかけており、気晴らしになればとこの様な誘いをかけたようだった。
トーヴァとしては妻の反応次第で断るつもりであった。使者もこれは強制ではなく、あくまで国王からのご厚意であるとの事だ。断ったとしても無礼とは取らないと言っていた。
「……むぅ」
トーヴァは腕を組んで考え込む。
大柄なトーヴァがそうすると中々に迫力があるが、時折「う~ん。う~ん」と唸っている姿は少々間抜けだ。
しかもトーヴァの立っているのは自分の屋敷――それも自分の妻の自室の前でそんな事を十分以上も続けているのだ。
下々の者が見ればこれがあの有名な、戦士トーヴァかと目を覆いたくなる姿だろう。
ただ一つ弁明をさせてもらうとすれば、この行動もすべては妻のルゥナを気遣っての事である。
恐ろしき魔獣相手であれば一切動じずに事にあたるトーヴァではあったが、これが妻相手となれば話は別だ。
トーヴァの妻ルゥナは若い頃から美人として有名で、同年代の者たちの憧れでもあった。その美しさは分家までなく、本家の者まで見合い話を持ってやってくるほどの競争率だったわけだ。
それがなぜトーヴァの様な強面の大男と一緒になったのか、未だに周囲の頭を悩ましているほどである。
トーヴァはそんな美人の妻を心底愛しており、できるならば彼女を傷つけたくないと思っている。
しかし王から使者がやって来た以上、向こうに断りを入れるにしても本人に一度は話をしなければならない。
子を亡くしてから大分塞ぎ込んでいるルゥナに今回のこの話をどう切り出して良いか、こうして妻の部屋の前で延々と悩んでいると言うわけだ。
「……むぅ」
トーヴァがその厳めしい顔をさらに厳めしく顰めていると――
「……あなた。部屋の外で何を唸っているのです? 用があるのでしたら中に入ってらして」
「あっ、あぁ、そうだな。すまん」
部屋の外で呻いていたのが聞こえたのか、ルゥナに声をかけられてしまった。
――促された以上はもう仕方ない。
トーヴァは一度唾を飲み込み、鼻から息を吐きだすと――
「……入るぞ」
覚悟を決め、勢い良く妻の部屋へと入っていった。
「それで? あなたは部屋の前で何をしてらしたんです?」
ルゥナは自室のベッドから半身を起こし、夫のトーヴァに当然の疑問を投げかけた。
「う、うむ」
勢いよく部屋の中に入ったはいいが、いざとなると口から声が出てこないトーヴァ。なんと切り出せばいいのか考えを巡らせた。
すると、そんな夫を見たルゥナは――口元に手を当てて薄い笑みを浮かべた。
「あなたは昔からわかりやすい人ですね。本当に隠し事の出来ない人」
「……」
「何かわたくしに言いたいことがあって来たのでしょう?」
深く息を吐くトーヴァ。
……トーヴァは昔から目の前の女に隠し事が出来た試しがない。
「実は私たちに夫婦に国王陛下から食事会の誘いが来た」
「まぁ」
「……最近の私たちの様子をどこかで聞いたのだろう。お優しい方だ」
「そうですね。あなたと一緒です」
「……」
妻の一言に思わず黙り込むトーヴァ。
ルゥナはそんな夫の顔を真っ直ぐ見つめ、再び微笑んだ。
「わたくしの事を気遣っているのでしょう?」
「……」
「わたくしならもう大丈夫です。あなたにも陛下にも随分と心配をかけてしまいました」
「……ルゥナ、無理することは――」
気丈な振る舞いをするルゥナに、トーヴァは何かを言おうとするが――
「――今回のお話、お受けしましょう」
その毅然とした態度に――トーヴァは何も言えなくなった。
最後にトーヴァはルゥナに「無理だけはするな」と言い残すと、使者に返事を伝える為に妻の部屋を後にした。
――後日、夫婦は国王ゼノの夕食会にてあるものを預かることになる。