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――獣人国クティノス。
大陸南にある『始まりの森』と呼ばれる広大な森と険しい山々を領土とする獣人の国である。
国民のほぼ全てが半獣半人の獣人であり、閉鎖的な国民性のために他国の文化が入ってこず、独自の文化が発展している。
旅人もこの森に住む危険な獣や魔獣を恐れて滅多にやって来ず、人間がこの国にやって来る事など年に数度あるかどうかといった具合だ。
――その為、季節の変わり目に現れた赤子を連れた老人の登場はこの国で多少騒ぎになった。
「この赤ん坊をこの国で、この土地の者として育てて頂きたい」
白髪の鋭い目つきをした老人は目の前の人物にそう言った。
彼の腕の中には一人の赤子が、おくるみに包まって眠っている。
――老人の名前はエドガー。元騎士であり、過去には目の前に立つ男と犯罪組織を叩くために共に戦った同士でもある。
そのエドガーは寝息を立てる赤子を胸に抱きながら、目の前の人物に突然そう頼み込んだ。
「……古い友が現れたと思ったら、いきなりどうしたと言うのだ」
このエドガーの言葉に対し、男は眉をひそめた。
男の年齢は五十を少々過ぎたばかりだが、背筋はしっかりとしており、衣服の上からでももりあがった筋肉が見て取れた。
――この男こそ獣人国クティノスの現国王、狼王ゼノ。エドガーとは古い友人関係にある。
狼王という名前通り、ゼノは人狼と呼ばれる獣人種である。
この始まりの森に国を作った獣人の子孫であり、ゼノはその血を正統に受け継ぐ王である。
ちなみに人狼は外見がほぼ人間と区別がつかない獣人種であり、全身に体毛もなければ、耳や尻尾も生えていない。
現にゼノの外見は人間であるエドガーとほぼ変わらない。
ただ唯一の例外は瞳が美しい琥珀色をしている事だろう。
多くの獣人がそうであるように人狼達の瞳も夜目が利く構造になっており、その影響で暗闇でははっきりと瞳の色が浮かび上がる。
人狼の瞳は特に鮮やかな色をしており、闇の中で見る彼らの瞳は本物の宝石の様である。
そんな美しい瞳を持つ人狼の王は王座に座りながら古い友人の顔を見た。
ゼノの目から見たエドガーは普段にも増して眉間に皺を寄せている。
それを見て、この男は数十年前に初めて会った時から眉間に皺を寄せてばかりいるなとゼノは思った。
そんなエドガーに気を使ったのか、ゼノは長年の友に軽い調子で尋ねた。
「真面目なお前の事だ。その子がお前の隠し子であると言うこともないだろう。どこぞで捨てられていたのを拾ってでもきたのか?」
と、そこまで言った所でゼノは頭の中で疑問を浮かべた。
それではこの国にわざわざやって来た理由が思い浮かばない。自分の国で養い親を探せばいいだけの話だ。国外は荒れていると聞くが、まさか捨て子一人を育てられないほど国が荒れている訳ではないはずだ。
それにエドガーは元は騎士であり、貴族でもある。それなりの伝手があるはずだ。
ならば何故この国に赤子を連れて来たのか――頭の中に多くの疑問が浮かぶ所だった。
そんなエドガーはゼノの疑問に奇妙な答えを返した。
「……王よ、この赤子をどうかよくご覧下さい。答えはこの子を見れば全てわかっていただけるはずです」
「ふむ?」
友の意図はわかなかったが、ゼノは玉座から立ち上がり、目と手で合図を送った。
すると家臣の一人がエドガーの腕の中で眠る赤子を、おくるみごと受け取り、王の前に赤子の姿を晒した。
――おくるみの中に入っている赤子は生後間もない乳飲み子であった。
柔らかそうな肌をしており、ふくふくとした顔は見ている者を思わず笑顔にしてしまうような愛らしさがある。
「この子が一体どうしたと………ん?」
とゼノがそこまで言った所で、今まで寝息を立てていたおくるみの中の赤子が目を覚まそうとしていた。
「おっと、これはいかん」
穴が開くほど見ていたのがいけなかったのか、赤子はむずがりながらゆっくりと目蓋を開けた。
ゼノはその赤子の目蓋が開ききった瞬間、我が目を疑った。
――赤子の瞳は色鮮やかな琥珀色の瞳をしていた。
再びよろしくお願いします。