ポケットを探ると、蜜柑がひとつ。
お気に入りのコートから、蜜柑の香りがする。
右のポケットを探ると、蜜柑が一つ出てきた。小振りだけど柔らかくて、濃い橙色で、とっても甘そう。入れた覚えはないけれど、せっかくなのでこたつで食べた。
ごちそうさまと皮を捨て、コートをもう一度確認。……なぜだろう、まだ蜜柑の香りがする。
さっきの蜜柑の香りが残っているのかなとまさぐると、ころん。
もう一つ、ポケットの中から蜜柑が転げ出た。
――違う、一つだけじゃない。あら。あら。あらら。
二つ、三つ、四つ。右だけじゃない、左のポケットからも、ころころころころ蜜柑が溢れてくる。まるで蜜柑の泉のようで、湧いた蜜柑は部屋の床を自由に転がる。
ジャムにクッキー、チョコレート。これだけあったら、ゼリーだってたくさん作れる。だけどどうして、こんなに蜜柑が? 考える間にも蜜柑の数は、どんどんどんどん増えていき。
わたしのコートは、部屋は、わたしは、いい香りで満たされて――
*
「おはようございまーす」
その声で、わたしははっと頭を上げた。
ここは大学の、私の所属するゼミ室。デスクトップパソコンのディスプレイには、書きかけのレポートが映っている。課題のレポートを書いていたが、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
振り返る。と、そこにいたのは挨拶の主、同じゼミの顔見知り。何が入っているのやら、大きな段ボールを一つ、抱えていた。
慌てて起きたけれど、どうも寝こけていたのを見られていたらしい。わたしの顔を見て、悪戯っぽく笑っている。
「徹夜?」
「違うよ」
たいへん心外である。
「ちょっと、課題の〆切忘れてただけ」
「それ、徹夜じゃない理由になってないだろ」
言ってからから笑う彼に、わたしはつい、くちびるを尖らせた。
……心外である。今回は本当にたまたま忘れていただけで、いつもそんな怠けているみたいに思われたくない。でもその笑顔がまぶしくて、それ以上見ているのが恥ずかしくて、わたしはつい、視線を逸らした。
そんなわたしの仕草を、拗ねたと思ったのか。
悪かったよ、と肩をすくめる。
「これやるから。機嫌直して」
そして段ボールを、軽く揺さぶった。中でごそごそと、何かが触れ合う音がする。何それ、と聞こうとして……
だけど聞くまでもなく、思い出した。彼が去年の今頃にも一度、同じような姿でゼミに現れたことを覚えていたからだ。段ボールを抱えて、困ったような笑顔で「貰ってくれ」と言う姿。
「今年も?」
「そう。実家から送ってきた。よかったら食って」
本当、加減を知らないんだよなあ。言って、彼は心底困ったという風に眉を寄せた。そう、覚えている……去年もそうだった。貰ったそれでわたしは、去年、たくさんのクッキーを作ったのだ。
今年もいただきます、と、わたしは段ボールの中身を一つ取り上げて――
「あっ」
……ああ、成程。
不意に気付いて、わたしはつい、声を上げた。それだけでは耐え切れなくて、くすくすと笑い声が漏れる。
「どうかした?」
「なんでもない」けれどそれだけで終わらせてしまうのは惜しくて、こんな風に答えた。「ちょっと、変な夢、見たの」
ますます不思議そうに、彼は首を傾げる。
「どんな夢?」
けれどわたしは、答えない。
段ボールから立ち上る、甘くて酸っぱくて、やさしい香り。ジャムにしたり、クッキーにしたり。これだけあれば、ゼリーだってたくさん作れる。
「恥ずかしいから、秘密」
「なんだよそれ。教えてくれよ」
彼の不思議そうな顔に、わたしはまた、うふふ、と笑い――
そしてわたしは。
彼に貰った蜜柑の一つを鼻に当て、その香りを思い切り吸い込んだ。
夢の中でも、あなたに会いたかっただけ。
あかねふゆきさんのツイート『お気に入りのコートから蜜柑の香りがする』をお題にお話を書いてみました。
恋愛ご希望とのことなので恋愛風味にしてみました。
タイトルはビスケット的な何かで。
作成時間3時間。楽しかったです。
ありがとうございました!




