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ドレイ人生ダンジョン記録  作者: チョコビス
3/3

死の痛みと絶望 2

 化け物が淡々と作業をしている。毛の少ない肌色の皮を切れ味の悪い石の短剣でぎこちなく削いでいる。家畜として育てられ、出荷された牛を人が解体する作業に見えた。皮が剥がれた生き物は、今度は更に切れ味の悪いであろう石斧で、何度も殴られミンチにされ千切り易くなった所で、足を切断された。

 右足の作業が終わったら、今度は左足、そして右腕、最後に左腕と徐々に下半身から上半身へとその作業は進んでいった。初めの頃は悲鳴を上げていた生き物も、作業が上半身になるにつれて、声にならない叫びになり、段々と弱々しく力の無い声になっていき、左腕に取り掛かろうとしていた頃には、もう化け物の呻き声しか聞こえなくなっていた。

 四肢が完全に切断されて仕上げと言わんばかりに化け物は胴体と首を切断しようする。その化け物の瞳に映っていた生き物が自分だったと気付いた時、仙道肇は目が覚めた。

 「かはっ!!!?」

 目の前に人がいたら気絶させれる勢いで飛び起きた。

 飛び起きて最初に感じたのは圧倒的吐き気。胃液が喉元まで競り上がって来た所で、何とか無理やり飲み込んだ。

 「ひっ!?……あれ?なんで……生きてるんだ……」

 悪夢で見た光景を頭の中で思い出しながら、自分が生きていることに困惑した。

 あの時見た緑の化け物に確かに自分は殺されかけたのだ。棒で殴られた後、洞窟の奥から来た仲間に引き摺られていたはず。

 夢だったのでは?なんて思ってみたが、それはありない。記憶と体がそれは本当に起こった出来事だと理解しているからだ。

 まだ足と頭にはあの時の痛みを感じる。ただ、その痛みは洞窟で味わった強烈は刺激とは違い、足や頭には包帯が巻いてあり、足は弱い電流を永遠と流されている感覚。頭は零距離で除夜の鐘を聞かされているような感覚だった。頭に関しては痛みではないが騒がしく、それが苦痛であった。

 吐き気から何とか立ち直った頃には頭の中の騒がしい鐘の音も次第に小さくなる。

 深呼吸をして額から流れる汗を腕で拭い、吐き気の原因が悪夢だけではない事に気付いた。

 地面が揺れていた。

 正確には、仙道が座っている木目の地面が揺れていたのだ。

 地面の揺れは、電車の座席に座った時に感じる一定間隔の揺れではなく、不規則な振動だった。辺りを見渡すと背景がすごいスピードで変わっていた。目で追えるレベルではあるが、全身を突き抜ける風の勢いからして相当なスピードが出ている。

 進んでいるであろう方向をみると4頭の馬が鞭を打たれ、蹄が力強く大地を踏みしめ、駆け抜けている。どうやら自分が乗っている物が馬車だと理解した。

 更には、この馬車には自分以外にも六人の人間と、手綱を握って馬に指示を飛ばしている者、合わせて7名が乗っていた。荷台に座っている六人はそれぞれみな同じ服を着ている。今さらながら、自分もこの六人と同じ服を着ていることに気がついた。

 六人いる中の三人は男性で、その内の一人は身長が150㎝も無く、顔立ちも一見幼く見える。残りの二人は、どちらも余分な脂肪がなく、いかにも屈強そうな体躯をしている。身長は180㎝以上はあるように見え、一ヶ所を除けば頼れる一人前の人間に見えた。

 ……その二人には、人間には無いものが生えていた。一人は猪の様な茶色い毛並みの短い耳、もう一人は太く前方へ突き出た角が生えていた。どちらも装飾品だと言われれば納得もできそうだが、猪の様な耳は時折辺りの音を確かめるようにピクッっと動いている。牛の角に見える物も、所々傷が付いていたりしていて、長年履き込んだジーンズの様な味わいがその角からは感じられた。

 一方、女性はと言うと、一人は毛先が内側に跳ねた短めの髪形をしていて、垂れ目と合わさり、どこかやさしい雰囲気をしている。この女性も二人の男性と一緒で、丸っとした触り心地の良さそうな茶色の尻尾を生やしていた。

 残った二人の女性は、どうやら姉妹らしく、見た目だけで見れば姉が高校生の様に見え、妹が小学校低学年の様に見える。二人はずっと手を握っていて、妹の方が不安な顔を見せると姉が大丈夫だよ、と声をかけていた。そして彼女達にも人間にはない特徴があり、二人とも今の心情を表しているかのようなペタンと垂れた犬耳を生やしていた。

 彼ら彼女らは、それぞれ体の特徴は違えど、首に黒い首輪を付けていて、そして表情は全員どこか諦めたような顔をしていた。

 仙道が6人を観察していると、身長が低い男性と目が合った。

 「気がついたんだね」

 「えっと……はい、包帯ありがとうございました」

 「それは僕が巻いたんじゃないし、御礼なんかいらないよ」

 「そうなんですか?」

 「うん、たぶん君の手当てをしたのは馬車の手綱を握っているあの男だよ」

 背の低い男性は前方で馬を操っている人間を指差した。目線を指が示した方向へ向けると、頭にシルクハットを被っていて、体には漆黒といっても過言ではない艶のある黒のタキシードを羽織っていた、そして顔にはなぜか仮面を付けている。

 一通りタキシードの男を観察して視線を背の低い男性に戻すと、今自分がどういう状況なのかを聞いてみた。

 「……あぁ、そうか、君は意識が無いまま此処に連れて来られたから知らないのか」

 

 「僕達はね……売られたんだよ」


 ……一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 売られた、彼は確かにそう言った。しかも僕達と言っていた。彼は自分も含めた七人という決して少なくない、それも生きている人間が、売られたのだと言う。

 「働かされるっていう事ですか?」

 「さぁ、どうだろうね?少なくとも此処に居る人は皆お金と引き換えに奴隷にされた人間なんだよ」

 「奴隷って……」

 「奴隷を知らないの?」

 「……はい」

 彼が言うには、奴隷とは家の事情で親に売られた人間や、戦争で孤児になった人間、生きていく為の力が無く自ら安寧の地を求めてなる者、様々な事情から奴隷という生き物が誕生する事を教えてくれた。

 「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕はタルト、君がこの馬車に乗る少し前から此処に居るんだ、短い間だけどよろしくね」

 「あ、仙道肇です。こちらこそよろしくお願いします」

 お互いに挨拶を交わした所で、この馬車が何処に向かっているのかを聞いてみたところ、今いる場所が小さな山道の山頂辺りで、峠を越えるとマドチャリオという貿易がそこそこ盛んな小国が存在し、そこに奴隷を売る為にこの馬車は向かっているとタルトは言った。

 「ハジメみたいな例の奴隷は珍しいんだけどね……」

 「え?どういうこと?」

 「お前は卑子鬼(ゴブリン)族に売られたんだ、緑の化け物の事だ。」

 タルトとの会話に横から割り込んで話しかけてきたのは、猪の様な耳を生やした体格の良い男だった。

 「っ……め、珍しいって何でですか?」

 「あいつらは知能が低いんだ、簡単な事ならできるけど損得の感情で決して動くことはない、目の前に獲物がいたら、落ちている物を投げたり道具を使ったりして狩りをする生き物なんだ、だから本当ならお前は今頃そこそこでかい肉の塊に変わってあいつらの腹の中で死んでた筈なんだよ。女だったら子作りの道具にされていたな」

 気を失う前の出来事が脳裏に浮かんで、恐怖がぶり返してきた。ついでに心臓がキュッと小さな悲鳴を上げた。

 まぁ、なんでゴブリン達が金が必要だったのか全く分からないが、運が良かったな。とそっぽを向きながら彼は呟いて、話はそこで終了した。

 他の人にも何か話を聞こうかと思ったが、皆暗い顔をして俯いていて、とても話しかけれる雰囲気ではなかった。

 仙道は自分が今どういう状況なのかを簡単に頭の中で整理しながら、曇天の空を眺めた。


 まず、自分は夜のコンビニから帰ってくる時に名前も知らない怪しい男と会い、気を失って、目が覚めた時には別の場所に居た。そこは洞窟みたいな場所で、そこには卑子鬼(ゴブリン)という緑の化け物が集団で住んでいて、そいつらに痛めつけられた後、幾何(いくばく)かのお金と引き換えに馬車を操縦している仮面の男に売られた、ということらしい。また、色々と説明してくれた人たちは、人間には無い特徴的な耳や角、尻尾が生えていて、ゴブリンと呼ばれる生き物も含めて此処には様々な種族の人間が生きている事が分かった。

 そしてこの世界が元々自分が住んでいた世界とはまるで違う、全く知らない世界なのだと理解した。

 夢の様な、ゲームの様な世界だと、まるで他人事のように思えてしまえるほど非現実的な現実にただただ唖然とした。

 彼は曇天の空を眺めながら、この雲が晴れたら空は青色ではなく、赤色や緑色なのではないかと非現実らしい想像を膨らませた。

 今彼が見ている空は、まだしばらく晴れることはないだろう。

 奴隷を乗せた馬車はマドチャリオを目指して進む。

次回は小国でのお話になると思います。

もう少し1パートのボリュームを増やしていきたいと思っていますが、まだしばらくこれぐらいの短さのお話が続きます。

お暇があればご覧ください。

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