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鏡の識別

花の色の世界

作者: ゲルダ

ある日のことでした。それは昔だったかもしれませんし、未来なのかもしれません。どこの空間軸でもどこの時間軸でもありません。ただただ、ある日のことでした、というだけです。



そこには少女がおりました。髪は長くふわふわしていて、花の冠を頭に抱いた、それはそれは可愛らしい少女でした。それこそ、まるで神に誰よりも愛されているような、幸福そうな、本当に幸福そうな少女でした。



少女には夢がありました。大人になったら、永遠に平和であり続ける世界で、自分だけの王子様と、日向ぼっこをすることです。



つまりそれを願うということは、残念ながらそれは現実ではないということです。彼女にはふわふわした髪はありましたが、花の冠はあったのですが、確かにとてもとても愛くるしい少女でしたが、肝心の彼女は幸せではなかったのです。



彼女の母は彼女を愛していました。父も同じように愛していました。むしろ、ただ一人を除いて彼女を愛さない人間はいませんでした。それは、そのたった一人は彼女自身です。彼女は自分を愛せなかったのです。つまり、自分の愛以外は足りているはず、はずだったのです。



理由は簡単でした。彼女は心が貪欲でした。ただそれだけ、それだけなのです。それ以外なにも理由はないのです。なにも問題なんて、それ以外ありません。別に性格が悪いとか、頭がおかしいとか、そういうわけでは無かったのです。



どれだけ自分が愛されているか、満ち足りていて、他からしたら完璧な幸せ者なのか、少女は理解できません。むしろ、とんでもなく自分が惨めな存在で、汚れていて、誰からも愛されていないと思っていました。簡単に言ってしまえば、足りなかったのです。何もかもが、足りていなかったのです。いわば彼女の心は底が開いてしまったバケツで、破れてしまったネットで、折れてしまった砂時計でした。



彼女自身はそれを感じていました。満たされない感覚をよく知っていました。しかしそれが自身の貪欲さからくるものだとは夢にも思わなかったのです。それでも彼女は願ってしまいました。願うことで、自らの貪欲さが増していくというのに。


平和というのも、彼女の心の問題でした。そうです、世界は十二分に平和だったのです。何が平和でないかといえば、人々、個人個人の心位でしょう。つまり、つまらないくらいに平和なのです。



彼女は思いました。

「どうしたら私の願いは叶うのかしら。私が幸せになるためには何が必要なのかしら」



それ以来、彼女は、楽しいものや美しいもので心を慰めようと様々なことを始めました。子供の頃は、外ではしゃぎ回り、家で本を読みふけったり、何もかもを取り込もうとしました。大人に鬱陶しがられるくらいに様々なことを聞いて周り、その中から美しいものを取り出して楽しむのです。お祭りでも楽しくはしゃぎ立てて、何度も色んな人に叱られました。また、何度も男の子に恋をして、飽きては放っておくようなこともしだしました。ただただ純粋だった頃の彼女とはまるで別人で。それでも周りの人は彼女があまりに楽しそうなので、気にしませんでした。

大人になってからも世界中の絶景を網膜に焼き付け、世界中の美しい絵画を集め、夜は仲間とともに騒ぎ立てました。楽しいものがあると聞けば飛んでいき、美しいものがあると聞けばそれについて嫌という程人に聞きたがりました。どんどん彼女は自分の中に経験を詰め込んでいきました。

しかしますます心の虚無感は存在感を増していき、遂に彼女は何もする気力が無くなって自室に閉じこもりました。

もう、彼女の心にはなんでさえも響かなくなったのです。



当然ですが、彼女と仲のよかった友達は心配して彼女の家を訪ねます。彼女の家を知らない者は手紙を出します。たくさんの人々が彼女を心配していました。そう、それこそ世界中から。しかし彼女はそれに少しも応える様子がなく、どうしようもなくなった友達はそのうちに彼女を忘れていきました。



「やっぱりね、結局皆どこかに行ってしまったわ。でももうなんだか、外に出る気がしないの。あんなに楽しかったはずの外が、今ではただのガラクタにしか見えないの。それならいっそ此処に閉じこもって、何もしないでいたいのかもしれない」











半年が経ちました。

彼女は最低限部屋の中にいて、ただただぼうっとしていました。それこそ、その部屋にある本の題名すら目に入らないような状態で。側から見れば、少女の時の凛とした華やかさ、というか明るさはもう影も形もないような女性でした。

ただのくたびれた女に見えました。結婚もせずに、知り合いもほとんどいない、親の脛にかじりついているような人間にしか見えませんでした。

しかしその時でした。気付いたのでした。彼女は自分の貪欲さにやっと気が付きました。自分が余りにも望み過ぎていたことに気がつきました。そうです、もうこれで十分--十分に幸せだったのです。もう特別なことをしなくても良くなったのです。そんなものはどうでも良くなったのです。




彼女は試しに窓を開けてみました。そうすれば何かいいことがある気がしたのです。そこは花が一面に広がっていたのです。今まで四季の移り変わりさえも気にしなかった彼女ですが、感嘆の声をあげました。

あんなにつまらなかった風景。ただ色々な花がめちゃくちゃに散らばっただけの風景。なんの面白みもなければ、大した価値のなかった花畑。

それが、今ではどこの世界中の絶景よりも素晴らしいと思えたのでした。彼女がこれまで経験したものなどよりよっぽどその風景は美しかったのです。彼女は幸せでした。彼女の心の穴は消え去りました。いや、ようやく塞がりました。花が暖かい風に愛でられ、楽しそうに揺れる時間。その瞬間は彼女にとって永遠のようなものでした。





「これが、幸せっていうことなんだ」





ぽ、っと思いついた言葉でした。春の風が彼女の日に当たっていない生白い頰を撫でていきます。なんて暖かいのでしょう。自然に漏れた呟きは何回も何回も頭の中で響き渡りました。幸せ、しあわせ、ああ、これが幸せ。何もなくても、幸せがある。こんなにも近くにあるなんて気がつかなかった。足元に転がっていたというのに私は気がつかなかったのだ、と思います。


彼女はふらふらと外に出ました。半年もまともに歩いていなかったのですから転びそうになりましたが、それでも歩き続けます。日の色は綺麗なオレンジ色でした。

「うわあ、綺麗だなあ」

それはもしかしたら、彼女が初めて口にした、本当の心からの賞賛の言葉なのかもしれません。ありとあらゆる花の色が、輝き、目の中に入ります。子供のようにあどけない表情で花を見つめる彼女は、これまでに見たどんな彼女よりも美しく見えました。




「君は……誰だったっけ?」

近くを通った彼女の昔の男友達が声をかけます。

「私? わたしはオリフィアよ」

「オリフィア……? 君、あのオリフィアなの?大分雰囲気が違うけれど」

「そうね、外に出るのは何年ぶりかしらね。あなたは?」

「ミッシェルだよ。君、本当に覚えてないのか?」

「昔のことは大分忘れちゃったわ。それにしてもこの花畑、すごく綺麗ね」


風になびく彼女の長い髪は、儚い花の命を引き立てるように揺れていました。

「……ああ。そう思うよ」

花の色の世界は、誰にも止められることなく回っていきました。







それからミッシェルがオリフィアに恋をして、彼女の夢が全て叶うのはまた別のお話。





終わり。

なんとなくで描いたお話。描いたの。

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