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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あかつきの気まぐれ短編集

機甲騎士団第8小隊日常記

作者: あかつき

 楠の木村郊外の平原


 抜けるような青空に真っ白な雲が沸き立つ夏の空。

 周囲には見渡す限りの草原、遠く南の方向に見えるのは東西に走る山脈であろう。

 それ以外に起伏らしい起伏は殆ど無く、なだらかな丘や林がときおり混じるだけの平原。

 そのど真ん中に大砲を備えた1台の中型の戦車がそれこそぽつんと佇んでいた。

 戦車は薄い緑色で塗装されており、周囲の草の色と上手く混じり合っている。


 ただ、側面にはこの国の誇る機甲騎士団の紋章が控目ながら描かれており、この戦車が傭兵団や野良戦車では無いことを示していた。

 エーテルエンジンがかかったままの戦車は僅かに振動しており、その廃棄熱でも相当なものになるだろう。

 その状態でありながら、しかもこの炎天下にも関わらずハッチは完全に閉じられ、後部の排気筒から白っぽい熱の籠もった煙を微かに上げている。

 その戦車の中の温度は想像以上で、3人いる乗組員はそれぞれ種族が違うようだが、全員が同じように全身から汗を噴き出していた。

 戦車と同じ薄い緑色を基調としたズボンとシャツはそれぞれの汗で色を濃くしており、捲り上げられた袖もじっとりと汗を吸っている。

 この熱さにも関わらず全員が緑がかった鉄兜にゴーグルを掛け、手袋をしていた。


 3人とも戦車と同じく機甲騎士団の紋章を象ったワッペンが鉄兜の正面とシャツの右胸に付されている。

 だらだらと汗をかきながら複雑な魔法文様が描かれたペリスコープに目を充てて懸命に周囲を探る若い人間族の男。

 黒目黒髪、割合整った優しげな顔立ちをしているが、身体は騎士らしく鍛えられているようである。

 彼はしばらく周囲を探っていたようだったが、少ししてから1カ所にスコープを固定する。

 そしてスコープに付属しているつまみを右手で回すと、描かれている魔法文様が僅かに発光した。

 スコープの中の若い人間族の男の視界で、先程まで小さく黒いだけであった3つの固まりがすっと拡大される。

 大きな特徴のある盾のような四角い顔と牙が見える。


「……1時の方向、距離1100。鉄面猪3……目標の3匹だな」


 鉄面猪とは、鋼鉄並みの皮膚を持つ、大きさ3メートルにもなる大型の魔獣だ。 

 敵や獲物を見付けるとその硬い皮膚と巨体にものを言わせて体当たりを仕掛けてくるので、戦車に乗っていたとしても油断出来ない相手である。

 そのつぶやきに反応する残りの2人。

 エンジン音がうるさいが、念話装置を装備している3人は、特に問題なく会話で意思の疎通が図れるのだ。


「南郷騎士長、ここでやるのかの?」


 僅かにアクセルを踏み込み、エンジンの回転数を上げた運転手と思しき黒い髪と髭を生やし、厳い顔をした短躯のドワーフ族の男が人間族の若い男、南郷へ声を掛けてくる。

 その声を聞いて砲塔に設けられた椅子に座る尖った耳、金髪細身のエルフ族の男が、砲塔に連動している照準器を覗きながら、その奇麗な顔立ちに似合わない気怠げな様子で言う。


「距離が遠いね……やるなら近づかなくちゃダメ~その間に気付かれると厄介だよ。まあ何とでもなるけどね~小隊長の為にも?」


 本来鉄面猪を仕留めるには機動戦より待ち伏せの方が都合が良い。

 速度は相手の方が速い上に、先手を打たれると非常に厄介な相手だからだ。

 しかしこの近くの村々を襲っているのはおそらく今発見した3匹だろう、見逃すとまた被害が発生する可能性がある。

 それに待ち伏せをするにしてもこの開けた場所では難しい。

 今日小隊長から命じられているのは偵察と地形観察だけだったが、これは任務を早めに達成するチャンスだ。

しばらくペリスコープを覗いたまま色々と考えていた南郷だったが、最後に昨夜自分達の小隊長が成果が上がらないことに悩み、頭を抱えて唸っていた姿を思い出した。

 やがて南郷はスコープから顔を離すと徐に口を開く。


「黒鉄、柊……やろう、徹甲弾装填、微速前進用意」

「おう、もちろんだぜっ」

「そう来なくっちゃ、了解~やっぱり小隊長の為~?」


 南郷の指示にドワーフの黒鉄とエルフの柊が嬉しそうな顔で答える。


「小隊長はそんなに関係ないが……」

「またまた~イイってイイって、分かってるから~」


 困惑したような表情で言う南郷に、柊がニヤニヤしながら言う。

 黒鉄も笑っているのか肩を揺すっていた。

 その意味が分からないまま、南郷は首を傾げつつ再びペリスコープに目をあてて鉄面猪に注意を向けるのだった。





 これより数時間前、楠の木村郊外



「おい南郷!いいか良く聞け、今回はあくまで偵察だからなっ」

「了解していますよ小隊長」

「……不安だがお前しかいないんだ、仕方ないとは言え、万が一目標と遭遇した場合でもだ、攻撃は厳禁だ。くれぐれも勝手にしかけたりするんじゃ無いぞっ」

「了解」

「不安だ」


 そう言葉を発して悩ましげに奇麗な眉を寄せるのは、エルフ族の美女。

 化粧をしていないにも関わらずクッキリとして整った顔立ちは、紛う方無き美人。

 服装は指示を受けている3人とそう変わらないが、本人も気にしている控目な胸の紋章には下部に小隊長を示す黄色い線が3本入っている。

 相変らず隊長は胸が無いなあなどと不謹慎なことを考えていた南郷に、鋭い視線を飛ばしたエルフ族の女性、この小隊を率いている梛木騎士小隊長は視線と同様の鋭い声を飛ばす。


「絶対攻撃はするなよ!」


 余りにもくどい指示に南郷が辟易していると、砲手の柊が気怠そうに言う。


「……小隊長~もう良いんじゃないの~南郷が攻撃しそうな時はボクらが止めるよ~」

「おう、そうじゃ。まあ任せてみんか?」

「お前らも不安なんだ!」


 続いて発せられた黒鉄ののんびりした口調に梛木小隊長はいきり立った。


「今まで南郷を止めた事があるのかお前らは!?」

「ないかも~」

「そうじゃの」


 むしろ南郷が暴走するように仕向けて楽しんでいる節のある2人である。

 今までにも数々の問題を起こしている南郷車であるが、その分戦果も抜群であることからある程度は黙認されてきた所があった。

 しかし彼らに代わって中隊長や大隊長から怒られてしまうのは、いつも小隊長の梛木なのである。


「お前らっ!」


 機甲騎士団第8小隊に属する2号戦車、南郷騎士長車にそそくさと乗り込みながら空とぼけた様子で答える柊と黒鉄に、梛木小隊長が切れる。

 しかし怒りをぶつけようとした時には既にエーテルエンジンが南郷の手によって起動されており、静かな震動が地面を伝ったことで、慌てて梛木は戦車から離れた。

 機甲騎士団に配備されている戦車は現在最新式の5式戦車。

 45口径57ミリ導術砲と7.7ミリ導術機関銃を各1門装備し、550馬力のエーテルエンジンを搭載している。

 大型魔獣の攻撃にも耐えられるよう装甲は前面で最大70ミリの厚みを持っており、今までの戦車では撃破出来なかったような魔獣にも対応出来るようになっていた。


「では小隊長っ、戦果を期待していて下さい!」

「なっ……?や、止めろうっ!今日は偵察だっ、絶対攻撃するんじゃないっ!」


 砲塔のハッチを開けてから爽やかな笑みと共に放たれた南郷の言葉に、梛木は一瞬呆けるが直ぐさま立ち直って絶叫する。

 しかし南郷は聞こえないふりをして戦車を村の東に広がる平原へと指向させた。


「うむむむっ~車両整備さえ無ければっ」


 既に楠の木村に派遣されてから1月。

 一旦車両の整備が必要となった第8小隊の戦車3台であったが、当然不測の事態に備え無ければならない為、一度にするわけには行かないのでまず梛木の1号車と藤堂の3号車が整備を受ける事になったのだ。

 機甲騎士団本部から派遣されてきた整備小隊によって分解された1号車と3号車。

 その矢先に村人から東の平原で目標である鉄面猪の目撃情報が寄せられたのである。

 既に派遣から1月経つが未だ戦果を上げられていない事もあり、梛木は村人の手前ここで座視するわけにも行かず、意図的に整備を後回しにされていた2号車を偵察に派遣する事にした。

 不安はあるが、何もしないよりましだ。

 そう考えて自分を無理矢理納得させたが、やっぱり不安だ。


「うう~」


 南郷車の後ろ姿を見送り、梛木は悩ましげな唸り声を上げるのだった。







 その南郷車は、梛木の心配した通り1台で3匹の鉄面猪を相手取ろうとしていた。

 黒鉄はアクセルをその風貌から考えられない程優しく吹かし、柊は砲尾を操作して栓を開くと直径57ミリの鋼鉄製徹甲弾を弾薬箱から取り出した。


「よっと……」


 そう声を出しつつ、柊はがちっと薬室にきっちり嵌まるまで弾を押し込むと、再び砲尾を操作して栓を閉じる。

 これで引金を引けば砲尾に埋め込まれた導術金属が弾の尻を叩き、起爆して薬莢内の魔法薬を爆発させ、鋼鉄製の弾体を打ち出すのだ。


「徹甲弾装填完了だよ」

「了解……微速前進そのまま、距離500で発砲」


 柊からの報告を受けて南郷が再び指示を出すと、3人が乗り組む戦車は車体を振るわせてゆっくり前進を開始した。

 ペリスコープを覗いたままの南郷の顎からぽたりぽたりと汗が床に落ちる。

 照準器を覗いたまま涼しい顔の柊や、窓から前を見て戦車を無言で操縦している黒鉄もじっとりと額や身体に汗を滲ませている。


 じりじりと進む戦車。


 彼らの乗る戦車は静謐性に優れているエーテルエンジンを載せ、無限軌道は魔獣の皮膜で覆っているとはいえ鋼鉄で出来ているのでそれなりに音がする。


「距離600……気付かれたか?」

「うん、多分ね~」


 南郷の言葉に柊が軽い調子で応じ、照準を先頭でこちらに顔を向けた鉄面猪に合わせる。


「仕方ない、黒鉄、戦車停止」

「おう」


 短く答えた黒金がアクセルから足を離してクラッチを切ると、戦車は少し強く振動してから静かに停止した。


「柊、2匹いけるか?」

「当然だよ~任せて」


 既に警戒心も露わにこちらへ顔を向けている鉄面猪達を照準器に捉えながら、柊はそっと引金に指を載せる。


「よし、2匹までは停止射撃、2発発砲の後後退、機を見て3発目を撃つ。2発目と3発目の装填は俺がやる」

「おう」

「了解~」


 自分の指示に黒鉄と柊が応じたのを聞いた南郷は、黙って頷くと鋭く命じた。


「撃て!」


 その直後、狙い澄ましていた柊が引金を落す。 

 戦車が激しく揺れ、凄まじい音を発して砲口から蒼い砲火が迸り出る。

 素早く南郷が砲尾を開き、未だ熱く煙を薄く曳いている薬莢を取り出して空箱へ放り込むと次の徹甲弾を素早く装填した。


「装填完了!」


 安全装置を押しながら南郷が言うと、親指を上げて柊が了解の意を示すと同時に言葉を発した。


「命中~撃破したよ」


柊の声に南郷がペリスコープを覗くと、正面にいた鉄面猪の額に穴が空いて血が噴き出しているのが見えた。

 そしてゆっくり倒れ、土煙と共に痙攣させた四肢を天に突き出す鉄面猪。

 同時に仲間を殺められたことにいきり立った2匹の鉄面猪達がこちらに向って駆け出そうとしているのが目に入る。


「お次は……右のコね、方向2時」

「了解!」


 柊と南郷が砲塔を旋回させるべくハンドルをぐるぐると回す。

 ゆっくり動いた砲塔が、倒れた鉄面猪を避けてこちらに走り出した2匹目の鉄面猪の正面を向いた。


「撃て!」


 南郷の2回目の号令で再び戦車が揺れ、凄まじい音と蒼い砲火が発せられる。

 曳光剤の蒼い光を曳きながら2発目の徹甲弾が吸い込まれるように鉄面猪の額に向って飛んで行く。


  どかっ


 鉄面猪の額を鈍い音と共に撃ち抜く徹甲弾。

 走り出したばかりの鉄面猪が斜め方向に逸れ、どどっと激しく土埃を巻き上げて地面へと突っ込んで倒れる。


「命中~」

「後退開始!」


 嬉しそうに命中報告をする柊を余所に、南郷は既に戦車目掛けて突進を始めている3匹目の鉄面猪を視界に納めつつ、砲尾を開いてから薬莢を取り出しながら叫ぶ。


「おう!気を付けろ、飛ばすぜっ」


 黒鉄は勢い良く返事しつつがっとギアを後退に入れてクラッチを繋ぎ、アクセルを強く踏み込んだ。

 白い煙をどっと吐き出し、弾かれるように後退する戦車。

 しかし後退で思うように速度の出ない戦車へ、鉄面猪は凄まじい勢いで迫る。


「黒鉄!アイツの正面を維持しろ!」

「わあってらあ!」


 焦りを含んだ南郷の言葉に、黒鉄は操縦しながら歯を食いしばって答える。

 正面から突撃された場合、その衝撃を無限軌道で逃がすことが出来るが側面から突っ込まれてしまうとそうはいかない。

 どこか破損するだけならまだ良いが、最悪横転してしまうのだ。

 横転してしまった戦車に明日は無い。

 四苦八苦しつつも側面に回り込まれないよう、黒鉄は熟練の操縦技術で突進してくる鉄面猪の正面を維持し続ける。


「ダメだ、やられるぞ!」


 激しく揺れながら後退する戦車の中で、何とか3発目の弾を装填しようとしていた南郷の耳に黒鉄の叫び声が入った。

 その瞬間、凄まじい衝撃が戦車を浮かせる。

 激しく振動し、後退速度が一時的に上がる戦車。

 鉄面猪が正面からぶつかってきたのだ。


「うわっ!?」

「くそ!」

「装填はまだなのっ?」


 悪態をつく黒鉄に、どんな時も飄々としている柊の珍しく焦った声が重なるが、南郷は砲塔の壁に頭をぶつけてしまった痛みで声が出せない。

 ヘルメットを被っていたお陰で外傷は無かったが、それでも衝撃で一瞬気が遠くなる。

 衝突の直前に辛うじて徹甲弾を抱え込むことに成功し、内部誘爆という最悪の事態は避けられた。


「エンジン異常なし!」


 黒鉄がアクセルを吹かしながら報告すると、すぐに後退を再開した。

 それに幸いにも正面からの突撃であったので、戦車本体にそれほどダメージは無いようである。

 外装は相当損傷しているかも知れないが、今はそんな事を心配している場合ではない。


「ぐっ……」


 戦車に突撃したことで、鉄面猪は勢いを殺されてしまい、こちらと距離が開いていた。

 弾を込めるなら今しか無い。

 激しく揺れながら後退する戦車の中で痛む頭を振りながら、南郷は何とか抱えていた3発目の徹甲弾を装填した。


「そ、装填完了……車両一旦停止っ」

「お、おう」


 ここで停止するとは思っていなかったのだろう。

 黒鉄が驚いたような声を出しつつクラッチを切ると、戦車が停止した。

 それと同時に柊が照準を合わせるべく照準器を覗き込む。


「了解~目標の方向11時~」


 頭の痛みに顔を顰めつつも砲塔を旋回させる為にハンドルを力一杯回す南郷と、柊。

 やがて砲塔は突進を再開した鉄面猪の正面を向いた。

 鉄面を正面に見てしまった黒鉄が、その迫力に気圧されて唸り声を上げながらハンドルを強く握り直す。


「撃たないのっ?」


 発砲を命じない南郷に柊も焦りを隠せない。

 その間に突進を開始し、戦車に迫る鉄面猪。

 しかし2人の不安を無視し、南郷は冷静に距離を計っていた。


「目標、距離100、80、50、30……撃て!」


 ようやく発せられた命令。

 間髪入れず最後に砲を少し下に傾けた柊が引金を落す。

 正に戦車に衝突する寸前、振動と共に鋼鉄の弾頭が蒼い砲火の中から飛び出す。

 砲火に顔を焼かれるまで近づいていた最後の鉄面猪は、悲鳴を上げるまもなく顔面に大穴を穿たれた。

 鉄面猪が惰性で戦車に突っ込み、ドスンと言う音と衝撃が響くが、力無いその一撃は戦車に何らダメージを与えない。

 巨大な鉄面猪はそのまま寄り掛かるように戦車の車体へ乗り上げるが、すぐにずるずるとずり落ちてしまった。

 鉄面猪の額の大穴から噴き上がった血が戦車の緑色の車体を汚す。


「ふう~命中~」


 大きくため息を笑顔を浮かべつつ吐く柊。


「やれやれ……間一髪じゃい、大丈夫か車長?」


 操縦窓の正面に来てしまった鉄面猪の目から光が完全に失われるのを見てから、黒鉄が南郷を見上げて声を掛けてきた。


「ああ、何とか……」


 頭を鉄兜の上から叩いてみて、痛みの具合を確かめてから黒鉄の問いに答える南郷。

 既に痛みは随分退いており、たんこぶ程度のものはありそうだが大怪我では無さそうである。

 痛みを確かめるように頭を振りつつ南郷は砲塔のハッチを開く。

 むわっとするような熱気と鉄さびのような鉄面猪の血の臭いが周囲に充満しており、思わず南郷は顔を顰めた。

 その視界の下、戦車の前に横たわる巨大な鉄面猪。

 それを見て南郷はため息と共に言葉を発した。


「……任務完了、楠の木村へ帰投する」

「おう、今晩は祝杯だな!」

「やった~これで家に帰れるよ~」


 車長の南郷の言葉に喜ぶ黒鉄と柊。

 先程までの緊迫感は雲散霧消しており、その余りにも現金な2人にいつもの事ながら南郷は苦笑せざるを得ないのだった。






 楠の木村、機甲騎士団臨時駐屯地


 機甲騎士団の出動要請を出した楠の木村の臨時駐屯地。

 そう言えば聞こえは良いが、実際は村はずれの廃屋周辺の土地を間借りしているだけのものである。

 現在ここには機甲騎士団第8小隊の戦車3台に、随伴歩兵として第1歩兵師団から30名編制の1個小隊が派遣されているのだ。

 その臨時駐屯地へ戻ってきた南郷、黒鉄、柊の3名は、前面を鉄面猪の突進でひしゃげさせた自分達の戦車の前に立たされていた。

 もちろん無理矢理縄を付けて引き摺ってきた3匹の鉄面猪の死体も一緒である。


「……今日は偵察だけと言っただろう!何故交戦したのだっ!」


 3人を立たせているのは、長い銀髪を靡かせた妙齢のエルフ族の女性、梛木小隊長。

 男らしく腰に手を当て、分り易くこめかみと額に血管を浮き立たせて顔を真っ赤にして怒っている。

 美人だけに怒りの形相は凄まじく、さすがの南郷も竦み上がっていた。


「南郷!」

「は、はい」

「何故交戦したのかと聞いているっ!」

「うっ」

「うっ、ではない!何故、と、聞いているのだっ!」

「……その、いけると思いまして……」

「貴様あ~っ」


 ぐいっと南郷の襟首を容赦なく締め上げる梛木小隊長に、周囲の兵達が慌てて止めに入った。


「小隊長!そこまでですっ、南郷が死んでしまいますっ」

「良いのだこんな奴、死んでしまえ~!」

「うぐぐぐうっ」

「何時も何時もトラブルばかり起こしおってっ!」

「ず、ずびばぜん……ぐへっ」


 止めに入った兵達に腕を押さえられているにも関わらず、凄まじい力で南郷を締め上げ続ける梛木。

 南郷も謝罪の言葉を口にするが力が弱まる様子は無い。

 5人がかりでようやく白目を剥いた南郷から梛木を引き離す兵達。

 しかし怒り冷めやらない梛木は南郷の戦車、第8小隊の2号車を示して厳しい口調で言葉を継ぐ。


「見ろあの有様を!3台でかかればあんな損害は出なかったはずなのだ!」


 2号車には整備係のドワーフ兵や人族兵が集まっていたが、その損害具合を見て途方に暮れていた。

 正面から鉄面猪の突進を受けたことで前部がぼっこりと凹んでおり、それが戦車全体の歪みを生んでいた。

 また無限軌道やその周囲の車軸、懸架装置にもゆがみが出来ている。

 このまま修理せずに使用し続ければ早い段階で故障してしまうだろうが、派遣先のこの村にそんな修理用の設備が有るわけも無く、他の戦車で牽引していく他無いだろう。


「またっ、おまえのっ、お陰でっ、私が怒られるのだっ!」


 羽交い締めにされているので、むせてうずくまっている南郷の背中を何とか届く長い足でげしげしと蹴り付けながら梛木が怒りの言葉を続ける。

 その様子を柊と黒鉄は含み笑いつつ眺める。

 先程まで一緒に怒られていたはずだが、何時も最後は南郷だけに矛先が向くのである。


「小隊長も複雑だよね~」

「おう、そうじゃのう」

「素直に優秀な南郷がスキだって言えば良いのにねえ~」

「うむ、今回の事も手柄は手柄じゃしな」


 既に派遣されてから1月、一行に成果を上げない機甲騎士団第8小隊に対する風当りが強くなり始めていたのだ。

 非常に広い行動範囲を持つ大型野獣。

 本来大型野獣の退治にこの様な少数の部隊で対処するのには無理がある。

 しかし、国内各地で頻発する野獣騒ぎによって割ける兵数や車両も限られており、楠の木村への派遣は周囲の無派遣地域に対する言い訳も兼ねていたのだ。


 他の地域では成果を上げている梛木が無能なわけでは無いのだが、今回は相手が悪くなかなか鉄面猪を補足出来なかったのである。

 しかし成果が無いという事は、上層部にとって仕事をしていないと同義であり、それはひいては小隊長の梛木の評判や考課にも影響しかねない。

 加えて村人からは一向に野獣の被害が減らないことで陰口さえ叩かれ始めていた。

 それを南郷が救った形のはずだったのだが……


「まあ、南郷騎士長もそんな事はあんまり口にしないタチじゃしな」

「困った2人だね~まあ、主に困ったちゃんは小隊長だけど~」

「ま、戦車を壊しちまったのは事実じゃしな、小隊長にとっちゃ痛し痒しじゃろ」

「それでも南郷がいなくちゃまだまだ長引いてたと思うんだよね~」


 相変らず揉み合っている梛木と南郷をニヤニヤと眺めつつ言う柊。


「それもまた真実じゃな」


 黒鉄は柊の言葉にそう応じると、首をコキコキと鳴らしながら2号車の修理を手伝うべく戦車へと歩み去った。

何故か時折嬉しそうな表情を見せつつ、怒りとは異なる赤さで頬を染めて南郷を責める梛木を周囲の兵士達が生暖かい目で見ている。


「ほんと、みんな気付いているんだからさ~南郷も朴念仁だね~」


 暗くなり始めた空を見上げてから柊は自分の天幕へと向う。

 楠の木村の臨時駐屯地に夜の帳が降りようとしていた。


「おにいちゃん」

「んん~?」


 天幕前の地面へ腰を下ろした柊の背中に小さく幼い声が掛けられる。

 振り返った先には、エルフ族と人族の子供達が居た。

 ドワーフ族の子供達は黒鉄の方に集まっているようだ。


「なんだい?」

「おかあちゃんたちがゆってたの、こわいいのししやっつけてくれたって」

「あのせんしゃ、とうたんがやくたたずってゆってたけど、やっつけられたの?」


 不思議そうにひしゃげた戦車を指さしながら問い掛けてくる子供達に、柊は優しい笑みを浮かべて答えた。


「昨日まではお役に立てなかったんだけど~あそこでコワイお姉ちゃんに怒られてる兄ちゃんが頑張ってくれたんだよ~」

「あのおにいちゃん……がんばったのにおこられてるの?」

「へんなのっ」


 柊の指さす方向、締め上げられている南郷の姿を見た子供達が不思議そうに言う。

 柊は笑みを深くすると子供達に言った。


「じゃあ~あのお兄ちゃんにどうして怒られているのか聞きに行こっか~」

「うん!」

「いのししやっつけてくれたのに、おこられるのかあいそう~」


 乗り気な言葉に笑い声を上げ、柊は立ち上がって土と草の付いた尻を祓うと子供達に手を差し出す。


「よ~し、じゃああのお兄ちゃんを助けに行こう~」

「いこ~」

「いく~」


 前に居た2人が柊と手を繋ぎ、それ以外の子達もぞろぞろと後をついてくる。

 その光景に目を丸くしている梛木と南郷に笑みを向け、柊は言った。


「頼もしい援軍だよ、南郷騎士長~」


 そう言いつつ見上げた天には見事な満月が上がっている。

 明日もきっと晴れるだろう。

 そして良い日になるに違いない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 加筆により、読み応えが一層増しました! [一言] この設定で、是非とも、連載を。待ってます。
[気になる点] しばらくペリスコープを除いたまま色々と考えていた南郷だったが、→覗いたまま [一言] 夜は攻守交替するんですね、わかります。
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