A sword and dangerous forest
あぁもう…。
なんかどうかいたらいいかもうよくわからなくなってきた…。
漆黒に包まれる空に、煌々と輝く月の光が降り注ぐ。空に散りばめられた星が、また一層美しさを醸し出していた。
ジェネスが、自室の扉を開いた。冷たい夜風がほほを撫でる。カーテンが閃き、机の上の紙が舞った。
ジェネスは舞った紙を手に取ると、ひとつため息をこぼした。
先日の、マクベスに負わされた傷はもはや少しの傷跡も残してはいないものの、彼の心に残る傷は絶大だったようだ。
エストニア王国の、王都の夜景は美しい。オレンジ色や、青い色の光が散りばめられ、活気に満ちている。
そんな風景を眺めながら、ジェネスは一人感傷に浸っていた。
「すみません、ジェネス様、御客人がいらしてます…。」
そんなジェネスに、扉の向こうから声が投げられた。
王より遣わされたジェネスの給仕、言わばメイドだ。
ジェネスは窓を閉める切ると、扉を開かずに応答した。
「そうか、すぐに行くと伝えてくれ。」
「かしこまりました。」
敬意のある声が帰ってきた。きっと扉の前で頭を下げているのだろう。律儀きわまりない。
気は進まないものの、行くと言ってしまった以上行かないわけにはいかない。彼もまた十分に律儀だった。
エントランスホールにある応接間に来てみると、そこには知れた顔の女性がいた。シェインだ。
いつも通りの美しい金髪をくくりあげ、メイドが出したのだろう紅茶に口をつけている。
「ジェネス、大丈夫かしら?」
「あぁ、大丈夫だ。そんなことよりお前は大丈夫なのか?蒼の騎士が夜中にこんなとこ来て。」
シェインの口から出た言葉はジェネスを思う言葉だった。ジェネスは苦笑気味に返し、問いもついでに投げ掛けた。問いを問いで返した訳ではないのだから大丈夫なはずだろう。
シェインはいつも通りの妖艶な顔つきに戻った。
「ええ、別に気を使うこともないでしょ?」
「それもそうだな。」
実際二人とも騎士団のトップに立つものだから、こうして会うことは別段珍しくもない。だが騎士である以前に男女だ。ジェネスはそれをいったのだろう。
しかしシェインはそんなことを気にするほど弱くもないのだ。
「で?なんのようだ。」
「特に用はないわ。」
なにか用があったのだろうと思っての問いだったが、ジェネスのその問いは見事に空振りとなってしまった。
思いの外あっさりとあしらわれたジェネスは唖然としている。メイドが使ってくれたコーヒーを啜ってため息を1つ。
「お前は阿呆なのか?」
「貴方よりは阿呆じゃないはずよ。」
ぐっ、とジェネスが口ごもる。皮肉を言えば倍にして返されるのを忘れていた。
ジェネスは苦いコーヒーを飲み干してシェインを睨み付けた。
「大丈夫そうね。じゃあ、私は帰るわ。」
「そうか。ならさっさと帰れ。俺は寝る。」
まるで厄介払いでもするようにジェネスはシッシと手を振った。シェインが眉をひそめるも、気にしないことにしたらしい。ジェネスとしてもありがたい。
シェインは立て掛けていた剣を腰に差すと、じゃあまた、と言葉を加え、ジェネスの邸宅を後にした。
女性一人をこんな時間に帰らせるのはどうかと思うメイドたちであるが、ジェネスは送っていくこともなく自室に引っ込んでしまった。これはジェネスなりのシェインへの信頼ゆえだろう。
それからどれだけ時間がたったのだろうか、黄金の月はもう見えず、燦々とした太陽が顔を出していた。
あのあと静かになった街が、再び活気を取り戻そうと準備を始める。
ネメアは、そんな街に一人繰り出していた。今彼は、魔の森と呼ばれる、王都の東側に位置する森へと向かっている。
魔の森にはたくさんの魔物が住んでおり、人はあまり近付くことがない。そのせいか、荒れ果ててしまっている。
なぜ、そんな危険きわまりない森にネメアが向かっているかというと、少女が一人迷い混んだらしい。それ以外にも魔物が大量死を遂げたりなど、たくさんの理由があるのだ。
森へ向かうために街を歩いていると、たくさんの人に声をかけられる。商店街を歩いているのだからなおさらだった。
ネメアは商店街の人から芋の練り揚げ等をもらい、道中食していた。
これがまたうまいのだ。ほどよい塩加減に、カリカリとした衣、中はホクホク。懐かしい味がして、ネメアの好物の1つなのだ。
芋の練り揚げを食べ終えた頃には、魔の森が目前へと迫っていた。
「なんか、雰囲気変わったか…?」
ネメアは1人、森の中へと足を踏み入れた。魔の森にはたくさんの魔物が住んでいる。例えばウルフ、グレムリン、オーガ、ケンタウロス、ユニコーンなど様々だ。温厚なのも多いのだが、やはり気性が荒いものが多いからこそ魔の森なんて呼ばれるのだろう。
踏み入れた森は嫌に静かで、生きた心地がしない。荒れ果てた地面は草も生えておらず、それどころか死骸が所々に落ちている。まるで弱肉強食を体現している。その中でも、これだけ静かだといっそ不気味だ。
少し進むと、ガサガサっと木が揺れた。枯れかけた木から茶色の葉が落ちてくる。
「なんだ…?」
これほど街に近いところに魔物がいる気配を感じたのだ、捨て置くこともできず、ネメアは辺りを見回した。
最後に上を見ると、そこにはネメアを越す体躯の魔物が二匹、ネメアを睨み付ける。
「嘘だろ…ベヒモスが二匹……。くそっ!」
ネメアは剣を抜きつつも走り出した。ベヒモスは相当な戦闘能力を持つ。獰猛にして気性が荒く、人を襲うのだ。
ネメアが走り出すと、案の定ベヒモスの二匹は木から飛び降り、追ってくる。
「くそ、速いな…!」
ネメアは逃げ切れないことを覚り、足を止めた。ベヒモスはネメアを囲むように前と後ろに陣取った。
腰を沈め、剣を構えるネメアは、背後にも目の前にも警戒し、いつでも反応できるように臨戦態勢に入る。
威嚇のような声をベヒモスがならす。
そして、背後のベヒモスが、ネメアに襲い掛かった。鋭い爪がネメアに走る。ギャリィィンと、火花が散る。剣でそれを防ぎ、力を込めて押し返す。
もう一匹のベヒモスがネメアに噛みつこうとした。
「旋風」
ネメアは最初のベヒモスを牽制し、噛みつこうとするベヒモスに魔術を使う。薄緑色の魔術式が、翳した手のひらに構築された。刹那、圧縮された空気が、ベヒモスを吹き飛ばした。
吹き飛ばされたベヒモスは、後方の木にぶつかり情けない声をあげる。
吹き飛ばされたベヒモスは逃げていくものの、もう一匹は今だにネメアを睨み付ける。
「天嵐」
不意に、ベヒモスの向こう側から声が聞こえた。だが聞こえたのは魔術名だ。それが何を意味するかを理解したネメアは、すぐに頭を下げた。
ベヒモスが、哀れに突風に捲き込まれ天高く吹き飛んでいく。
「あ?なんだよ、ジェネスの取り巻きか、助けて損した。」
淡い金髪をウルフカットにし後ろに流す男が、眉間にシワを寄せ呟いた。
着ているのは袖から下が切り落とされたようなロングブレザータイプの騎士団服に黒いシャツだった。
「ケイネスさん…。」
「で?なんでここにいんの?」
ケイネスはネメアに問いかける。しかしネメアは、ケイネスの後ろからちょこんと顔を出す少女に目を奪われた。
あろうことか、彼のそばにいる少女こそがネメアの探していた少女だったのだ。
「おいテメェ、聞いてんのか?」
「え?あっ!えと、その子を探すようにと依頼されまして。」
聞いたくせに興味なさげに相づちを打ったケイネスは、少女の頭を撫で微笑んだ。
不良のような風貌の彼が微笑みかけていると何だかそういう類いの人に見えてならない。
「よし、んじゃ行け。」
「……うん。」
「大丈夫だよ、あの兄ちゃんがママんとこ連れてってくれっから」
話が終わったらしい。少女が満面の笑みをケイネスに向け、ととと、とネメアの足元にやって来た。
「んじゃ、メアをよろしく。ちゃんと連れてけよ。ジェネスに死ねって言っとけ。」
ネメアは物騒なことを言っているケイネスに苦笑し、少女の手をとった。
まだ仕事が残っているとかで森の奥へと消えていくケイネスを見送り、二人は来た道を戻りだした。
余談だが、ケイネスは黒の騎士である。そしてジェネスの同期生であり、ジェネスと伍する存在だ。育成学院時代から敬遠の仲だったらしい。
そんな話をよそに、やっとのことで森を後にしたネメアは、少女の手を引いて、王都へと向かった。
♂♀
ジェネスは紅の騎士領の執務室で、久方ぶりの書類仕事に明け暮れた。
こういった仕事はいつもネメアがやってくれているのだが今日は依頼だとかで席をはずしているため、必然的に彼がやらなくてはならないのだ。
さすがに慣れていないジェネスはやはり効率が悪い。始めて何時間経ったか分からないが、いっこうに終わる気配がしなかった。
「なんだろうな…、ネメアのありがたさが身に染みてきやがる…。」
いつも押し付けているツケが回ってきたと言うことだろう。自業自得というものだ。
書類仕事は大抵目を通して印鑑を押すだけで良いのだが、なにぶんジェネスは脳筋だ。もはや苦手どころの騒ぎではない。勉学に関しての才能が無さすぎるのだろう。
そんなせいか、この国のマトモな魔術すらつかえない。天才も名ばかりである。
ちなみにジェネスは、下位級魔術の攻撃系統しか使うことができない。
「ちくしょう。もっと勉強しとくんだったな…。」
今さらの後悔である。
ジェネスは現実から目を背けるように天井を仰いだ。
変だと思うところがあれば、いや必ずあるので指摘ください!!
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