With a beautiful Knight
思ったより早めの更新ー。
目の前で繰り広げられる光景に、少年は絶句した。
自分とはそう変わらぬほどの年齢の少年が、30代後半になるかという騎士と拮抗しているのだ。いや、拮抗しているのかどうかも危うい。いまや形勢は少年へと向いている。
その少年は、剣捌きも、魔術も、立ち回りも、スピードも、どれをとっても隙がない。まさに天才と称するに相応しいモノだった。自分よりも遥かに上の次元に居ることがひしひしと伝わってくる。
黒髪の少年は、その二人の戦いを、ただ見ていることしかできない。
とうとう、戦局が決した。
漆黒の剣が、騎士の体に深々と突き立てられた。どくどくと、騎士の体から血が流れ出る。
―――父さん!
黒髪の少年は絶叫した。いま死の淵に瀕した騎士は自分の親なのだ。当たり前なのだろう。
―――泣くな…イヴァンニ…。これは騎士の戦いだ…悔いはねぇ。
イヴァンニと呼ばれた少年は、その顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら、倒れ行く父親のもとへと駆け寄った。
止まることを知らない血が、どんどんと流れていく。
年頃にしては聡明な彼は、悟った。父親は助からないと。
溢れ出る涙をぬぐい、少年は黒剣の少年騎士を睨んだ。その怒りはお門違いだと分かっていても、抑えようのない憤りが溢れてくる。
―――あんた、名前はなんて言うんだ…。
暴走寸前の憤怒を、理性で抑え付けながら、少年は黒剣の少年に問いかけた。自然と鋭くなる目付きに怯む様子もない黒剣の少年は、余裕綽々とその問いに答えた。
―――リミア・フォード。
―――リミア・フォード…。父さんの名を忘れるな。ペリゴール=モーリス・ド・メフィウス=ジェネス。その名前を、決して忘れるな。
そういって、少年は父親の、重くなった体を抱き上げた。
そこで意識が覚醒した。
ジェネスは、ハッと目を覚ました。体には不快感がまとわりつく。
身体中が汗だくになっていた。どうやら昔の夢を見ていたらしい。
「……はは、またか。」
ジェネスは自嘲気味に笑った。額を手で抑え、天井を仰ぐ。そこには、いつものような自信過剰なジェネスの面影はなかった。
薄いレースのカーテンの隙間から淡い光が差し込んだ。
どうやら朝が来たようだ。ジェネスは寝間着を脱ぎ捨て、ベッドに置くと、クローゼットから取り出したタオルで汗を拭き取った。
黒い艶やかな髪に櫛を入れ、ジェネスはシャツと団服を着込んだ。
「さて、飯くって仕事にでもいくか。」
カーテンを全開にして、日の光を浴びながら、ジェネスは笑った。
タイミングよく、部屋の扉が叩かれた。
「ジェネス様、朝です、朝食の準備が整いました。」
「わかった、すぐいく」
そうドア越しに伝えると、ジェネスはその扉を開いて食卓へと歩いた。
場所が変わって騎士団本部の訓練用に拓かれた部屋では、早くもネメアが一人で木剣を振るっている。毎日の日課である訓練だ。
ジェネスの右腕といえども、ネメアは彼の足下にも遠く及ばない。それでも強くなる一心に、彼は訓練を続けた。
ネメアは仮想の敵を目標に前後左右、リズムを刻むように剣を振るう。
と、そんな訓練をしているうちに、普通の騎士とは一線を雅した存在、ジェネスがやって来た。
相変わらずのシャキッとしない顔つきで入ってこられたネメアは、なぜこんな人があそこまで強いのか不思議におもうのだった。
「関心関心、稽古たぁ精進モンだなぁお前は。」
まるでできのいい弟を誉めるかのように微笑むジェネスは、腰に提げる剣を外し、休憩用の机の上に無造作に置いた。
そして立て掛けられた無数の木剣のうち1つを掴むと、ネメアの前に躍りでた。
「よぉし、相手してやる。打ち込んでこい。」
やる気のある口調とは裏腹に、右手に持たれた剣はだらしなく下げられている。
ネメアは気持ちを切り替えるかのようなに息を吐き出すと、腰を沈めて剣を構えた。
「ありがたく相手してもらいますよ。」
「おぅ、遠慮なんて俺らの間じゃ無駄だぞ。」
承知ですと、呟くと同時か、それより速く、ネメアは床を蹴った。
それほど間合いは開けてなかった二人の間は、即座に埋まり、ネメアは下段から剣を振り上げた。
「惜しいな、もう少し間合いを開いたままで打った方がいい。」
そんな状況で、ジェネスは淡々と指摘して来る。そして繰り出されたネメアの剣線を軽くいなしてしまった。体を横にずらし、ネメアの腰めがけて剣を振るうジェネス。
ネメアはその行動を詠んでいたのかの様に体を回転させ、それを躱した。
しかしジェネスの攻撃はそれで終わらなかった。
「いい動きだ。ペース上げるぞー。」
軽くそう言うと、剣を振るう調子が変わる。簡単に言えば速くなった。右、左、上下、様々なところに打ち込まれる剣を、ネメアは防ぐことしかできなかった。
「く…。たぁ!」
やっとできたと思った隙を見極め、ネメアは鋭い突きを繰り出した。
しかしジェネスはそれを笑って見ている。あとホンの少しで当たると思った刹那、ジェネスの体が消えた。いや、消えたわけではないのだが、消えたと思えるほど唐突に動いたのだ。上体を捻って体を回転させ、ネメアの体重の乗った片足の膝の裏を軽く剣の腹で叩いた。
「わっ、いでっ…!?」
突く目標を突然失って起動を修正しようと曖昧だった重心の上にさらに重心をずらされる攻撃が与えられた。
当然ネメアはバランスを崩して前のめりに倒れた。手を離れた剣が滑っていく。
「痛…。くそ…。」
「はは、まだまだだなぁ。もっと足の動きと間合いをどうにかしなきゃな。あーあと剣を離すなよー。」
トントンと木剣で肩を叩きながらジェネスは笑った。
悔しそうに立ち上がるネメアは不貞腐れたように顔をしかめて剣を拾った。
「ジェネスさんは化け物ですよね。もはや、はぁ…。」
「努力の証拠だな、天才って言われたって所詮はその程度だ、そのあとドンだけ上を目指せるかなんだよー。」
せめてもの仕返しにいってやるも全くの無傷でいなされた。
ジェネスは幼少期から天才と言う肩書きで居たらしく、功績や戦歴をみても、人とは違っている。最年少で四聖騎士に成り上がった猛者なのだから頷けるのだろう。
「あ、俺は今日街行ってくるから本部よろしく。」
「了解しました。お気をつけて、街のものとか壊さないでくださいね。」
「おぅ、なんかおかしい見送り方だけど気にしねぇことにする。」
そういって笑うとジェネスはネメアに背を向けその部屋を後にした。が、すぐに戻って来た。
「あぶねぇ……剣忘れるとこだった…。」
誤って木剣を持っていこうとして途中で気付いたらしく、戻って来たらしい。木剣を戻して自分の剣を取ると再び腰に提げ、こんどこそは、と部屋を後にした。
剣忘れる騎士がどこにいるかと、内心不安でいっぱいなネメアが苦労するのは、また別の話だ。
街へ繰り出したジェネスは、繁華街を歩いていた。
この国では、たくさんの種族のものたちが共存している。猫耳や犬耳、尻尾が生えた少女や少年、その親、そしてコウモリのような翼を持った女の子もいた。
みな多種多様の容姿をしており見ていて飽きない。
そのなかでもその中の魔族や人間たちより頭ひとつ、ふたつ、いやみっつ分ほども大きい巨体を持った男たちが囲んでいる。
四人ほどで中心のヤツを囲んでいるらしいが、周りの巨人族のデカさでよく見えなかった。
(揉め事かぁ……?)
ジェネスはウンザリした様子で近付いた。が、少し遅かったようで、巨人族の一人が腕を振り上げた。
(なっ!?こんなど真ん中でド突き合いかよ!?)
ジェネスの顔に焦燥の色が映る。駆け出そうと地を蹴ろうとしたその矢先、巨人族の巨体が一回転して地に伏せられた。仰向けで寝転がったとうの彼は、何が起こったのか理解できていない様子だった。
「……はぁ?」
ついついジェネスは、間抜けな声をあげてしまった。
巨人族のやつらも同じような状況だった。
しかしジェネスはすぐにその顔が引き締められた。
巨人族の一人が組伏せられたことで露となる渦中の人物は、蒼の騎士と名の知れる、シェイン・ラルフ・ローレンその人だった。
「あ、ジェネスじゃない。久しぶり。」
空いた間からジェネスに気づいたのか、シェインは驚愕して顎の外れそうな巨人族の間をすり抜けジェネスのもとへと歩み寄ってきた。
ジェネスは踵を返してさろうとする、も当然のように肩を掴まれそれは阻止された。
「あれ、なんで逃げるのかしら?」
綺麗な金色の髪は緩くウェーブがかかり、ひとつに纏められている。瞳も髪と同じ金色だった。
金眼の人間は存在しない。するとすればエルフの血縁者だけだ。
当然彼女もエルフの血を引いている。
「く…離せ、俺は暇じゃないんだっ!」
「ひどいわ、貴方一体、私をなんだと思ってるの?」
若干タメ息を漏らしながら離すことのない手。ジェネスは諦めたかのように肩を落とした。
「貴方…まぁいいわ。言いたいことはあるけどそれは後回しにする。でさ、お茶でもしない?」
「言ったはずだ、俺は暇じゃ……くそ…わかったよ!」
「それはよかったわ。」
ジェネスの扱いに長けた彼女は美しい笑顔を浮かべて彼の手を引いた。とうのジェネスはされるがままだ。
どうして彼が仕方なくもシェインに従う羽目になったのか、それはシェインが涙を浮かべたからだ。涙は女の武器とはよく言ったものだ。
「ここ、私の行き付けなの。」
「奇遇だな、此処は俺もよく来る店だ。おすすめはブラックコーヒーだ。」
ついた店は『モーリス』という喫茶店だった。珈琲の香りが漂う店内に入ると、二人掛けの席についたシェインに倣いジェネスも向かいの席に腰掛けた。
すぐにやって来る店員に珈琲をと頼むジェネスと、ミルクを頼むシェイン。
「相変わらず珈琲はにがてなのな。」
「しょうがないじゃない。あんなただ苦いだけの液体をよく飲めるわね。」
「これだからガキは。」
「あら、同い年だった筈だけど、あぁ、精神年齢は大分年上ね、私の方が。」
皮肉の耐えないシェインに、頭を抱えるジェネス。珍しい組み合わせかつ、知られた顔の二人は好奇の視線に晒された。
もっとも、この国で数少ない地位につく彼らはそんな視線など慣れてしまっている。
「あ、そう言えば例の吸血鬼、というか眷族が見つかったらしいわよ。」
「……ほんとか?」
少し前に持ってこられた珈琲に口をつけるジェネスは次の言葉に反応した。
カップをおいて真偽を問う彼。
「嘘を言う意味なんて無いわ。」
「それもそうだ。」
ジェネスは一つ息をついて、珈琲を飲もうとした。しかし、それも叶わなかった。
次の言葉にジェネスの手が止まった。
「その眷族、死体で発見されたらしいのよね…。」
例の事件が思わぬ形で終わりを迎える!?