The past of the Vampire.
昔々、護ることに縛られた、一人の騎士がいた。
その騎士は、傍若無人な暴君として君臨していた王に従えた。
騎士は、生まれしときより王に使え、王の手となり足となり幾度となく戦場を駆けた。
彼は強かった。
漆黒の剣を振りかざし、躊躇いもなく命を奪っていく。
慈悲などなく、ただ残酷無惨に命を奪う。 彼はそれが王のためだと思っていたからだった。
ある時彼は、いつものように戦場へと繰り出した。
彼はいつものようにその剣を振るい、敵兵の頭を、首を、胴を、脚 を、止めどなく斬り裂いていった。
飛び散る血飛沫も、舞う脳髄も、気にする素振りさえ見せず殺していった。まるで狂戦士のように。
圧していると、騎士は思った。
だが、彼は突然、胸に刃を突き立てられた。
敵の剣では無かった。 背中から、深く、深く、穿たれた剣が、ズルリ―――。と抜け落ちた。
『申し訳…ありません…っ。』
不意に、後ろから声が聞こえた。後ろめたさ、悲しみ、そんなものが入れ混じったような悲痛な声。小さな声なのに、まるで叫びのような声。
気がつけば、騎士の血があっという間に吹き出していた。
痛みはない、どうやら麻痺しているようだ。
―――あぁ、死ぬ。
そう彼は悟った。 圧していると思っていた戦況が実は敵兵に圧されていたようだ。
いつのまにか行われた談話で、彼の命は無惨にも手打ちとされたのだ。
やがて戦場には死体しか残らなかった。 騎士は、死を覚悟し目を閉じた。
しかし、彼は死ななかった。
代わりに、首筋に痛みを覚えた。
眼を開け、まず視界に入ったのは、騎士の体を抱き起こし、首筋へと顔を埋めた麗香漂う女だった。
女が顔を上げ、そっと微笑んだ。
醜悪なまでに美しいその顔が、さらに美しさを増した。
美しすぎる―――。 彼は即座に気付いた。 その美しい女がヴァンパイアであると。 そしてまた気付く。
自分がいま、されていた行為に。
血の契約が結ばれたのだと、理解した。
不思議なことに、騎士は絶望することも、憤慨することもなく、その事実を受け入れることができた。
女は言った
『―――――私の愛しい君よ、貴方は今日、我が同胞として蘇る。それ に相応しき名をくれて差し上げましょう。『Evans』貴方の名は エヴァンスよ。』
と。
騎士は名も、騎士と言う肩書きも、剣さえも捨て彼女と共に生きることを選んだ。
美しくも秀麗な、かのクイーンを永久に愛すことを"契約"した。
昔々護ることに縛られた一人の騎士がいた。
マクベスは一人、昔のことを思い出していた。遠い記憶。どれくらい前だったか、百年以上も前の記憶だった。
反吐が出るような王の記憶、この手で殺めた人たちの記憶だ。
マクベスはそんな記憶を振り払うように頭を振ると、立ち上がった。彼は今、森のなかにいる。
エストニア王国の最東端にある深い森のヴァンパイアである同胞が密かに住んでいる森だ。
「嫌な記憶だ。…はぁ、クイーンには感謝しなくちゃな」
クイーンが居なければ、マクベスはあのとき死んでいた。即死でもおかしくない死傷を並々ならぬ生命力で生き抜いた幸運が今の彼を生かしている。
「さっさと戻ってクイーンに会おう。」
そう言ったマクベスは生い茂る森の中を颯爽と走り出した。
♂♀
一方、難航を喫するヴァンパイア事件を担当した騎士、ジェネスは、ため息をついていた。
「狂犬にでもやらせときゃいいのに、なんで俺が駆り出されんだろうなぁ。」
「知りませんよ。それほどジェネスさんは有能だって証拠でしょう。」
「嬉しくねぇよ。」
またため息をつくジェネスと、それを苦笑でなだめるネメアの姿がある。
彼らは今、シファ皇国とエストニア王国の国境付近の沼地を歩いている。
ヴァンパイア事件を後回しにして彼らは何をしているのか、疑問になるのはそこだが、ジェネスたちは、魔物の討伐に来ているのだ。
近ごろ、沼地近辺に中型のモンスターが現れると言う情報が入り、それを討伐すると言う指令がくだされたのだ。
「んぉ…。霧だな。」
「なんでしょうか…毒霧…てわけじゃないみたいです。」
ネメアは先天性の魔導持ちだ。
魔導と言うのは、特殊な力のことを言う。大抵は魔族や獣人に与えられる力だが、ごくまれに人間も授かることがある。
ネメアは先天性であり、一種の才能だ。その力を買われたからこそ今彼はジェネスの隣を歩けるのだ。
彼の持つ魔導は情報干渉。視認することで情報を読み取ることができる。
「近くにいます…。」
「魔力探査にゃ引っ掛からねぇとわねぇ。」
ジェネスは小言をいいながら腰に提げられた剣を抜いた。鈍色の剣が淡い光を反射する。ネメアもそれに倣って剣を抜いた。
二人は背中を合わせ、辺りに集中した。